商売の19 それでも年は明ける

「何が悲しくてこんな人ばっかのとこに来なくちゃなんねんだよ。あたしオフなんだぜ。三つ首は正月仕事しねえの」

 江藤リョウコはほとんどお仕着せされた赤を基調にした振袖で、動きにくそうに背中を見ようと不格好なステップを踏む。

 それを見ながらニコニコし続けているのは、彼女の母親でもある生駒ミサキである。いつもより少しだけ良い服にコートを着ている。

 彼女から『正月予定がないならおせちを食べないか』と言われたのは二週間前であった。リョウコはおせちというものにはあまり執着はなかったが、タダメシには大いに興味があった。脳内の同居人であるアオイとミオは、それぞれクリスマスと大晦日にオフを割り当てていたので、正月の骨休みにミサキをこき使うのはいいアイデアだと思ったのだ。

 家に行った彼女を待ち構えていたミサキは、新年の挨拶もそこそこに服を脱ぐように言ってきて、あれよあれよという間に振袖姿に変えられてしまい、ここ、明治神宮まで連れてこられたのである。

「リョウコちゃん、似合ってるわね〜。お母さん、どうしても娘の振袖姿見たくってね? ちょっと奮発しちゃった」

「しちゃった、じゃねえよ。大人しくついてきたこっちもこっちだけどよ」

「帰ったらおせちと、お寿司用意してるの。おなかいっぱい食べていいから。ね? お母さんのわがままだと思って」

 夫と息子を事故で失った過去を持つミサキに『わがまま』と言われるとリョウコは弱かった。とにかく人でごった返している明治神宮であったが、周りに出ているたこ焼きたい焼き大判焼きといった出店はまつりを思わせて嫌いな雰囲気でもない。

「どうしたの? 何か食べる?」

「ん……まああんこ、嫌いじゃねえしな。ミサキも食おうぜ」

 少し嬉しそうに、ミサキはくすくす笑った。

「いいわねえ。お母さんカスタードが好きなの。後で買ってあげるわ」

 人混みに並びながら、本堂を目指していく。新年を幸せそうに迎えた人たちに紛れながら、二人が半分ほど進んだその時だった。

 悲鳴である。冷たい元日の空気を裂いて、人々がパニックから逆流を始める。前から押され、リョウコは危険を察知してミサキの手を引いて脇へと逃れ、大判焼きの屋台の前へ。

「刺された!」

「人が倒れたって!」

「逃げろ!」

 人々の叫び声は、何か事件があったことを思わせる。人が刺された。この人混みの中で起こったことだとすれば、ただ事ではない。

「何だ何だ? ちょっと大事っぽいな」

「一体何かしら?」

 リョウコ達は人混みから逃れてからは異変を気にもとめず、後ろへ振り返って大判焼きの屋台のおやじへ話しかけ、大判焼きを二つ買っていた。例えテロリストだろうがなんだろうが、逆に始末してしまえる余裕があるからだった。

「お参りは避けたほうがいいかもね。リョウコちゃん、あっちのほうでつまんじゃわない?」

 物々しい雰囲気から逃れるように、歩きながら大判焼きを食べていると、ちょうどその先に同じように大判焼きを食べている男がいた。

 リョウコよりも更に背の低い少年だった。

 正月だと言うのに黒い詰襟の制服に黒いマスクを顎につけている。胸元には黒い万年筆。しかしその一方で、天然パーマ気味の黒髪の下から垣間見える瞳はきらきらと輝いているように見えた。少なくとも、リョウコもミサキも振り返ってしまいそうな美少年だった。

