〜錯乱〜
公園に到着すると、ベンチに座ってため息を吐いている佐伯の姿があった。
「佐伯!!」
彼は驚いたような表情をしている。だが彼は逃げようとはせず、ただ怯えたような目でこちらを見ている。
「俺たちが来た理由は分かってるな?」
「……はい」
「それなら話は早い。佐藤を自殺に見せかけて殺したのはお前だな?」
すると佐伯は自分自身を抱きしめて、ブルブル震えていた。
「……ここで話したら、俺もアイツみたいに消されるかも……」
その様子を見た八代は「ならば警視庁へ来い」と言うと、彼はゆっくり頷いて立ち上がった。車へ向かう途中、「八代!」と中村の声が聞こえてきた。
「何しに来たんだお前?」
「無事に見つかったかなと思ってさ」
「ちょうどこれから警視庁へ戻るところだったんですよ」
彼らの会話を聞いていた佐伯の顔色がみるみる青ざめていった。
「この声……まさか!」
異変に気づいた八代が佐伯を見ると、頭を抱えながらその場に座り込んでいた。
「おい、どうした?」
「あ……ああああああっ! お願いだから、こっちに来るなああああああっ……!」
彼はパニック状態に陥った。舘川も中村もどうしたらいいか分からず、ただ立ち尽くしている。そして、八代は佐伯の腕を掴んで無理矢理立たせた。
「ひと足先にコイツを連れて戻るから。舘川、悪いが中村と戻ってきてくれ」
「分かり……ました」
佐伯を後部座席に横たわらせ、いつものコンビニへと向かう。八代は少しの間席を外し、袋を手に提げて戻ってきた。運転席に座り、袋からホットのカフェオレを取り出して彼に差し出した。
「甘いもの飲むと落ち着くぞ」
「……ありがとうございます」
カフェオレを一口飲むと、落ち着いたのか顔色が少し良くなっていた。
「落ち着いたか?」
「はい……。先ほどは取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「一体どうしたんだ。あの一瞬で何が起きた?」
八代がそう尋ねると、佐伯はカフェオレのペットボトルを両手で包み込むように持ち、視線を落とした。
「……俺、聞いたことがあるんです。あの声を……」
「声?」
「はい。バイトに応募した後に、男から電話がかかってきて、そのときに聴いた声です。間違いないです……」
「なるほどな……。ちなみに、何で今回の事件に関わったか聞かせてもらおうか」
「俺……ギャンブル癖があって給料だけじゃ足りなくて。遊ぶ金欲しさに職場に内緒で副業を探していたんです。そうしたら高単価の急募の仕事を見つけて……それで……」
◇◇◇
「これいいじゃん。即日勤務で手取りで20万だって!! 仕事も簡単だし、早速応募しよう」
佐伯はそのとき一切疑いもせずに応募してしまった。そして、すぐに雇い主から非通知で電話がかかってきた。
「応募していただきありがとうございます。仕事内容の説明は担当者がします。あなたは指定された場所で待っていてください。報酬もそのとき渡します。では、よろしくお願いします」
電話が切られた後、メールで詳細が届く。指定された日時を確認した佐伯は 「仮眠の時間に会えるならちょうどいいな」 と思いながら、勤務地の欄を見ると目を疑った。
「……え? 月影拘置所?」
自分の職場だった。偶然にしてはできすぎている。だが、「知らない奴の仕事を手伝うだけで20万」 という甘い言葉が、疑念よりも先に彼を支配した。
「……まぁ、いいか。仕事さえすれば、金が手に入るんだし」
深く考えないようにして、メールの指示に従うことにした。
そして翌日の深夜1時30分に、上司の飯島と仮眠の交代をした後、寝るフリをして職場のエントランスで、担当者と待ち合わせをした。すると、相手から本人確認をされた。
「佐伯さんですか?」
「はい。そうです」
依頼人は顔半分くらいマスクをつけて、フードを深く被って顔を隠している。
