第22話 不和の気配は喝采にまぎれて

 この世の終わり。そう言いたげな顔を、僕は初めて目にしたかもしれない。


 納屋の柱に寄りかかっまま座り込むロッソは、白濁した瞳を虚空に向けていた。ポッカリと空けられた口。彼の唇はいまだ瑞々しいが、やがて僕のように乾燥して平たくなるだろう。



「あぁ、死んだ? オレ死んだ? もしかしてゾンビになってんの、あはははぁ〜〜」


「えっと、何かその、ごめんね?」


「雰囲気で謝るな! 自分のやった事を分かってんのかよ、この人殺し! 全身くまなく盛大に腐りやがって!」


「いやいや、僕が手を下したわけじゃないよ。立て続けにクリティカルなストレスを感じたせいだと思う。そもそも君は重症だったよ。近いうち感染症にかかって死んでたんじゃないかな。もがき苦しんだ挙げ句に」


「うるさい! なんで理路整然としてんだ、ゾンビのくせに!」


「言いたいことは、何となく分かるけど」



 僕は望海と顔を見合わせて、互いに首をかしげた。するとロッソは、わめく代わりに嗚咽を漏らすようになる。



「う、うぅっ……。なんでこんな事に。これじゃエデンに帰れねぇよ。オレを待ってる人がいるってのに……」


「それは気の毒だね。家族を残してきたんだ」


「いや違う。独り身。親家族の顔も知らん」


「どういうこと?」


「オレを待ってるのは、ヌードバー1番人気のシリアンナちゃんだよ!」


「あっ、そういう……」


「ねぇリンタローくん。ぬーどばーって何?」


  

 望海が年相応の好奇心をみせた。もちろん説明に窮する。


 端的に言えば、フンフフンな感じの女性が接客してくれるアレだ。貧者の僕には無縁の店だった。人間だったころ、客引きにさえ無視された事を思い出す。

 


「ええと、説明はひとまず置いといて。話を続けてくれる?」

 

「シリアンナちゃんの誕生日近いからさ、頑張って貯金してたんだよ。バラの花束だ。造花じゃない、ちゃんと生花だぞ?」



 僕は思わず視線を落とした。

 


「へぇぇ、そぉなんだ〜〜生花ねぇ〜〜」


「でもそれも無駄になっちまった! どうしてくれるんだよテメェ!」


「たぶんだけど、買わなくて正解だったと思うよ」



 僕らが話す間も、村人たちは納屋に出入りした。みんながロッソの顔を見ては「おっ、遂に仲間入りか?」と嬉しそうに笑った。対するロッソは、どうして良いか分からないようで、曖昧な会釈だけ返していた。



「つうかお前ら、喋れんのな。今更だけど」ロッソは、村人の出ていったドアを見つめていた。 


「そうだよ。僕も人間の時は知らなかった」


「知性があるって事はよ。もしかしてこの村は、お前らが切り盛りしてんの? 逃げた人間のモンじゃなくて?」


「うん。少なくとも、ここに生きた人間は居ないよ」


「そっか。変な感じ」


「ねぇ、僕はロッソに聞きたいことがあって、納屋に来たんだ。知ってることを教えてよ」


 

 僕は望海に助けてもらいつつ、その場に座った。視線の先で、ロッソも半ばヤケになったのか、薄ら笑いを浮かべた。



「まぁいいや、なんでも聞けよ。つうかどうでもいい」


「えっと、まずはエデンとゾンビの戦況は?」


「知らね」


「じゃあ、エターナルはどれくらい武装してる? 兵力は?」


「知らねぇな」


「えっと……。エデンは、僕たちゾンビと協調する気はあるの? それとも徹底的にやりあう感じ?」


「それも知らねぇ」


「知らないことばっかじゃないか!」


「しょうがねぇだろ! オレみたいな末端なんて、まともな情報入ってこねぇんだよ!」



 ごもっとも、としか言えない。確かに、役職付きでもなければ、重要情報なんて知らされないだろう。


 

「分かったよ。じゃあ、君たち保安官チームが、この村にやって来た経緯を教えて」


「あぁ、そんくらいなら話せるぞ」



 ロッソはまず、盗難事件について語った。エデンからエターナルに結ばれた輸送ラインで、度々荷物が行方不明となっていた。小型乗用車にリヤカーを牽引させる方法を取っていたが、時折、荷物が消えたという。輸送を任された運転手も雲隠れだ。


