どんよくしゃたち

みにぱぷる

どんよくしゃたち

1


「ざけんな」

 おれは大声を出す。また負けだ。どんどんどんどん金がなくなっていく。ここまで負けが続くのは実に三週間ぶりだ。いらいらするというレベルの話じゃない。おれはいらだちに任せて深雪の方をにらんだ。深雪は面白くて仕方がない様子で笑っている。あぁ、本当に腹が立つ。

「ってことで、今日は深雪姉さんの一方的なぼろもうけで進みそうだなぁ」

 シュウも深雪の方をにらみながら、Excelに各自の利益を入力する。入力の際の音も心なしか力強く聞こえる。シュウもイライラしているのだろう。

「ブラックジャックやめて、麻雀にしようぜー」

 と声を上げたのは最年長の義男。その野太いその声は、まるでゴリラのおたけびのようだ。

「えー、ブラックジャックがいいなー」

 深雪がトランプをひらひらさせながら言う。こいつが美人じゃなかったら、顔に穴が空くぐらいぼこぼこにしてただろう。あと、おれの好みの年上S系美女であるから、絶対に手出しはしないけど。ただ、深雪の整った顔立ちと性的興奮をさそう仕草があっても、今の結果は許せない。おれの運が悪いだけなのが、さらに許せない。

「もー、酒飲み終わっちゃったんだけどー。新しいの出してー」

 今日一番負けているのにも関わらず、能天気なことを言っているのはモモ。モモは、小太りけしょうましましなので、コブタそっくりである。ちょうど良いストレスのはけ口が見つかった。

「っせぇ、デブ」

「は? 先月よりも二キロ減りましたがー」

「ほぼ変わんねえんだよ」

「そんなこと言ったら、幸太は骨じゃん。つか、幸太って幸福って漢字使われてるのまじウケる。こいつのどこが幸福なんだよ」

「死ね」

「すぐ死ねって言うねー。本当に頭が悪いんだねー」

「お前こそ、バカじゃねえか。ガキみたいなしょーもないことしか言えない」

「は? だれがガキだよ」

「ガキが」

「とっくに成人してまーす」

「知ってるわ。ガキってのはあおり言葉だ、ばか」

「だまれ、でかぶつ」

「だれがでかぶつだ」

 確かにおれの背は高いが、横が細いので、でかぶつではない、多分。

「カップルかよ、おめぇらは。いちゃいちゃしやがって」

 シュウが口をはさむ。

「は? だれがカップルだよ」

 とモモがつっかかりややこしくなりそうだったので

「早くもう一回やるぞ」

 とおれは腹から声を出し、机を思いっきりたたいた。これぐらいしないと、このメンツの統率は取れない。ひび割れたのではないかと思わせるぐらいの音が部屋をふるわせ、場が静かになる。

「おい、壊したらただじゃ済ませねえからな」

 向かいの席から義男がおぞましい形相で圧をかけてきて、おれはひるんでかたをすぼめた。その様子をざまあみろとモモがにやにやした目で見てくる。不愉快だが、早くブラックジャックの続きを始めたいので、無視するしかない。

「じゃ、またもうけちゃいましょうか」 

 深雪が天使のような笑顔で言った。


2


 おれらは仲の良し悪しはさておき、共通点があって意気投合し、ここまで長い付き合いになる。いや、正確には義男との出会いは一年前で、義男とだけは長い付き合いではない。

 おれらは三年前か四年前から、ブラックジャックやマージャンといった、かけが好きになり、今となっては毎日のように酒を飲み、バカ盛り上がりしながら数時間のかけを楽しむ。酒の勢いで互いのことをバカにし、あざ笑い、下品なことを言って笑いながら、金をかける。おれは親の金をこっそりくすねてやっているため、まだ自分自身への実害は少なかったが、深雪なんかは自分の金を使っていたため、大負けした日には暴れ散らかしたため、おれらからすればあいつは女王様である。

 深雪の金の出所は主に、「パパ活」である。その美しい容姿を生かして、パパ活で結構な収益を得ているとか。大負けした日の次の日は、パパ活のために欠席することも多い。本人はパパ活をごみみたいなやつらから持っていてももったいない金を神にはらわせる仕事だと語っている。おれからすればくそくらえ、だ。

