陰キャから抜け出したくてネットの情報を鵜呑みにしクラスカースト上位の美少女に好き好き言ってたら惚れられました

水色のラムネ

真白が悪いんだよ

「真白が悪いんだよ……」


 今にもキスされそうな勢いで、南さんの顔がぐっと迫る。

 背中は冷たい壁にぴたりと張り付き、身動きは取れない。

 屋上には私と南さんの二人きり。

 風が髪を揺らし、午後の太陽が私たちを照らしている――だけど、そんな爽やかな雰囲気は一切ない。


 壁ドンされている。しかも、美少女に。


「こんな気持ちになったのは初めて……責任取ってよ」


 南さんの瞳がじっと私を見つめてくる。

 その視線はまるで、捕食者が獲物を絡め取るかのようだ。

 なぜ、この状況になったか説明しよう。いや、させてください。



 ――私の名前は篠宮真白しのみやましろ


 至って普通の女子高生です。ド陰キャという点を除けばですけどね!

 その証拠に、現在進行形で私は家のお人形さんに向かって会話の練習をしています。


「あ、あの、私もカラオケに参加していいですか……?」

「いいよ、人数は多い方が楽しいしね! 真白ちゃんは普段どんな曲歌ってるの?」


「あ、アニソンとかですね? 今期放送してるアニメのOPがカッコよくて声優さんが歌っててね。やっぱり効果音が入るアニソンってのは迫力や没入感が増してかっこいいと思うんだ。それに、サビ前にジャンプするのは覇権アニメの特徴なんだよ!しかもね、毎話ごとに登場人物が増えていく構成で……初回放送のとき不自然に間延びする絵だなあ、と不思議に思ってたんだけどライバルキャラが差し込まれてて、これって仲間になる伏線だよね!!」


 ――――


「そ、そうなんだ……面白そうだね……真白ちゃんって急に早口になるよね」


 なんで、妄想の世界ですら気まずい空気作っちゃんだろう。


「あーダメダメ!こんなんじゃ3年間孤独の青春だ!!」

「お姉ちゃん、それ青春じゃないよ。ただのぼっちの日常だよ」


 妹の日向が、呆れた顔で辛辣なことを言う。


「ぼっちじゃないし、一日一回は会話するし」

「相手は誰なの?」

「……先生」


「はあぁぁ……」と日向は大きく息を吐いた。酸欠になるんじゃないかってくらいの深いため息だ。

 妹の目からは呆れすら超えた、失望の眼差しを感じられる。うん、今日も妹はトゲ剥き出しだ。


「お母さーん!! お姉ちゃんがまた壊れた!」

「もう、またなの? 叩けば治るでしょ?」

「ちょっと、昭和の家電みたいに言わないでくれる!? 壊れてないし!これが私の通常運転だし」


 はいはい、お姉ちゃんは今日もぼっち生活でしたよ。

 生きるのが極端に下手くそでごめんなさいね。ミジンコごときが人間様の世界に紛れ込んで悪かったね。

 正しいコミュニケーションってなんなんだろうね?正解があればこんな苦労しなくていいのに。


 自分が悪いのに不満たらたらで、スマホをいじっているととある見出しが目に飛び込んできた。


女子高生JK必須テクニック?」


 まさに、今の私に必要なもの。

 ふむふむ、なるほど。今時のJKは気軽に相手に「好き」って言うのか。

 たしかにクラスの女の子たちも、当たり前のように言ってるような気がする。言われて相手も悪い気分にならないし、これが陽キャたちのリアルな交流術。さすが、青春の最先端を走っているだけある。


「これを実行すれば、陰キャ卒業間違いなし!!」

「まーたお姉ちゃんが変なことしようとしてる。意味ないって、お姉ちゃんには私がいるんだから大丈夫だって」

「ちっちっち、甘いね。もう、妹に甘えて孤独を誤魔化す私とはおさらばするから!!1ヶ月もあれば、イケメンをはべらせ街を闊歩かっぽする美少女の私が見られるから」

「陽キャになったところで顔は変わらないよ?それにネットの情報を鵜呑みにしたら、痛い目見るからね」

「知るかー!!陽キャになれるならそんなのかすり傷だね」


 ◇◇◇


 計画は今日の朝にも始まる。

 教室の喧騒けんそうは全く気にならない。もともと私と生きている世界が違うから。


 スマホを惰性だせいで眺めながら時間を潰して待っていると、すっと隣の席に目的の彼女が座った。

 ――南琴梨みなみことりさん。運動神経抜群、勉強もできて、周りとは明らかに解像度が違う圧倒的美少女。

 私が144pだとすると、南さんは2160p60fpsくらい鮮明に映っている。

 男子からの人気はもちろん、女子たちも彼女を一目見ただけでノックアウトされるという無双キャラだ。


 そんな彼女が――今、私の隣に座っている。

 軽い処世術ぐらい陰キャの私だって知っている。陽キャの仲間入りするには、カーストの頂点にいる子と仲良くなることだ。つまり、南さんと友達になることは最短ルート。ビビるな私!!ちょっと話すだけでいい。好きって言えば友達になれるんだ!!


