蟲の門
A・スワン・ケイトウ
第1話ピーVS蟻
・
なにもないわけじゃないよ。矢印をよく見て、
↑ほら、一行目、拡大するなり虫眼鏡を使うなりしてよ。
・があるのわかった? よく見りゃわかるから。
あれ、黒い小さな・が動いたぞ!
目の錯覚?
違う違う
我が家のキッチンのフローリングの上でみつけた・に違和感を覚えて目を凝らす。
・は
でも、やっぱり命をかけるのやめとこ。気の持ちようというのもあるし、動くと思ってじいいーっと見ていると無機物だって動き出すというもんだ。
ほら、幽霊の正体見たり枯れ尾花っていうじゃない。そういうもんよ。
あれ、見て、モゾモゾしだした。もいちど、命かけなおそうかな。
ほらほら、また動いた。
虫じゃない?
近づくと、頭と腹とお尻のパーツがはっきりしてきて、ちいさい手足と触覚もついてる。
「なーんだ、蟻か」
なーんだ、じゃないよ。
なんで、蟻がいるの?
ここはあぜ道なんかじゃない。わが家のリビングだ。
いままで蟻が家の中に入って来たことなんてなかったのに……
想定外のことが起こると人は混乱する。
これから起こる出来事は、この一匹の侵入からはじまった。
ここは郊外にある一軒家、ピーと夫のトビオは結婚と同時にここで生活を始める。都会にくらべ土地代が安いため、二十代で持ち家スタートとなった。
ほんとうは借家でもいいとおもったんだけど「月々の高い家賃を払うことをかんがえれば、その分をローンにまわして家を手に入れたほうがいいんじゃないか?」って、両親やおばあちゃんやらまわりにいわれて「それもそうだな」って。
そんな折、実家近くで新築一軒家が売りに出される。ごく普通の建売住宅だけど、玄関を入ると白い壁がアーチ状にくりぬかれていて、そこにUを逆さまにしたおしゃれなドアもついていて、いままで長方形のしか見たことなかったので、
「すごい!」って
もちろん、TVや雑誌で見たことはあるよ、でもね現物ははじめて、
それをくぐるとキッチンへと抜けれる。
リビングキッチンの壁はクリーム色のタイルで、その中にポツンとスミレのお花が混じっていて少女趣味だなーって、でも、悪い気はしなかった。
たしか、トビーが「設計士さんは女性だって」いってたっけ。
「ははん、なるほど」
もくもくと想像の雲があらわれ、でてきたのは黒髪にパーマで、いつもの無難なスーツという一見どこにでもいそうな女性社員。こっちをにらんでいるみたいでちょっと怖いなあって思ったけれど、それは、ただ単に緊張からであり、ほんとうは早く一人前になりたいと一生懸命な頑張り屋さん。
その人がはじめて仕事をまかされ、持てる力を十分に生かした家だった。
一階にはリビングキッチン、バス、トイレ、六畳の洋間と和室がふたつ、二階は六畳の和室がふたつと洋間がひとつ。外の駐車場は屋根の都合で車高が高いのはムリだけど普通車なら一台おける。あと、猫の額ほどの庭があり、ピーの夢だった<一年を通して季節の花を咲かせる>も実現できそう。
また、風水をしっかり取り入れていて全体に明るい雰囲気だった。
なんだろう、勘は鋭い方じゃないけど、もうこれ以上のはあらわれない気がする。
だから「はやく購入しないとだれかに先を越されちゃう」って真夜中に目を覚ますと悪い考えに囚われてあれこれ悩んじゃって「明日の仕事に差し障るから無理して寝よう」とするんだけど、底なし沼にはまったみたいにもがけばもがくほど抜け出せなくなる。
眠気って霧のようなものだと思うのよ。霧がどんどん濃くなって眠りに落ちる。
なのに、ついさっきまでうっすら残っていたはずの霧さえも消滅してしまって、「ああ、このまま一睡もできなかったらどうしょう?」なんて後ろ向きなことしか考えられない。悩めば悩むほど目がさえて「もう何をしてもダメだ!」って、
<どツボにはまる>
そのうえ、もうやめときゃいいのに、運命にあらがって寝返りを何度も何度もうって、馬鹿だね。
もちろん、徒労に終わるのは承知のうえ。あきらめの悪い性格なんだ。もしかするともしかするかもって。
結局、次の日は寝不足で目の下にくまをつくって仕事に出かけた。
さて、ピーは購入に意欲的だったが、トビーはというと、もっと大きい家がほしかったようだ。だって、この先家族が増えると家も手狭になるだろうし、収納だって多いに越したことはない。
ほかにもいろいろ探してみたんだけどいいのがみつからない。悩んでいると誰かが「将来、隣の空き地を購入すればいいんじゃない」ってナイスアイデアを出してきた。あれっ、誰がいったんだっけ?
