第12話 セーフティーネットとわたし

 この話は気に入らなくて一度ボツにした。今さらだが俺の乏しい体験と妄想をだらだら書き連ねた駄文だ。とばした章の穴埋めぐらいにはなると公開した。

 

年が明けて職安の次にむかった役所は税務署である。ここに顔出すのも数十年ぶりで、正確には実家の最寄にある窓口は生まれて初めてであった。

 バブル経済の真っ只中に上京し苦学生をしていたころは、毎年のように顔を出していた。バイト先で知り合った先輩から所得税の還付金をもらう手続きを聞くまで、ほぼ未知の存在だった。純真で世間知らずな若者だったので源泉徴収という言葉を知らず、わずかな稼ぎからも容赦なく金を奪われていたのかと慄然とした。

 当時も今も給与所得以外の収入がなかったので、確定申告書を書くのに大して手間はかからなかった。ただ税額控除に勘違いがあったことと所得税と住民税の配分が変更になっていたことが誤算であった。ぶっちゃけ言うと思ったより還付金が少なかったのだ。浅ましく聞こえるかもしれないが、その時の俺の率直な感想である。

 

 職安の説明会で聞いていたのだが失業給付金は所得にならない。要するに所得税がかからない。これは地味に有難いと思った。確定申告の結果、住民税非課税世帯にはならなかったが国民健康保険料は引き下げられた。

 相手が無職だろうと取るもの取るというスタンスに変わりはないが、多少なりとも手心をくわえてくれるのだと感謝していたと思う。

 数か月後、家計簿と預金通帳を確認したことで、渡る世間に鬼はないという言葉は嘘だと判明した。第5話で書いた通りに給付金は右から左へ消えてしまった。目先の現金が消えた。なにもこれは鬼のせいばかりではなく自分にも原因があった。

 もちろん借金の返済に使ったとか、人妻に手を出し慰謝料請求があったとか、

自分にご褒美という名の散財をしたわけではない。 

税金あるいはNHK受信料など前払いすると割引になる制度がある。先払い期間が長いとそれに応じて額が大きくなる。出来ることなら払いたくない。でも少しでも

減らせるのならと国民年金保険料を2年分支払ってしまったのだ。市役所でもらったパンフレットには先払いの期限が書かれており、気づくのが遅かったせいかあまり猶予がなかった。焦りのため後先考えず手続きしてしまったのだ。

 

 分かってはいたが、預金通帳の引き落とし額は結構なインパクトであった。失業給付金や所得税還付金の入金なぞ霞んでしまうほどに。

 決して無駄遣いしたわけではないが、一般的な失業者はこのような金の使い方はしないだろうし、またお上も想定していないと思う。ふつうは次の勤め先をさっさと見つけて、そこの給料から天引きされるまで社会保険料支払いを猶予してもらうのだ。

 あくまで失業給付金は、再就職するための支援であり短期間を想定しているのだと思う。もし長期にわたるのならより困窮しているのなら生活保護費の対象となり、

税金や社会保険料は免除されるはずだ。給付まで窓口との攻防戦があり、失意のあまり亡くなった人もいるらしいが俺は未経験である。

 

 世間にはセーフティーネットを利用することをためらったり、利用者を非難する人間がいる。俺はもらえるものはもらっておく主義なので必要とあれば利用する。ただ自分が納税した金を、困窮者ではなく怠け者に利用されるのは嫌だという感情論も理解できる。

 アパートの隣人を撲殺した無法者が、生活保護受給者というニュースを知ったときはやりきれなさを感じた。窓口の役人が高圧的な申請者に屈服したのだろうか?

あるいは貧困ビジネスというせこい商売をしている人間の入れ知恵だろうか?

 優れた制度だと思うが、先人が導入されるまで闘った苦労を狡賢く利用されるのはたまったものではない。

 一方で水際作戦というものも違うと感じる。そもそも申請すら受け付けないように職員に指導する作戦が、有効な相手は弱っている人間であろう。上記のような無法者やヤクザ者に通用したとは思えない。いっそのこと現物支給にでもしたらどうだ?と思う。

 



 



 



 


 

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