 一方、モモの金の出所は夫だ。夫の大して多くもないなけなしの収入を、このようなことに費やしている。そのため、夫との関係は冷え切っており、そろそろ破局するのではないかとおれはワクワクしながら動向を見守っている。しかし、あれが自分と同い年と考えると不快な一方で、自分の鏡のように見えて複雑だ。

 このように大体が金にゆとりがないのだが、例外的にゆとりのあるやつもいる。例えば、シュウはおれらからすれば神がかった知性の持ち主で、FXで成功し、金が有り余って仕方がないという様子である。シュウはおれら以上に、道楽として、かけを楽しんでいるのだと思う。とにかく、うらやましい。おれも一回、十万ぐらいかけてみたい。

 義男も金にゆとりがある。ここは義男の別業で、義男の自宅も高級住宅街に建ち並ぶ大きな家だとか。義男は有名会社の会長の次男で、生まれた時から金に満ちた生活を送っていて、今も月一で百万の札束が入った封筒が実家から送られてくるとか。四十数年間、苦労をしないままに人生を送ってきた、シュウと同じくおれからすればうらやましすぎる男だ。

 このように性格も見た目も似通っていないおれらだが、毎日かけに勤しむという共通点はずっと変わっていない。


3


「また負けかよ。あのタイミングで三が出るのは頭おかしい。お前ズルしてるだろ」

 また深雪が勝った。

「ズルしてませーん」

「あたし絶対次勝つ」

 モモが宣言する。

「絶対負けるだろ」

「は?」

「もういいもういい。次やるぞ」

 義男があくびをした。それにつられて深雪もあくびをする。かわいらしいあくびに俺はつい興奮して顔を真っ赤にしてしまう。

「何顔を赤くしてんの幸太」

 とモモがつっかかってきたので

「お前を見て赤くなってんじゃねえよ」

 と一刀で片付ける。

「うるせーなーちびども」

 シュウがつまらなさそうに言う。

「あ? お前がでけえだけな、シュウ」

「あっそ。つか、深雪姉さん、やはり年上となるとブラックジャックも上手いのか」

 シュウがつぶやく。

「だれが年上だ」

 すかさず深雪が反応する。

「事実、おれらより一つ上だろお前」

「ほぼ誤差だろっ。しかも、わたしよりも年上の人が今日まだ一回も勝ててないんだけど」

 深雪は義男さんの方を指差して言う。そういえば、今日の義男は調子が悪い。まあ、義男は結構ムラがあるから、今日は悪い日なんだろうけど。

「やっぱてめえ不正してるだろ」

「お前らガキか? さっさと次やるぞっつってんだ」

 シュウがあきれ顔で言う。おれはそれに応答するように、トランプの山を手に取り、シャッフルする。

「一戦やったら一回休憩するか」

 そう提案したのは義男で、意外な提案に全員おどろいて顔を見合わせる。

「一服吸いてぇんだよ」

「ここで一服したらいいじゃん」

「そしたら禁煙中のだれかさんに悪いだろ。受動喫煙になっちまう」

 だれかさんとはおれのことだ。以前は、毎日一本のペースで吸っていたが、色々あってやめた。深雪から口くせえと文句を言われたこともその一因だ。

「へー、そんなやさしさあるんだ」

 モモが目を丸くする。

「ここで吸えば、幸太に受動喫煙させるだけでなく、お前ら全員に受動喫煙させることになるんだぞ」

「別にあたしはいいけど」

 とモモ。実際、モモは夫との関係が冷えてから、毎日十本近く吸っている。ヘヴィースモーカーもはなはだしい。

「おれはごめんだ。仕方ない、一戦やったら、少し休むか」

「はーい」

 深雪は素直に従った。しかし、モモは不服そうな様子。ああいう時、あいつはすぐにキレるからできるだけ丁重に接しなければならない。女王様深雪よりも女王様になる。

「んじゃ、いくぞ」

 おれはシャッフルしたトランプを机の上に置いた。そこで、着信音が鳴った。どうやら、深雪のスマホだったようで、深雪はポケットからスマホを取り出して、一度席を立ち、部屋から出ていった。

