ドームの生活と、すききらい

 白装束の死を見届けた後、私とさちは酸の雨が止むまで、建物の中に居た。お互い無言だったが、さちは私の腕の中で大人しくしていてくれた。

 雨音が消え、しゅうしゅうという何かを焼く音も消えた頃、私とさちはゆっくりと建物の外へ出る。外に出て水溜りがないか確認する。そして、さちを背負い、新トーキョードームへ向かう。さちは自分で歩きたそうにしていたが、酸の雨の直後は足元が非常に危険だ。少し親が目を離してしまったが故に、酸の池に足を突っ込んでしまった子供を何人も見かけてきた。


「さち、あそこに水溜り、見える?」

「みえる」

「あれに足を入れちゃうと足が取れる」

「とれる!?」


 若干の脅しを入れつつ、私は歩き続ける。

 さちはと言うと、私の脅しが効いたのか、こわごわと地面を見ていたが、やがて背の高いビルに興味を持ち始める。塩砂えんさの街にもビルはあったが、新トーキョードーム周りのビルのほうが高いので、物珍しかったのだろう。


「高い」

「昔はもっと高かった……らしい、私も見たことはないけど」

「もっと!」

「そう、もっと」


 過去の映像を見せてあげたいところだが、今のところ私の記録媒体から映像を抜き出す方法はない。

 本や雑誌にはそれっぽい写真はあるが……実感はわかないだろう。

 ようやく私たちが新トーキョードームに辿り着いた頃には、空は暗くなり始め、新トーキョードームに微かな光が灯り始めていた。

 新トーキョードームへ入り、入り口近く。いつも通り仕事が終わり空を見あげていた男性が私を見つけ言う。


「おお、あんたか……その子が?」

「うん、あの男の人の娘」

「……そうか」


 男性は少しだけ目を逸らし、言葉を続ける。


「まだ遺体はあるよ。少しだけ退いてもらったけど」

「わかった、ありがとう」

「退かしただけだ」


 私にそう言い終わった後、男性は顔を伏せてしまった。私はさちを背負ったまま、新トーキョードームの中を歩き、さちの父親が居る場所へと移動する。

 彼の遺体は最終的にSL広場に移動され、心ばかりの献花が置かれている。


「……お父さん」


 さちは覚悟をしていたのか、最初から知っていたのか、涙を流さず、父親の遺体に駆け寄り、手を握る。


「冷たい」


 小さくそう零す。泣きそうになりながら、けど頑張ってこらえているようだ。私はさちの近くへ寄り、そっと背中を撫でる。


「……さち。隠してあげる」

「泣かない、なかない、もん」

「無茶だ。それに、そんな我慢に意味なんてない」


 私の言葉を聞き、さちは大きく震える。

 そして。


「…………キカイさん」

「ん?」


 直後、私の胸に軽い衝撃が走る。そして、腕の中にさちが入る。小さな嗚咽と涙の温度を感じる。私はそっと彼女の小さな背中を包む。

 彼女が泣き疲れて眠ってしまうまで、私は彼女を抱きしめ続けた。



 次の日、さちは目を覚まし、目をパチクリとしている。人間である彼女には私の待機場所……人間で言うところの寝床は固すぎるため、一旦住処にある布を全て持ってきて、さちの下に敷いたり、上へ乗せたりした。


