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 私が崖から突き落とされる日はあっさりと決定し、次の週の金曜日となった。


「(こうなれば、検証の一種として腹をくくるしかない……!!)」


 連れられたのは落ち着いた雰囲気のある内装とお洒落な音楽が聞こえるお店。最近の若い人はこんなお店で合コンをしてるんだ〜……と、経験の乏しい私は周囲を見渡した。テーブルをはさんだ向こう側に見知らぬ男性。私は端の席で、目の前には奏叶さんがいると思えば安心する。


「真実です」

「彩葉です」


 ハートマークを語尾にくっつけて華やかに挨拶する同期二人の横で縮こまった。検証とわかっていても、やっぱり。しかしせっかくなので、出来るだけ長く、検証してみなければと思う。


 これは脱・重い女化計画。脱・恋愛不適合者!


「……おせわになっております、結城です」


 いつものような挨拶をすれば「仕事かよ」と、すかさず奏叶さんが拾う。流してほしかったのに、こういうところが意地悪だ。


 奏叶さんの同僚の人は水篠みずしのさん、園田そのださんの二人で、それぞれとても素敵な人だった。話は仕事の話からプライベート、恋愛へと変化するのは雑作なく。


「結城さんは、彼氏いないの?」


 そんな話題が振られるのも必然だった。合コンだもん。異性交友会だもん。むしろそれが目的だもん。


「はい。いろいろあって、恋愛はしばらくお休み中です」


 なので大雑把に説明する。


「いろいろあるよねえ」

「ありますよね」


 ……ああ、やっぱり、だめだ。


 握った手の中には汗が滲んでいる。会話が続かずに奏叶さんを見遣る。視線に気づいた奏叶さんは、眉間にしわを寄せた。視線でごめんなさいを送る。奏叶さんには伝わらないまま、真実さんに声をかけられたので視線がそれる。もどかしい。


「今日は人生で一番ひどい失恋を経験した、あやみの為の合コンだと思ってるので、よろしくお願いしまーす」

「えっ」


 原因は私なのに開催理由を知らなかった。なので濁点付きの反応を入れて「ちょっと、彩葉?」と強い視線を送ると、彼女は全く気にしていないばかりか、うっとりとしている。男性陣の顔面偏差値が良いからか。


「そうなの?」


 尋ねられ「らしいです。よろしくお願いします」と優遇されたらしく控えめにに挨拶する。


「なんで別れたの?」

「浮気されたんです」

「浮気かあ。俺は仕事柄、ブランドを集られるようになって別れた」

「しかもお前、彼女に漏らした情報リークされて、重大インシデント認定されて大変だったよな」

「それは人間不信になりますね……!?」


 水篠さんとの会話に園田さんも加わった。私としてはこの流れに乗って、奏叶さんとすみずみまで話したかった。せっかく目の前の席に座っているのに、となりの真実さんと楽しげに話している彼の横顔を盗み見ることしかできなかった。


 困る。挨拶と、お醤油がどうとか、追加の注文がどうとか、そんなやりとりばかりで困る。疑問が消えたら次の興味が現れるので困る。知りたいことがたくさんあるから困る。


 もう一度奏叶さんへと視線をスライドさせると、視線がぶつかり、すぐに逸らされる。


「(あれ、みられてた?)」


 疑問がよぎる。


「倉木さんの最近の恋愛、聞いてもいいですか?」


 疑問は強制的に遮断された。私が聞きたかったことが、ようやく聞けそうだからだ。


「倉木はこう見えて一途なんだよ」


 水篠さんが奏叶さんを代弁した。

「一途」が結ぶ相手を私は知っている。有馬だ。


「割と長いこと片想いしてるよな」

「え!倉木さんが落とせない女の子、います?」


 既存の知識が上書きされた。これもまた、強制的に。


「逃げられるんだよね、すぐに」


 こんな風に、自分の失恋を持て余し、落胆を口にする人が奏叶さんの他にいるだろうか。


 片想い歴が長いから、慣れてるってことかな?


 やっぱり、恋愛上級者である。


 脳内で自分なりに考察し、リスペクトしていれば「倉木さん、意外と追いかけるタイプなんですね」と隣の真実さんが頷くと「逃げられてるけど」なんて園田さんが笑う。


「俺なりに優しくしてると思うんだけどな」

「優しくしすぎて異性に見られてない可能性あるんじゃないですか?」

「その可能性はあるよね。へこむなぁ」

「倉木さんを異性に見ない女性は英雄ですね」


 私の友人は英雄らしい。ていうか有馬はすでに結婚している。なのに、恋心が消えないって、どれだけ深い愛情なんだ。いや、それより重大な欠陥がある。有馬は既婚者だ。これが罪を犯す宣言ならば、友人として止めなけれならないのでは?


「ちなみに、好きなタイプってあるんですか?」


 ええと、明るくて、気が利いて、友達思いで、髪型はショートカットの、表情豊かな子!


 彩葉の疑問に私が答える。もちろん、心の中で。


「手が掛かる子が好きだよ」


 けれども奏叶さんは、私が用意していない、ましてや私の知らない有馬の側面をなぞる。


 そうなんだ……


 倉木奏叶の説明書に新たな文言を介入させていれば、突然足がこつんとぶつかった。


「結城さんは?」


 奏叶さんが、他人行儀な呼称で私をなぞる。


「私……ですか?」

「そう。タイプ」


 邪魔をしたのだと自覚し、足を引いた。しかし奏叶さんは私を追い掛け、もういちどつま先がこつんとぶつかる。


 これは……意図的?それとも、誘惑?


 恐る恐る見上げた。目が合うと奏叶さんは眦を色っぽく下げる。


「落ち着いた人が好きです」

「たとえば?」

「意地悪しなくて、気が利いて少食で、TPO弁えてる低身長な塩顔男子が好きです」


 目の前のひととはおもいきり真逆なひとをなぞると、奏叶さんは笑い、それから足を絡ませてくる。


「(いったい、なんなんだ)」


 落ち着くのに、奏叶さんの戯れには全然慣れない。

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