第16話 借金と魔物

 朝早くから、レオンハルトは領主館の執務室で書類を睨んでいた。魔物被害と借金問題のダブルパンチで、眠る暇も惜しんで対応に追われているらしい。

 そんな彼のもとへ足を運んだ俺たちは、まず周辺状況を聞き出し、その後、街の状態も自分の目で確認してみようと考えた。フローラは「父にこれ以上苦労をかけたくない」という強い思いで、落ち着かない様子だった。


 ファルナを伴い、館を出て領地の中心部へ向かう。かつては活気にあふれたという街並みだが、今や人通りがまばらで、道を行く人々も怯えたような顔つきだ。

 店のシャッターは閉じられたまま、露店も見当たらない。フローラは俯き加減でつぶやく。


「昔はお祭りになると、大通りは人で溢れてたのに……。こんな風に静まり返ってしまうなんて」

「魔物のせいで郊外が危険になって、農作物も供給が途絶えがちだし、商人たちにも魔物の被害があって、商売する余裕がないの」


 ファルナが厳しい表情で続ける。彼女自身も必死に立て直しを図っているが、状況は深刻を極めている。


 遠くの路地に、薄汚れた外套をまとった数人の男が立ち話しているのが見えた。こちらを見てニヤリと笑う者もいるが、どうやら領主の兵士ではないようだ。

 俺は思わずフローラの横へ寄り、防御に備える。だがファルナが「借金取りの手先かも。刺激しない方がいい」と囁くので、そっと通りすぎるに留める。


 街をひと回りして館へ戻ると、ちょうど正門前で兵士数名と数人の男たちが口論をしていた。男たちは傭兵風でもあり、胡散臭い匂いがする。

 兵士が必死に「返済期限の延長を……」と頭を下げているが、相手は小馬鹿にした笑みを浮かべながら返す。


「利息は増える一方だし、返せねぇなら領地そのものを抵当にするしかねぇんだよなぁ? 領主様にもそう伝えときな!」

「くっ……」


 彼らが去ろうとした瞬間、フローラは止めたい気持ちをこらえきれないのか、一歩踏み出しかける。が、ファルナが軽く制止する。

 そこへ館の扉が開き、レオンハルトが姿を見せた。疲れ切った顔だが、娘に心配をかけまいとするかのように必死で平静を保っている。


「……脅すのはやめろ。私どもも最大限努力して返すつもりだ。だが今は魔物討伐で――」

「魔物だ? そっちの都合なんざ関係ねぇよ。こっちも上から回収しろって言われてるんだ。期限は守ってもらうぜ?」


 男たちが舌打ちをしながら立ち去ると、レオンハルトは悔しさを噛み殺すように眉間に深い皺を寄せる。フローラが急いで駆け寄る。


「お父さま……! どうして黙ってあんな連中の言い分を……」

「書面がある以上、強硬手段に出れば領地を丸ごと取り上げられかねん。今は下手に騒ぎを起こせんのだ……」


 その言葉にフローラは拳を強く握りしめるしかない。俺も歯がゆい思いだが、レオンハルトの苦悩は察するに余りある。魔物被害を抑えられないまま、借金だけが膨れあがっているのだ。


 ひとまず正門前の騒動が収まったあと、俺たちは館の執務室へ移動して改めて状況を聞くことになった。

 レオンハルトが椅子に腰掛け、ファルナは魔術的に色分けされた地図をテーブルに広げる。フローラは隣に立ち、息を呑む。


「魔物出現地域がどんどん拡大しているのがわかるでしょう? 最初は森の奥だけだったのが、今や山岳地帯や平野にも進出してるの」

「これじゃ村人は農作業も安心してできないわけですね……」

「守るための傭兵を雇おうにも資金が足りず、返済期限も迫るばかりだ。兵士たちも疲れ切っている」


 レオンハルトは苦渋に満ちた口調で地図を叩き、「このままでは領地が滅ぶ」と吐き捨てるように言う。その姿を見たフローラは、もうこれ以上父を追い詰めたくないと感じているようで、焦燥の色が見て取れた。


「討伐隊を再編しよう」と俺が口を開くと、ファルナがすぐ賛同した。

 大軍を動かすだけの費用がないなら、少数精鋭で魔物の巣を直接叩く手はどうだろう。俺の剣とフローラの剣術、ファルナの魔術があれば、ある程度のリスクは乗り越えられるはずだ。


「賛成よ。兵士の大半は館や街の防衛に回して、私たちが潜り込んでボス魔物を仕留めれば……」

「確かに……被害を一気に減らせば、領民が安心して生産や商売を再開できるかもしれない。そうなれば借金返済も――」


 フローラは希望の光を見たように顔を上げる。レオンハルトも口元を少し緩め、「本当に頭が上がらないな……」と息を吐いた。


「無理は禁物だが、それが最善策かもしれん。……レイ、フローラ、そしてファルナ。頼む、私も微力ながら兵を出そう。今夜はゆっくり休んで、明日から本格的に動いてくれ」


 協議を終え、それぞれが翌日以降の行動準備に散った後、夜の館は静けさに包まれた。

 フローラは父と久しぶりに語らい、ファルナは魔術の資料を読み込んでいるらしい。俺は客室に戻って剣を手入れしながら考える――借金問題と魔物問題、どちらも時間がない。


(だけど、この剣には強大な力が宿っているかもしれない。何もできないわけがない……!)


 枕元で佇む刃からは、かすかな温もりを感じる。

 あとは、フローラやファルナの思いを背負って戦うだけだ。魔物の巣を突き止め、借金取りの横暴を止めるための一手を打つ――。


 外の闇は深く、時折遠くから魔物の唸る声が聞こえる気がするが、この館の中には確かな決意が芽生えていた。

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