「あ、あの南さんって、か、可愛いです……よね?」

「いきなりどうしたの?まあ、ありがとね」

「地上に舞い降りた天使だと思います」

「それはさすがに言いすぎだと思うわ」


 出だしは上々、こっからは私の独壇場。


「それにしても珍しいね、真白さんから話しかけてくるの」

「南さんに想いを伝えたくて……」

「え?」


 たしか、褒めることで相手との距離がぐっと縮まるとも書いてたような?


「その、陶器のような白い肌に、歴史上もっとも美しいとされるクレオパトラを想起する顔立ち。絹のように艶やかな光沢を放つ髪。他に形容する言葉が見つからないぐらい可愛くて綺麗で、南さんこと……好き……かもです」


「す、すごい熱量だね。ただ反応に困っちゃうな」

「すみません……どうしても好きって伝えたくて」

「謝らなくていいよ。気持ちはとっても嬉しいからさ」


 よし、グットコミュニケーション!!南さんったら普段は見せない表情をしてるし、照れているのか顔が真っ赤で可愛い。

 たしかな手ごたえを感じる。この調子なら陰キャ卒業もすぐ目の前のはず。


「1つ聞いてもいい?」

「な、なんですか?」

「本当に私のこと好きなの?」

「もちろん大好きです!!」

「ふ、ふーん。そうなんだ……好きなんだ……」


 その日から私は、毎日のように「可愛い」とか「好き」をまっすぐに南さんに伝えた。


「今日も可愛いですね」

「南さんの笑顔は世界を救えそうです」

「好きです! 南さん!!」


 最初は困惑していた南さんも、次第に私に微笑んで返してくれるようになった。

 うんうん、まるで切れない糸で結ばれているかのような友情を感じる。もう、陽キャに片足突っ込んでいるに違いない。


 しかし――その「成果」が思わぬ形で私を襲う。

 私の人生を大きく変える、の日がやってきた。


 その日も、いつもように南さんとの友情を育んでいた。

 ほとんどの人は気づいていない。今日の南さんは一味違う、私は小さな変化を見逃さない。

 普段は髪によって隠れているが、左耳に反射するものが見える。


「今日はピアスをしてるんですね。とっても似合ってますよ!」

「軽めのイメチェンかな。真白もつけてみる?」

「怖いので遠慮します」

「そう、似合うと思うんだけどなあ」


 ピアスってカッコいいから憧れはあるけど、痛そうで怖いんだよね。いつかはチャレンジしてみたいけど。


 それにしても……


「新しい南さんを見る度に、どんどん好きになっちゃうな。この、好きにさせる天才め!!」

「あのさあ……」

「ど、どうしたんですか?」


 なぜか、うつむく南さん。なんか、間違ったこと言った?もしかして怒らせた!?

 いや、そんなはずない。褒める言葉しか言ってないし、本心からでた想いをそのまま出力しただけだし。それとも、体調が悪いのかな?


「大丈夫ですか?」

「いい加減にしてくれる?もう、我慢の限界だわ……話したいことがあるから屋上にきてよ」

「えっ?」


 やっぱり怒ってるじゃん。だって屋上に呼び出すときって、ボコボコにする時だけだよね?

 そもそも「我慢の限界」って言ってるし、前から不満があったってこと!?

 アレ、視界が歪んでいく。中心以外が白く濁っていく。中央にいる南さんしか映らない。


 南さんに手を引かれながら、屋上へと向かった。

 その間の記憶は全くない。魂が完全に抜けていた。だってカーストの頂点に嫌われたんだよ?この学校から私の居場所がなくなる。もともと、ほとんど無いようなものだったけど。この数週間、夢のような日々だったな。内容の薄い走馬灯が、次々に脳内で流れる。


 冷たい風が頬をかすめ、やっと意識が戻る。


「あの、どうにか許してもらえませんか。幾らでも誠心誠意謝りますので」

「なに言ってるの?」


 それじゃあ足りないってコト!?南さんが求めるものが分からない。

 こうなったら……全てを差し出すしかない!!


「気が済むまで好きにしてください!!」

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