「一度きりの追憶〜リラクゼーションスパ『眠り姫』オムニバス〜」
MKT
プロローグ —— 「眠り姫」の噂 ——
雑居ビルの四階。一見、そこだけ灯りの消えたフロアのように見えるが、扉を開けると薄暗い照明の中、静かな空気が漂う。金色のプレートにかすれた文字で「リラクゼーションスパ『眠り姫』」とあるだけ。ここはオーナー店主が一人で営む不思議な店だ。
誰が最初にその噂を広めたのかは分からない。まるで都市伝説のように、口コミで静かに広がっているという。「あそこに行くと絶対に眠りに落ちてしまう」、「忘れたい記憶を洗い流してくれる」、「時間をさかのぼって、大切な人と再会できる」——真偽の分からない様々な噂が飛び交う中、共通するのは「満足度100%」という謎めいた評判だった。
予約をとるのは難しく、連絡先もはっきりしない。偶然ビルの前を通りかかったら小さな看板が出ていた、誰かからこっそり紹介された、ネットで夜中にたまたま見つけた……そんな“巡り合わせ”でしか辿り着けないとも言われている。
店主の名前を正確に知る人は少ない。噂では、「ヘアバンドをつけた華奢な女性だ」、「人懐っこい笑顔の青年だった」、「恰幅の良い白髪の紳士だった」など、まるで違う姿を語る者もいる。そこにも何か秘密が隠されているのかもしれない。ただ一つだけ確かなのは、「ここを訪れた人は必ず最高の癒しと眠りを得る」こと。そして“裏メニュー”を望む者は、「記憶の中にある風景を、まるで現実のように再体験する」という、非現実的な体験をすることになる、ということだ。
ただし、その“裏メニュー”には絶対のルールがある。
1. 記憶を遡れるのは一度きり。
2. 過去で何が起ころうとも、現実の未来を変えることはできない。
3. 制限時間は60分。戻りたいと強く願わなければ、二度と目覚めることはできない。
今宵、「眠り姫」を訪れるのはどんな人だろう。後悔を抱えた者、忘れられない悲しみを抱えた者、もう一度だけ会いたい人がいる者……。
扉を開ければ、かすかな香りと蒼白い明かりがゲストを包み込む。そうして始まるのは、時を超えた儚い夢のひととき——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます