第23話 戦陣の狼煙

 この感覚は愕然といえばいいのか。荷代に積み上がる亡骸を見て、僕たちは言葉を失ってしまった。よりにもよって赤腕章に手を出したことに、静かな怒りも覚えていた。


 しかしパイソンは何か誤解したらしく、右手で髪をかきあげながら笑った。不快に感じられるしたり顔だ。



「どうしたリンタロー。あまりの戦果に言葉もねぇか? おい?」


「あぁそうだよ。呆れて物が言えないよ」


「は? ふざけんな。せっかく新鮮な血肉を手に入れてやったんだぞ」


「やり方の問題だよ。これじゃあ村を危険にさらしてしまう。ちょっと考えたら分かるだろ?」


「テメェこら! ゴチャゴチャうるせぇんだよ!」



 パイソンが地面を踏みつけながら歩み寄ってきた。そして、首を伸ばすような仕草で見下ろしてくる。ヘビのような仕草は健在らしい。


 真っ向からの圧力にめげず、僕は強く睨み返した。



「前に死体を持ち帰った時もそうだ。発信機がついたままで、それがキッカケで人間に襲われたんだよ」


「襲われた? でも皆ピンピンしてらぁ。どっかのマヌケはボロ雑巾みてぇに死にかけたらしいがな」


「他の皆が無事なのは、たまたま上手くいったからだ。次もそうとは限らない。それと赤腕章の人間に手を出しちゃダメだ、奴らは強い。もし本気にさせたら――」


「うるっせぇんだよクソチビ!」



 パイソンの巨大な手によって胸ぐらをつかまれた。引き寄せられると、そこは鼻息の当たる距離だ。強いミント臭が感じられ、思わず顔をしかめてしまった。



「安全な場所に引きこもってるヤツが偉そうに。テメェもちょっとくらいは危険を冒したらどうなんだ! オレたちのお陰で良いモン食えてんだろうが!」


「正論のつもりか。そんな無茶を繰り返したら、いつかは破綻するぞ……!」


「赤腕章だ? 奴らは強い? オレたちにかかりゃ全部ザコ同然だ。見ろよ、こいつらをブチ殺すなんて朝飯前だったぜ」



 僕は荷台の傍に放り投げられた。確かに、アームズ所属と思われる死体は5人ほどあった。もしかすると、パイソンは想像以上に強いのかもしれない、という気もしてくる。


 するとそこへ、ロッソが静かに歩み寄ってきた。そして死体を検分してから言った。



「あぁ〜〜こりゃ全員予備役だな。落第点(よびおち)の奴らを集めた部隊があってな。つまりは下っ端だよ」


「そうなの?」僕は頭をフラつかせながら言った。倒れかけたところで、望海が駆けつけては支えてくれた。


「アームズにもいろいろあってな。練度も武装度も全然違う。戦闘専門の精鋭部隊から、雑用ばっかの奴らとかな。この死体は後者だよ」



 パイソンが食ってかかろうとしたが、ロッソの迷彩服姿を見て、少しだけ引いた。事情通のゾンビだと推察したらしい。眼尻をあげてはいるが、聞く姿勢になっている。


 実際に彼は詳しいようで、語り口調は滑らかだった。



「第一から第三、それと予備役ってのがあってな。戦闘力で分けられてる。射撃能力、腕力、胆力に洞察力って具合にな。オレは奴らとそこそこ親しくしてたから知ってるが、第一の連中は化物ぞろいだ。まったくもって人間とは思えねぇ。第二あたりなら同族意識も湧くんだが」


「その第一部隊ってのは、どうすごいの?」僕はツバを飲み込んだ。


「撃てば正確無比。崖を秒で駆け上り、あらゆる罠を看破する。銃もナイフもお手の物。下手すりゃそこらの棒切れでも殺しが出来る。いわばスペシャリストだ」


「そこまでの達人が大勢いるってのかい?」


「選りすぐりだからな。全部で8人だけだ。まぁ、それが多いか少ないかは、判断の分かれるところじゃね?」


「そんな奴らが、8人も……」



 辺りは静まり返っている。さっきまで死体(ごはん)に湧いた村人たちも、今や俯くばかりだ。


 そこでパイソンが力強く吠えた。ことさらに声は大きく、もしかすると虚勢かもしれない。



「ビビんなよお前ら! オレは強い、これまで全戦無敗だ! 延々と勝ち続けてみせらぁ。敵の軍隊を丸ごとぶっ潰して、でけぇ壁の向こうで震えてる人間どもを引きずり出してやるぜ!」



 その宣言について、村人の意見は割れた。パイソンならばと思う人と、さすがに無謀だと危ぶむ人。大まかにその2つだ。


 もちろん僕は後者。僕を支える望海を背後に立たせてから、パイソンの矢面に立った。



「やめてくれパイソン。危険過ぎる。当面の間は人間を挑発するような真似を控えてくれ」


「はぁぁ? テメェごときがオレに指図かよ!?」


「アンタはもしかすると、激戦でも生き残るかもしれない。でも村人は? 幼い康太や縁里は? 彼らも戦火に飲まれることを考えてくれ」


「んなこと考える必要ねえ! オレが全部ぶっ潰すからだ!」


「浅はか過ぎるんだよ! 無意味なリスクを背負い込もうとしてる! 巻き込まれるこっちはいい迷惑だ!」


「うるせぇ! 戦えもしねぇ雑魚がイキってんじゃねぇーーッ!」



 パイソンが素早く右手を伸ばしてきた。頭を鷲掴みにされた僕は、宙に浮かび上がってしまう。足は地面から離れ、頭蓋骨は嫌な音をたてた。



「やめてパイソン! リンタローくんは重症なんだよ!」望海が叫ぶも、力は弱まらない。


「んなこと知るか。オレとしちゃあ、コイツが消えた方が好都合なんだぜ」


「やめてったら!」


「そうだべ。その辺にしときな、聞かん坊」



 タネばあさんの声がする、と思えば、急に頭をしめつける力が消えた。


 地面に倒れ込む。望海に抱きかかえられた。クラクラする頭を持ち上げると、鎌を手にしたタネばあさんが立っていた。



「このババァ。よくもオレを斬りやがったな!」


「オメがワガママぬかすからだ。ちったぁ頭冷やせ。この、ごじゃっぺがよ」


「どいつもこいつも……オレの力を見せつけてやろうか!」



 パイソンが吠える。白濁した大きな瞳に獣性が宿り、見るもの全てを威圧した。何かをやらかす気配に、僕は奥歯を噛んで睨み返した。


 しかしその時だ。不意に村人の誰かが叫んだ。「あの砂埃は何だ?」と。


 確かに東の空にそれは見えた。広い範囲で白濁している。高い木々の上に、モヤがかかったかのようだ。


 

「おい、誰か見てこい」



 パイソンが、ミュータント仲間に指示を出した。1人の巨人が風のように駆けていく。そして戻ったとき、驚愕の報せをもたらした。



「とんでもねぇ数のクルマが、こっちに向かってる! 10個か20個か、よくわからねぇ!」



 辺りは騒然とした。前回の保安官を倒すだけでも大変だったが、車両は1台だけだった。


 仮に1台に5人が乗っていたとしたら、総勢で50人、下手したら100人もいる。そんな大部隊がこの村を目指してるんだろうか。にわかには信じがたいが、偵察のミュータントは青ざめていた。


 村人たちが浮足立つ中で、僕はむしろ冷静になろうと努めた。


 

「待って皆。まだエデンの連中は、この村の存在に気づいてないハズだよ」

 

「いや、それはどうかな」


「何がだよロッソ」

 

「このミュータント達はアームズを襲ったあげく、ノコノコとこんなもん引きずって気たんだろ? バレてると思うぜ? アームズには索敵が得意な奴もいるからな」



 ロッソがリヤカーを小突きながら言った。


 僕も望海も青ざめる。村人たちはパニック寸前だ。平静さを保つのはタネばあさんと、ミュータントくらいのものだった。

  


「オメら、ともかく落ち着け。まんずは村長に相談すんべよ」


「ハッ! その必要はねぇ。なぜならオレたちが皆殺しにするからだ!」パイソンは高笑いを響かせては、遠くの砂煙を見た。


「行くぞテメェら。目にものみせてやろうぜ」


「待つんだパイソン! バラバラに戦ってはダメだ、みんなで協力した方が良い!」



 僕の言葉にパイソンは路肩にツバを吐いた。



「口だけ野郎は村で震えてろ。オレたちのやりたいようにやる。いいな!」



 反論できる人は居なかった。僕も望海も、村人も、タネばあさんでさえも口をつぐんだ。誰一人として、ミュータントと肩を並べて戦うことはできないのだから。



「どうしよう。リンタローくん」


「アイツらが、本当に追い返してくれることに期待したいけど……」



 ミュータントたちの姿は東の森に消えていった。その背中を見送っていると、なぜか、肌にジリジリとした刺激が感じられた。


 大事にならなければ良い。そう口に出しても、僕の肌は何かを告げるように、長々と騒ぎ続けた。


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