第2話 ボランティア

 翌日早朝に起きた遠藤はひとまずジョギングに出かけ帰宅すると軽い朝飯を済ませマンションに向かった。マンションというのは角の娘亜美と息子翔太が住む家で、一階エントランスに入ると黄色い旗を持った高齢男性がいた。

「おはようございます」

「おはようございます」

 遠藤が挨拶すると男性も挨拶を返した。今日はマスクしているから昨日の病院の受付係のようにビビられることもない。まったくマスクは有難いものだと遠藤は思った。

「本日より見守り活動をすることになりました遠藤です。よろしくお願いします」

 昨日受け取った紙袋の中に角の細かい指示を記したメモも入っていた。それによると登下校時に学校周辺をうろうろすると(ことに遠藤のような強面が)通報される恐れがあるから学校のボランティア要員として登録しておいた。地域見守り活動の一環としてもついでに働け、とのことである。

「ああ、あなたが遠藤さんですか。こちらこそどうぞよろしくお願いします」

 男性は藤澤と名乗った。

「まだお若いのに、ありがとうございます」

「いえいえ。もういい歳ですよ」

 遠藤は腕時計に目をやった。まだ子供たちが集まるには時間がある。

「遠藤さんはこういう活動は初めてですか」

「初めてです」

「やりがいがあっていいですよ。私は元々会社員だったんですがリタイアして自身の健康の為にも活動しているんですが」

「なるほど」

「遠藤さんは何をされておられるんですか」

 遠藤はマスクの下で笑った。

「在宅勤務です。パソコンで」

 キーボードを打つ仕草をする。

「へえ、それはいいですね。働き方改革っていうやつですかね」

「ええ、まあ」

 エレベーターが一階に到着し、中から子供たちがばらばらと降りてきた。

「ほらきた――はいおはよう!」

「「「「「おはよーございまああす!!!」」」」」

 慣れた藤澤は子供たちを整列させ通勤する人たちの邪魔にならないよう移動させる。子供たちは見慣れない遠藤に興味津々といった視線を送っている。

「おはよう。今日から指導員になった遠藤です。よろしく」

「「よろしくお願いしまあああす!!」」

 中の数名の男子が元気よく声を張り上げた他は無反応だった。まあこんなものだろうと遠藤は思った。

 次にエレベーターから降りてきた生徒たちの中に亜美と翔太がいた。角のメモには写真も付いていて二人の顔は記憶している。

「おはよう」

 遠藤がその集団に声をかけると亜美は挨拶を返し翔太は小声で挨拶した。

「さあ全員揃ったかな? それじゃあ道々気をつけて出発!」

 黄色い旗を掲げた藤澤が集団登校の列の先頭、最後尾に遠藤がついた。子供たちは勝手気ままにわいわい喋りながら歩いていく。たまにじゃれ合って歩道から車道に飛び出そうとする子供を藤澤が優しく注意していた。

 遠藤は道々自身が子供の頃を思い出した。少子高齢化が声高に謳われる前の時代で、確かにその頃に比べるとぐっと子供の数は減ったように思われる。地域にもよるだろうがここはまだ比較的多い方ではないか。

 亜美は高校生、翔太は小学生である。歳の離れた姉弟で翔太は亜美にべったりという感じだ。角は妻と別れ家には子供たちしかいない。よって亜美が母親代わりになるからなつくのは致し方ない。

 二人が通う学校は小中高統合校で主に三棟が渡り廊下で繋がる構造になっていた。基本的に早く終業するのは翔太の方だが亜美と下校時間を合わせるため敷地内に併設されている学童保育施設で待機することになっている。

「いってらっしゃい。頑張って」

 校門前で別れると遠藤は子供たちに頭を下げた。亜美は藤澤と遠藤に頭を下げ翔太とともに校舎に向かって歩いていく。遠藤と藤澤はそれから校門受付員となり校門前で挨拶活動をしそれが終われば小屋の中で校門の番をすることになった。

「なかなか忙しいですね」

 小屋の中は冷えるのでストーブを点けながら二人は話した。

「そうでしょう。人員不足でして大変で。遠藤さんにきていただいて助かります」

「とんでもない」

「ところで」

 藤澤がいった。

「角さんとはどういうご関係なんですか」

「といいますと」

「今日遠藤さんが見守り活動員として参加されるのは学校から私に連絡があったからなのですが、その際聞いたことは角さんからの推薦があったという話で」

 遠藤は頷いた。

「その通りです」

「角さんはPTAの理事もされておられるので信頼はしています」

 歯に物が引っかかるようないい方だが遠藤は藤澤の気持ちがよくわかっていたし、事前に角からのメモにも藤澤について書かれていた。藤澤は角が角組の組長であることを知っているか疑っているかしているのだ。

「以前、働いてた会社の上司と部下の関係です」

「そうだったんですか」

「ええ。東京の方にあったんですが、潰れて私も一緒について移ってきたようなことで」

 こう訊かれたらこう返すというマニュアルのようなものは一応ある。

「何かご懸念でも」

「いえ。失礼しました」

 会話はそこで途切れた。埃のような雪がちらちら小屋の外に降り始めている。

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鬼瓦の純情 堂場鬼院 @Dovakin

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