ピーの推していた家の右隣から裏にかけて空き地がL字状にひろがっていたんだ。いまは草ボウボウだけど、土地の広さは三倍あった。
「将来、きっと売りに出されるだろうから、それを手に入れて増築すればいいんじゃない」って、そうだ、おかあさんがいいだしたんだ。
トビーも「いい考えだ」っていってくれて、大どんでん返しで決まっちゃった。
そんなこんなでスタートダッシュこそよかったものの、計画では一年後にかわいい家族が増えてるはずが、三年たったいまも家族構成になんら変化もなく、新婚時代とまったくかわらない日々をおくり、人生とは思い通りにいかないもんだと痛感している。
ピーは、目の前の蟻をティッシュでつかまえるとゴミ箱にポイした。
さて、次は何をしょうか?
主婦というのは毎日おなじことを繰り返しているので、かんがえればすぐ次が出てくる。洗濯物を取り込んで畳んでタンスにしまって。それから、三時のおやつはせんべいにするか、チョコにするか考える。休憩をとらないとやってらんない。
次の日の三時ごろ、ピーはだいたいこれぐらいに帰宅する。チャリを門の中にいれ、駐輪スペースがないのでムリやり玄関先に置くと、農協スーパーのレジ袋を左腕にぶらさげたまま鍵をあけた。
「えっ、まただ!」
きのうもこんなの見たぞ、蟻がキッチンの床をウロチョロしてやがる。
でも、まったくおなじじゃない。
「まるで、団体旅行みたいやなあ~」
子供みたいに興味津々で近づく。昨日は一匹だつたのが、今日は十匹づつの小グループが五つぐらいできていて、班ごとに行動している。
∴∵∴.∴∵∴.∴∵∴. ∴∵∴. ∴∵∴.
まるで、ファーブルになった気分。
そういえば、小学校の授業で「伝記を読んで感想を書きなさい」ってのがあったっけ。図書室に移動してさ、おのおの気になる偉人の伝記を借りていく。当時のダントツはやっぱエジソンだった。いま思うとどうして? ってなるんだけど。たぶん、あのころは「偉人といえばエジソン」って感じで一過性のブームだったのかなあ。いまじゃ、ちょっと考えられないよ。
ピーは、その時ファーブルを選んだ。エジソンほどではないけれど、彼は昆虫好きなコアなファンに支えられていた。いえいえ、わたしは昆虫好きってほどではない。ただ、みんなが奪い合うような人気者にいきたくなかっただけである。
人生の分岐点てどこにあるかわからないので、もしも、ピーが昆虫学者になっていたなら「あの時、ファーブルをえらんだからだ!」ってしみじみしていただろう。
でもね、良かったのか悪かったのか、分岐点はそこになかった。
蟻どもが活発に動きまわっているのを見てるとなんだかイラっとしてきた。こんなの、一匹づつティッシュで捕まえるのはムリなので、洗面所から濡れぞうきんを持ってきてふき取っていく。ザザザーって汚れをふき取るようなもんよ。
五分ほどで蟻はいなくなり、またいつもの時間がもどってきた。
結婚してから時間のすぎるのが早すぎて正直あせっている。子供のころ、おばあちゃんが「年を取ると一年があっという間に過ぎる」って、いってたけど意味がわからなくって大人の冗談だとおもっていた。
いまになって「ああ、このことか!」って実感してヤバイって感じてる。このままじゃ、九十歳、百歳なんてあっという間じゃないか。
じゃあ、どうすればいいのか?
