隣にいるのに、遠い人。
shimshiro
第1話「近くて遠い、その距離を。」
普段は寡黙で無駄なことは話さないが、仕事に対しては真面目で、着実に信頼を積み重ねていた。
そんな彼にとって、今回の案件は大きな試練だった。
「佐伯、この案件を任せる。クライアントとの調整はお前に一任するから、しっかりやれよ。」
上司から手渡された資料を見て、一は小さく息をのんだ。
それは、とある人気スイーツブランドの広告案件だった。
しかも、外部のフリーランスライターと共同で進める形になっている。
「ライターの工藤リノさんは、業界でも評判の実力者だ。しっかり学んでこい。」
名前を聞いた瞬間、一の心臓が一瞬跳ねる。
工藤リノ――彼女の名前は、社内でもよく聞いたことがあった。
初めての打ち合わせの日。 指定されたカフェで待っていると、約束の時間の5分前に現れたのは、黒髪の清楚な女性だった。
「初めまして。工藤リノです。」
透明感のある声に、一は一瞬、言葉を詰まらせる。
「……リノさん、ですね。」
しまった。 いきなり下の名前で呼んでしまった。
「ふふ、いきなり下の名前なんて、なんだか親しみを感じますね。」
リノは微笑みながらも、どこか距離を保ったような空気をまとっていた。
この日を境に、二人は広告制作のために何度も顔を合わせるようになる。
一は、仕事に対して妥協を許さないリノの姿勢に尊敬の念を抱くと同時に、彼女のことをもっと知りたいという気持ちが芽生えていく。
しかし、リノは決して自分のことを深く話そうとしなかった。
一が何か聞こうとすると、うまく話をそらされてしまう。
そんなある日、一はリノがクライアントとの会議後に、誰もいないオフィスでぼんやりと窓の外を眺めているのを見つけた。
「リノさん?」
声をかけると、リノは一瞬驚いたように振り返るが、すぐにいつもの微笑みを浮かべる。
「佐伯くん、どうしたの?」
「いや……疲れてるように見えたので。」
リノは一瞬、困ったような顔をしたが、「大丈夫」と短く答える。
しかし、一にはわかった。 彼女は何かを抱えている。
このままでは、きっと彼女の心には触れられない。
一は、自分の気持ちがリノに届くことを願いながらも、決して告白することはなかった。
それが、リノとの関係を壊さないための最善の選択だと信じていたから。
だが、そのもどかしさが、二人の距離をより一層切なくするのだった――。
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