CarnageSystem

 私はさちの痕跡を探しながら、地上を走り続ける。CarnageSystemを使用し、おおよそ人間が出し得ない速度で駆け、瓦礫や亀裂を飛び越え、地上を高速で移動する。最終目的はもちろんさちの確保だ。

 さちの確保は私の中での最優先事項だ。これを曲げることはできない。

 視覚、聴覚、嗅覚……探索に必要な感覚を全て鋭敏にし、ボロボロに荒れたコンクリートの上を駆け回りながらさちの痕跡……正確には鼓動を探す。

 人間には各々の鼓動を持っている、言ってしまえば単純な内蔵の動きなのだが、人によって聞こえてくる音が違うのだ。

 人間ならば検知しづらい鼓動も、私にはわかる。だからさちの鼓動を探すのだ。

 走り続けて半刻ほど経過した。新トーキョードームから8.7km、さちと連れ去った人間達の痕跡を辿っていると、とある街らしき場所へ辿り着く。『らしき』と表現したのは、人間の気配はあるのに、表には誰もいないからだ。新トーキョードームよりは狭い範囲だが、確かに人の気配はある。若干だが緊張気味な鼓動も聞こえてきている。

 私はかつて賑わっていたであろう駅へカメラを向ける。当たり前だがボロボロになっているため、記録や資料とは全然違う姿になっている。高架線下の壁、かつては絵が描かれていたようだが、今は見る影もない。

 私は現名称『沈黙の街』、旧名称『タカダノババ』に到着した。

 私はさちの痕跡を再び探し始める。しかし、多数の痕跡に紛れてしまい、特定することが難しい。ここへ連れてこられたのはほとんど確定しているのだが。

 私は注意深くゆっくり街の中を歩く。空気の流れが変わり、人の気配が私に合わせて動く。警戒されるのも無理はない。ここでは私は部外者、私が暴れて物資を強奪する可能性だってある。

 ゆっくりと、ゆっくりと襲う機会を与えないように、刺激を与えないように動く。建物を通り過ぎるたび、いくつもの視線が私に突き刺さっているのを感じる。

 ……まるで狩りを仕掛けてくる動物みたいな動きだ。私は街を歩きながら、記録を確認する。記録の中に新トーキョードームで得た資料の記録があったので、それを参照する。するとここはかつて、飲食店が並んでいた場所だったようだ、私はそこへ足を踏み入れる。

 そこにはいくつものバリケードがあり、人や他の動物が簡単に入れないような構造になっている。

 私がバリケードを避け、コンクリートへ足をつけたその時、足元で何かが切れる。

 これは……糸?

 私が疑問に思っているとバリケードの裏……私の死角から鋭利な杭が飛んでくる。私はその杭を避ける。

 これは、罠か? 動物用……にしては杭の位置が高すぎる。なるほど、これは。人間用の。


「……うわっ、避けやがったよ」

「何じっと見てんだ、早く逃げるぞ」


 そんな人の声が聞こえてくる。これは対人間用のトラップ。あの人間達は私のことを害そうとしている。目的はなんだ? 私が持っている物資か? それとも撃退用か? はたまたその両方か。

 私はトラップに警戒しながらさちを探すことにする。無機物は確かに鼓動はないため、反応が遅れる可能性がある。しかしそれでも私は機械であり、CarnageSystemを使用している以上、私に負けはない。

 私はワイヤーを見つけてはそれを避け、別の場所へ足をつける。バリケードを進めば進むほど大量の罠が張ってあるのが確認できる。その時、私の接近する何かに気がつく。それは鋭く、細長い物体だ。私は避けようとするが、体勢的に避けるのが難しい。

 ならば。私はカメラを絞り、集中する。動きがスローになる、私の首へ迫ってくる細長い物体を右腕でキャッチする。これは矢か。私は体勢を立て直し、そのままバリケードに隠れる。


「外した?」

「いや、ちゃんと目標に向かってた、あいつ……防ぎやがった」


 また人の声が聞こえてくる。鋭敏にした聴覚でやっと聞き取れるほどの小さな声。私は罠に注意しながら、矢が飛んできた方向を確認する。そこには矢が装填されていないボウガンが設置されている。

