第9話 ガルドンの暗躍
遺跡の探索を無事終え、俺とフローラが街に戻ってきたのは、出発からちょうど一週間後だった。
初めて挑んだ高難度クエストながら、俺たちは古代の仕掛けや魔物をどうにか攻略し、大きな成果を持ち帰ることに成功した。さらに“武器進化”の力も高まったと感じている。
「いやぁ、正直ギリギリだったけど……なんとか帰ってこれたな」
「ええ。本当に大変でした。でも、あの遺跡で得られた経験は大きいと思います」
フローラは疲れを隠せない表情を浮かべながらも、達成感に満ちていた。
俺も同じだ。数度にわたる激戦や謎解きで、体力も精神力も削られたが、その分しっかりと実力が伸びた確信がある。
夕刻、冒険者ギルドに帰還報告をすると、受付のシェリルさんは驚きと喜びの表情を見せてくれた。
「お帰りなさい! ……やっぱりあなたたち、すごいわね」
「まあ、俺たちなりに必死だっただけですよ。何度も危ない場面がありました」
用意されていた報酬も高額で、さらに遺跡で拾った希少な鉱石や遺物の一部も買い取ってもらえるとのことだ。
街の冒険者の間でも、「底辺と言われていたレイがこの短期間で大出世を遂げている」「フローラは剣術の腕前だけでなく、教養でギミックを攻略したらしい」などと話題になりつつあるらしい。
「……おれも追放されたまま終わると思ってたけど、人生何があるか分からないもんだな」
「ふふ、レイさんが努力してるからですよ。私も一緒に成長できて、嬉しいです」
フローラはそう言ってほほえむ。その笑顔を見るたびに、俺はフローラを守り抜きたいという気持ちを再認識する。
しかし、そんな穏やかな空気は長く続かなかった。ギルド内が妙にざわつき始め、きつい視線を送ってくる人影がある。
ふと視線を向けると、やはりそこにはガルドンがいた。彼は豪奢なプレートアーマーを身にまとい、取り巻きを従えながらテーブル席にふんぞり返っている。
前にも増して冷ややかな眼つき。ここ最近、俺たちの急成長を聞きつけて、さらに苛立ちを強めているのだろう。
「……あいつ、まだ懲りてないんだな」
「ええ。こっちを睨んでますね」
フローラも肩を強張らせている。正直、ギルド内でのトラブルは御免被りたいが、ガルドンが絡んでくるなら無視するわけにもいかない。
案の定、彼はゆっくりと立ち上がり、俺たちのもとへ歩み寄る。周囲の冒険者たちが「また始まるのか……」と迷惑そうに視線を向けているのが分かる。
「へぇ……古代遺跡だかなんだか知らんが、よく生きて帰ってきたじゃないか」
「……まぁな。何か文句でもあるのか?」
心の底では腹が立っているが、余計なトラブルを避けたいので極力抑えめに返す。
するとガルドンは鼻で笑いながら、フローラを一瞥した。
「実に惜しい。お前のような女が、こんな底辺男に付き従うなんてな。……ああ、確かに腕は上げたんだろうが、所詮はゴミ武器男。貴族の血を継ぐ少女に相応しいのは、この俺だ」
「なっ……」
フローラが怒りを滲ませて口を開こうとしたその瞬間、ガルドンは冷たく言葉をかぶせる。
「お前の剣術と美貌――それに没落したとはいえ、貴族の器量。全部が惜しい。無駄な場所で使われているのが歯がゆいな。……俺のパーティに来い。世界が変わるぞ」
「ふざけないでください! 私はレイさんと戦うと決めたんです。あなたの誘いに魅力なんか微塵も感じません!」
フローラは毅然と拒絶するが、ガルドンの表情に落胆や動揺はない。むしろ笑みが深まっているのが不気味だ。まるで「想定内」という顔だ。
その場の空気が凍りつき、周りの冒険者たちまで言葉を失う。ガルドンがここで何か騒ぎを起こしても、ギルドとしては黙ってはいないだろう――そう誰もが思っている。
「……ま、ここでは大人しくしておいてやるさ。だが、お前らがいつまでものんきにいられると思うなよ」
そう呟くと、ガルドンは踵を返し、取り巻きを引き連れてギルドを出ていった。
残された俺とフローラの胸には、不安と嫌悪が渦巻く。いつかこういう露骨な場面が来るとは思っていたが、奴の執着は尋常じゃない。
俺はフローラの表情をうかがう。気丈に振る舞っているが、あんな言葉を浴びせられて動揺がないわけがない。
「……大丈夫か?」
「……はい。平気です。ごめんなさい、心配かけて」
フローラは微かに震える指先を隠すように、袖を握りしめている。
ガルドンの狙いが今や“レイに勝つ”というより“フローラを自分のものにする”ことにシフトしているのは明白だ。今後、どんな手段を使ってくるか想像もつかない。
その夜、俺とフローラは勝利の祝宴でもしようと宿の食堂に降りた。周囲の人々は陽気に飲み食いしている。冒険者にとっては、成功のあとの一杯は至福だ。
しかし、どこか落ち着かない。ガルドンの言葉が頭から離れない――そうしていると、不意に宿屋の主人から声をかけられた。
「……お客さん、入口の方で誰かが呼んでるみたいですよ。お連れさんでしょうか?」
「え? 俺たちを?」
フローラと顔を見合わせる。こんな夜遅くに、一体誰が?