「布に、溺れる」


 彼女は、そう言いながらワタワタと布からの脱出を図る。私は急いで彼女を抱き上げ、住処の床の上へ降ろす。さちはあちこちを確認しながら私に言う。


「キカイさんのおうち?」

「そう」

「そっかぁ」


 目をキラキラさせながら、さちは色んなものに触れる。それは私が被せた布だったり、私が普段使っている農具だったり様々だ。


「キカイさんって普段何を食べてるの?」

「なにも食べてないよ」

「……えぇ!? お腹、すかないの?」

「うん、大丈夫」


 私のエネルギー源は星の焔であり、星の焔のエネルギーが尽きない限り、私は活動できる。ただ、両手両脚が破損したら……それだけで動けなくなるが。

 さちは一通り見終わった後、すとんと私の腕の中へおさまる。私はさちの頭を軽く撫でた後、さちと手を繋ぎ、外へ出る。

 私の住処、新トーキョードーム、高架下。プラスチックゴミなどで作られた家であり、お世辞にも人間が住めるようなものではない。

 隙間風は多い上に、温度も簡単に変動してしまうためだ。さちと暮らすなら、この住居についても考えなくては。

 私が今後のことを考えていると、私の前にひとりの子供が姿を現す。


「おねーさん、帰ってきてたんだ」

「うん、昨日の夕方くらいかな」

「その子は?」


 子供は私の後ろに隠れてしまったさちを見ながら言う。さちは恐怖半分興味半分と言った具合で様子を窺っている。


「さち、シンジュクギョエンマエ……塩砂えんさの街で助けた女の子」

「へぇ〜、さちちゃん、よろしくね」


 子供はさちに向かって手を伸ばす。しかし、さちな身体を震わせ私の背中にピッタリと貼り付いてしまっている。私は少しだけ思案した後。


「さちは大変な目に遭ったばかりだから、まだ人間が怖い……かも」

「……そっか、たまに人間嫌いの人間も流れてくるもんね」


 子供の言う通り、新トーキョードームへ流れ着く人間の一部は人間嫌いを拗らせており、人類は敵! と豪語する人間もいる。

 そういう人間はしばらくそっとしておく……と言うより構っていられるほどの余裕は私たちにはない。


「さちちゃんもガッコーに?」

「この子のあれこれが落ち着いたら考える」

「じゃあまた会うかもね」


 子供はそう言い、目線をさちに合わせようとするが、完全にさちは私の背中に顔をくっつけてしまっているため、表情を見ることができない。子供は苦笑いをしながら。


「ばいばーい」


 と言い、去っていった。子供が去っていった後も、さちはしばらく私の背中で震えていたが、やがて背中から顔を離し。


「いった?」


 と私に聞いてくる。私は「行ったよ」と返し、さちのことを抱き上げる。そして歩き始める。向かう先は私が担当している畑と、食糧加工場。

 さちの食べ物と飲み物を交換しないと。


 歩いている途中、さち……いや、人間を背負っているのが物珍しいのか、住人に声を掛けられる。


「ありゃ機械のお姉さんが子供拐ってら」

「運搬しているだけ」


 とか。


「機械も人間拐うんけ」

「運搬しているだけ」


 とか。


「嬢ちゃんが拐われてる!?」

「運搬しているだけ」


 ……とか。

 もしかして私、幼子を誘拐するような機械に見えているのか?


「……そんな馬鹿な」

「キカイさん? 人拐い?」

「違う、断じて違う」


 新トーキョードームの住人の娯楽の一つの『冗談』というものであると思うが、こうも何人も同じようなことを言われると。


「あー、ねーちゃん人拐いしてるーっ」

「……運搬しているだけ」

「…………ぴ」


 さちは急に大きな声が聞こえてきたためか、ぎゅうっと私にしがみついてくる。大声が苦手……か。私も気をつけないと。さちの背中をぽんぽんと叩きながら、私は子供に言う。


「あんまり大声出すと、この子が困る」

「え? 本当? ごめんごめーんっ」


 子供はそう言うとどこかへ走り去っていった。さちはしばらく私にしがみついていたが、子供が去ったことに気がついたのか、私から少しだけ離れ、周りの様子を見る。


「びっくりした」

「びっくりしたか」


 私はそう言いながら、また畑へ向かった。


 私専用の畑(とは言ってもほとんど共用みたいなものなのだが)は正直広くない。ここの住人の全員どころか、五人分もまかないきれないだろう。畑が広くない理由はもちろんあり、普段は他の住人の手伝いをしている都合、あまり畑が広いと管理しきれない可能性があるのと、私自身食べ物を必要としていないため、作物を作る必要自体、ないのだ。

