第8話 月曜日の前進

 そして待ちに待った月曜日。今日は本物の曜子さんに一週間ぶりに会えるため朝からウキウキが止まらない。このウキウキを僕の可愛い妹である文音あやねにも分けてあげたい。


「おはようお兄ちゃん、ウキウキして猿みたいだね」


おはようウキウキ


「ていうかなんで制服着てるの? 昨日が祝日だったから今日は振り替え休日なのに夏期講習あるの?」


「ウキ? ……まじか、忘れてた」


 夏期講習の合間に長谷にライトノベルのことを聞こうと思っていたのだがこれでは長谷に会えない。しかし駄目元で長谷に連絡してみるとeスポーツ部の活動のため午前中は学校にいるとのことで合間に会ってくれることになった。


「というわけで午前中は学校、午後はいつも通りおばあちゃんのお見舞いに行ってくるから帰るのは夕方になるよ」


「それはいいけどさ。お兄ちゃんってそんなにおばあちゃんのこと好きだったっけ? もしかしておばあちゃん以外の目的があったりする?」


「文音、今お兄ちゃんは可愛いヒロインのために超常現象と戦っているんだ。母さん達には内緒だぞ」


「何それ中二病? 高二なのに」


 最近文音は僕に対して少し辛辣になってきている。昔はお兄ちゃん大好きって感じだったのに。今でも勉強のこととか告白されたときの相談とか必要な時は頼ってくれるのだが、自分に利益がないときはちょっと冷たいことが多い。これも大人になってきている証だろうかと思うと、嬉しくもあり寂しくもある。


 学校に到着したことを長谷に伝えると図書室に来るように連絡を受けた。


「悪いね、練習中に」


「別にいいよ、今日は自主練だし。それより、朝言ってたラノベのことだけどうちの図書室にもあったぞ、ほら」


 長谷が見せてくれたのは【君が逃がしてくれない~だって好きなんだもん~】というライトノベルだ。ピンク色のツインテールの女の子が主人公と思われる男の子に向かって腕を組んで見下しているように見える。だが頬は少し赤く染まっていてツンツンしながらもその主人公のことが好きでたまらない様子が想像できる。


「中一のとき文也に貸したことあったよな」


「ああ、これこれ。これを探してたんだ。助かったよ」


 報酬にペットボトルのコーラを一本渡してやると長谷はeスポーツ部の活動場所であるパソコン室へ戻って行った。


 中一の頃に読んだことがあるとはいえ詳しい内容は覚えていなかったのでもう一度読み直してみると、やっぱり、という感覚になった。表紙のキャラが髪型、性格、話し方、何を取っても土曜子さんにそっくりだ。極めつけは、だもん、という言葉が出る頻度。明らかに無理やりな差し込まれ方はされないものの、使えそうな時は必ずと言っていいほどこの言葉でセリフが終わっている。


 そのキャラの名前は土門奏どもんかなで。十七歳の女子高生で顔が可愛くてツンデレ属性という以外は特に特徴はない。ただ、文庫本の半分もいかないくらいのページですでに主人公と交際を始めるという展開により、ネットでちょろいヒロイン、いわゆるちょろインとして話題になっていたらしい。


 読んでいた当時はそんなこと考えもせず、会話の掛け合いが面白くて、登場人物が優しさにあふれた作品だとしか思っていなかった。


 一通り読み終わったので本棚に戻そうとライトノベルコーナーに赴き、著者の名前を確認した。その名前には聞き覚えがある。


【奥空文子】


 超人気作家であり、本物の曜子さんが好きな作家。そして今年の七月初旬に病気で亡くなっている。


「まさかね」


 図書室にある奥空文子が書いた他の書籍も調べてみると、案の定見つけることができた。


水無月静子みなづきせいこ木田きだまなみ、金井美也かないみや

 

 水、木、金曜日の曜子さんたちと性格や設定がばっちり合致するキャラクターたちが奥空文子の書いた物語の中に存在していた。信じられないが、そうなってしまっているのだから信じるしかない。


 曜子さんの体には、奥空文子が生み出したキャラの人格が日替わりで降りてきている。


 火曜子さんと日曜子さんみたいなキャラは見つけられなかったが、学校の図書室に奥空文子の著書が全てあるわけではないのでこれは仕方がない。また別の方法で探すしかないだろう。火曜子さんは不良っぽいし、日曜子さんはアレだし、高校の図書室にはふさわしくない内容の本に出てくるキャラなのかもしれない。


 奥空文子がとにかく色々なレーベルから多種多様な作品を書いているということは、読書好きでも奥空文子のファンでもない僕でも知っている。


 本を調べていると病院に向かうにはちょうどいい時間になっていたので最後に長谷にお礼をひと声かけて学校を出た。これから本物の曜子さんに会えると思うと心が弾むが、これまで掴んだ情報をどこまで話すべきか新たな悩みも生まれてしまった。

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