「パパ活相手からかな」

「援助交際、売春、パパ活と、世の中も末期だな」

 そうしみじみ言う義男に

「全部同じな、それ」

 とシュウがつっこむ。

「義男のボケ、毎回わかりづれえんだよ」

「あんたバカだもんね」

 案の定、モモがつっかかってくる。

「うるせぇ、お前も相当なバカだろ」

 いちいちもめるので、ブラックジャックを始められずいらいらしているおれも強く言い返す。義男とシュウは二人ともお構いなしでスマホを見ている。

「は? そんなことないし」

「じゃあ、問題出すから正解しろよ」

「どうせごみ簡単な問題だろ」

 シュウがため息をつく。

「ツルとカメがいます。足の本数は合計六本です。ツルとカメは合計二羽います。さて、ツルとカメはそれぞれ何羽でしょう」

 問題を出し終える前に、シュウが鼻で笑う。おれはそれをにらんでから、モモのことをにらむ。

「そんなんわかるわけないじゃん」

「ほーれ、バカはこれだから困る」

「そもそも問題で使われてる単位が全部羽なの意味わからんだろ。そしたら全員ツルってことになるぞ」

「ほれまちがいみっけー」

「しょーもないところにつっかかるとか、器めちゃ小さいな」

「うるせぇって言ってんだろカス」

「親からまともな教育受けてねえからそうなるんだよ。クソみたいな親の元じゃ、そりゃ、バカになるわ。暴力団の両親とかまじハズレすぎ」

「だからなんだよ」

 モモはおれの胸ぐらをつかむ。モモは別に親をバカにされたからこうしたわけではない。モモと両親の仲は悪いという一言で表せる意味以上に悪い。まさに最悪で、モモが親のことをグチるのを今までに何度も聞いてきた。暴力団の親と仲良くやれる方が不思議だ。

「あたしはバカじゃない、なめんな」

 モモはただただバカと言われて腹が立っているだけだ。

「ごめーん。ちょっとママと電話ー...って何ケンカしてんの。時間もたくさんあるわけじゃないし、早くブラックジャックやるよ」

 女王様深雪のツルの一声でおれとモモはケンカをやめた。おれもモモもケンカのやめるきっかけがなく、ケンカを続けていたところもあったので、すぐにケンカを終える。そして、ブラックジャックが始まった。

 結果はまたも深雪の勝利に終わった。


4


「あと一時間か」

 時計を見てシュウが言った。おれも時計を確認する。六時。いつもの解散の時間七時まであと一時間だ。

「全員揃ったらさっさと再開するぞ。今度は麻雀でもするか」

 と義男が酒をぐびっと飲む。かけがしたくてたまらないのだろう。おれも同じだ。だが、深雪がまだ部屋に帰ってきていないから始められない。

 正直、わがままな女王様には、愛想はつきつつある。ブラックジャックしたいブラックジャックしたいと言ったかと思えば、今度は帰ってこないせいで、ブラックジャックが始められない。美人だからなんだ。人間として付き合っていられない。