 私は植物たちへ水をやり、土の状態を確かめつつ、植物たちの具合も確認する。最初は何回も枯らしてしまったり、逆に栄養を与えすぎて腐らせてしまったりと、苦労をしたものだ。

 水やりをしてる間、さちは乾いた土と水やりによって湿った土を交互に触り、首を傾げている。


「ふかふかとべちょべちょ」


 正直、さちがどの程度の教育を受けているのかがわからない。明らかにミミズなどの生き物を見たことがなかったり知らないことがあまりにも多すぎる。

 私は……。


『さちに勉学を学ばせることを選択した。』


 まだこの街には子供たちに勉強を教えることができる大人が存在する。だから、その人間に任せることにしよう。私もサポートはするが……過去の子供の反応を見るにあまり得策でないと思う。

 確か。


『事実を淡々と告げられるから、学んだ気がしない』

『一方的に情報を耳に流される』


 みたいなことを言われた。まさに機械的に勉強を教えているようなものだったとのこと。そんなこともあり、勉強などは私は関わらないようにしてきた。

 いや、テストの採点とかはしたことはあるか。


「キカイさん?」


 色んなことを思案していると、さちが私のことを呼んでいた。どうやら土を触るのに飽きたらしい。手をドロドロにしながら彼女は首を傾げている。

 私はすぐにさちの両手に水を掛ける。


「手を洗って」

「あい」

「洗ったら……学校へ向かおう」

「……ガッコー?」



 結論から言ってしまえば、さちはかなり混乱していた。後に聞いた話だが、さちにとっての子供はさちのような生贄か、働き手のみだったようで。ここまでのびのびと生きている子供をまず見たことがなかったらしい。

 そのため、さちは学校へ到着した瞬間、固まってしまっていた。


「新しい子?」

「どこのこどこのこ?」

「あ、さっき見た子だ!」


 教室……とは言っても、元居酒屋の店舗を軽く改造しただけの簡素な教室。その教室で、さちは三人の子供に囲まれ、四方八方から色んな質問などの言葉を投げかけられている。さちの表情を覗き見てみると、彼女の目は明らかにぐるぐると回っていて、どこから何をすれば良いのかわからないと言った顔をしている。


「……さちが困っているから」


 私がそう言っても子供たちの好奇心が冷めることはなく、質問に答えないさちにさらに興味がわいてしまっているようだ。

 そろそろ止めないと……と思ったその時。


「こら。急に囲んだらびっくりするだろうが」


 建物の奥から教師担当の大人が出てくる。教師の言葉に子供たちは「はーい」と口々に言い、自席へ戻っていく。その様子を見て、さちはさらに唖然としている。


「わっ、わっ、わ?」

「大丈夫だよ、さち。取って食われるわけじゃないから」

「わ?」


 その日はさちがどれくらいの学力を持っているのか知るため、色んなテストを受けさせた。

 簡単な算数はできるものの、それ以外はほぼ壊滅的であり、塩砂の街でまともな教育を受けられなかったことがわかった。あの生贄文化のせいで、教育からも切り離されていたのだろう。


「……んぐぐぐぐ」

「さち、疲れた?」

「お熱出そう」

「そっか」


 私は顔を上げ、教師に目配せする。教師は苦笑いしながら頷くと。


「明日から大忙しになりそう」


 とこぼしていた。私は知恵熱でダウンしかけている彼女を持ち上げ、教室から出る。


「人拐いだ」

「人拐いじゃん」

「お姉ちゃん誘拐してる」


 子供たちは口々にそんなことを言う。私は少しだけ思案した後。


「あんまり悪口を言う子は、私の家で機械に改造するから」


 と言った。

 ……随分昔の教師担当の大人がそんなことを言っていた気がする。すると子どもたちは一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに笑顔に変わり。