まずは、子供をひとり産まなくちゃ。本来の計画では、子供が生まれて専業主婦になってるはずが、計画の延期延期でいまだ共働き中。おかげで、すこし貯金が増えてローンの繰り上げ返済もかんがえている。
でもさ、いいことばかりじゃない、まわりから「子供はまだか?」の圧がすごくって。みんなの親世代は子供がポコポコできたみたいで、年寄りにはその記憶があるんだろう。わたしらのことを子供もつくらず遊び惚けてるとおもっていて、子供がほしくて、陰で涙を流してるのを誰も知らないのだ。子供の名前だってきまっていて、長男が金太郎、次男が銀次郎。トビーは子供とキャッチボールするのが夢なんだって。かなえられるものならかなえてあげたい。
この前、トビーが「子供は三人ほしい」っていってさ、わたしが「ふたりでいい」っていったらけんかになっちゃって、馬鹿みたいでしょう。ひとりも生んでいないのに……
また翌日も、農協スーパーで買い物して帰ってくるとおなじことが、
「まあ!」
かなりやばいレベルになっていた。
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だって、キッチンからリビングまで一直線に蟻の道ができていて、その数は優に百を超していた。これは、主婦として断固見逃すことができない。また、濡れぞうきんを取ってくるとガバッと広げ、蟻の道をショベルカーのごとくつぶしていった。こんなことってほんとうはやりたくないんだよ、一寸の虫にも五分の魂っていうじゃない。それを考えると「残酷だなあー」って、でも、話が通じない相手にはこうするしかなく、ザッとふきとっては水道でザバザバすすいだ。その結果、なんとか退治することができた。
四日目にもなると、さすがに能天気なピーも帰宅するのが怖くなってきた。
「また、蟻がでているんじゃないか?」って考えたくもないのに考えちゃう。
「たぶん、出ているだろう」と思うと気持ちが沈んじゃう。
「なんか奇跡でもおこって消えてくれないかなー」
祈るような気持ちで帰る。
ところが、結果は思っていた通り、目の前には最悪の状態がひろがっている。奴らは前日の状態に戻しただけでなく、さらに、道路を二車線にまで拡張していやがる。
やばい、やばいやばすぎる。
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また、また、また濡れぞうきんを持ってきて蟻退治。奴らはきのうの倍の倍の倍に膨れあがり思うように減らない。いったんは消えたと見えても、また別のどこかから現れて行列を作る。無茶苦茶あきらめが悪い。人間がいるから計画を変えようなんてこれっぽっちもない。これが単純な思考回路のなせるわざか。ありんこは何度倒しても立ち上がる、ゾンビ相手に戦っているようなもんだ。こっちが倒れそうになる。
「蟻なんかに負けてたまるか!」って、わたしが逃げ出したら蟻のやりたい放題になっちゃう、なんとしてもやっつけなくっちゃ。
これでも、子供の頃はけっこう無茶してたんだ。
小三の夏休み、よく晴れた日曜の午後に縁側に寝そべって外を見ていると石畳の上に行列を発見。黒い一本の線が石畳の中ほどにある巣穴から椿の木まで十メートルぐらい、ずら~っと続いてる。
いまと比べあの頃の夏はなんてすごしやすかったことか。そのくせ暑い暑いと文句をいっていたのがはずかしいよ。
Tシャツ、半パンの少女はやおら立ち上がると「へへへへ」と笑いながらビーサンをはいて外にでる。いやなガキに見つかったもんだ。
でもさ、蟻だって悪いんだ、白い石畳の上に黒い蟻が行列すれば否が応でも目立ってしまう。なぜ気づかない、ただのアホだろう。擬態とかすればいいのに、頭悪いよなあ。運も悪い、大人なら蟻のことなんて放っておくだろうに、暇を持て余した子供に見つかるなんて最悪だ。
「いいこと考えた」
ピーは、お気に入りだった言葉をつぶやくと洗い場につっ走る。
子供ってさ、なんで頑張らなくちゃならない時に頑張らないくせにどうでもいいとき頑張っちゃうんだろう。
ピーの父は趣味で盆栽をやっていたのでジョウロは大中小とゾウさんまで選り取り見取り。迷うことなく大を選ぶと水道の水で満タンにする。タプンタプンの緑のジョウロを「よいしょ、よいしょ」と巣穴の近くまで運んでってシャワーヘッドを外し、大きめの穴にグサっと差し込む。ドクドクと大地が水を吸い込む、数秒後にドバドバーとカフェオレのような泥水と大量の蟻が放り出された。
もう、大人になって命の大切さを知ってしまうとダメだね。やりたくない殺生をやると精神的ダメージがすごい。なぜ、あきらめてくれないのかと苦しみながら排除し続けた。
ふと、時計をみると六時まえ、これはまずい。ぞうきんを放りだし、夕食の準備に取りかかる。
まだ、蟻の残党がうろちょろしている。
でも、七時になるとトビーが帰ってくる。
「蟻と戦っていて夕食の準備ができてません」は通用しない。
トビーって関西人だから基本はおもろい。だけど、腹ペコだと冗談が通じない。
田舎に住んでるからね、近所に食べ物屋さんとかなんにもない、農協スーパーも五時には閉まっちゃう。お腹と背中がくっつくような状態で帰ってくるので、
「お腹が減って死にそうなんだ!」って雷を落とされるのがオチだ。
いまの状況はとてもヤバい。ただ、唯一の救いは本日はカレーの日だったこと、彼はカレー好きで週一でカレーを食べる。本格的なのではなく、市販のルーを使ったお手軽カレーなんだけど、それだと材料を切って炒めて煮込めばいいだけなので、いまからでもなんとかなりそうだ。
調理中もちりじりになった蟻どもが歩き回っているのが見え。何とかしたいのを、ぐっとこらえる。
「ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン」
トビーだ。彼ときたら、帰ってくる度にピンポンの連打をする。鍵持ってるんだから自分で開けて入ってくればいいのに……
「はい、はい、はい」って、ブツくさいいながら玄関の鍵を開けに行く。靴を履く時間がもったいないもんだから裸足で降りてってガチャリとやる。
トビーは家に入るなり「カレー」と夕食を当ててご機嫌である。カレーの時はいつもこうだ。
でもね、いつも成功するとは限らない。サバのカレー煮やカレー味のロールキャベツの時も「カレー」といって喜んじゃって、ピーが真実を告げると落胆する。なんだか可哀そうになって次の日はカレーを作っちゃう。
きょうは正真正銘のカレーの日でテンションあがっている。いそいでアーチをくぐってキッチンの隣の六畳間へ、ここにはTVがあって床に絨毯を敷いて茶の間として使っている。トビーたら、緑の座布団に強力な磁力でもあるみたいに引き寄せられ、ドシンと座る。手にはすでにTVのリモコンを握っており、これからお楽しみの時間なのでテコでも動かない。
もう画面しか見ていない、いろいろ見たい番組があるのでザッピングやりまくり。その間、ピーはカレーの大盛を用意し、腹ペコなのがわかってるから、なるべく早く食べさせようと焦りまくってる。彼が調子にのって「早く早く」と急かしてくる。カレーが大皿の縁きわきわで波打ってるのを、足早に机に運ぶ。
ほっとして、こんどは、自分のをつくる。
「カレーは飲み物」っておデブタレントがいってたけど、トビーたら、ピーが自分の分をよそって戻ってきた時にはすでに飲み干しちゃってて、バラエティ番組を食い入るように見ている。なぜ、こんなにTVが好きなんだろう。結婚前はぜんぜんTVなんて見なかったらしいのに。結婚後どっぷりはまっちゃって、いまのお気に入りは8チャンネル、おもしろいバラエティ番組が目白押しだから。あんまりリモコンのスイッチを押しすぎて8の数字が消えちゃってる。そろそろマジックでなぞったほうがいいかな。
でも、前後左右の数字をみれば子供でも8とわかるから、ほかの数字が消えちゃいそうになってからでもいいかなあって。
ピーはひとりでカレーを食べた。彼と一緒なんてムリムリ、スピードについていけないもの。
マイペースでカレーを食べていると
「蟻がいるぞ!」って
やばい、トビーにみつかっちゃった。
床の上にトロい奴が二三匹ウロチョロしてやがる。
∴
「そうやの、蟻が出てたいへんやったの」
正直に話す。だって、その場しのぎのうそで乗り切っても、なにかの拍子でばれちゃいそうな気がする。その時はきっと怒るだろう。
「ふう~ん」
「えっ、それだけ?」
トビーはさきほどまでの大行列を見ていないからさほど気にすることもなく、またザッピングを始めた。
こっちは調子抜け「もっと驚いてよ!」って心の中で叫んでいた。
なんなら激怒して蟻どもを殲滅させてくれたらいいのに。
次の日、仕事してる時以外は、蟻のことばかり考えてた。だって、ピーにとっては最大の関心事だもの。ほんというと、仕事してる時も蟻のこと考えてた。頭の中は、仕事、蟻、仕事、蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻となってた。
こんなこと実家にいたころはおこらなかったので、どうしていいかもわからない。
世の中には帰宅恐怖症っていうのがあると聞く、どうやらそれになっちゃったみたい。患者の多くは働き盛りのサラリーマンなんだって。家族のため会社で一生懸命働いているのに、家に帰ると奥さんや子供に邪険にあつかわれる、だから帰りたくない。ピーの場合はトビーとも仲良くやっていて、子供がいればもっといいんだろうけど、それもそのうち授かるかもしれないし。そう考えると、やっぱ、あいつらさえ現れなければ……
帰宅時間が近づくと「いるだろうなあ」って「奇跡が起こって一匹のこらずいなくなってたらいいのになあ」ってちいさなちいさな期待を抱いて帰るわけ。
おそるおそる玄関を開けて抜き足差し足でリビングを覗く。なんということだろう、床が黒いビロードの絨毯みたいになってうねってる。もう、ホラーじゃん。
「ああ、そりゃあそうだよなあ」
もちろん予想はしていたけどそれ以上だった。奴らは想像を絶する数に膨れあがっていて、まるで巨大な蟻塚の住人のお引越しか、リオのカーニバルでもやっているのかって?
∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
ただただ、茫然とする、奴らはピーがいない時間帯(午前九時から午後三時)を利用して破壊された道を修復、さらに一本しかなかった道を幾重にも分岐させ交通網のようなものまで完成させやがった。ピーは昼間家を空けているので蟻との闘いには断然不利である。
奴らからするとピーは平和をぶっ壊す巨人で絶対的な悪なんだろうけど。こっちもいわせてもらうと平和な日常を蟻の大群に奪われたかわいそうな人間なんですけど。
なんもかんも嫌になって「ワー」って奇声をあげて逃げ出したくなった。
でも、そうはいかない。
ドラマなんかで人がショックのあまり気絶するシーンがあるけど、あれって現実でもおこるらしい。でもね、自分ひとりの時には倒れないんだって。そりゃ、倒れてる場合じゃないもの。まわりに頼れる人がいる時だけ倒れちゃう。
いまのピーは無限に広がる蟻の世界にたった一人だった。
だから、逃げることはできない。戦う一択だ。やりたくないけど、やらなくてはならない。
でも、いつもみたいにただ闇雲に蟻をやつける方法でいいのだろうか?
