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「心配って、何がですか?」


 BARのカウンターに並んで座り、彼の横顔に疑問をおくった。


「主にあんたの男性不信に対して」


 彼は私の男性不信を甘く見ているらしい。けれど、仕方ない。奏叶さんにあの症状は現れないのだから。


「平気です。奏叶さんが克服させてくれます」


 意気込むと「そっちかよ」と、彼はその身に纏う空気を落胆させた。


「そっち、というとどちらですか?」

「信頼を寄せる相手を間違えている、ってところ」

「どうしてですか?」

「俺を信用するから」


 奏叶さんは薄く微笑んで、グラスを傾けた。


「奏叶さんは、私を女というか……幼児か動物としか見てませんよね?」

「動物かよ」

「間違ってますか?」

「否定はしない」


 出会って数時間の男相手に得意げになる。


「結城って、あれだろ。家はおにぎり専門店」


 するとりんごは英語でApple。そんな当たり前を答え合わせをするように、なんの脈絡もなく話の途中で私の情報を織りまぜられた。


「……有馬情報ですか?」

「そんな感じ。鮭ハラス推し」

「そうです。うちの鮭ハラスは激うまです」

「結婚式当日に彼氏の浮気が発覚して、結婚式が中止になったのも同じ結城?」


 カラン、とグラスの氷が解けて重なる音がやけにはっきりと聞こえた。


「……それも有馬から聞いたんですか?」

「いいや。さっき式場で」


 横顔を見れば視線がかさなる。



 なんでも許した。

 約束を忘れられていても、仕事帰りのデートをドタキャンされても、たまにお金を貸してと言われても、全部許した。テレビの中でお笑い芸人が繰り広げる、だらしのない彼と、騙されてあげる彼女で結ぶコントみたいな付き合いだったと思う。


“結婚しよう”


 彼からのプロポーズは、私の忍耐が実を結んだのだと、そう信じた。結婚式の当日まで私の世界は確かに彩られていて、ジェットコースターであればうえに上り詰めていく途中だった。


 これからはコントみたいな、仕方ない。だよね。そんなオチなんて来なくて、ドタキャンもなければ私との約束も守ってくれる、そんな当たり前に大事にされる日々が待っているのだと。


 結婚式の当日、控え室でウエディングドレスに着替え、両家への挨拶が終わって。有馬と写真を撮ろうとスマホを触ったら、私のSNS宛に見慣れぬアカウントからダイレクトメッセージが届いていた。


 あとで見ればよかったのに、なぜ私はその時、メールマークを気にしたのか。


 見知らぬ誰かは複数の写真を届けていた。

 それは今から私と結婚する男が、私とは利用したことの無いホテルに、私では無い女と入るであろう写真だった。複数の写真は、服装も髪型も違うことから、一度ではなく、長期間に渡り私を裏切っていたことを示唆していた。


 膝下からみるみる血の気がひいて、どくん、と一際大きな鼓動が聞こえた。なにかの始まりを告げるようだった。


 ああ、そうか。


 この結婚は私へのご褒美じゃない。

 ただこの人と結婚したら、私はこの先、一生大事にされない人生を送る。


 私は酷く取り乱したりはせず、不思議と落ち着いていた。

 泣きわめくわけでもなく、怒り狂うわけでもなく、徐々に思い出が温度をなくした。


 今すぐウエディングドレスを脱ぎ捨てたい、そんな衝動だけを抑えていたように記憶している。


 挙式が始まると、父だけが私の様子に気がついた。父とふたり、バージンロードを渡るために、その扉が開く時を待っていたのだ。


「いらない」

「いらない?」

「うん。ごめんね、お父さん。本当にごめん。今まで沢山ワガママかけたし、迷惑もたくさんかけた。けれど、今これからの行動が、お父さんに一番迷惑をかけるし、怒られると思う。それでも私、どうしても許せない。だから、聞いてくれる?」

「うん。言ってごらん」

「私が一人で行ってもいい?」


 普通であれば、なんてことを言い出すのだと、娘にがっかりしたに違いない。けれども、私の父は「分かった」と了承してくれた。一人でバージンロードを歩く私を見て、彼はなにをおもったのか「お父さん、腹痛?」なんて笑っていた。私はなにも言わなかった。


 荘厳たるステンドグラス。迎える花々。神々しい光。そのすべてが色褪せていた。


 神父が祝福を述べた。

 何度も聞いた、有名な誓いを、彼はすぐに立てた。私にももちろん求められた。


「しません」


 会場がほんの少しどよめきに揺れた。コーラス隊による讃美歌は乱れなかった。


「嫌です。私、この人とは結婚しません」


 私はそれを拒絶した。


 騒然となった。讃美歌もフェードアウトしていくように中断され、神父も困惑していた。スタッフさんも、もちろん彼も「何言ってんの?」「は?」「どうしたのあやみ」と狼狽えはじめた。


 ゲストをロビーに誘導してもらうと、控え室で話し合いになった。

 彼は心を入れ替えると言った。彼の両親も考え直してと謝罪した。けれども、私は許さなかった。許したくなかった。


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