「お姉ちゃんがそんなするわけないじゃん」


 と笑い飛ばした。



 私とさちは住処へ帰る頃には空には星が瞬き始め、気温も低くなってきた。また布をさちへ巻かないと……と考えていた時だった。


「キカイさん」

「なに?」

「キカイさんは、お勉強しないの?」


 ふとさちがそんなことを聞いてきた。

 お勉強、か。すぐに私はさちの質問へ回答する。


「日々、勉強しているよ。知識として知っていても、まったく役に立たないことなんて多々あるし」

「……こくごも、りかもしているの?」

「それはもう勉強が終わっている。一通り、記録に入っている」

「むーっ、キカイ、ずるい」


 これも過去の子供たちに言われたことがある。一度見たものを記録として残しておけるのはずるくないのかと言われたこともある。

 けど、これには明確な弱点もある。


「機械は物覚えは良いけど、応用ができない」

「おーよー?」

「さちのような人間は覚えて、思い出して、その思い出した知識を使って、別のことを実現できる。私は……その知識通りにしか動くことができない」

「むー……?」

「つまり私の頭は固いってこと」

「さちの頭もかたいよ」

「……頭蓋骨のことでは、ないんだけど」


 私はそう言いながら、さちに布を巻いていく。凍えてしまわないように。


「また巻かれてる」

「寒くないように」

「……キカイさんにぴったりくっついていれば暖かいけど?」

「それでも体温は低下してしまうから」


 布を巻き終わった私は食糧加工場からもらった料理をさちの前に置きながら言う。


「明日からさちは学校で勉強する。私はその間、街でお手伝いや農業をしている」

「……一緒にいないの?」

「何かトラブルがあればすぐに駆けつけるけど、四六時中は居られない」

「………………」


 布に巻かれたさちは凄く寂しそうな表情を浮かべている。そんなさちの頭を撫でながら私は言う。


「これも訓練の一つ。私が居なかった時の訓練。ずっとずーっと一緒に居られるのが理想だけど、難しくなる時が絶対にあるから」


 私の言葉にしばらく彼女は俯いていたが、やがて顔を上げ、少しだけ声を震わせながら言う。


「わかった、がんばる」


 さちはそう言い、布の隙間から手を出し、食糧を食べ始める。


「……すっぱい」

「今日は……ああ、酢を使ったのか」



 それから私とさちは新トーキョードームで生活を続けた。最初こそ出会う人間全員を怖がっていたさちだったが。徐々に打ち解け、やがて普通にしゃべるようになった。勉強の方も順調で、さちはしっかりと知識をつけるようになった。

