第8夜
「なんで私だと気付いたんですか?」
悲しげに杏は刃を撫でて、訊いてきた。
義美は特に表情変えることなく、いつもの笑みを浮かべたまま話した。
「千秋に恨みがあるのは誰でもありえるわ。
現に千秋は私達の店で私の次に人気があるからね。それでいて千秋の次に人気があるのは美紀。今流行ってる紅一夜は私達のお店の芸者や舞妓を狙って罪を犯している。だから、次に狙われるとしたら千秋。千秋を狙うとしたら、美紀ちゃんか美紀ちゃんと仲良くしている杏しか思い当たらないからよ。」
「美紀はそんな人を殺すなんて事しないわ!馬鹿にしないで!」
ひととおり義美が話し終わると、杏は声を荒げて否定した。
杏は千秋が見た事のないほど、目が血走っており、杏ではない雰囲気を出していた。
「美紀が私を利用して、千秋に嫌がらせしていたのは本当よ。でも、美紀はそれでも自分の魅力を磨いて、一生懸命舞妓としてやってるの。それなのに殺しに手を染める事はないでしょ?私が、私が勝手に紅一夜として、美紀の座を守ってあげたかった。」
「紅一夜として・・・?杏さんが紅一夜当人じゃないの?」
千秋は杏の話に首を傾げて言った。
「紅一夜は1人のものじゃない。誰もが紅一夜の気持ちを持って生きているの。」
杏は悲しげな顔をして俯いた。
「上手くやっていたはずだったのに。私は美紀の為に、美紀に愛されたかったから、こうするしかなかったの。でも、もうバレたら終わり。そうでしょ?」
杏は空を見上げ、満月に語りかけるように話している。
「杏さん、誰と話してるの?杏さん!」
千秋の声は杏に届いていない様に、杏は刃を上に掲げた。
「紅一夜の最後、知ってる?正体がバレたらもう、紅一夜にはなれないから。さよなら。」
「杏さん!」
勢いよく杏が刃を自分に振り下ろした時、千秋は義美に視界を覆われた。
「いや!いやああああ!」
義美がゆっくり千秋から離れると、そこには横たわっている美紀を抱き上げる杏が居た。
「なんで、なんで美紀!」
「私の、指示なしに、やっちゃ、ダメじゃない・・・杏は、私の物でしょ?」
美紀の着物にどんどん血が染み込み、辺りが赤く染っていく。
「私は、千秋に、嫉妬していただけ。表情を変えないあいつを、面白がってただけ。でも、杏には、そう見えてなかったのね・・・・。」
「美紀!いや!美紀が居なかったら私!」
ボロボロと泣く杏に美紀が頬を寄せる。
「私は、杏が傍に居てくれるだけで良かったのよ。でも、杏の最後が私で何か、嬉しい。」
そう言うと、美紀は杏に優しく口付けをした。
「美紀・・・・。」
美紀は笑みを浮かべ、そのまま杏に寄りかかるように息を引き取った。
「いや、美紀!美紀!」
「そんな、美紀さん・・・。」
言葉が出ていない千秋を支えるように義美は、千秋を抱き寄せた。
「私、バカみたい。大切な人まで犠牲にして。私は何を欲していたの。私はただ、美紀を愛していただけなの・・・・。」
杏は千秋達を見て、笑ったような悲しそうな顔をして、動かなくなった美紀の頬に自分の頬を寄せた。
「美紀、心配しなくても、寂しくなんかさせないわ。」
「杏さん、馬鹿な真似はやめなさい!」
制する義美の声も届かず、杏は刃を捨て、美紀を抱えて橋まで歩いていく。
「杏さん、戻ってきて!」
「杏さん!」
千秋の叫ぶ声に杏は驚いた様に見るものの、すぐに美紀に視線を戻した。
「千秋、気をつけてね。紅一夜は気付いたら傍にいるの。」
「杏さん・・・!」
「今日の満月も綺麗。美紀、これでずっと一緒ね。」
そう言うと美紀を抱えたまま、杏は橋から身を投げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます