第17話 討伐隊の結成

 朝。

 レオンハルトが掲げた「少数精鋭での魔物討伐計画」を本格的に動かすため、領主館は久々の活気に包まれていた。わずかな兵士と物資しか揃えられない状況だが、それでも皆が「これで領地を救えるかもしれない」と一縷の望みに賭けている。

 館の中庭では、兵士たちが甲冑を点検し、ファルナが静かに魔術の最終調整を行う。フローラは書類を片手に、日差しの下で兵士へ声をかけていた。


「これが父上がまとめてくれた精鋭リスト……まだ数は少ないですけど」


 フローラが書類を見つめながら息をつく。だが、その横顔には決意も宿っている。

 ファルナがそっと地図を広げ、魔術で印をつけたエリアを指し示した。


「前に偵察した谷の奥をもう一度探りましょう。巣の規模が大きいなら、無理はせずいったん退く。それが今回の基本方針ね」

「了解。俺も剣の力を使えば、よほどの数でも押さえられると思う。兵の消耗は避けたい」


 俺は腰の剣に手をやりながら言う。ファルナはその剣先をちらと見て、静かに微笑んだ。


「ええ。レイがいるだけで、ずいぶん心強いわ。……私も精一杯サポートするから」


 その言葉に、フローラがちらりとファルナを見やる。昔から冷静な性格の友人だが、今のファルナはどこか穏やかな光を瞳に宿しているように見えた。


 準備が整うと、レオンハルトが館の玄関先で待っていた。疲弊こそしているが、今日ばかりは希望の光を感じているのか、わずかに顔が明るい。


「君たちがいることが、何よりの救いだ。どうか無理だけはしないでくれ……情報だけでも持ち帰れば大いに助かる」

「はい、父上。必ず何か成果を出して戻ります」


 フローラは力強く答え、父は安堵の表情でうなずく。横に並ぶファルナも、目をそっと閉じて気合を入れる。


「おじ様、この作戦が成功すれば一歩前進です。借金取りたちも、大きく出る余裕がなくなるかもしれない」

「そう願いたい……頼む、皆をよろしく頼む」


 兵士たちが一礼し、俺も「任せてください」と声をかける。こうして再編された小規模討伐隊は、領地の平野を越えて谷の奥を目指した。


 途中、崩れかけた橋を渡り、荒れた木立を抜ける。ファルナが魔術で細かい探知を行い、「中型の魔物が数体潜んでいる」と警告してくれるため、こちらも先手を打てる。

 結果として、小型・中型の魔物はまったく脅威にならず、レイの進化した剣が圧倒的な威力を見せつけるたび、兵士たちが歓声を上げる。


「すごい……前はこの程度の魔物に手間取ったのに、今はあっという間に片付いて」

「これで奥の本拠地が叩ければ、街が少しは安心するかもしれません」


 兵士同士が笑顔で言い合うと、フローラも「やっぱり私がいない間、大変だったんだな……」と実感している様子だ。

 そんな中、ファルナは俺にそっと言葉をかける。


「……レイ、あなたの剣、本当にすごい力ね。見てると、なぜか私の魔力も奮い立たされる気がするの」

「そ、そうか? あまり意識してなかったけど、ファルナにとっても影響あるなら助かるな」


 俺が照れくさそうに返すと、ファルナは「これからも協力しましょう」と優しい声で言い、すぐに先を進む。


 やがて、谷の入り口へたどり着く。そこは岩が険しく重なり合う天然の迷路のようで、遠くから獣の低い唸り声が聞こえた。

 兵士たちが緊張して身構えると、案の定、獣型の魔物やオーガのような人型の魔物が集団で襲撃してきた。


「行きます! レイさん、お願いします!」

「おう、任せろ!」


 前衛を務める俺とフローラが斬り込み、ファルナが後方で魔術支援を展開。兵士たちは側面のケアや怪我人のサポートに徹する。

 レイの剣が青白く発光し、オーガの棍棒ごと一刀両断する光景は、兵士たちにとっても大きな衝撃だった。フローラが狼型の魔物を華麗な剣捌きで倒すたび、周囲から「すごい…!」という感嘆が漏れる。


 魔物たちを制圧しながら谷奥へ進むと、自然の崖下に洞穴らしきものを見つけた。そこから強い瘴気のようなものが立ち昇っているのを、ファルナが察知する。


「ここが本拠地……かもしれないわ。でも、今の人数で奥まで行くのは危険ね。もっと準備が必要よ」


 ファルナが小さく息をつき、フローラも頷く。


「ここまで確認できれば十分な成果だよ。父上に報告して、次の手を打ちましょう。兵士の皆さんも、これ以上は危険だし」


 俺も「賛成だ。大きな戦果は見込める一歩だ」と同意し、討伐隊はいったん撤退を決断する。

 兵士たちも怪我人こそ出ていないが、疲労は相当たまっている。


 館に戻ると、兵たちは疲労をにじませながらも誇らしげに報告をまとめる。フローラの父は、「よくぞ無事に戻った。報告が大きな助けになる」と言って彼らをねぎらい、奥でフローラやファルナと共に地図を再確認する。


「谷の奥に巣があり、あれを叩ければ被害が減るのは間違いない……。借金取りたちに対抗するためにも、このチャンスを逃すわけにはいかん」

「ええ。私たちがもう少し大人数で本格的に攻め込めば、一気に事態を好転できるかも」


 フローラが意気込みを見せると、父は疲れた顔ながら少し笑みを浮かべた。


 しかし、借金の返済期限は着実に迫る。館の周囲には金貸しの手先が頻繁に現れ、嫌がらせを続けているようだ。


 夜更け、ファルナは魔術の資料を広げて作戦を考えていた。そこへレイが何気なく通りかかる。

 ファルナはレイの姿を見ると、小さく笑みをこぼし、「お疲れさま」と声をかける。


「あなた、ほんとに強かったわね。……正直、最初は大袈裟に言っただけだと思ってたけど、あんなに魔物をあっさり倒すなんて」

「ファルナの魔術があれば、楽に突破できるから、次も頼むよ」


 ファルナはふっと視線を落とし、一瞬だけ言葉を探したような仕草をしてから、少し頬を染めて微笑む。


「……ありがとう、私も頑張る。領地を救うために、それに……あなたの力になるためにも」


 その言葉にレイは照れたような笑みを返し、二人は短い会話の後、静かに別れていく。

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