第2話 元カノを寝取った先輩

 学校から徒歩十分強。

 街中にあるそこそこ立地の良い普通のアパート。

 俺はそこの二階。

 学生にしては広い部屋で一人暮らしをしていた。



「ここが俺の家」

「高校生で一人暮らしとか凄いね~」


 階段を上がりながら井伊さんは砕けた笑みを零す。妙に褒められたような気がして、ちょっとだけ嬉しかった。


 だけど一人暮らしって大変なんだよね。

 学生ながらバイトもしているし。

 物価高の昨今、スキマバイトでもいいから少しでも稼がねばえ死にだ。


「三年前、両親が海外へ移住しちゃってね。俺は日本で一人暮らしってワケ」

「そうなんだ。じゃあ丁度いいね」


 なにが丁度いいのだろう……?

 井伊さんはたまに不思議なことを言う。


 まあいいや。

 部屋のカギをカバンから取り出し、開錠。手馴れた手順で扉を開けた。



「どうぞ」

「お邪魔します」



 女子を招き入れるのは、これが初めてではないけれど久しぶりだ。

 徐々に緊張感が俺を支配する。


 ――いや、井伊さんとはなにもない。なにもないはずだ……?



 無駄に『2DK』という間取りで広々としている空間。これで家賃が四万なのだから破格かもしれない。いや、多分かなり安い方だ。



「適当に座って」

「わ~、広いね。ダイニングキッチンもあったし、部屋が二つなんて羨ましい」

「たまたまここを見つけてね。コンビニや駅も近くて立地は最高だ」



 本当に運が良かったとしか思えない。

 もともとこの部屋は親戚のじいさんが住んでいた。だが、俺が高校生になった頃に容態が悪化。そして亡くなった。

 それからタイミングよく、ここへ入居できたというワケだ。

 なので、こう言ってはなんだが軽く“事故物件”である。


 死因は孤独死。

 爺さんは直ぐに発見されて腐乱にならずに済んだが。


 幸いにも親戚の爺さんで顔見知りで、ガキの頃に遊んでもらって好印象だったので俺は気にならない。


 だから家賃が安い原因のひとつだろうな。



「いいね。住みやすそう」

「うん、快適だよ。学校も徒歩でいけるし」


「うんうん。これから住むには十分だね!」


「へ…………」



 井伊さん、今サラリと凄いことをおっしゃったような……? 気のせいならいいが……そうではなかったような。



「なんて?」

「だから、一緒に住むには問題ないねって」



「……本気か?」

「本気だよ。助けてもらったお礼をしなきゃ」



 大したことはしていないんだけどな。

 お礼と言うには、ちょっとバランスが悪すぎる気がするけど。でも、無碍むげにもできない自分がいた。



「なんでそこまで? 倒れそうになった井伊さんを助けただけだぞ」

「十分すぎる理由だってば」


 と、井伊さんはさわやかに断言した。いいのか、その程度の理由で。


「そうかな」

「そうだよ。これから毎日お世話してあげる」


「ま……毎日!?」


「ご飯作るし、お掃除やお洗濯も任せて。家事は全部やってあげる」

「マテマテ」


「マテ茶?」

「どういうボケだ、それは!? じゃなくて、おかしいだろって」



 そうだ。

 こんなのはおかしい。


 初日で、隣の席で、突発的な居眠りナルコレプシーで倒れそうになった井伊さんをちょっと助けただけ。それだけなんだ。


 それ以上でもそれ以下でもない。

 当たり前の、救助活動をしただけだ。



「言うの忘れていたけど、わたしは杏介くんのことが前から好きだったんだ」

「な、なんだって……。てか、いきなり告白って……。つか、今日まで面識なかったと思うけど?」


「どうかな……ふふふ」



 な、何だその含み笑い。気になるじゃないかっ。……くぅ、井伊さんめ。




 * * * * * *




 次の日を迎え、夕方。

 井伊さんは大きなカバンを持ち俺のアパートにやってきた。なんかご機嫌で笑顔がまぶしい。


 マジで俺の部屋に住むらしい。

 しかもなぜかメイド服を着ていた。

 なぜメイド! カチューシャとカフスもきちんと装備してるし。準備万端だな。



「……マジか」

「今日からお世話になります」


 極上のスマイルを浮かべる萌え萌えメイドの井伊さんは、当然のごとく俺の部屋に上がった。……なんだろう、神々しいメイド姿に圧倒されて俺は断れなかった。

 これで追い返したら、なんだかいろんな意味で事件になる気がした。下手をすると明日はネット記事のトップを飾るだろうな。



「なあ、井伊さん。なんでメイド?」

「杏介くんのお世話をするからね。形から入らないと」


「凄い気合の入りようだな」



 井伊さん、本気なのだろうか。

 今は見守ってみるしかないかな。


 彼女は俺の部屋の片づけや掃除をしてくれた。しかも、かなり機敏きびんな動きで。なんだこの戦闘力高めのメイド。これが連邦の白いアクマか――!


 あっという間に片付いてキレイになった。ピカピカの一年生をすっ飛ばして六年生かな。



「次はお夕食の準備をするね!」

「いいのかい?」

「任せて」



 そう腕をまくる井伊さんは、キッチンへ向かった。本物メイドみたいで凄いなぁ。と、感服していると井伊さんが光速――いや、高速で戻ってきた。



「どうした?」

「杏介くん、料理をするところを生配信していいかな?」

「え、どういうこと?」


「わたしの趣味でね。ヨーチューブに配信してるんだよ~。これで稼いでいるから」



 どうやら、井伊さんは料理配信を毎日しているようだった。それでサラリーマンの月収を超える収入を得ているのだとか……。とんでもねェメイドだった!


 料理配信で稼げるのか。知らなかったぞ。


 チャンネルを教えてもらうと、およそ『20万人』の登録があった。バケモノかよ! つか、ガチのインフルエンサーじゃないか。何者だよ。



「驚くことばかりだよ……」

「だからね、わたしが養ってあげるからねっ」


「えぇ…………」



 いったい、なにがなんだか分からないっ!


 井伊さんは、なぜここまでしてくれるんだ!? なんでこんな優しいんだ?


 助けたから?


 そんな単純シンプルな理由で?



 ありえないだろう……普通。

 もうワケが分からない!




 理解が追い付かない中で新生活は始まり、毎日を一緒に過ごす。

 三日、一週間と時間が経てば井伊さんが当たり前にいて、当たり前の生活になっていた。もう違和感なんてまるでなかった。



 だけど、そんな特殊な生活をしていれば当然、学校で噂になった。



 俺と井伊さんが付き合っているだとか、メイドにして調教しているだとか、元カノの礼乃を寝取られて乱心しているだの、あることないことウワサになっていた。



 最後の方は意味分からん! 名誉棄損で訴えるぞ!?



 けど、雑魚共の声などどうでもよかった。

 俺は井伊さんと一緒なら、高校生活ラスト一年を切り抜けられる。そう感じたから毎日をがんばれた。



 だが、二週間が経ったある日。



 大林先輩が俺のアパートを訪ねてきた。

 俺の元カノの礼乃を寝取った……先輩が。



 ……なぜ、今更!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る