【第一部完結】完頂!尻闘伝!! 〜熱尻《ねっけつ》男子高編〜

陽海

第1話 序

〈スイ視点〉


『それでは間も無く第69回、全国尻闘けっとう大会、地方予選の、第一試合を執り行います! 選手の方は試合会場に集合してください』


 数多の汗と涙が染み込んだ、

 男性用の更衣室である。


 現在は出場選手の待機場として指定されたその部屋に、音割れした伝声機によって、闘いの鐘が告げられた。


 三つの人影が、思い思いの表情を浮かべて顔を上げる。


「よし……行こうか」


 ひとつ、深呼吸をして。


 一人が立ち上がると、他の者たちも続く。

 

「イッくんもナルミくんも、準備はいいかい?」


「うっす、先輩! 準備は満タンなんだぜ!」


「……イッちゃん……それ、たぶん『万端』ね?」


「おお、そうか! ナルミくん、いつもありがとうなんだぜ!」


「……どうも」


「あはは。イッくんは本当に、どこにいてもイッくんだねえ。いやはや、安心するよ」


 そう言って、朗らかに微笑むのは。


 スラリと引き締まった長身に、優しい面頬が似合う青髪の少年――貫地谷かんじやスイである。


 この場における最年長者、公立結野けつの高校に通う三年生であり、彼らが所属する尻闘部けっとうぶの部長でもあるスイの言葉に、キラキラと活力に満ちた黒曜石の瞳を輝かせる黒髪の少年――直丹すぐにイクと、西洋人形のように整った容姿でありながら碧眼にかげを宿した金髪の少年――盾永たてなが・A・ナルミが、それぞれ笑みと不満の表情を浮かべる。


「おう! どういたしましてなんだぜ!」


「……イッちゃん……たぶん……あんまり、褒められてないからね?」


 無邪気に笑うイクを軽くたしなめつつ。


 ズイと、ナルミがスイとの距離を詰めた。

 

「……それに部長も……イッちゃんを……侮辱すると、許さないですからね?」


 身長百六十に満たない小柄な金髪少年が、身長百八十近いモデル体型の青髪少年を、下方向から這い寄るように見上げる。


 そうした後輩の無作法にも、

 先輩は微笑みを崩さない。


「ぜんぜん、そんなつもりはないよ。今のは心からの本心さ」


「……だったら……いいんですけど……」


「おう! よくわかんないけど、ナルミくんはいつも気にし過ぎなんだぜ! あんまり細かいこと気にしてると大物にはなれないって、じっちゃんが言ってたんだぜ! ……あ、だからナルミくんは、背が伸びないのかもしれないぞ!? あははドンマイなんだぜ!」


「うん、やっぱりイッくんはもう少し、周りに気を使うことを覚えようか?」


「……いいんですよ、部長」


 流石に注意が必要かと指摘したスイに対して、ナルミはふるふると、首を左右に振る。


「……それが、イッちゃんの魅力なので……」


「おう! どういたしましてなんだぜ!」


 やはりよくわかっていないのか、的外れなことを言って無邪気に笑うイクと、そんなに彼に微笑みつつ、やや湿度が高めな視線を向けるナルミの一年生コンビである。


「……う〜ん、まあ、二人がそれでいいのならそれでいいか」


「も〜! すーくん、遅いよ〜っ!」


 そうした少年たちの遣り取りに痺れを切らしたのか、更衣室の扉を乱暴に開け放って入室してきたのは、栗毛色の髪をショートボブにカットした、快活そうな少女だった。


「あ、ダメだよあーちゃん! ここは男子更衣室なんだから、女の子のあーちゃんは外で待機って言ったでしょ!? めっ!」


「で、でもでも、もしかしたらすーくんが、私の目の届かないところで浮気をしてるんじゃないかと想像しちゃったら、私もう、心配で心配で……」


「うんうん、ごめんね、不安にさせちゃって。でもあーちゃんは一度、男子更衣室と浮気の定義について調べてみようか?」


 結野高校尻闘部けっとうぶのマネージャーであり、スイの同級生で幼馴染で恋人でもある少女――平良へらアスカは、そうした彼氏の至極真っ当な意見を押し返すように、グリグリと額をスイの胸板に押し付ける。


「そんなの、関係ないよ! すーくんはこんなにカッコいいんだから、男の子だって惚れちゃうかもだよ! それにイクくんだって子犬みたいに可愛いし、ナルミくんなんて女の子ばりに可愛いじゃない! そして皆、こんな裸同然の格好をして……こんなの、いつ間違いが起こってもおかしくないよ!」