 遠隔操作か、すぐに逃げたか……ともかく、ここの住人は一定以上の武力を有している。油断ならない相手だ。


「……解放だ、6号から12号まで」

「再設置まで時間が」

「馬鹿、あいつを倒さないとその再設置もできねぇぞ」

「りょ、了解」


 6号から12号? 何かの隠語だろうか、私は歩むのをやめ、ボウガンなどの射線が通らないよう、バリケードへ背中を密着させる。いったい何を仕掛けるつもりだ? 相手はきっと私の思考、その裏をかこうとしてくる。

 だとすると。

 私はすぐに背中を密着させていたバリケードから離れ、地面を転がる。ワイヤーがいくつも切れたが、何も作動しない。

 トラップのダミーか。私がそう判断した直後、バリケードの真下が爆発する。都合良く射線を防いでくれていると思ったらそういうことか。


「爆破が外れた……仕掛けがバレたのか、次だ次」

「勘が鋭いやつめ……っ」


 爆発の次。爆発で吹き飛ぶ、もしくは爆発が発生したことにより大きく外へ逃げる獲物を狩るために仕掛けるとしたら。私はすぐに先程爆発した地点、その中心部へ移動する、そして意識を集中させる。すると頭上からアーチを描きながら人の頭ほどのサイズの瓦礫が飛んでくる。

 投石機か。瓦礫が地面へ降り注ぎ、がこっがこっという音と共に地面が揺れる。爆発に驚き大きく逃げていたらそのまま瓦礫に頭部を破砕されていただろう。次の罠に備え、私はゆっくりとすり足で移動をする。私の動きを制限していたワイヤーは先ほどの瓦礫でぐしゃぐしゃになっている。つまりこの周囲にはあのワイヤートラップはない。私はなるべく頭を低くしながら走る。


「投石も外れたぞ……っ!」

「騒ぐな、居場所を明かすな」

「けどよ……」


 次の手はなんだ。爆破か、ブービートラップか。


「……まさか今の時代に索敵できる何かを持っているとか?」

「それだと厄介だな……機械を鈍らせる……例えば、パルスグレネードなんかあったか?」

「いや、そんな便利なものあるわけないだろ」


 ……違和感。本当に微かな違和感。まるでこっちが会話の内容を聞いていること前提の会話に思えた。ということは次飛んでくるのは。

 カメラへ意識を集中させる。すると建物のすき間から何か破片が飛んでくる。私は機械ではあるものの、パルスグレネードは全然通用しない。

 当たり前だ、安物のパルスグレネードで麻痺してしまっては、何のための軍事用兵器だという話になる。特に影響はないのだが、パルスグレネードが飛んできた方向に人間がいるのか判断したい。私はバリケードに乗り、飛んできたパルスグレネードを蹴り返す。

 ……なるほど、文明崩壊前に製作されたものだったか。

 蹴り返すついでにパルスグレネードを解析しながら私は着地する。


「くそっ……!! やっぱり丸聞こえだ!!」

「散れ!! 固まるな!!」


 そんな声が聞こえた直後、パルスグレネードが炸裂する。対策をしていない機械ならばあっという間にショートしてしまい、電子回路を焼き切ってしまうだろう。

 私は地面へ着地し、すり足で移動する集団を観察する。少しずつ少しずつ散っていき、やがて一人になる。殿しんがりかそれともまた罠か。私は他の気配を探りながらゆっくりと道を歩く。駅から段々と離れているが、離れれば離れるほどバリケードの数が増えている。

 図らずも彼らの拠点へ足を踏み入れてしまった?