「おれにもくれ」

 おれは義男の酒を自分のジョッキに注ぐ。

「みゆちゃん、まだかなぁ」

 モモがタバコをふかし心配そうにしている。

「深雪姉さんはトイレかなんかだろ」

 シュウは素っ気なく言って、スマホをいじる。おれもすることがないので、スマホを取り出した。

「もー、スマホしてないで、探しに行ったらどうなの」

「んじゃあお前が行け」

 義男とおれの声が重なる。

「何その女こき使う感じ」

 モモはふてくされて、顔を真っ赤にし、部屋を出ていった。

「ぅるせーやつだな」

「結局自分で探しにいくのかよ」

「ああいう、現役でフェミニストやってる女がおれはまじで無理」

 と各々がスマホ片手にモモに対する文句を言っていく。

「つか、お前ずっと何見てんの」

 不意に、シュウがおれのスマホをのぞきこんできた。おれはあわててスマホの電源を落とす。

「なんで見せてくれねえんだよ。もしかして、そういう系の見てたのか?」

「そういう系のってなんだよ」

「お前もかわいいとこあるんだな」

 にやにやしながらおちょくってくる。

「あ? てめえ、ぶんなぐるぞ」

 おれはなぐる仕草をする。その様子を見ていた義男が大笑いして

「恥ずかしくて隠しちゃうよねー、わかるわかる」 

 とバカにしてくる。

「俺はガキじゃねえんだ、バカにすんなよ。別にAV見てたわけじゃない」

「自分で言っちゃうかぁ、AVって」

 シュウはまだニヤニヤしている。

「おいおい、幸太、下半身の様子がおかしいぞ」

 ちょうど義男がそう茶化した時、悲鳴が聞こえた。

「モモだ」

 シュウはとっさに走り出す。帰ってこない深雪、そしてモモの悲鳴。大体の起こった出来事はおれにも推測できる。酒にやられた深雪が階段から落ちて気絶しているとかだろう。

「声はどこから聞こえた」

 とシュウ。

「二階じゃねえか」

 義男が答える。

 続いてドタドタと走る音がした。その音が二階からだと気付くとほぼ同時に、モモが階段を降りてきた。青白い血相で、表情が強張り、目を真っ赤にしている。

「みゆちゃんが」

 階段から落ちて気絶している、とかだろうと推測しながら続きを待つ。

 いや、でもよくよく考えればそんなはずはない。二階建ての家の一階から二階に上がる階段に今おれらはいるのだ。もし、深雪が階段から落ちたなら、まさにおれらのいる場所にたおれているはずだ。

「みゆちゃんが死んでる」

 モモは消え入るような声でそう言った。

「何の話だ」

 シュウがすかさず返す。

「つくならもっと面白い嘘をつけ。あ、これって何かのセリフだったっけ」

 義男も信じていないようだ。しかし、おれはモモの様子から本能的に察した。深雪が死んでいるというのは本当だ。モモとの付き合いはシュウと同じ長さだが、モモとしゃべってきた量はシュウとおれでは格段に差がある。モモと付き合っているわけではない。あまりしゃべらないシュウに比べ、おれの方がモモとの会話量は多いというだけだ。だから、モモの様子から何があったかを読むことは容易であった。

「本当に。本当に...みゆちゃんが」

「どこで?」

「二階の...あの、あれ、クローゼット、いや、押入れの...一番上のとこ」

 二階の押入れの一番上の段? 二メートル近い高さがあるぞ。そこは深雪の身長では届かないはずだ。ましてや、その中に入ることなど深雪には不可能だ。

「どういうことだ」

 おれはモモを問いただす。

「だから、押入れの中で死んでるの」

 モモはヒステリックにさけぶ。

「何言ってんだよ」

 シュウはまだ信じていない様子。義男も、不思議そうに首をひねる。

「みゆちゃんを探そうと、いないとは思いながら押入れを開けたら...そしたら、上からみゆちゃんが落ちてきて...」

 モモはすすり泣き始める。おれはとりあえずモモの話を信じることにした。もし、本当に深雪が死んでいるとなれば大変だ。

「どけ、モモ」

 おれは乱暴にモモをどかせると、ダッシュで階段をかけあがる。それにつられるようにして、義男とシュウも階段を上がってきた。

 深雪が死んだら困る。深雪が死んだら、深雪の死体はどう処理すればいいのだ。警察に言うことはできない。まだ少しでも息があるかもしれないなら。

 おれは飛び込むように、押入れのある部屋に入った。そして、真っ先に目に飛び込んできたのは、明らかに死んでいるとわかる深雪の死体だった。全く生きているという心地がしない深雪の体。首にはみみずばれがある。おれはうぐっと声をもらした。人生で初めて見る生の死体は、インターネットの非合法サイトから見るグロテスクな本物の死体よりも、おぞましく、そして何より、死という事実が生々しかった。

「おい、嘘だろ」

 後からかけつけた義男がポツリと声をもらす。

「まだ息があるんじゃないか」

 シュウがかけよって、深雪の脈を確認する。もしかしたら、まだ呼吸があって命は無事かもしれない。おれもその数パーセントの可能性に期待してシュウの言葉を待ったがいつまで経ってもシュウは無言で、深雪の脈に手を当てている。

「どうだったんだ、なあ、早く言えや」

「...死んでる」


5

 

 おれらは、一階で、さっきまでバカみたいにブラックジャックで盛り上がっていたあのテーブルを囲んで座った。おれは今にも頭がおかしくなってしまいそうだった。それは、残念ながら、深雪の死への悲しみが大きすぎるからではない。もっと重大な問題があるのだ。