それをやってきた結果が、いまの状態になってしまった。やっつけてもやっつけても次の日にはもとに戻っている。いや、それどころか確実に攻め込まれている。
なにかいい方法はないのか?
冷静になって考えてみる。蟻に四方を囲まれた状態で冷静になるのはむずかしい。
ただ、いつもと同じことをやっていては勝ち目はない。
「アリクイがほしい!」
蟻をやつけるといえばアリクイだろう。いつだったかTVで見たことがある。蟻塚に長い舌を入れて蟻をからめとっているシーン、ああ、なんてたのもしい。いまのわたしにとっては正義の味方だ。
ところが、近所のペットショップにはいないし、変わったいきものがいる西武百貨店でもアライグマやフェレット、カメレオンぐらいしか見たことがなかった。
ならば、次にかんがえたのは蟻の天敵といえばの蟻地獄だ。実家のおばあちゃんに電話して「蟻地獄はどこにいる?」って聞いてみた。そしたら「むかしは神社の砂地にいた」という。
チャリに乗って神社につかまえに行こうか悩んだけれど、ある重大なことに気づいてやめた。 蟻地獄は砂場でのみ力を発揮する。床や畳の上では蟻の方が強いかもしれない、きっとそうだ。
蟻の天敵に退治させるのはやめた。
結局、自分でやるしかない。
まずは、蟻の侵入路を断つのが良いだろう。それをしないから次々と現れるのだ。どうしてもっと早くそのことに気づかなかったのだろう。さっそく蟻の道をたどって出発点を捜す。数が多いから道をたどるのは簡単、茶の間を通り越し隣の和室まで…………と続いてる。
なんで、こんなところにいるんだろう?
だって、ここは使ってないから蟻のえさとなるようなものはなんにもない。
無人の部屋で蟻の後を………とたどりながら想像する。
これって、もしかすると最初の一匹と関係があるのかもしれないぞ?
女王蟻が兵士にむかってこういった。
「これからおまえたちは世界中にちらばって食料をさがしてくるのじゃ!」
女王の命令は絶対なので「はい」というと四方八方にちらばっていったんだ。
彼らは食料がどこにあるかもわからず、鼻と経験をたよりに足を棒にして歩き回り、旅の途中で多くの仲間が命を落とした。運のいい一匹がほとんど偶然のように「トビーとピーの家]で食料を発見して巣穴に報告。
蟻って、後からくる仲間に食料のありかを伝達するため地面に目印を残しているらしい。ピーは蟻ではないのでそれを肉眼でみることはできないんだけど、たぶん、道路に蝋石で矢印を書くようなものだと思う。
後からくる蟻は先の蟻が歩いた道をたどってくるので、最初の蟻が遠回りや寄り道をしていれば、必然的に二番目以降も遠回りと寄り道をすることになる。
部屋の端までたどり着くと、さっきまで四車線もあった道がいつのまにか二車線になり単線になり・・・・ ・ ・・ ・
最後はプツ、プツ、プツと切れて消えてしまっていた。
「なんてことだ」
元々、蟻の行列が道路のように見えていただけなので、蟻がばらけてしまうともうダメ。一匹でウロチョロしているはぐれ蟻をしばらく観察していたが、こいつの目的が決まってるのか、それともなにか捜しているだけなのかわからない。蟻の歌みたいに「あっちいってちょちょちょ、こっちいってちょちょちょ」とやっている。どこに行くのかわかれば帰る奴の後をつけていけばいいのだが。
そんなわけで、蟻のでてくる場所をみつけて封じる作戦は失敗に終わる。考えてみれば蟻がポンポン飛び出してくる穴を簡単に見つけられるはずがなかった。
どうしていいのかわからず・をボケーっと見ていたら、「あれ、なんだ?」って、白いものを運んでいる奴が何匹もいる。
「はっ」と我に返る、蟻が運ぶ白いものといったら子供でもわかるじゃないか。
「砂糖だ!」
