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 何が起因か分からなかった。


『あやみは俺がいなくても、一人で生きていけるだろ』


 それは彼も同じだ。私がどんなに窮屈な場所で、どんなに重たい不安を背中に抱えているのか知らない彼は私に言った。


『あの子は……俺がいないと駄目なんだ』


 残酷すぎるナイフだった。


 そんなの、私も同じだ。

 私だって、貴方じゃなきゃだめで、いないと寂しくて、寂しいと言えば迷惑になると思って我慢してきた。


 けれども私の我慢は一種の我儘で、そしてそれは独りよがりで自己満足な美徳でしかない。その結果、私は彼に選ばれない女になって、女としての尊厳さえ踏みにじられた。


 それだけでは終わらず、結婚式が中止なんて最低なスキャンダルは、退屈で見劣りのない毎日を送る人間たちにとって格好の餌食で、その日から私は、悲劇のヒロインとなった。



「なんとなく自分は大事にされてないなって自覚はあったんだけど、相手の好きを信じすぎて、不安を口に出来なかった私が悪いんですよね」



 気付いたときっていうのはだいたい既に遅いもので、彼が前ほど私の時間を大事にしないのは分かっていた。じんわりと私の心を目掛けて差し込まれたナイフは確かにあったのに、痛みに気づかないふりをして、重症化したころやっとナイフを抜き取って、掛けた時間が多いほど傷は深くて、治療に時間がかかる。


 氷が溶け始めたグラスを両手で抱きしめて、ヘラっと笑う。笑顔は無敵の魔法だ。重たい心を軽くしてくれる。私は何度この魔法に頼ってきたか。


 今日食べた食事も明日にはきっと、食べたことすら忘れているだろう。こうやって、傷はいつか薄れていくことを信じて、毎日時間を食べて少しずつ昨日を忘れていく。しかし、あの日の記憶はちっとも薄れない。


「なるほど」


 軽薄そうな彼は、私には理解できなかったその理由に触れようとする。


「分かるんですか?」

「わかる」

「(そうなんだ)」


 それは初めて会う人にも、私は女として見られていないことを示唆していた。


「そっか、やっぱり、振られたのは私のせいなんですよね」


 けれども不思議と怒りは沸かないし、だよねって納得してしまうほど私の卑屈レベルは最大である。奏叶、という人は鼻で笑った。


「なに言ってんの」


 あなたが言い始めたんでしょ?と言いたい気持ちを飲み込む。


「男は浮気を正当化させただけで、あんたは何も悪くないんじゃない」


 ぱきん・と、片方の鼓膜の内側で音がした。

 似たような言葉を何度かかけられた。だけど、それらすべてがろ過装置にはならなかった。


 なぜかこの人の言葉は私の中に溜め込まれていた給水タンクを加圧した。


「どうした」


 そうして押し出された感情が一気に決壊して、大人なのに突然泣いてしまう、という状況に陥る。


「な、なんでもないです」

「なんでもなくないじゃん」


 その人は困惑するわけでもなく、焦ることもせず「どうぞ」と、ただひたすらフラットな感情で私にハンカチを渡した。


 彼のせいにするのも疲れて、何で気付かなかったのかって馬鹿にされることにも慣れて、自分のせいにするほうが楽で、何かを恨んだほうが楽なのに、何もできなくて仕事に没頭した。


 私を本当に心配してくれる人は極僅かで、そしてそれは、挙式の欠席の連絡をする私に「絶対来てね、新幹線のチケットも、ホテルもとるからね、来ないとキャンセル料負担してもらうからね」と強引に今日を誘ってくれた有馬の他は、見ず知らずのこの人だけかもしれない。


「どうしよう……ごめんなさい」

「もう謝んなくていいけど」


 迷惑そうにするくせに、その人は隣に座っていた。すぐに泣き止むことも出来そうになく、ただ、決壊した感情が落ち着くまで泣かせてもらった。

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