「どうする、深雪の死体は」

 おれはその問題を共有することにした。この問題はここにいる全員が関係することだ。共有するべきだろう。

「どうするって、警察に言うんじゃ」

 モモがきょとんとする。まだ、モモの目元は真っ赤だ。

「警察に言えるわけないだろ。事情も事情なんだから。おれらの立場が悪くなりかねない。かと言って、警察に言わないとなれば、おれらであの死体を」

「隠し通さなければならない、と。なるほど。お前の言う通りだ」

 義男がうなずく。

「死体をどこで処理すれば、バレないか...」

 シュウも考え始める。

「ちょっと待って」

 モモが金切り声を上げて制止した。

「何言ってるの。みゆちゃんは死んだんだよ、誰かに殺されたんだよ。殺されたってことはみゆちゃんを手にかけた人間がこの中にいるかもしれないってことなんだよ」

「ちぇっ、深雪姉さんのことをまずは心配しろとかじゃないのか。お前も自己中だな」

「は? そんなこと言ったらあんたたちだって」

「おれらが話し合ってることは深雪姉さんのためにもなることだ。おれらがここで何をしていたのかバレればただでは済まない。死んだ深雪姉さんが行っていたことの全てが明るみに出れば、深雪姉さんだってうかばれない」

「でも、次はあたしらが」

 モモはそう言いかけて、言葉を切った。もしこの中に深雪を手にかけたものがいるのだとしたら、そう考えたのだろう。おれも、実はそのことで頭がいっぱいだった。

 全員アリバイはない。深雪が殺されたのは休けい時間の間。その間、全員にアリバイはなく、家の中を各自自由に動き回って、タバコを吸ったり、スマホゲームをしたり、ぶらぶらと歩き回ったり。なので、それぞれアリバイがまずない。

 深雪の死体に何かおかしな点はあっただろうか。首をしめられて死んだのだろう。ひどく強張った表情、今にも飛び出しそうな眼球。

 深雪の死体は押入れの上段に入っていた。そして、深雪を探すために押入れを開けたモモの頭上に落ちてきた。

 なぜ死体は押入れの中に入れられたのか。死体をかくすため。そうとしか考えられない。

 そう、押入れの中に死体が入れられていたということ自体がポイントなのだ。いや、その事実が犯人に直結している。もう疑う余地もない。はなから犯人が誰であるかは明確である。押し入れにかくしたというとっさの行動は犯人にとって最大の誤ちである。

「どうした、幸太。ボケーっと考え事して」

「何か思い当たる節でもあるのか」

 そう言ったのはシュウだが、シュウは多分全部わかっているのだと思う。おれと同じ、推理とも言えないようなあっさりとした推理でとっくに結論に達しているのだと思う。

「いや、マジでぼーっとしてた。いっぱい飲んでいい?」

 おれはおどけて、酒に手をのばす。シュウとおれが同じ結論に達していて、多分モモも同じ結論に達しているはずだ。しかし、どうすればいいのかはだれもわかっていないのだろう。

 ポイントは押入れの上段に死体をかくすことができたということだ。押入れの上段に死体をかくすには力と身長が必要だ。一メートル六十センチ近くある上段に人間を入れるのは、いくら殺されたのが軽い深雪だったとて簡単な話ではない。それができるのはこの中で義男だけだ。それは、義男が力強いからではない。

「とりあえず、さっさと帰れ。お前ら、明日も学校だろ」

 義男がそう言って立ち上がる。

「おれも手伝うぜ、死体の処理」

 おれは名乗り出たが、義男は断った。

「何言ってんだてめえ。小学六年生はさっさと帰って宿題をやれ。こういったことの後処理は、もうアラフィフになってしまったおっさんに任せろ」


6

 

 おれらが出会ったのは小学校一年生の時である。おれ、モモ、シュウの三人で毎日新しいイタズラを考えては教師にしかけ、教師が苦しむ様を見たいというのが三人の共通理念であり、自己中心的な三人が意気投合した理由だ。何度も何度も小学校では問題を起こし、そのせいで「小学校の治安が悪すぎる」と学校を去っていった教師もいる。そんな折、一つ上、つまり小学二年生の悪女であり女王と呼ばれる深雪と出会ったのだ。話しかけてきたのは深雪の方からで、仲間に加えて欲しいと頼まれた。深雪と知り合ったことをきっかけに、おれらの悪事は加速していった。おれらが小学二年生になる時には、酒を覚え、三年でタバコを覚えた。

