第8話 新たなクエストと急成長
翌朝。
まだ少し身体に疲労は残っているが、俺とフローラは早速鍛冶屋のオズベルトの工房へ向かっていた。昨夜のコボルド討伐報酬を元手に、そろそろ装備を強化したいと思っていたからだ。
「やあ、あんたらか。また来たな」
煤けた工房の奥から、ぶっきらぼうな声が聞こえる。相変わらず無愛想だが、腕前は確かな職人・オズベルト。
俺たちが挨拶もそこそこに、先日のコボルド討伐で得た報酬と現状の装備を見せると、彼は驚いたように鼻を鳴らした。
「へえ、金貨をしっかり手にしたのか。あのボロ装備でよくもまあ、そこまでやれたもんだ」
「ええ、まあ……。これを機に、もっと戦える装備にしたいと思いまして」
そう言って、俺は腰の剣を差し出す。すでに何度か研いでもらっているが、先日の激戦で再びキズが増えた。でも、俺にはこの剣以外考えられない。
オズベルトは刃を覗き込みながら「やはり妙な剣だな……」とつぶやき、改めて表面を確かめる。
「まるで内側から力が吹き出してるような、独特の金属響きがある。見た目は安物なのに、まるで”生きた武器”みたいだ。……まったく、鍛冶師冥利に尽きるようなモノを持ってきやがって」
そう言いながらも、彼の目は好奇心に満ちていた。やはり、俺が感じている“進化”に近い現象を、専門家としても興味深く捉えているのだろう。
「修理と少しの強化はできるが、この剣の正体が何なのかまでは俺にも分からねえ。下手にいじって台無しにするのも怖いしな。……とりあえず最低限の補強だけ施してやるよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
次はフローラの番だ。彼女は先日オズベルトに修理してもらったショートソードをさらに鍛えなおすつもりのようだし、新しい防具もほしいという。
元貴族なら、実家にある程度の武具があったかもしれないが、没落した今は厳しいらしい。結局、俺たちが合計して持っている金貨で、できる範囲の強化と防具の購入をすることになった。
「実用性重視で行きますね」
「うん、俺も派手さより機能性重視で。それで十分だ」
オズベルトがいくつか中古のチェストプレートや軽鎧を提案してくれたので、フローラは華奢な体格に合う軽金属製の胸当てと、丈夫なブーツを選ぶ。
俺は革鎧からランクを上げ、少し重いが防御力の高い鎧へ。もっと強敵とやり合うには、これくらい必要だろう。
「じゃあ、細かい調整があるから夕方までには仕上げてやる。日が暮れる前に取りに来い」
「了解。助かります」
こうして装備の準備をオズベルトに任せ、俺たちはギルドへ向かう。新たな依頼を探し、さらなる成長を目指すためだ。
冒険者ギルドの掲示板は今日もにぎやかだ。大きな街だからこそ、毎日のように新規のクエストが貼り出されている。
俺たちは周囲の冒険者たちを気にしつつ、掲示板に近づいて探していると、シェリルさんが声をかけてきた。
「レイくん、フローラさん。例のコボルド討伐の件、正式に大成功で報告書が通ったわよ。ありがとうね。お陰で街も安心よ」
「いえ、こちらこそ。おかげで稼がせてもらいました」
俺がそう言うと、シェリルさんは嬉しそうに微笑む。さらに用件があるようで、書類を一枚取り出した。
「実はギルド内の評価が上がったから、ひとつ難易度が高い依頼を紹介できるかもしれないの。古代遺跡の探索隊が人手不足で困っているって聞いたんだけど、興味ある?」
「古代遺跡……か。聞いたことあるけど、あそこって危険なんじゃ」
王都近郊の山岳地帯にある古代遺跡が長年の謎になっており、しばしば調査隊が派遣されるものの、帰ってこない者もいるとかいう話だ。
当然、報酬も高いが、リスクも高いという冒険者泣かせの難所らしい。
「普通の探索者じゃあっさり撤退しちゃうみたい。だから戦闘力のある精鋭を探してるそうよ。どう?」
フローラが視線を交わし、「危険だけど、挑戦してみる?」という無言の問いを発している。俺も頷き返した。コボルドの討伐を成功させた今、次のステップとしては十分あり得る選択肢だ。
「わかりました。詳しい話を聞かせてもらえますか」
「OK。じゃあカウンターで説明するわね」
そうして俺とフローラは、シェリルさんから遺跡探索の概要や必要な準備をレクチャーしてもらった。高度な魔物や仕掛けが存在する可能性があるらしいが、その分報酬は“金貨二桁”も見込めるという。
「フローラ、どう思う?」
「少し怖いですけど、今の私たちなら……きっといけるんじゃないかな。新調した防具があれば、なおさら」
お互いすでにやる気は満々だ。正直、危険は承知のうえ。冒険者として成り上がるには、こうした高難度クエストをいくつもクリアして、評判を確固たるものにする必要がある。
――それに、どこかで“あの男”に一泡吹かせてやりたい気持ちもある。ガルドンに「俺たちはただの運じゃない」と示すには、さらに大きな成果を積まねばならない。
しかし、その夜。
俺たちはオズベルトの工房から受け取った装備を試しながら宿へ戻ろうとしていたところ、思わぬ形でトラブルに遭遇する。
大通りの角を曲がった先に、数人の男が待ち伏せしていたのだ。見るからに荒くれ者の冒険者風だが、どこかで見た顔……いや、ガルドンの取り巻きだったか?