 それらは車ごと消失するのだが、車両だけはのちほど渓谷などで見つかるという。ぺしゃんこで、高所から突き落とされたと分かる。エデンは、逃亡と襲撃の双方で調べていたとか。



「普通に考えたら、襲われたとみるべきだよね」僕は率直な感想を述べた。パイソンを始めとしたミュータント達が、車を崖から突き落とす光景を想像しながら。


「まぁな。でも、交戦した形跡がなかったんだ。断定しにくいだろうよ」


「意外と慎重に捜査するんだね」


「それでだ。オレ達が村にやってきた理由だが、失踪者の捜索だ。同僚の保安官と奴隷ども2匹が行方不明になった。そんで発信機付腕輪(アンカーブレス)の信号を頼りのやって来たってわけ」


 

 そこまで言うと、ロッソはつまらなそうに溜息をついた。



「その結果がゾンビ堕ちかよ……チクショウ」


「まぁ、そう落ち込まないで。ゾンビ暮らしも快適だよ?」


「確かに……気の良さそうな奴らだがよぉ」



 納屋は割と出入りが激しい。村人たちは、朗らかに挨拶をくれた。この短い間で、ロッソもゾンビに対する印象を変えたようだ。顔の険がいくらか緩んでいた。



「ところでお前、リンタローだっけ? 1つ聞いてもいいか」


「僕より望海ちゃんの方が詳しいけど、まぁいいよ」


「バカでかいゾンビを何度か見たが、あれもお仲間か?」


「まぁ、そうだね。仲間だと思うよ」



 そう答えると、ロッソの顔が再び険しくなった。



「マズイかもな。あのデカブツどもは、外征部隊(アームズ)たちに目をつけられてるぞ」


「どういうこと?」


「奴らは何度かアームズを蹴散らしている。交戦したのは新兵や予備役ばかりで、実害は大した事ない。だが連中はブチキレだ。沽券に関わるとかで、急ピッチで軍備を増強してるらしい」


「となると、全面戦争になる?」


「有り得るな。次からは第一軍(せいえい)が出張ってくるだろうさ。お前らゾンビがいかに強かろうと、さすがにアイツらには勝てねぇよ。残虐にして精強無比。オレたち保安官なんて足元にも及ばねぇ、人類最強の軍団だよ」



 望海が僕の手を強く握った。納屋の外からは、「僕も秘密ミッションやりたい!」という、無邪気な声が聞こえてきた。


 戦火に飲まれるのか。この村が、果てしない暴力にさらされて蹂躙されるのか。大人も、子供も分け隔てなく討ち果たされてしまうのか。


 僕も望海の手を強く握り返した。



「それだけは避けたい。ロッソはどうしたら言いと思う?」


「どうしたらって……なるべく刺激しねぇ事だろ。人間を攫わない、物資を横取りしない、拠点を襲わない。そうすりゃ警戒度が下がるだろうし、戦争を先送りに出来るかもしれねぇ。軍備増強のための予算が渋られるだろうしな」


「分かった。早速だけど村長さんに相談しよう!」



 僕は、望海とともに立ち上がって、納屋の外に出た。


 すると、遠くで大声が聞こえた。僕は思わず身構えるけど、村人たちは歓声で迎えている。


 どうやらパイソン達が帰還したらしい。



「戻ったぜお前ら! 喜べ、今回の戦果もすんげぇぞ!」



 パイソンの声量は過剰だった。井戸端から聞こえる声は、十分に聞き取れる大きさだ。



「見てみろ、人間どもをブッ殺して持ってきたぞ。死にたてだ、死にたて!」



 それを聞いたとたん、僕はそちらへ歩き出した。望海の介助など待たず、物干し竿をついて、少しでも前へ。


 そうして村の道から井戸の方へ向かうと、リヤカーが置いてあるのを見た。赤い。血まみれだ。荷台からは何本もの腕が飛び出している。



「あれ……アームズの……!」



 死後硬直し始めた亡骸の中に、アームズを示す腕章があった。血と泥で汚れた赤腕章だ。


 僕は振り向いて、ロッソの顔を見た。彼は大きな仕草でかぶりを振った。もう知らねぇよと吐き捨てた言葉に、僕も同意しそうになった。

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