 家庭事情がある程度混みいっていたのもおれらが無茶できたことにもあると思う。

 例えば、モモは両親が暴力団方面の人間である。おれは会ったことないが、会ったことがあるという同級生曰く、モモの親は大人でもちびるぐらいの見た目らしい。おれは、ちょっと会ってみたい、絶対ちびらない自信があるから。小規模の暴力団同士では、子供を結こんさせることで、たがいの関係を再確認するという方法があるらしい。いわゆる、政略結こんというやつだ。

 そのため、モモは小学三年生の時、結こんした。モモはずっと不平不満をたれていたが、親には逆らえないと、最後は折れた。そして、モモは成人となった。民法か何かに、結こんすると成人になるという法律があるということをおれが知ったのはその時である。

 今、モモとその夫の関係は冷え切っている。だが、親の圧力で二人とも別れることはできない。あのデブ女がそれで苦しんでいるところを見るとおれはうれしくて仕方ない。ざまあみろ。ろくな人生歩むなカス、と内心、いや、直接言っている。

 シュウは共働きで、両親がほとんど家にいない。両親共に学者で、研究のこと以外視野に入っていないとシュウは言っていた。毎日帰宅が九時で、食事は作り置きかカップヌードル。ろくに美味しいものを食べられず、苦しんだシュウは自分の金で美味しいものを食べることを決め、親の許可を得てFXを始めた。小学四年生でFXを始めたらしいが、今までに得た収益はサラリーマンの年収と変わらないとか。親からほぼ自立し、親から見捨てられかけてるシュウだが、親を心配させないようにとタバコには手を出していない。タバコを吸っていることがバレたらどれほど親を悲しませるかを考えてそうしているシュウはおれも立派と思う。

 タバコを吸わないようにしているのは深雪も同じだ。深雪は、いわゆる売春でかせいでいる。その際に、タバコで歯が黄ばんだり、口がにおったりすると、相手に不快な印象を与えてしまい、うまくかせぐことができないから、というのが深雪がタバコを吸わない理由らしい。おれからすれば、そんなのどうでもいい、見た目さえ良ければそれでいいのだが、そうはいかないのが大人の世界だとか。

 深雪のすごさはとにかくたくさんの悪事がバレていないことだ。学年でも、いじめにいくつか加担し、クラスの男子と性交をくりかえしても、未だ、学校にもバレる様子はない。理由はいくつか考えられるが、何よりは大手自動車メーカーの社長を務める父親の「もみけし」が行われていることだろう。バックにも、容姿にも事欠かない、本当の女王様だ。おれもいずれは深雪と性交を、という願望は深雪の死という残忍な形で打ち切られたわけではあるが。

 おれは少し前にタバコをやめた。タバコのせいで、歯が黄ばみ始め、歯医者でタバコを疑われたからだ。その場はなんとかやり過ごしたが、これ以上やると本当にバレかねない。おれの親はごくふつーな親だ。深雪の親のようにもみけしは当然できないし、シュウの親のように無関心でもなければ、モモの親のように暴力団でもない。だから、細心の注意が必要なのだ。

 では、どうしてこんなガキンチョ集団に義男という中年大男がいるか。いや、一つてい正しておくと、義男は大男ではない。小中学生のおれらからすれば大男だが、大人の男性の平均から考えれば平均か、それより少し低いか。百七十センチぐらいだ。

 義男はおれらに、様々な大人の世界を教えてくれた。

 出会いは二年前、金をかけて遊びたいという話になり、SNSで、いい遊び場所のていきょう者を探したところ、義男がダイレクトメッセージで「うちの別業でどうですか」とメールをくれたのがきっかけだ。こちらが「おれら小学生なんですけど大丈夫ですか」とメールを返すと、義男は快く「おれも小学生のころ、やんちゃしてたから、気持ちはすごいわかる。ぜひ」と二つ返事で、おれらは放課後、義男の別業で遊ぶことに決まった。シュウは最初こそ、義男をけいかいしていたが、義男が何かを企んでいるわけではないとわかると、義男への態度も次第にくだけていった。

 そんな義男がまさか、深雪を殺したとは。思い返せば、深雪の死体の衣服は乱れていた。あくまで、想像に過ぎないが、義男は深雪に性交を強要した。おそらく、金も積み、いつも別業を貸してるんだからとでも言ったのだろう。しかし、深雪はプライドが高い。金がもらえるからといって、だれとでも性交をするはずがない。深雪はきょひするが、義男は強くせまる。そのうち、カッとなった義男が深雪の首をしめる。想像に難くない話だ。