「……先輩? ……ケンカなら、言い値で買いますよ?」


「ナルミくん! 女の人にグーはダメなんだぞ!」


「いや、っていうかこれ、尻闘けっとう用の正装なんだけど……」


 恋人からの嘆願に、困ったような微笑みを浮かべるスイであるが……


 しかし確かに、彼は今現在、

 半裸に近い格好をしていた。


 そもそも尻闘けっとうとは、かつて人と魔が血で血を洗う熾烈な争いを繰り広げていた戦乱の世において、人と人との無為な損耗をいとうた当時の退魔武士たちが、互いの威信をかけて、しかし人死は避けるような対決方法を模索したものが、その起源だと言い伝えられている。


 それから時を経て、時代の移り変わりとともに規定を改め、現代においては世界的な紳士のスポーツとして定着した尻闘けっとうであるが、その根幹にあるのは正々堂々を前提とした不殺ころさずの信念。


 ゆえに選手は身の潔白を示すために最低限の衣類しか着用を許されておらず、更衣室の少年たちが身につけているのは、大会規定によって胸下ほどでカットされた袖無しノースリーブのゼッケンと、こちらも公式ルールによって厳密に規定された、純白の尻闘下着ケツパンのみ。


 伸縮性の高い特殊な素材が用いられたケツパンは、選手の動きを阻害しないブーメラン型であり、彼らの鍛えられた脚線美を惜しげもなく晒していた。


 胸元までしか覆い隠していないゼッケンには選手の名前が記載されており、その下部で顔を覗かせるのは、10代の瑞々しい腹筋。


 背後からの丸見えとなる選手の腰裏には、事前に大会運営に携わる魔法士によって、ハート型にも見える『魔法印』が施されていた。


「いや、エロい! 何度でも言うけどえちえちすぎるよ、尻闘けっとう用のユニフォームって!」


「う〜ん。べつにそんなこと、ないと思うけどなあ……」  


 スイにとっては慣れ親しんだ尻闘正装フォーマルスタイルであるが、恋人である少女にとっては、どうにも不服であるようだ。


 とはいえ彼女の意見も、

 わからないことはない。


 なにせ異性の評価基準が同性におけるそれと異なってしまうのは、性差のある生物として、致し方のないことだ。


 例えるなら競泳や新体操、チアリーダーといった身体のラインが出やすい競技服を、男性がつい好色の目で見てしまうようなもの。


 本能を理性で抑え込めというのは、

 酷な話であろう。


「いやあ! 私のすーくんが雌豚どもに視姦されちゃう! 孕まされちゃうかも!」


「いやあ孕まない孕まない。それにみんながどんな目で僕を見ていたとしても、僕は気にしないよ。……だって、僕が気にするとしたら、それはあーちゃんにカッコいいところを見せたいときだけだからね!」


「すーくん!」


 泣き顔から一転。


 瞳に歓喜の涙を浮かべ、感極まったアスカは、衝動の赴くままに背伸びして、恋人の顔を引き寄せることで、その唇に貪りついた。


「おお、口吸いだ! 破廉恥なんだぜ!」


「……あのお……お二人とも、ぼくたちの存在、見えてますか……?」


 そのまま十秒……二十秒……三十秒……一分が過ぎたあたりでスイがアスカの肩をタップするが恋人の抱擁は振り解けず、二分を超えて三分に差し掛かった頃に、ようやく少女は、少年から身体を離した。


「んもう……すーくんの、えっち。続きはまた後でね!」


「ふひゅー、ふー、あ、ああ、そうダネ……」


「アスカ先輩、すごい肺活量なんだぜ! 尊敬しちゃうぜ!」


「……あの……試合前に、マネージャーが選手の体力削るの、やめてもらえます?」


 ともあれ、


「いよーし、それじゃあいくぞ、野郎どもーっ! 私についてこーいっ!」


「うおおー! 燃えるぜー!」


「あ、あーちゃん! それ、僕の言いたかった台詞……っ!」


「……まあ……それは、次回に持ち越しということで」


 たった四人しか在籍していない、世間からは弱小と誹られる、結野高校尻闘けっとう部。


 まだ世に知られていない尻闘者デュエリストたちによる、

 挑戦の火蓋が切って落とされるのであった。


 


【作者の呟き】


 というわけで、新作です。


 作者の悪ふざけの産物ですが、そういう世界観だと納得して、失笑してもらえると嬉しいです。


 あとこの世界においては『尻』は『ケツ』と読むので、ご了承くださいませ。


 m(_ _)m


 

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