 そのため、たまに言い訳をされたり、文句を言われたりするようになったが、それは御愛嬌だろう。


「キカイさん」


 ある日、酸の雨が降りしきる午後二時頃。私はさちに呼ばれ、住処の外へ出ていた。さちは最近、絵を描くようになり、色んな物を描いてくれる。

 トレードマークになりつつあるリボンを揺らしながら、さちは地面に一生懸命に絵を描く。

 今日は何を描いたのかな? と地面を覗くとそこには人型が二つ。これは……。


「さちと、キカイさん」

「おお」

「む、その反応はわかってなかったでしょ」

「……ごめん」


 私が素直に謝る。彼女の絵は……なんというか、独特なのだ。独特すぎて判別が難しいのだ。


「これ、さちの三つ編み」

「三つ編み」

「これがキカイさんの黒髪」

「ぬ、塗りつぶされているやつだな」

「で、これがさちのリボン」

「リボン……!? あ、いや。確かによく見た……ら、そうだな?」

「でこれが、キカイさんの瞳」

「それカメラだったのか!?」

「……キカイさん」

「ごめん……」


 ……正直、私はさちの絵が理解できていない。彼女なりに特徴を捉えているらしいのだが、なかなか私にはその共通項を探し当てることができていない。

 私の性能の限界なのか……さちの気持ちを察することができなくて、歯痒い思いをしたのも一度や二度ではない。


「キカイさん、何回もさちの絵を見ているのに……」

「もっともっと見せて。絶対に学習してみせるから……」


 私がさちにそう言っていると、子供の一人が私たちの住処の前を通りがかった。その時に地面に描かれた絵を見つけたのだろう、子供がじーっとさちが描いた絵を見て言う。


「……目がでかいトンボと、蜘蛛?」

「……違うっ」


 どうやら私の理解力だけが足りないわけではなく、さちの表現が前衛的すぎるようだ。子供はずっと首を傾げながら、うんうんと唸っている。子供にも理解ができてないようだ。さちはおそるおそる地面に指を差しながら言う。


「……ななちゃん。これさちとキカイさん」

「…………どっちが?」

「えええ!?」


 ……さちは驚き声をあげる。さちのことをフォローしようと私が口を出そうとすると、子供はそのまま言葉を続ける。


「お姉さん優しいから言ってないだろうけど……さちちゃん、絵、めっちゃ下手くそだよ」

「下手……!?」

「本当に、ほんとーにわっかんないよ? 本当にどっちがさちちゃん……?」

「そんな……そんな……キカイさん?」


 さちはすがるような表情で私の顔を覗き込んでいる。非常にやりづらい。私はカメラをあちこちへ向けながら、慎重に言葉を選ぶ。


「さちの絵は……その、とても革新的で、意欲的で、挑戦的で」

「さちちゃん、あれ大人が困った時に出す言葉だよ」


 なんてことを言うのだ。


「〜〜〜〜〜〜!!」

「なっ、さち! 違うんだ! さち!」


 私の中の警報がなる。へそを曲げたさちは本当になだめるのが大変なのだ。最長で一ヶ月ほどへそを曲げたこともある。私は色んな言葉を記録媒体から探し出し、さちへ伝える。


「伸びしろがある」

「……じゃあ今は下手ってこと?」

「…………」

「…………」


 さちは走り出してしまった。私は慌てて追いかける。 ドームの外へ出ることはないが、一度見失うと本当に探し出すのが大変なのだ。


「さち! 大丈夫! まだなんとかなる!」

「その発言! デリカシー! ない!」


 ……とまあこんな風に、たまにさちに怒られながら、私とさちはドームで楽しく? 暮らしていた。


 月日は流れ。


 さちが新トーキョードームで暮らし始めて大体二年。ひとつ、大きな問題に直面していた。

 それは……。


「キカイさん、これ嫌い」

「……」


 さちが偏食になってしまっていた。具体的には豆が苦手なようで、どんな料理でも豆だけは器用に残してしまう。逆に肉は大好きなようで、肉がない日は食事しないと言い始めるほどだ。

 いや、新トーキョードームの住人の中にも好き嫌いをする人間は居る。さちが特別わがままなわけではない。しかし、将来のことを考えると……。


「さち、食べないと栄養が足りなくなる」

「お肉で十分」

「……動物はいつでも取れるわけではない」

「現に罠でなんとかなっているじゃん」


 と、まあこんな具合だ。

 私が危惧しているのは、もしさちがここを出たいと言った場合、外の世界はここのようにいつでも食糧が手に入るわけではない。さちが嫌いなものだったり、もっと嫌いなものを食べることも必要になるだろう。確かに豆類を食べる機会なんてそうは多くないだろうが……。

 それに、体力をつけておかないと、いざという時に動くことができない。今のさちは肉ばかりで成長に必要な栄養どころか、運動するためのエネルギーも摂取できているか怪しい。


「……さち」

「成長できない、動けない、でしょ? それ何回も聞いたって」

「しかし」

「他の子たちも嫌いなものは食べてないよ」

「それはここへ定住する子供たちのことだろう?」

「……そうだけどさ。でも無理して食べて吐いたら元も子もないよ?」

「なるべく豆類の味がしないように加工して……」

「あーもうっ! うるさいうるさい!! もう食べない!!」


 ……と、こんな具合に軽く口論になり、外へ出ていってしまう。しばらくすれば戻って来るのだが、食事のたびにこんな喧嘩をするのは私はともかくとして、さちにとっては負担だろう。

