【02】

どんな場所にも、やたらと他人に関わりたがる、面倒な連中はいるものだ。

ある日俺は仕事終わりに、クドウという男に呼び出された。


指定された工場脇の車両止めに行くと、3人がにやけ顔で待っている。

一番体格のいいのがクドウだ。


3人は俺を囲んで何やら因縁を付けてきているようだったが、そいつらの言うことは一言も俺の頭に入って来なかった。

そのうちクドウが怒り出して、俺の頬にパンチを見舞う。

俺はその場に倒れたが、別に抵抗もしなかった。

痛みも大して感じない。


地面の座り込んだ俺に対して、クドウたちは散々罵声を浴びせてきたが、それも俺の頭には一切入って来なかった。

心底どうでもよかったのだ。


俺のあまりの無反応さに飽きたのか、やがて3人は何やら捨て台詞を残して、その場から去って行く。

俺も立ち上がると、何もなかったように家路についた。

借りている安アパートに着いても、そこには俺の中身と同じ、虚ろな空間が待っているだけだった。


それから何日か経った後、俺はたまたま昼の休憩時間に、先日クドウたちに呼び出された車両止めの近くを通りかかった。

すると同じ場所に3人組が立っている。

また誰かを囲んでいるようだ。


そのまま通り過ぎようとしてクドウたちの方をちらっと見ると、地面に小柄な女が座り込んでいた。

クドウはズボンから、ペニスらしいものを引き出しているようだ。


その女に何をさせようとしているのか、容易に想像できた。

その時、3人組の一人が俺に気づいたようだ。

クドウに向かって何やら言っている。


するとクドウは何やら喚きながら俺の方に向かってきた。

子分二人も後について来る。


俺の前まで来ると、クドウは何やら凄みながら、俺の肩を小突く。

その時突然、俺の中で黒い塊が膨張し、弾けた。

何故そうなったのか、今になっても分からない。


我に返った俺の足元に、3人組が倒れ伏していた。

クドウは尻もちをつくような姿勢で、後の2人は這いつくばって呻き声をあげている。

俺はその場にしゃがみ込むと、クドウの胸倉を掴んで言った。


「クドウさん。

俺、人殺して刑務所に入ってたんだよ。

これから先、碌な人生でもなさそうだし、そろそろ生きるのに飽きて来たんだよな。


だからさ。

また二、三人殺して、死刑にでもなろうかと思うんだけど、あんたら付き合ってくれないか?

頼むわ」


何故そんな言葉が口をついて出たのか分からないが、言っているうちに段々とそうしたい気分になって来た。

突然豹変した俺に、クドウは明らかに怯えているようだった。

許して下さい、助けて下さいといった意味の言葉を、涙ながらに訴えて来る。


俺はその無様な姿を見て、急激に冷めた。

そして立ち上がると、工場に向かって歩き出す。

背後で3人が立ち上がり、走り去る気配がしたが、振り返る気もしない。


すると背後から、「ジュンさん」と声が掛かった。

振り向くと、3人に囲まれていた女が立っている。


俺が怪訝な顔を向けると、女は勢い込んで、

「助けてくれて、ありがとうございます」

と聞き取りにくいほどの小声で言った。


「別に気にしなくていいよ」

そう言って俺が工場に向って歩き出すと、女は慌てて俺の横に並んだ。


そして俺が訊きもしないことを、一方的に話し始める。

大して興味はなかったのだが、俺は聞くとはなしに、その話を聞いていた。


女の名前はユキコと言った。

今年中学を出て、進学せずにこの工場で働き始めたらしい。

そう言えば、朝礼で工場長がそんなことを言っていたような気もする。


「私、バカなんです。

どんくさくて、いつも周りの足手まといで。


相手にされなくて。

だからさっき、ジュンさんに助けてもらって、本当に嬉しかったんです。

ありがとうございました」


ユキコは、俺が興味なさそうにしていることに漸く気づいたらしく、最後に慌ただしくそう言って去って行った。

翌日から、ユキコが時折、遠慮がちにこちらを見ているのを感じたが、俺は相手にせず、黙々と時間を消費し続けた。

大して興味はなかったのだが、クドウたち3人は欠勤しているらしい。

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