 私がそう考えながら、一歩足を踏み出したその時、私の近くにあった建物が爆発する……いや、爆発は正確な表現でない、粉が舞い上がっているのだ。私はその舞い上がっている小麦粉を舌で軽く舐め取る。

 質の悪い小麦粉だ。それにどうやったのか毒物も混入している。人間がまともに吸えば神経系に異常が生じ、筋肉が麻痺してしまうだろう。幸い私は呼吸することがない、だから大丈夫。

 だけど粉塵雲が滞留しているのが確認できるため、私は少しずつ後退する。粉塵雲と十分な酸素、あとは火種があれば粉塵爆発を起こされる可能性もある。

 私が警戒しながら後退していると、私が向かっていた先から一人の女性が顔を覗かせる。その顔にはガスマスクが付けられていて、音を立てながら呼吸をしている。


「やぁ、はじめまして」

「……はじめまして」


 唐突に挨拶されたため、少し戸惑ってしまったが、当たり前と言えば当たり前か。目の前の人物は手ぶらであるが、油断はできない。私は一定の距離を置きながら彼女の様子を確認する。


「ごめんなさいね、ここ最近は物騒なことだらけで、手荒い歓迎になってしまった」

「構わない」


 私は言葉を短く発し、本題を続ける。


「ここに小さな女の子を連れてこなかったか?」

「……女の子? さあ」


 素直に答えてくれるとは思っていない。それに彼女は時間を稼いでいるのだろう。次の策を練るため、それと麻痺毒入りの小麦粉を私に吸い込むため。

 私は少しだけ彼女を見つめた後、彼女へ言う。


「面白いこと、教えてあげよう。人が嘘をつくときって、不思議なもので、左目が震えるんだ」

「左目? 私、嘘をついていないんだけどなあ」

「残念、微かに震えていたぞ」


 私はを言いながら、警棒を取り出す。いつぞやにさちを生贄の運命から助けた時に新トーキョードームの住人からもらったあの頑丈な警棒だ。すると目の前の彼女は軽く舌打ちをしながら、言葉を零す。


「くそ……!」


 彼女の態度から察するに、この街にさちは居る。予想は確信へと変わる。この街まで続いていた痕跡はさちのもので間違いなかった。


「そうだ、伝え忘れてた。さっきの左目のくだり全部忘れて、全部嘘だから」

「……初対面の相手に嘘をつくなんて酷いなぁ?」

「そうだね」


 私はそう言いながら、感情エネルギーを膨張させる。そして一足で彼女の目の前へ近づく。人間ではあり得ない速度、彼女はガスマスク越しに驚愕の表情を浮かべる。彼女が何かを言う前に、私はガスマスクを引き剥がし、彼女を小麦粉の粉塵雲の中へ投げ込む。

 しばらく咳き込む声が聞こえてきたが、やがて聞こえなくなる。

 ここまで即効性がある麻痺毒だったのか、だから時間稼ぎのため、人間が近づいてきたのか。確実に私を足止めをするために。

 私は感覚を鋭敏にしてまた人間達の居場所を探す。

 人間達はまだ個々に分裂していて、私のことを観察しているみたいだ。次の手を考えているのか、もう打ってあるのか。

 私は感情エネルギーを再び膨張させる。彼ら彼女らの領分で戦うのもそろそろ面倒になってきた、だから一気にあの人間達の想定を狂わせる。

 私はバリケードの一つを掴む。石材で作られたそれは決して人間一人が持ち上げられる重さではない。それを私は両手で持ち上げ、人間が隠れている場所に向かって投げつける。

 もちろん殺すつもりはない。だけど、大いに混乱してもらう。

 轟音と共に、建物の外壁と投げつけたバリケードが崩れる。そして慌てた声も聞こえてくる。


「おい!! なんだよあれ!!」

「叫ぶな……っ、撤退しろ、撤退。本隊と合流しろ」


 個々にバラけていた人間達が三つのグループへまとまり始める。そして群れを成した蟻のように素早く移動をする。この街の住人は訓練でも積んできたのだろうか、動きに迷いがない。

 まるでこの攻撃を想定していたかのようだ。


「揃っているな、移動だ」

「移動後、部隊をここからここへ」


 言葉が曖昧になったなと考えてると、ザリザリと固いものを擦り合わせる音が聞こえてくる。

 なるほど、筆談に変えたのか。厄介な。

 ある程度の払いや止めの傾向からどの言語を用いているのかわかりはするのだが、解析しようとすると、それだけで時間を取られてしまう。

 それこそでたらめなことを書かれていたら目も当てられない。私は地面を擦る音を聞きながらまた道を歩き始める。最初に来た時と比べ、相手も慌て始めているようだ。息が上がり、次の手を思案しているのも聞き取れる。しかしそれでも指揮系統は潰れておらず、まだまだグループで行動している。多勢に無勢、手を抜けば危ないのは私だ。