 なんとかしてあげたいのだが、解決策が浮かんでこない。他の大人たちも。


「好きにさせたらー?」


 と言うばかりで解決にはならない。

 今の終末時代、旅をするのなら、あまり好き嫌いだの言っていられない。新トーキョードームだからできている贅沢だと自覚させたいところなのだが……。


 こんな具合でしばらくさちと食事について口論を繰り返していたそんなある日のことだった。


「あれ、さち、家にもいないの?」


 私が家で農具の手入れをしている時に、教師にそんなことを言われる。私は首を傾げる。家にもいないの? とは。

 何だか嫌な予感がする。私の星の焔が蓋の中で揺らめいているのを感じる。


「今日学校に来なかったんだよね。いつも文句を言いながら来るんだけど」

「……探してくる」

「あんたも大変ねぇ」


 教師は呑気な声を出しているが、私は気が気じゃなかった。空を見上げてみると、今は晴れ。雨雲も一切ない快晴だ……だから、心配なのだ。

 ドームの外へ出ていってしまっていないか。俗に言う家出をしてしまっていないか。それから私は新トーキョードームの中を必死になって探した。

 学校、食糧加工場、さちの友人の家……などなどなど、思い当たる場所は全て探したが、彼女の姿は見えない。

 徐々に不安のもやが星の焔を覆い始める。

 私は空を見上げている住人にもさちのことを聞き始めた。そのほとんどが彼女のことを見てないと言ったが、街の出口付近に居る女性がこんなことを言った。


「さっき外でたわよ」

「……なんだって!?」

「あの子のことだし、すぐ帰ってくると思ったから、放っておいたけど」

「そう、だな。うん、わかったありがとう」


 言うが早いか、私は新トーキョードームの外へ出る。彼女がどれくらい外へ行ってしまったのかわからないが、早く見つけてあげないと。


 酸の雨だけが、外の脅威ではないってことを、まだ彼女は理解できていないのだ。


 でごぼこになった地面に躓いてしまわないように私は走り続ける。彼女の痕跡はどこに。

 その時だった。地面に何かが落ちているのが見えた。新トーキョードーム周辺は酸の雨のせいで、石は溶け、服など染料を用いたものはほとんど真っ白になってしまう。そんな中、一際目立つものが。

 これは。さちのリボンだ。私が見間違うはずがない。


 ……と言うことは、さちは。ここに居た。


「さち!!」


 私は大声をあげる。私のスピーカーでは限度はあるが、近くに居るならば顔くらい出してくれるはず。

 しかし何回呼びかけても彼女からの返答がない。気配も感じることができない。


 星の焔が大きく揺れる。私の機械的な感情に呼応している。私は急いで周囲を警戒、地面をスキャンする。

 さちが自発的に遠出したのであればそれはそれで良い、帰ってこれる状況ならそれでも構わない。

 ……いや、正直に言うと嫌ではあるが、彼女の意志を無下にはしたくない。けれど、もし、もし彼女が思わぬ形で……例えば人攫いのような形でドームから離れていたら。

 新トーキョードーム内が安全だったため、完全に油断していた。私は地面をスキャンしながら、リボンが見つかった周囲を歩き回る。今日は無風状態、リボンが吹き飛んできたとは考えづらいのだが。

 すると微かにだが、地面に複数人の足跡が見つかった。

 そして、そこには何かを引きずった跡もあり……。


 星の焔点火確認………………成功。

 星の焔出力上昇………………成功。

 感情エネルギー補填………………成功。

 灯焔ともしび起動確認………………成功。


 CarnageSystem起動。


 私は駆け出した。


『私はさちを助けるため、躊躇うことなく、力を行使することを選択した。』

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