あわてて台所に飛んで行って出窓に置いた調味料入れをしらべる。ピーの家の緑の収納ボックスは上下二段に分かれている、上段は市販の香辛料や小ぶりの醤油やソースの瓶を入れられる。下段は量を多くつかうもの、うちでは砂糖と塩なんだけど、付属のボックス容器に移し替えて収納していた。
そーっと、砂糖の容器をひっぱりだす。透明の蓋から覗いた瞬間「もうだめだ!」って、まるでごま塩状態。もちろん、ごま塩の訳がない、砂糖の中に蟻がわんさか入り込んでいるのだ。
「ああー」
頭をかかえるってこういうこというのか。自分がいかに平和ボケしていたかって痛感。いまごろ反省したって遅いのだが、次に生かすため問題点を捜す。
その一、我が家では虫の侵入が皆無に等しくこれが当たり前と思い込んでいたのが良くなかった。いままではただ運が良かっただけなのである。
その二、砂糖の容器の過信。プラスチックの容器の上にちょこんとのせただけの蓋なんて蟻にとっては赤子の手をひねるようなもの。余裕のよっちゃんなのだ。
この惨事はわたしの平和ボケが招いたようなもの、常日頃から最悪の事態を想定しておくべきだった。
目の前では略奪が公然と行われている。持ち主が見ている前で蟻の大群が砂糖を奪っていく、どいつもこいつも小さな砂糖のかたまりを運んでいる。
「なんとかしなくちゃ!」と必死に考え、あわてて台所の洗い桶に水を張り、容器に入った砂糖をカレーのスプーンですくっては放り込む。わたしって貧乏性だなー、容器を逆さにして全部放り込めば簡単なのに蟻のいない部分を残そうというしみったれ根性である。大概の蟻は溺れて死ぬ、ところが敵も命がけなので犬かきならぬ蟻かきで桶のぐるりにとりついて脱出のチャンスをねらっている。こっちも蟻の大群に一人で立ち向かうと決めたからは徹底抗戦の構えである。蛇口を強くひねってザバザバと放水を続ける。魂の失せた・や、半死半生の・が
…………………………………………………………………………………………………と、排水溝に消えてゆく。砂糖の容器から掻きだしても掻きだしてもきりがない。ずっと下の方までもぐっている。なにを思ってこんな底までもぐっているのだろう?
人間ならば百メートルプールで泳いでいるようなものだろうか?
ただし、プールに水ではなく好物の砂糖がぎっしり詰まってるなんて、最高やん。
「砂糖のプールで泳ぎたい」はあいつらの夢かもしらん。
人間だとなんだろう、お金かな? 万札のプールで泳ぎたい。硬貨だと重さがハンパないからな。
蟻も夢がかなってテンションMAXで、まずはクロールに平泳ぎ、背泳ぎ、普段なら絶対やらないバタフライまで調子に乗ってやっちゃう。砂糖のプールは蟻の頭をおかしくする。
あちらの天国はこちらの地獄、ふつうなら調味料として肉じゃが、スキヤキ、卵焼きなどの味付けに使われ、トビーかピーの胃袋におさまったはずが、うっすいうっすい砂糖水になって下水に流されるなんて、こんなみじめな失われ方があってもいいのだろうか。でも、これしかやりようがないんだ。あまりにも蟻の数が多すぎて一匹づつつまみ出すことはムリなんだ。「ピンセットがあればできる」って思うかもしれないけど相手もつかまりたくないもんだから逃げ回るし、一匹二匹じやないんだよ。四五十匹となるとイライラして「わー、いやだ!」って叫びたくなる。とても深い穴を掘って掻きだしても掻きだしても黒い・がいる。やけになって大きな塊ごとドボンと放り込んだ。ふと、TVで見た氷山の塊が「ゴゴ、ゴォー」っと碧い海にくずれていく映像が浮かんできえた。
急に、胸騒ぎがしてきた。
「まさか? そんなことはないだろうけど念のためにしらべよう」
たぶん、九十九パーセント取り越し苦労で、後で無駄な労力を費やしたと嘆くのだろうけど。でも、精神の安定のため確かめておきたかった。
ガスコンロの下の緑の両開き扉の中にはピーのお宝がある。そんなに、すごい宝石や貴金属ではなく未開封の贈答品が大切にしまわれていた。こういうのってどこの家庭にも多かれ少なかれあると思う.