 バリケードをまた越え、トラップを警戒しながら歩き続ける。次の罠はまだ設置されていないようで、今のところは普通に歩くことができている。

 早く、さちを見つけてあげないと。私は焦る思考を無理やり抑え込みながら探索を続けていると。


「んー!!」


 微かに、本当に微かに聞こえた。小さな呻き声、あれはさちの声だ。私は声が聞こえてきた方へ向き、また走り始める。罠の可能性も考えられたが、考える前に私は走り出していた。理性よりも感情が優先されている自分に驚きながらも、すぐに感情へ従う。


「あ? なんっだありゃ!? おい!! 警戒レベル上げろ!! やべぇの来てるぞ!!」


 遠くからそんな言葉を聞こえた瞬間、街全体に大きなブザーのような音が広がる。

 警報か。さすがに手を付けられないと判断されたか。

 私が警報を聞きながら地上を駆け抜けていると、建物の影から複数人が私に向かって何かを撃とうとしているのが見えた。

 銃? いや、今の時代、銃弾やメンテナンスが必要な銃火器はあまりにも非効率である……発砲するとして、それは一発限りの何か。一発で私のことを無力化できる何か、とすればあれはネットの可能性がある。私は跳躍し、建物の外壁へ着地する。直後私が居た場所へネットがふわりと掛かる。


「馬鹿っ! なに外してんだ!」

「待て待て待て! 何であいつ壁を走ってんだよ!?」

「知るか! とっ捕まえてからにしろ……っあ!?」


 建物の外壁から離れ、私はネットを発射してきた人間達の近くへ着地する。警棒を抜き、伸ばしきる。三人の人間は私の急接近に対応ができていない。

 一人目、側頭部に警棒を叩きつける。叩きつけられた男性はそのまま崩れ落ちる。警棒の先に軽く血液が付着したが、そんなことどうでもいい。

 二人目、返す警棒で同じように側頭部へ叩きつける。一人目と同じように二人目の男性もその場に崩れる。

 三人目。


「どうなってんだよこれ!!」


 そう言いながら、何か奇妙な形をしている道具を私へ向ける。それを認識した直後、炸裂音がして、道具の先端から弾丸のような何かが飛び出す。単発式の銃に似た何かだ。護身用であれば確かにこれだけで事足りるかもしれない。

 が、私はその弾丸もどきを避け、道具を握っている手の甲へ警棒を叩きつける。痛みで悶える前に、二人と同じように側頭部へ警棒を叩き込む。


「かひゅっ」


 という声を上げ、三人目が地面へ崩れる。私は警棒に付着した血を払いながら、さちの声が聞こえる場所へまた走り始める。すると程なくして大量の人間が建物の影やらバリケードの影やら水路だった場所から色んなところから飛び出してくる。

 なるほど、罠で倒すことを諦め、数で押しつぶしに来たか。


「捕縛隊がやられた! 引きながら応戦しろ! 非戦闘員を先に逃がせっ!」

「何なんだよこいつは!」


 口々に人間は叫び、私に向かって色んなものを投げつけてきたり、色んなものを放ったりしている。どれも私には届かないが、時折弾丸もどきや、爆弾もどきが飛んできているので、油断はできない。


「くっそ……! もしかしてさっき持ってきた子供のせいか!?」


 ……子供。

 その単語を聞き私はカメラを引き絞る。その声が聞こえてきたほうを見る。彼に質問するのが良さそうか?

