幼き少年の覚悟


 魔王アレスの出現により、人々で争いあっていた世界は一時的に手を取りあった。


 中には戦争を続ける国もあったが、50年前の悲劇を知る者は多く、国民の声が大きくなれば国としても戦争より先に魔王討伐に注力せざるを得ない。


 事実、大きな被害が各地で確認されている。


 魔王が最初に現れたエルザード皇国とリベン王国の被害を知れば、愚王でも無い限りは魔王の脅威を考える。


 そして、自国でもその被害が出始めたとなれば、先ずは国内のことを何とかするために魔王討伐を掲げるのだ。


 多くの国々は一時的な和平を結び、魔王討伐のために策を考える。


 ある国は同盟を結び、ある国は伝説をなぞって勇者の誕生を目指す。


 そんな世界が魔王討伐を目指し始めてから、約三年の月日が経過した。


 小国、ルノワール王国のとある村。


 そこには、魔王によって活性化した魔物たちの恐怖に怯えながらも暮らす村がある。


 人口は約200人ほどにも満たない小さな村だが、隣人同士で支え合って彼らは彼らの平和を維持していた。


「ザレン。これを母さんの所へ持って言ってくれ」

「はーい」


 小さな村に産まれたザレンの言う名の少年は、父ガレンにそう言われ元気よく返事をする。


 ザレンは父から渡された採れたての野菜を持つと、家で待つ母の元へと向かった。


「お母さん!!野菜が取れたよ!!」

「あら、随分と大きく育ったわね。魔王が現れ、魔物が活性化した時はどうしたものかと思ったけど、魔物が見つかりやすくなったお陰で畑の肥料になってくれるとは思ってもみなかったわ」


 ザレンの母、ザンネはそう言うと、産まれたばかりの妹ガンネを抱き抱えながら採れたての野菜を見る。


 例年よりも大きく育った野菜は、それだけ土の栄養が良いということを意味していた。


「魔王って悪いやつなんでしょ?神父様が言ってたよ」

「えぇそうね。私のお父さん........ザレンから見たらお爺ちゃんお婆ちゃんに当たる人がまだ若かった頃に、魔王がいたらしいわね。私もその時代を生きてきては無いけど、とても恐ろしかったと聞いているわ」

「ならなんでお爺ちゃんお婆ちゃんは、魔王が現れて喜んでたの?」


 ザレンの祖父母は存命である。


 3年前、ザレンがまだ6歳頃の時に魔王はこの世界に現れた。


 そして、その噂を聞いた時の祖父母の反応はよく覚えている。


“魔王が現れて良かった”と、冗談ではなく心の底から言っていた事を。


「盗賊が村を襲ってくる事が減ったからでしょうね。ザレン、覚えておきなさい。世界からしたら魔王は脅威かもしれないけれど、ただの村人からしたら、盗賊の方が余程恐ろしいのよ。魔物は知能が低いから、罠にはめることができるけど、盗賊はそうもいかないもの」