「……同じやつ食ってら」

「お姉さん達も今川焼ですか」

 リョウコは片眉を持ち上げて、大判焼きにかじりつく。

「あ? 大判焼きだろ?」

「今川焼とも言いますから。……奥で誰か刺されたみたいですよ」

「いやねえ、正月から……。お母さん怖くなってきちゃった」

 のほほんとそんな風に呟くミサキであったが、リョウコは彼女が元殺し屋であったことを知っている。なんとも複雑な気分である。

「しゃーねえなあ。人殺しが出たとこでお参りなんてできねえや。帰ろうぜ」

 残りの大判焼きを口内に放り込むと、リョウコは少年を背にしてその場をあとにした。



 正月明けの丸の内のオフィス街は、どことなく気怠げな空気が漂っている。そのうちのビルの一つ、とある応接室の中で、今年の仕事は始まろうとしていた。

「佐川です。お噂はかねがね……」

 仕事始めはいつだって憂鬱だ。それは、脳内に三人が同居するリョウコ達も同じであった。

『眠いよ〜リョウちゃん。あーしさあ、ずんだとバターのお餅食べそびれちゃったんだ〜。東北風の餅オードブル、アイデアは良かったんだけどなあ……2キロじゃ足りなかったなあ』

 脳内でミオがぼやく。

『こりゃダメだ。リョウコ、今日は話聞いたらさっさと切り上げよう。ミオのやつ、正月どころか元旦の気分が抜けてない』

 同じく脳内でアオイもぼやく。

 リョウコ、アオイ、ミオの三人は理由あって一つの体に合体している。

 理由を話すと長くなるため省略するが、消費カロリーが単純に三倍になるため、とにかくなんでもやって金を稼ぎ、食わねばならない。

 『三つ首』にも正月はあるし、仕事始めがある。悪の経済活動にもメリハリは存在するのだ。

「あのう……何か?」

 五十絡みの紳士、と言った風貌の男だ。佐川は家電メーカーでも業界指折りである松上エレクトロニクスの常務取締役だ。この男から、三つ首に依頼があったのは今日の朝一番。女子高生私立探偵――と言っても、まちがってもシャーロック・ホームズのような上等なものでなく、興信所のような――でもある三つ首は、犯罪行為でないという前提で、相手がセレブであればカタギの仕事も請け負っている。

「いえ別に」

『しっかりしろリョウコ。お前もぼーっとしてたらまずいだろ』

「身内の恥を明かすようでお恥ずかしい限りですが、ことここに至っては猶予もありません。手短に申し上げます。我が社は会長派と社長派で派閥争いを繰り広げておりまして、私は前者に所属しています。年末年始にかけて、我が松上エレクトロニクスの会長派の最高幹部の一人が亡くなりました。元旦に明治神宮で通り魔に刺されたんです」

 リョウコのアンテナがピンと立ったような気がした。あの時ミサキと一緒に行った明治神宮の騒ぎは、松上の社員が殺されたことだったのだ。

「現在会長派と社長派は、当派閥の者が殺されたことで現在、一時的に派閥で抱える役員数が拮抗しています。この人数が逆転すれば、会長は役員会で罷免され、派閥は崩されてしまいます。確かに我々は争ってはいますが、殺人などという手段を弄すなど言語道断です。三つ首さんには、速やかにこの企てを起こした者を見つけていただき、これ以上の殺人を防いでいただきたいのです」

「そりゃ大変な仕事だな、オッサン。知ってのとおり、あたしは高いぜ。二千万は貰わないとな」

「随分と高いのですね」

「おたくの身内の恥は警察やらマスコミにバレたら致命的だ。よってあたしの口止め料とかコミコミお得セット料金。まさか首謀者と殺し屋まで始末しろってんじゃないんだろ? オプションつけるんなら倍は貰うが」