 私はまた走り始める。しかし先程の速度よりも1.5倍速で走る。目測を見誤った人間達を弾き飛ばし、さちのことを知っていそうな男性の顔を引っ掴み、引きずり出す。


「さちを返せ」


 私はそう言いながら、男性を見下ろす。そいつは私のことを怪物のような目で見ている。別に構わない、さちが救えるのなら構わない。私は緩慢な動きで腕を振り上げ、そのまま男性の顔の横、地面を殴る。感情エネルギーによって増幅されたパンチは容易くコンクリートを破砕し、軽い地震を起こす。

 まだまだ全力ではない……が、全力で殴り抜けてしまうと私の拳が砕ける可能性がある。さちのことを連れて帰るとなると、ボディの破損は避けたいところだ。


「答えろ、さちはどこだ」

「さささっさち?」

「お前らがこの街へ連れてきた女の子だ。知っているだろう?」

「しししししししっし」


 話す気がないのか? 時間を稼がれているのか?

 私は男性の胸倉を掴み、高く持ち上げる。


「ちゃんと喋ってほしい。じゃないと、あの建物より高いところから自由落下することになる」

「し、しししってるっ!! しってるから! 下ろしてくれ!」

「先に情報を提供して。でなければ降ろせないし、時間稼ぎをするなら地上50メートルまで吹き飛ばす」

「こここの道の先っ! 先に住宅街があって、元銭湯っ、そこにいるっ!」

「……殺すよ?」

「本当だ!! 本当なんだ!! 嘘じゃない!!」


 男性は半狂乱になりながら叫んでいる。どうやら本当のようだ、私は男性を地面へ投げ捨てると、男が話していた方向へ駆け出す。

 銭湯、さち、何故そんなところにいるんだ。

 もし、さちに何かあったら?

 私は感情エネルギーを爆発させる。全身に感情がめぐり、手先、足先にまで夥しい量の感情が充填される。私はそのまま再び駆け出す。パァン!! という音が聞こえたと思うと音が置き去りになる。ボディが微かに悲鳴を上げているが、優先順位はさちの方が高い。彼女を助けたいのだ。

 人間やバリケードを飛び越し、建物の一部を破壊しながら、男性が言っていた銭湯を探す。しばらくすると銭湯の煙突がある場所へ辿り着く。そこには確かに人間の気配が複数あるのを感じる。

 そして微かにだが、さちの鼓動が聞こえてくる。

 彼女は建物の中へ入っている。壁からの距離は十分、建物の倒壊の心配もない。私は減速しながら、建物の外壁を蹴り飛ばす。轟音と共に、壁に大きな穴が開く。


「さち、居る?」


 私は感情を抑えながら建物へ入る。崩れた壁の上を歩き、建物の中を探す。直後、一人の女性が私に向かって刃物を突き出してきた。カメラをそちらへ向け、すぐに手首を掴む、右手首だ。右手首を掴んだまま、外側へ力づくでひねり、痛みで悶えたところを蹴り飛ばす。

 一回、二回、バウンドした後、静かになる。

 すると小さな声が聞こえてくる。


「こんなところまで来やがった……っ、お前がこんな子供を攫おうだなんて言うから……!」

「お前も同意しただろ!? 良いか? 個々で向かうな、各個撃破されるぞ!」

「わかってるっての畜生!」


 その銭湯には複数人居る。さちを含めたとしても十人にも満たない。私は建物の中を歩いては、引き戸を無理やり引き剥がし、別の部屋へ移動する。さちの鼓動は徐々に近くになってきている。

 どこだ、どこにいるんだ、彼女は。暴走しかかっている感情エネルギーを、CarnageSystemを抑え込みながら私は探し続ける。

 確かに鼓動は聞こえるのに……。

 いや、待てまさか?