 そこまで想像できていて、犯人は明確でも、おれらは警察に通報することはできない。ここで行われていることが行われていることなのだ。もし仮に、未成年飲酒やタバコのことをうまくかくせたとしても、深雪の死体が調べられれば、全て明らかになる。深雪が酒を飲んでいたことが発覚すれば、当然おれらだって酒を飲んでいたかどうか取り調べられる。そうすれば少年院行きは確定だ。だから警察に言うなど言語道断なのだ。

 多分、ここにいる人間全員が、犯人が義男だとわかっている。だって、おれらの身長では、そもそもあの押入れに死体をかくすことなど不可能なのだから。背が高い方である、おれでも身長は155。二メートルの高さの押し入れに自分と同じぐらいの重さのものを入れるなどほぼ不可能だ。

 そのため、おれらからすれば、犯人が義男であることは明確だ。

 一方で義男もおれらが真相に気づいているということに気づいている。だから、義男はいずれ多分おれらを殺す。義男に殺されたくなければ、おれらは警察を呼ばなければならない。しかし、呼べば、ここまでの数年間で行なってきたタバコ、酒、とばく、全てがバレる。少年院に入れられることになる。少年院から出てきた子どもの未来は明るいだろうか。いっそのこと死んだほうがいい、そんな未来しか待っていないのだとおれは思う。

 今死ぬか、後で社会的に死ぬか。おれらはいやでも選ばなければならない。

 そもそもなぜ子どもが酒を飲んではいけないのだ。タバコを吸ってはいけないのだ。大昔は小さな子どもも酒を飲んでいたのだ。なぜ、今おれは酒を飲んではいけない。大昔はそれが理由で不健康でじゅみょうが短かった? 別に三十まで生きることができたら上等だ。一番自由に無茶できる十代で無茶せず、九十までつまらない人生を生きるぐらいなら、おれは十代で無茶をして三十で死んだほうがよっぽど幸せだ。おれは小学生でも、酒もタバコもエッチも、とばくも、全部したい。大人でもできないことだって、したい。一度きりの人生をなぜ制約する。おれのスマートフォンだってそうだ。なぜ、時間制限がかけられている? ネット中毒にならないため? ネット中毒になって何が悪い。ネット中毒になる、ならないもおれらが決めることだ。そして、時間制限がかかっているという事実が幼くてはずい。さっき、シュウにスマホをのぞかれた時、残り使用可能時間15分という表示が出ていて、おれはついスマホの画面を閉じた。小学六年生になれば、良識もついてくる。そもそも、自分で自分のことを制約することぐらいできるんだ。

 だれかがこまるわけでもないのに、なぜ大人は無茶をさせてくれない。親が悲しむ? おれは親のおもちゃじゃないんだ、ペットじゃないんだ。親があやつる人生ゲームのコマじゃないんだ。宿題やらない、学校行かない、は自分のためにならない。それはわかってるからおれは学校に行って、宿題もやっている。ただ、酒タバコをやらないのも、同じぐらい自分のためにならないのだ。

 ああ、いちいちイライラする。消え失せろ、ルール、死ね、大人。


[序章(補足)]

(身長)小学館によると、小学生六年生の平均身長は2023年男性平均身長145.9cm、女性平均身長147.3cmである

(婚姻)民法737条にて。未成年者が婚姻をする際には父母の同意を必要とする。

(成人)民法753条にて。未成年者が婚姻をすると成年に達したものとみなされるので、法定代理人もいなくなる。これを成年擬制という。

(飲酒)文部科学省によると「酒を飲みたいと思ったことがある」小学六年生は平成18年男子31.2%、女子34.4%である

(飲酒)厚生労働省によると飲酒経験者の男子への「初めて酒を飲んだ年齢は?」という質問に対し、11才から12才と答えた生徒は中1から高3のどの年代でも一定数いる

(売春)近年、どんどん売春を行う女子の年齢層が幼くなってきている。小学生の売春のニュースも時々耳にする。

(性交)あるサイトによると、日本人の初体験の年齢は性交経験者の7%が10代前半である

(ミステリー)ちなみに、この物語は一応、推理小説として書かれたものであるため、読者へのヒントとなる仕掛けが施されている。そのヒントとは義男のセリフ以外、全て小学校六年生終了時点で習う漢字だけを使っていることだ。ささやかな結末へのヒントである。

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