ピーの実家にもそういうのがあった、商売をしていたからその量も桁違い、歳暮や中元の時期になると配達の人がひっきりなしにやってきて、それを受け取るのはおばあちゃんの係でその時期がくると大忙し、ハンコと引き換えに大きな荷物をかかえてくる。「たいへんだ」といってるけど顔はニコニコしてあきらかにうれしそう。ビールにサラダ油、醤油にカニ缶などが山のように届く、押し入れに入らないからその前に積み上げてシーツをかぶせていた。子供のころはお菓子やジュースぐらいしか興味がなかったけど、大人になるとそのありがたみがわかってくる。ピーもおばあちゃんをまねてちょっとしたミニチュア版をやっている。これはいいよ、心が豊かになる。
宝物庫の扉をあける。未使用の箱がぎっちり詰まっていた。黄金の仏像こそないが過大包装された商品からは後光がさし、胸の高鳴りがハンパない。
蟻どもはいなかった、とても静かである。どこかで侵入を覚悟していたのは事実。気持ち的には安心した。
「いや、ちょっと待て」
もうちょっと調べたほうがいいんじゃない? 切羽詰まった感じではない、お宝の顔を拝んでみたいというノリだった。
ピーの勝手な想像だけど、成金って夜な夜な自分のお宝をひっぱりだして幸福に酔いしれているんじゃない、ピーもちっぽけな宝を覗き見るのが好きだ。
一番上の箱を手に取り蓋をあける。中から紅白の餅があらわれた、見た目は餅だがその正体は餅の形を模した砂糖だった。もしも蟻が狙うとしたらこれしかない。
見た瞬間「ほっ」と胸をなでおろす。静かなもんだ。
ところが「えっ?」視界に変なものが飛び込んできた。
だって、白餅の中に黒ごまがひとつあったんだもの。「なんだこりゃ」ってなるよね。いままでさんざん蟻を見てきたから黒いもの見ると反射的に「蟻じゃないか?」ってなっちゃう。
でもさ、蟻が入るなんて不可能なんだって、我が家の砂糖の容器とは違ってその強度はプラスチック並み、まさに難攻不落だよ。推理小説でいうところの密室、クローズドサークルなんよ。
「じゃあ、黒ゴマの正体はなんだ?」
目の前の鏡餅は見た目は餅にしか見えない、できる限り本物に近づけようと創意工夫されていて、白餅は皮を透明にして砂糖本来の白で白餅を、紅餅は皮をピンクにすることでそれらしくしている。
この鏡餅というか鏡餅風の砂糖は、トビーのお兄さんの長男が誕生した時の祝いでもらったもの。昔なら本物の餅を祝いの品として親戚に贈ったであろうはずが核家族化が進み大きな餅をもらっても食べきれなかったりするのでこれになったということだ。
実際の鏡餅に黒ゴマが入ってることなんてない。だから、こんなことは絶対ありえない。異物混入としか考えられない。
偽の鏡餅をまじまじみつめる。
「うーん、なんだろう?」
・をじいーっとみつめていると、モゾモゾ動き出す。
「まさか、なんてことだ!」
すぐにはに信じられなかったが、蟻が入っていたのだ。いったいどうやって侵入したというのだろう? だって、偽餅の皮は非常に硬いのだ。ピーの怒りのボルテージが爆上がりしてゾーリンゲンのハサミを取り出すとすぐさま餅の腹をぶっ刺した。チョキチョキと穴を大きくしながら、こんなに硬いのにどうやったのだろうと頭をひねる。蟻が持つ道具といえば顎ぐらいしか思いつかない。それで穴をあけることなどできっこない。
真っ白い大地にいた一匹の蟻を洗い桶にぶち込んだ。もしも、気づくのが遅かったら砂糖の餅は蟻の大群に持ち去られていただろう。ピーがお宝を見たことはいい判断だった。
その後、いつもの蟻一掃の掃除が待っていた。もう蟻の清掃は一日の行事になってしまった。そんなの受け入れられないけれど、やらないわけにはいかない。床は蟻だらけで目も当てられない状況だ。
ぞうきんで床をふきながら、頭の中でかんがえをめぐらす。
しかし、あの袋にどうやって穴をあけたんだろう? 蟻は歯ぐらいしか道具を持ってないんだけどなあ。まさか、体内に塩酸とか持っていたりして、それを吹きかけて穴をあけたんじゃないだろうか? 人間にあてはめると恐ろしい怪物になるけど昆虫ならなくはない。だったら怖いなあ。明日平和堂かアサヒに行って密封式の容器を買ってこよう。
ピーは残った砂糖の隠し場所を考えあぐねていた。どこに隠そうとも蟻にかかれば見つけ出されてしまう。さんざんやられてきたので悪いことしか浮かばない。床にはいまも蟻がうろちょろしている。
さすがに、犬猫みたいにわたしが隠す場所を見ていてあとで盗み出してやろうなんて高等動物じゃあるまいし、でも、疑心暗鬼に陥っているので隠し場所をああでもないこうでもないと悩みまくった。
さっきの余韻がまだ残っていて、あれが人なら大量殺人を犯した後の放心状態ってことになる。蟻からは「殺人鬼」呼ばわりされてるんだろうなあ。いやだ、いやだ絶対いやだ。あいつらが悪いんだ。人んちに勝手に上がり込み、しかも大人数で毎日毎日怒涛のように押し寄せてきて、きょうなんて砂糖をほとんどダメにされて、そこまでされて黙っていろというのですか?