 私はさちの鼓動が聞こえる方へまっすぐ歩く、するとそこには壁が。建物全体を巡り、間取りも把握している。

 簡単に言ってしまえば、ここが怪しい。私は躊躇うことなく壁を引き千切る。けたたましい音と共に壁が剥がれる。


「裏から来やがった!!」

「壁をぶち破ったのか!? どんな怪物だよ!!」


 ああ、別に入り口があったのか。私は感情に任せて壁を破壊したことを少しだけ反省し、すぐに切り替える。

 さちの鼓動がさらにクリアに聞こえてくる。


「……キカイさん?」


 そんな小さな声が聞こえてくる。私はその声を聞き、すぐに向かう。


「奇怪? 機械? どちらにせよくそったれすぎる!! なんでこうもうまくいかないんだ!!」


 そんな男性の声が聞こえてくる。彼の事情は知りたくもないし、知る由もない。この終末世界でままならないことなんて山のようにある。

 だが、そのフラストレーションを、さちへ向けるのであれば。


 排除を。


 ……いや、待て、それは行き過ぎてる。私は少しだけ感情エネルギーの膨張を抑える。そして少しだけ星の焔の熱を体外へ放出する。人間で言うところの深呼吸をする。

 さちのことが心配で、さちを助けたくてここまで来た、そして多数の人間に傷を負わせた……とは言え、他人を必要以上に傷つけるのはまた違う話でないか?

 私は冷静さを取り戻し、感情を抑制したまま奥へ進む。するとそこにはさちに武器を押し付けている男性と、私に向かって武器を構えている五人の人間が居た。人質を取っている男性は勝ち誇ったように言う。


「武器を下ろせ、そんでもって、ここから消え失せろ」


 彼はそう言った。なるほど、武装解除してほしいのか、消え失せろというのは言葉の通りの意味だろう。

 ならば。

 私は警棒を見せ、そのまま勢い良く投げる。人間は誰一人として反応ができず、警棒はそのままさちを人質に取っていた男性の頭へぶつかる。突然の痛みに男性はさちから離れる。私はその隙に集団の頭上を飛び越え、さちを回収する。腕の中のさちは微かに震えていたが、見たところ大きな怪我はしていないようだ。


「さち、帰ろう」


 私はそう言い、警棒を拾い、さちを抱え正面? の扉を蹴破る。蹴破った先に罠があったら面倒だなと考えていたがその心配は杞憂に終わった。私がそのまま帰ろうとすると、後ろから怒声が聞こえてくる。それもそうか、侵入されて建物を破壊されれば文句も言いたくなるか。

 でも。


 滅びの翼、展開。


 さちを腕の中に納めながら、滅びの翼を広げる、いとも簡単に建物の壁を破壊し、破片を塵へ変える。


「帰っていい?」


 私は怒声を放っていた男性に向かって言う。男性は信じられないものを見たような顔で固まっている。私は翼を畳み、さちを連れて建物の外へ出る。先程の滅びの翼で外壁を破壊していたので外に出るのは容易かった。

 空はまだ明るい、でもここから帰るとなるとそれなりに時間は掛かる。今日の宿やさちの食料と水のことを考えなくては……。ふと彼女の身体を見てみると土埃で少し汚れていた。

 私は一旦彼女を地面へ下ろし、さちについていた砂埃を払い、ポケットの中へ突っ込んでいたリボンをさちの頭に着け直す。さちはずっと黙ったままだ、私もそんな彼女に倣い、口を閉じる。さちにはさちなりの考えがあって、今日の行動があるのだ。だから私の言葉でさちの考えを邪魔したくない。

 手を差し出すと、さちは小さく頷き、私の手を取る。お互い黙ったまま、新トーキョードームへ向けて歩き始める。途中、沈黙の街の住人の気配があったが、私が視線を配るとすぐにどこかへ行ってしまった。

 空はやがて青空から橙色へ変わる、新トーキョードームへ向かって歩き続けていると、さちが口を開く。


「ごめん、なさい」

「……どのことについて?」

「我儘言ったこと、それと外へ出たこと」

「前者は気にしてない。私の努力不足もあるから。後者はこれから気をつければいい」

「…………キカイさん、怒ってる?」

「怒ってはいない、ただ、とてもとても、とても心配した」

「……ごめんなさい」

「心配していたこと、知ってくれればそれでいい」


 私は泣きそうになっているさちを抱き寄せ頭をぽんぽんと叩く。怖い目にあったのだ、泣いてしまっても仕方は……。


「心配かけて、ごっ、ごめんなさい……っ」

「おっと」


 また私はさちのことを読み違えたらしい。

 私のことなど面倒な機械だと思っているものだとばかり。


 難しいな人間は。


 私はさちを抱きしめながらそう思う。

 私の星の焔は安心したかのようにゆったりと揺れていた。

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