何か嫌な予感がするが、無視もできない。ギルド関係の緊急連絡かもしれないし……。
「とりあえず行ってみよう」
「はい。気をつけて……」
俺は一歩前を歩き、フローラが少し後ろをついてくる形で宿の外へ出た。夜風がひんやりと肌を撫で、辺りは薄暗い。街灯がぽつりぽつりと灯っているが、視界は決して良くない。
すると、路地の奥に数人の人影が見えた。……明らかにただならぬ空気を放っている。嫌に整然としているというか、連携が取れていそうな雰囲気だ。
「呼んでるのは、お前たちか?」
俺が問いかけても返事はない。代わりに、その中の一人がゆっくりと前へ出て――冷たい声が響いた。
「……フローラだな、おまえは貰った」
フローラは身構えるが、次の瞬間、数人の男たちが一斉に動いた。事前の連携なのか、俺たちの退路を塞ぐように素早く散開する。
慌てて剣に手をかけようとした俺だが、相手の一人が投げた何かが閃光を放ち、視界を奪われる。
「っ……眩しい! フローラ、下がれ!」
「キャッ……!」
刹那の光に目を灼かれている間に、誰かがフローラの腕を乱暴につかみ、後ろから何か布のようなもので口を塞いだようだ。
俺は必死に剣を振りかざそうとするも、複数の気配がフローラを囲んでいる。…しかも衝撃波のような魔術の気配を感じる。どうやら魔法使いまでいるらしい。
これでは一瞬で救いに飛び込むのは難しい。目がチカチカしてまともに見えない。
「離せ! フローラを……っ!」
叫んで突撃しようとしたその時、光が弱まり視界が回復し始めたが、すでにフローラはがっちりと取り押さえられている。
男のうちの一人が忌々しげに口を開いた。
「ふん……レイ。目障りな存在だ」
「……まさか、ガルドンの差し金か!」
あの性格を考えれば、やりかねない。だが、もはや確信に近い。
フローラは必死にもがくが、魔術的な拘束と複数人の力でどうにもならず、声すら上げられない状態だ。
俺は歯を食いしばり、やり方の卑劣さに怒りが爆発しそうになる。だが、奴らは周到に準備しているらしく、俺の剣を絡めとるように、牽制してくる。
(くそっ……数が多すぎる! フローラを奪われるわけにはいかないのに!)
なんとか一人に斬りかかろうとするものの、相手はすぐさまフローラの首にナイフを当て、舌打ちする。
「下手に動けば、この女がどうなるか分からんぞ!」
「……っ!」
一瞬、動きが止まる。フローラの瞳が潤んで俺を見ている。助けたいのに、あと一歩が踏み込めない。相手は完全に人質を取る気だ。
そして、抵抗を許さないまま、連中は一斉に後退し始める。フローラを抱え込むように囲みながら、闇に溶け込むように消えていく。
「待て! フローラを返せぇぇっ!」
俺の叫びも虚しく、閃光弾で生じた一瞬の混乱の隙に、彼女は連れ去られてしまう。
路地には俺ひとりが取り残され、怒りと悔しさで膝をつく。じわりと湧き上がる絶望感をかみ殺しながら、拳を地面に叩きつける。
「ガルドン……っ! なんてことを……!」
足音や気配を追おうとするが、夜の街は入り組んでいて、相手がどこに逃げたのかすら把握できない。叫びそうになるのをこらえ、俺は必死で考える。
このままでは終われない。フローラを救わなくては。
――ガルドンが仕組んだなら、彼の拠点か、彼が利用できる場所に違いない。
(フローラ……絶対に助ける。俺はあいつを……ガルドンを絶対に許さない!)
両目に宿る怒りと殺気を押さえきれないまま、俺は震える身体で走り出す、シェリルさんたちに事の次第を説明しなければならない。
フローラを奪われた悔しさが燃え上がる。次に奴と相まみえたときは、容赦など決してしない。
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