蟻だから何匹殺したって罪をとがめられることはないけれど、なんともやるせない。早くトビーが帰ってくれないかなあ、蟻を殺しても殺してもあとからあとから湧いてくる無間地獄の話を聞いてほしい。トビーの帰りを首を長くして待っていた。そういう時に限って帰りが遅い。
「ピンポンピンポン、ピンポンピンポン」
いつもならうるさいチャイムも今日は「アイラブユー」に聞こえ、ダッシュで迎えにいった。
「トビー」
まさに飼い犬がしっぽを振ってお迎えするあの光景である。
なのに、なのに、
「メシ、メシ」って、
腹ペコで死にそうなことをいう。
「ああ、言いたいよう」とおもいながらじっと我慢してご飯の用意をする。
トビーはなんにも知らないもんだからいつものとおり緑の座布団にシットダウン。いつものようにTVを見だした。
わかってる、わかってるけれど、いまはTVを真剣に見てるからダメだ。話をするのにもタイミングを計らなければならない。これがつらい。
いつものごとく夕食を速攻で食べ、くつろぎながらTVを見る。
おなかもいっぱいになり、TVもCMに突入した。
さあ、チャンスを逃してなるものか。早く言わなきゃ、次のCMまで待たされる。トビーはCM中はよその番組でいいのがないかザッピングする。早く早く、おもしろい番組をみつけたらアウトだ。
「トビー、きょうは蟻がいっぱい出て大変やったんやで! 床の上をいっぱい蟻が歩いてて、砂糖の容器の中にもいっぱいいっぱい入ってて、だからドバドバ捨てたんや」
あせっていたからめちゃくちゃ早口で息もつかずにいいきった。
「へー、そう」っておもっていた反応じゃない。こんなんちがう。
なんか、あせっていいたいことの十分の一も話せなかった。
話に驚いたり、蟻に憤慨してくれたらよかったのに。そして、蟻との闘いでボロボロになりながら戦ったわたしに感謝といたわりの言葉があればさらによかった。ピーの話術に問題があるのかもしれないけど、いちばんわかってほしい人にわかってもらえなかった。
次の日、駅前の大型スーパーに出かけた。もちろん、殺虫剤を買うのがメインで、ついでにお買い物もするつもり。
殺虫剤って虫ごとに違うらしく、その種類の多さにどれを買うか悩む。それで、捜してると浮島みたいに棚から離れたところに商品を並べてる場所があって、のぼりが島にぶっ刺さってて、アリの巣コロリと書いてある。蟻を巣ごと駆除するらしい。
これって、アイランド展示とかってお店が売りたい商品を売る手法らしい。山積みになってた商品を手に取るとそれは名刺ほどの大きさの緑のプラスチック容器で、なんでも蟻の好む匂いで引き寄せ毒の入ったエサを巣に運ばせ全滅させるらしい。
「こんなんで蟻がいなくなるのだろうか?」
長きに渡り蟻と戦ってきたものにとっては、このちっぽけな容器ひとつで解決するとは信じがたい。
でもね、よくいう「溺れる者は藁をもつかむ」ってあれよ。もしも、あいつらがいなくなってくれたらどんなにうれしいかって、半信半疑で買っちゃった。
家に帰ると、きょうも奇跡はおこってなくて相も変わらず蟻蟻蟻蟻蟻蟻……………
蟻だらけの床、衝撃的な世界がひろがっている。いちいちそんなのに驚いてるわたしじゃない。悪く言うと慣れ、良くいうと免疫と耐性がついてきた。そりゃそうでしょう蟻の王国にたった一人で戦いを挑んでいる戦士が「キャー、キャー」悲鳴をあげてちゃ話にならんでしょう。
家の中に蟻がのさばっていると「殺すのかわいそう」なんて同情心もどこかに行ってしまう。さっそく買ってきた蟻の巣コロリの用意、緑の容器の蓋をあけると中央に薬をいれるへこみがあってそこに白い顆粒を出す、ふたたび蓋をして完了。
蟻の通り道にセット。最初は警戒して入らなかったが、勇気のある一匹が入るとあとからあとから入っていく。しめしめとこちらは高見の見物。きょう開店の店はあっという間に人気店になって長い行列ができ、みんな帰りにはおみやげをかかえている。なんかめちゃくちゃ悪人になった気分。
薬の効果は翌日からあらわれ、翌日から蟻の数がガクンガクンと減ってゆき、三日もすると以前のしずかなリビングに戻っていた。
ああ、人間てなんていい気なものだろう。
「のど元過ぎれば熱さ忘れる」とはこのこと。
少なくなっても、蟻はまじめに餌を運び込んでいた。
家族団らん、食卓を囲む。
「きょうのごはんはごちそうやで!」
父さん母さんが息子と娘にほほえみかける。
「わあ、おいしそう!」
兄と妹もごちそうを前に笑顔がこぼれる。
「いただきます」
蟻の巣がひとつこの世から消えた。静まり返った巣穴の食卓にはたべかけの料理が残され、テーブルの足元には蟻の骸がころがったまま。
でもね、人類の歴史を振り返ってみても平和な時代がそう長く続くことはない。
新たな敵はすぐそこまで迫ってきている。
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