「先に報酬を渡します。20万。それからこれを……今日収監された佐藤に睡眠薬と言って渡していただきたいです。たったこれだけの仕事です。必ずやってくださいね」
「分かりました。渡して飲ませればいいんですね」
「そうです。それじゃよろしくお願いいたします」
そう言って依頼人は踵を返し、拘置所を後にした。佐伯は渡された薬をじっと眺めて、「これで20万か……」と呟いた。そして水を持って何食わぬ顔で佐藤の独房へ向かう。確かこの時間は小山が見回りをしていたが、飯島に呼ばれて持ち場を離れたのを見て独房に近づいた。案の定、彼はまだ眠れていなかった。
「佐藤。眠れないなら良いものがあるぞ」
「良いもの……?」
「ああ。俺も眠れないときによく使っている睡眠薬だ。これを飲むだけですぐに眠れるようになるんだ。明日もまた取り調べがあるんだろう? なら今は少しでも寝た方がいい」
佐藤は何の疑いもせずに薬を受け取って、その場ですぐに飲んだ。佐伯はその様子を見届けた後、すぐに仮眠室へと戻った。
◇◇◇
「まさかあの薬で死ぬなんて思わなかったんです。俺は睡眠薬だって言われて渡しただけだったから……」
「それは本当か?」
八代が問い詰めると佐伯は頷いた。
「しかし妙だな。睡眠薬って言われただけで何でそんなことになる?」
「……それは、わかりません。確かに、俺は言われた通りに渡しただけです。だから、あの薬がどんな影響を与えるか、正直わからなかったんです」
「本当に知らなかったのか?」
「はい」
八代は冷徹な目を彼に向けた。少しの沈黙が流れる。
「怪しい男から受け取った薬を少しでも疑わなかったのか?」
佐伯は口をつぐみ、顔を俯ける。
「恥ずかしい話ですが、本当に金に困っていたので微塵も疑いませんでした……。朝になって佐藤が死んだことが分かってからは、自分のしたことの恐ろしさを感じています……。まさか、あんなことになるなんて想像もできませんでした」
「お前は、佐藤の死に関してどう責任を感じている?」
「責任……」
佐伯の顔に深い苦悩が浮かんだ。
「俺はただ、金を得るためにやっただけです。でも、それが結果的に命を奪ってしまった……。そのことは、今も胸が痛いです」
八代は無言で彼を見つめる。
「お前が金のために動いたせいで、他の人間も巻き込まれている。お前に責任がないと言い切れるか?」
佐伯は唇を噛み締めて言葉を発した。
「……すみませんでした、全て俺のせいです」
「ようやく自白したか。ところで、依頼人のことだが、名前を名乗ってはいなかったか?」
「はい。名前までは教えてくれませんでした。声だけしか分かりませんが、さっき電話で話した人と声が似ていたので、びっくりしました……」
「声か。そういえばさっきアイツらの声を聴いておかしくなっていたな。一体どっちの声だ?」
佐伯は震えながら答えた。
「分かりません……分かりませんけど……怖いんです……!!」
佐伯は頭を抱え、再びパニックになっていた。八代は佐伯を落ち着かせようと、あえて話を逸らす。
「落ち着け。それなら質問を変える。担当者のことは覚えてるか?」
彼は深呼吸をして質問に答えた。
「はい……でも、フードとマスクで顔までは。声からして男だということしか分かりません」
「なるほど。ちなみにメールは?」
「あります」
メールの画面を見せてもらうと、アドレスが通常のものではなかった。
「このアドレス……IPか? 海外を経由しているタイプだな」
そう言ってスマホの画面を見つめながら考え込んだ。こういうのは中村の得意分野だ。しかし……。
(……いや、待て)
佐伯があれほど怯えていた中村に依頼するのはあまりにも危険だと思い、スマホを胸ポケットにしまい、慎重に次の一手を考え始めた。
「まあいいや。とりあえず、今は帰るか」
「どこに行くんですか?」
「俺んち。お前のことしばらく匿ってやるよ」
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