 佐川は冷や汗でもかいたのか、ハンカチで額を拭い、少しばかり考えを巡らせてから口を開いた。

「わ、わかりました……そこまで面倒をおかけするわけにもまいりません。会長も、首謀者を警察に任すつもりでいるようですから、それまではどうかご内密に……」

 脳内でアオイがせせら笑う。

『典型的サラリーマンだな。出し渋りがなけりゃ良しとしてやろうじゃないか、リョウコ』

 正直、正月明けすぐのぼーっとした頭でこれ以上のやりとりは避けたかった。お年玉には十分すぎる金額だろう。

「わかった。二千万は現金だ。出し渋るなよ。不思議なことに、金を払わんヤツはもれなく全員今後永遠に喋れなくなってるんだ」



 丸の内オフィス街を抜けて、神田へと足を伸ばす。

 リョウコは夜間高校に通っている。今日は流石に出席しておきたかったので、三時のおやつでカロリーを補充しておきたかった。

『今川焼き〜? あーし好きだよこれ。モチモチふわふわでさあ。あんこがぎゅっと詰まってるのがいいんだよねえ』

『私も嫌いじゃないな。たまに変わり種があるが、ああいうのも好きだ。リョウコ、カスタードと栗も買え』

 リョウコは紙袋に入った大判焼きを一つ取って、イートインスペースへと腰を下ろし、早速かじりつく。うまい。一個目に飛び込んできたカスタードもとろりと上品な甘さだ。

「またお会いしましたね」

 隣から声をかけられ、リョウコは思わず大判焼きを詰まらせるところだった。明治神宮にいたあの詰襟の少年が、同じく大判焼きにかじりついていたのだ。手元にはメモ帳が閉じられていて、持ち手側を持ち上げるようにして万年筆が転がっている。何か書き付けていたのかもしれない。

『やば! リョウちゃんこの子誰? 超イケメン』

『隅に置けないなリョウコ。お前も浮いた話の一つや二つあるもんだ』

 リョウコは二人の茶化しをスルーし、冷静に努めながら、慌てて喉を詰まらせないように喉元を叩く。

「あんた、明治神宮で……」

「ええ。今日はちょっと丸の内で用事がありまして」

「人手の多いところでよく会うな」

「僕、小柄でしょう? 案外人通りが多いほうが動きやすくてイイんです。ここの今川焼きも好きで……」

 今度は栗あんの大判焼きを口に放り込む。どうにも彼が言う今川焼きという名前は違和感がある。

「大判焼きだろ。あたしはそう呼んでる」

「いろんな名前があるんです。例えば、僕の地元だと御座候なんて言うんですよ。みんなが考える色形は同じなのに、名前は全然違う。面白いですよね」

 少年はきらきらとした目をこちらに向けながら、笑った。縁遠い人間だ、とも思った。闇の世界の住人であるリョウコ達三つ首にとっては、お互いに触れないほうがいい人種もいる。

 ただその時のリョウコは仕事始めでぼーっとした頭に糖分を回らせたものだから、普段ならしない判断をしたのだった。

「あんた、名前は?」

「タケルです。どうして名前を?」

「あたしはリョウコだ。二度あることは三度あるっつうだろ? その時に名前も知らねえんじゃ困る。今川焼きの男じゃ味気ねえ」

 タケルはそうですか、と笑って大判焼きをかじる。どこの学校の制服かは分からないし聞くつもりもないが、そうした知り合いが一人二人はいてもいいだろう。

 その時だった。

 リョウコのスマホが震えて、佐川からの通知を知らせた。リョウコは席を立ち、店の外で電話に出ることにした。

「キャンセルしたいだあ?」

『本当に申し訳ありません。三つ首さんの手を借りる必要がなくなりまして……会長派の幹部がもう一人亡くなってしまったんです』

「おい待て。あんたからの依頼を受けてから四時間も経ってねえ。大体その幹部とやらはいつどこで亡くなったんだよ?」

『私もついさっき報告を受けたばかりです。神田近くの交差点で刺されて……即死だったようです』

 二度あることは三度ある。

 リョウコは思わず振り向く。タケルは既にそこにいない。この事件に三度目があるとしたら、もはやそれは偶然でなく必然だ。

「分かった。あたしの勘だがな。事件はまだ終わっちゃいねえ。そもそも派閥抗争なんてのは、相手の派閥を完全に排除でもしなきゃ終わらねえんだ。具体的に言ってやろうか? あたしなら、会長を殺るまでは終わらせねえと思うぜ」


 一人目の被害者は、明治神宮の人混みの中で、二人目の被害者は、神田の交差点で待っている最中だった。

 いずれも腰のあたりからえぐるように内臓を刺され、即死した。目撃者はいない。あれだけの人混みであるにも関わらず、だ。我ながら完璧な仕事だ。

 松上エレクトロニクス会長――松上慎太郎はそんな中で敢えて、その身を寒空に晒していた。

 神田明神。商売繁盛ならここにお参りをするのは欠かせない。既にもはや役員として先はない彼にとって、すがりつくような行為でもあるのだろう。

 派閥の人間が殺されるなんて、考えもしなかったことであるに違いない。

 暗殺者である彼はほくそ笑み、彼の後ろを目指してぴったりと張り付く。人混みの中で、あと数メートルがだんだんと縮まっていく。随神門を抜け、両手側に出店が並ぶ。

 松上が立ち止まる。事前に情報を得ていたとおり、高級ブランドのコートに帽子。背丈は老境に入ったというのに百八十は超えている。

 彼は詰襟の胸ポケットに刺していた万年筆を抜いて、キャップを右に三度回した。すると、ペン先から十センチほどの鋭く長い針が飛び出す。百五十センチ程度の彼にとって、人混みの中での殺しは得意中の得意だった。ぴたりと背中に張り付いて、一気に差し貫く。これで報酬一億は確定。

 彼の背筋が凍る。手応えがない。まるで、空を切ったような――。その瞬間、ふわりとコートと帽子が舞って落ち、目の前には金髪ロングヘアのタレ目の女が現れた。いつの間にか、彼の手首が掴まれている。

「なっ……!」

「やっほー、タケルくん。あーしは初めましてかな? ちょっとこっち来てくんね?」

 力で無理やり引き寄せられる。抗えないほどのパワーに、タケルは面食らった。依頼人から姿背格好、そして今日の予定は完璧に聞き取った。間違いなどあるはずがなかったのに!

 ビルとビルの間の狭い袋小路の床に投げ出され、タケルは前髪の間から暗い瞳で睨む。もはやきらきらとした美少年の姿はない。

 女は胸を二度叩く。スパークと共に女の身体がタケルより小柄に変わっていく。青いメッシュの入った黒髪、シルバーフレームの眼鏡――。

「面白いことを言っていたな。『同じ形でも別の名前がある』。全く面白い。我々はなんだ」

 女は胸を叩く。今度はメッシュが赤く変わり、見覚えのある姿――リョウコへと変わった。

「『三つの体に一つの名前』。それがあたしら『三つ首』だ。年明け早々苛つかせてくれるな、タケル? 二度あることは三度ある。三度あったら偶然なんてこたあねえ。正月早々から商売の邪魔しやがって――死ぬしかねえな、お前!」

 改造万年筆が音もなくタケルの手から放たれる。リョウコはスーツの間、背中に手を突っ込むと柄を引き出し、そのまま振り抜いた。

 万年筆がすっぱりV字に分かれて切れ、リョウコをすり抜けて後ろの壁へと突き刺さる。彼女の抜いた斧が地面すれすれを裂いて、手を離れ――音もなくタケルの胸へ突き刺さった。どくどくと胸から黒いシミが溢れ、彼は仰向けにどさりと倒れた。

『人混みの中で刺し殺す。単純だがこれほど難しい殺しも無いだろう。だが、子供みたいな背丈なら難易度はぐっと下がる。相当の手練れだったんだろう、こいつ』

 リョウコはタケルの胸から斧を抜いて、彼の瞳から光が消えそうになっているのを見ていた。

 また年は明けた。

 

 去年はそうでなかったとしても、今年そうならない理由はどこにもないのだ。じわじわと地面に広がっていく血溜まりを超えて、彼女は日常へと踏み出していく。

 リョウコは神田明神の出店の一つに今川焼を見つけて、二つ買った。人混みを抜けた先の何でもないベンチに腰掛け、ぺろりと一つ食べたあとに、紙袋を敷いた上に今川焼を置いてから、席を立った。

 ともあれ新しい年が来た。

 三つ首も今年は、よく稼いでよく食べねばならない。

 その過程でを食い殺すことになったとしても、だ。



終 

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合体変形暴力商売 高柳 総一郎 @takayanagi1609

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