「おい、そこのお前ら。ちょっと付き合ってくれや」
薄暗い路地に誘い込まれる形で、そいつらが不気味な笑いを浮かべる。フローラが警戒して一歩下がる。
「……何のつもりですか?」
「いやあ、コボルド討伐で有名になったらしいじゃないか。でも、お前らの噂話なんてあてにならねえ。実力を確かめたいだけさ」
言いながら、ひとりがナイフを抜く。そんなの、ただの絡みでは済まない。明らかに妨害目的か嫌がらせだ。
おまけに向こうは人数が多い。だが、俺たちは装備を新調したばかりで、腕慣らしにもなるかもしれない。
「フローラ、ここは……」
「大丈夫です。やりましょう。数が多いけど、連携すれば」
俺はゴミ剣――いや、自分の相棒の剣に手をかける。微かに刻まれた独特の輝きが、今も確かに生きている気がする。ここで再びこの力を引き出せるか。
「やっちまえ!」
取り巻きたちが一斉に襲いかかる。無秩序な動きだが、人数が多い分だけ厄介だ。
フローラはすかさず突きを放ち、かわしながら足を切り払う。俺も横合いから切りかかってくる男をパリィで弾き飛ばし、カウンターで攻撃。
新調した鎧は防御性能が高いので、多少の打撃は防げる。フローラの軽鎧も、これまでよりは遥かに耐久力が増しているようだ。
「ぐはっ……こいつら、強ぇな……」
「こんなはずじゃ……!」
数の利で押し切ろうとした取り巻き連中が、次々に地面に倒れていく。
わざわざこんなところで待ち伏せしてきたのは、ガルドンの指示だろうか? 表立って手を出すと評判が下がるから、取り巻きに代理で嫌がらせさせた――そんなところだろう。
最後の一人が「覚えてろよ!」と捨て台詞を残して逃げていくのを見届けると、俺とフローラは大きく息を吐いた。
幸い、軽いかすり傷だけで済んだ。新調した防具が早速役立った格好だ。
「……ガルドンの差し金でしょうね」
「たぶんな。はっきりした証拠はないけど、あんな連中がいきなり俺たちに絡んでくるなんて、他に理由が思いつかない」
奴は陰湿な手段を使ってでも、俺たちの足を引っ張ろうとしているようだ。だが、こんな妨害で引き下がるほど甘くはない。
もっとも、ガルドンの目的が“フローラを手に入れる”ことにあるなら、今回の失敗で素直に諦めるとも思えないが……。
翌日――。
ギルドに正式に“遺跡の探索クエスト”を申し込み、準備を整えた俺とフローラは出発の時を迎える。街を出て、山岳地帯へ向かうまでに数日はかかるし、そこから先の遺跡内部は未知の冒険が待っている。
見送るシェリルさんや、オズベルトから託された武器を握りしめ、固い決意を新たにする。
「この依頼を達成すれば、さらに上に行ける……!」
「ええ。ガルドンなんかに邪魔されてる暇はありません」
フローラの瞳はまっすぐ前を見据えている。俺も頷き返す。
――こうして、俺たちは新たなクエストへと旅立つ。さらなる高みに到達するために。次に街に戻ったときは、きっと今よりもずっと強くなっているはずだ。
新調した装備を身にまとい、武器進化の力を秘めた剣を腰に携え、俺はフローラと並んで街道を進む。
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