「........?」


 ザレンが生まれてから、この村は領主の尽力もあり盗賊がほぼ出てきていない。


 そのこともあってか、ザレンは何故魔王よりも盗賊の方が恐れられているのか分からなかった。


 母も、まだ9歳の子供に話を理解させる気はないのか、クスッと笑って肩を竦めると娘であるガンネを優しく揺らす。


 まだ生まれて間もないガンネは、母のゆりかごの中で気持ちよさそうに寝ていた。


「ま、どんな奴が来ても僕がやっつけてやるさ!!僕は勇者ザレドになるんだよ!!」

「ふふっ、楽しみにしているわ」


 話がよく分からなかったザレンは、自分が勇者になると言って母を安心させようとする。


 勇者アレスと魔王の話は、小国の小さな村にまで広がっている。最後の結末は違えど、勇者が人々の平和の為に戦ったという記録は残り続けているのだ。


 もちろん、英雄や勇者という言葉に惹かれがちな年頃のザレンが、似た名前を持つザレンに憧れないはずもない。


 ザンネはそんな可愛らいし息子を見て、静かに微笑むのであった。


 そしてその日の夜。ザレンは知る事となる。


 自分は勇者では無いのだと。



 ──────



 それは、突然訪れた。


 急に騒がしくなる村の人々と、慌ただしく動く大人達。


 そんな喧騒にザレンは目を覚まし、両親を探す。


 しかし、そこに両親の姿はなかった。


「あれ?お父さんとお母さんは?」


 寝ぼけた眼を擦りながら、ザレンは音のする家の外へと向かう。


 そして見た。


 夜の闇に紛れながら人々を食らう魔物の姿を。その中に、母を守る父の姿があったことを。


 魔王アレスによって活性化した魔物が、腹を空かして村を襲撃してきたのだ。


 それだけなら過去に何度もあったのだが、今回は相手が悪かった。


 集団となって狩りをし、魔物の中で比較的に知能の高い“シャドウウルフ”。


 闇に紛れる影のオオカミが、この村に群れで襲撃してきたのである。


 魔物の活性化は魔物の知能を下げるが、その分力を強くさせる。


 もちろん、シャドウウルフの知能は低下していたが、体に染み付いた狩りのやり方を忘れるほど馬鹿ではない。


 普段に比べて直線的な動きは多かったが、必ず一対多数で戦うと言う事を徹底していた。


 その結果どうなったか。


 村の者たちが集まる前にシャドウウルフが一人一人確実に村人を殺し、数的有利をひっくり返せなくなってしまったのだ。


 ザレンの父ガレンも慌てて増援に向かい、母ザンネも後方で治療の手伝いに向かう途中、既に瓦解した村には魔物達が侵入してきていたのである。


「ザンネ!!逃げろ!!」

「そんな!!貴方!!」

「お父さん!!」


 足を噛まれ、歩くことすら難しくなっていたガレンは妻と子供たちを逃がすための時間を稼ぐために最後の力を振り絞って、シャドウウルフの目を抉り取る。


 活性化させられているとは言えど、痛みを感じない訳では無いシャドウウルフはその痛みから足から口を離したが、別のシャドウウルフがガレンを食らう。


 ザンネとザレンは、その様子をただただ見ていることしか出来なかった。


 逃げなければならないはずなのに、愛するべき大切な人が食われている様を見て足が動かない。


 その場で適切な判断をしなければならないはずなのに、既に思考は止まっている。


 そして、その止まった思考がやがて自分に降り注ぐ。


「お母さん!!」

「ぁ........」


 父が食われたら次は母。ザレンは手を伸ばして母を助けようとするが、死の恐怖から足が動かない。


 やがて母は目の前で食われていき、残ったのは母と思われる骨だけであった。


「あ、あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ザレンはようやく両親が死んだのだと悟ると、逃げることもせずに涙する。


 そして、次はザレンの番。


 しかし、シャドウウルフ達はザレンには目もくれずその場を後にした。


 腹が満たされたのだ。肉は新鮮な内に食べるから美味しいのであって、殺した後、食料を保存すると言う習性がない。


 血の匂いが濃く残るその村は十数人を残して、魔物たちの餌となった。


 ザレンは最後の最後まで泣き続け、朝が来た頃には泣き疲れて眠ってしまう。


 そして、朝が来るとともに、涙を再び流しながら父と母だった遺体をかき集め、己の弱さを知った。


「許さない........絶対に魔王を殺してやる........!!」


 その無力さはやがて復讐心へと変わり、かつて勇者ザレドが誓った時と同じように魔王を殺す意志を持つものが現れる。


 歴史は、繰り返させるのだ。


「僕が........僕が魔王を殺す!!そして、お父さんとお母さんの仇を取ってやる!!」


 大義のために、人類という大の為に、果たして小は切り捨てられるべきなのか?


 魔王の在り方は、人類の在り方は、正しいのだろうか?


 一人は魔王による圧力によって統治された平和を、一人は魔物の被害を1つでも減らすことで被害に遭う人を減らすための平和を。


 平和を望んだはずなのに、又しても人々は別れ合う。


 どちらが正しいのか。


 それは、誰にも分からない。

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