勘違い?

 私は勢いよく腕を広げ、全てを受け入れる態勢に入る。

 一見レッサーパンダのような、威嚇のポーズに見えるが違います。犬や猫が信頼の証として見せる、お腹を晒すあの行動と同じです。敵意は一切ないです。


 全身を使った渾身の謝罪に対し、南さんはというと……


「はあ……私のこと誘ってるの?まじでさぁ」


 御覧の通り怒り心頭です。うつむいたまま目を合わせようとしてくれません。想いは虚しく、春風と共に流れていく。


 詰んだ……いや、ほんとにどういうこと。どこで間違えた?何を間違えた!?もしかして、これ怒ってるんじゃなくて呆れてる可能性ない?それとも、私の頭がおかしくなったと思われてる?それならそれでいいけど、教室での「我慢の限界」って言葉がどうしても引っかかる。


 あぁ、また意識飛びそう……動機が激しすぎて、ライブ会場並みに盛り上がってる。


「好きにしていいんだよね?」

「煮るなり焼くなり好きにしてください……」


 私は何も考えずに返事をした。

 ここで変に口答えをしたら、学校生活が危うい気がして。


「言質取ったからね。私は悪くないからね」


 すると、彼女はすぐ近くまで歩いてきて、顔を覗き込んできた。

 距離が近い!近すぎる!!視界いっぱいに南さんが映る。大きな瞳、整った顔立ち、艶のある唇――あといい匂い。


 突然のことに驚いた私は、一歩二歩と身を引いてしまう。

 後ろは壁で、背中は冷たい感触がぴたりと張り付き、逃げ場ない。


「真白が悪いんだよ……」


 壁ドンとともに、南さんの顔がぐっと迫る。


「こんな気持ちになったのは初めて……責任取ってよ」

「いくらでも取ります……」

「覚悟してよね」


 スっと彼女の手が上がる。

 完全に殴られる流れ……覚悟を決めて目をきゅっと閉じる。

 でも、痛みは一向に訪れなかった。代わりに、頬に熱気が伝わる。


「……ん?」


 何事!?と思い片目だけ開けると、唇が触れるほんの寸前だった。


「ちょ、ちょっと待って!!」


 思わず声を張り上げ、腕を突き出し押しのける。


 見間違い?いまキスしようとしてなかった?南さんって冗談やお遊びで、そんなことするような人じゃないようね?


 逃げようと一歩踏み出そうとするが、上手く足に力が入らずその場にへたり込む。


「話と違うよね?」


 その隙を彼女が逃すわけがなく、再びぐっと距離を詰める。

 そして私の両手首を片手で押さえつけ、壁に固定した。


「今まで我慢した分、ちゃんと発散させてもらうから」


 表情が……やばい。目が完全に捕食者のそれになってる。


「南さん……あの、女の子がしちゃいけない顔してますよ?」

「真白がそうさせたんでしょ?」


 息がかかる距離。どこか甘さを含んだ声で囁かれる。

 パニックで頭の中がグルグルと回り続け、思考が入り乱れた結果、自然と涙が溢れでてしまった。


「ご、ごめん!泣かせるつもりなくて、怖がらせちゃったよね。やっぱり、キスは早いと私もうっすら思ってたの」


 南さんはあたふたした様子で、一生懸命に私の涙をふき取る。


「いつかはキスするかのように言ってるけど、しないですよ!?見たときないくらいに慌ててますけど、私はもっとパニックなんです!殴られると思ったらキスされそうになって」

「こんなに可愛い真白を殴れるわけないじゃん!!じゃ、じゃあ、とりあえずハグして落ち着こっか!!」


 いやいや、ハグも突然すぎない?と思う間もなく、力強く抱きしめられた。


 その瞬間私は、南さん色に染まった。

 穏やかな気分になるには十分すぎる体温、お花畑を想起する優しい香り、抱き着くのにちょうどいい腰の細さ。そして、極めつけの弾力をしっかり感じる胸。


 やば!?南さんめちゃくちゃいい匂いするし、顔にガッツリ胸が当たってる。これって本当に許されていい行為なの!?

 普段、こんな巨悪な物を服の下に隠してたんだ……全校生徒のみなさん、ごめんなさい。私なんかが南さんとハグなんかして。この事実がバレたらクラスで晒し首にされるよね?罪状は独占禁止法的なやつで。


「真白、真白!目が虚ろだよ!!」


 南さんの声が耳元で響く。

 頬をポンポンと叩かれているが、今は気にならない。


 一旦状況を整理しよう。まず、私が原因不明のやらかしを犯し謝罪をする。なぜかそれが南さんの琴線に触れ、キス未遂が起きる。……うん、全く分からん!!気づけば超密着ハグが始まっているし、これが百合展開ってやつ?流行りのラノベでしか見たことないけど、まさか自分がその主人公ポジションを担うことになるなんて。誰かこの状況を切り抜けるための攻略本ください。もしくは助けてください。


 バチン‼


「……っは!危ない、近距離で濃厚な南さんを摂取したせいで意識飛びかけた」


 割と強めなビンタでやっと、我に返る。


「よかったぁ……落ち着いた?」

「あ、はい」


 安堵の表情を見せたかと思うと、彼女はぎゅっと抱きしめる腕の力をさらに強めた。


「真白はさ、抱き心地がいいね~なんかこう……もちもちしてて、可愛い。思わずずっと抱きしめたくなっちゃう」

「そ、そうですか……それは光栄ですけど、そろそろ放してもらえると……」

「やだ」

「えっ、即答!?」


 南さんは楽しそうにクスクスと笑う。普段はクールなイメージが強い彼女だけど、こういうときはとことん甘えん坊になるのが反則的に可愛い。だめだ、これ以上心拍数が上がったら命が危ない気がする。倒れる前に、気になることを聞かないと。


「あの、どうしてキスしようとしたんですか?」

「好きだから」

「誰が、誰のことを好きなんですか?」

「私が、真白のことを好き」


 意味不明すぎて、逆に冷静になってきた。

 南さんも平然と言いのけてるし、さり気なく頭もなでてくるし。


「そもそも、真白から告白してきたでしょ」

「いやいやいや!そんな恐れ多いことしませんよ!!」


 私は両手をブンブンと振りながら必死に否定する。そんなこと、絶対にありえない。もしそんな大胆なことをしたなら、真っ先に自分で墓を掘って埋まるレベルだ。


「はあああ!覚えてないの!?ちょうど1ヶ月前くらいに、真白がいきなり可愛いって言ってきたでしょ?その後も長ったらしく私のことを語ったと思えば、唐突に告白してきて。覚えてないなんて言わせないから!!」


 ん……1ヶ月前?あ、あー陰キャ卒業計画の日か。あの時って、ただ好きって言っただけのような?

 別におかしなことじゃないし、JKの必須テクニックのはず。JKの頂点に君臨する南さんが知らないわけがない。


「女子高生なら可愛いも好きも気軽に言いますし、本当に心当たりがないです」

「まさか……他の人にも好きって言ってないよね?」

「言ってますよ」

「この浮気者!!!!」

「そもそも私たち付き合ってませんよね!?」

「だったら今までの言動はなんだったの!」

「本心からでる好きですけど」

「だったら両想いじゃん、私と付き合ってよ!!」


 南さんの声が屋上に響き渡る。


 もしかして、強烈なすれ違いが起きてる?


「JK必須テクニックって知ってます?」

「なにそれ?」

「JKたちはコミュニケーションをする上で、可愛いや好きといった相手の自己肯定感を上げるようなこと言うんですよ。もちろん友愛や親愛の意味を込めて」

「え、じゃあ、真白の好きって」

「友情の意味を込めて毎日言ってます」


 まさに、鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔とはこのことである。


「マジ?」

「マジです」


 少しの間が沈黙が続いたあと、南さんは勢いよく立ち上がった。


「とにかく、私は真白のことが好き!!真白の好きが、恋愛感情に変わるように必ず惚れさせるから!!」


 決意みなぎる表情と共に、私をまっすぐ見つめて言った。

 彼女は吸い込まれるように扉を抜け、階段を降りる。置き土産として、絶対惚れさせ宣言だけを残し。


「なにこれ……?」


 こうして、私の陽キャ生活は思わぬ方向へと進んでいくことになる。

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陰キャから抜け出したくてネットの情報を鵜呑みにしクラスカースト上位の美少女に好き好き言ってたら惚れられました 水色のラムネ @yuzusio299

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