第21話 吼エル鋼

 夜の闇が谷間をすっかり飲み込んでいた。

 月明かりも届かない崖の下、鉄と錆の匂いが鼻を刺す。

 わずかに湿気を帯びた風が、古びた配管の中を抜けていく。


 旧水道管の腐食した鉄蓋が、軋む音と共に静かに持ち上げられた。

 中から這い出た四つの影が、慎重に身を伏せながら周囲を確認する。


 先頭のジークが低く指を振る。

 煤けたバンダナを額に巻き、短く切り揃えられた黒髪が夜風に揺れた。

 エリック、レナ、そしてQがそれに続くように無言で動く。


 敵拠点である廃工場の裏手。崩れた壁面と放置された機材が、夜の中に幽霊のように立ち尽くしている。

 その影にまぎれ、俺たちは音もなく進んでいく。


「……この辺り、監視は甘いな。死角が多すぎる」


 エリックが囁くように呟くと、レナが頷いた。


「見張りは見えないね。本当に隠し通路だったみたい」


 Qが後方で、小さく鼻を鳴らす。

 切り揃えられた黒いショートヘアが額に張りつき、整った顔立ちがちらと月影に浮かぶ。

 上着の裾をつまみながら、汚れを嫌うように身震いした。


「帰りもあそこを通るのかい? 汚れていやになるよ……」


 すぐ隣、赤みの強い髪を揺らすとレナが、ちらとQに目をやる。


「文句は帰ってからにして」


 低い声とともに、しなやかな動きで崩れた配管を乗り越える。

 俺は何も言わず、瓦礫の影から顔を出し、工場の奥――照明の薄明かりが差す中庭を確認する。

 目視で見張りは五名。無線のやりとりもなく、陣形すら成していない。


(……隙だらけだ。だが、むしろ誘ってるようにも見える)


 その時、無線に、先程の少年の一人から連絡が入った。


『あの……もし、仲間の誰かが生きてたら……“レオは無事だった”って伝えてやってください。……皆、いいやつなんです』


 一瞬だけ目を伏せ、息を吐いた。


「……向こう次第だ」


 それ以上は言わず、再び顔を上げる。


 見張りをよく観察する。

 2人は半分寝かけている、もう2人は暇そうに巡回をしながら基地の外を眺めている。

 最後の一人。帽子を深く被り、雑誌を片手で広げていたが、視線は常に死角をなぞるように揺れている。手には切り詰めたショットガンが握られており、銃の先で無意識に太ももをトントンと叩いていた。

 狙うならまずはこいつ。

 後ろにハンドサインを出す。


(雑誌を読んでるやつを俺がやる)


(巡回の一人は私が)


(じゃあ俺はもう一人を)


 レナとエリックが素早く獲物を決めると、Qが嫌そうにハンドサインを返す。

 服が汚れるのがよっぽど嫌なようだ。


(……寝かけている2人は僕が)


 四つの影が、同時に散った。

 俺は目線だけで標的を捉え、音もなく背後に忍び寄る。

 雑誌を持っていた男の背筋が一瞬だけ震えた――気配を察したか。

 振り返りかけたその肩を、咄嗟に押さえつける。体勢が崩れる隙に、迷いなくナイフを喉元へ。

 刃が肉を裂く感触とともに、声にならない息がこぼれる。


(危ない……意外に反応が良かった)


 そんなことを思いながら、ゆっくりとその身体を静かに地面へ伏せる。

 振り返る頃には、巡回は床に伏せていた。レナとエリックに目線が合い問題がないことを示すように手を軽く振る。

 よし、この調子で捕まっている人たちも。


「……あっ」


 そこまで考えて気がついた。

 捕まっている場所を知らない。一人は殺さずに尋問するべきだった。

 Qの方へ視線を送る。

 そちらを見ると、ヤレヤレとでも言うようなポーズを取ると、鍵束を手に掲げて行くべき方向を指さしていた。


(……すまん忘れてた)


(そんなことだろうと思ってたよ)


 Qの案内に続いて、廃工場の中に向かった。




 中は思ったより清掃が行き届いていた。

 巡回も少ない。

 この立地からして、外からの接近はまずないと高を括っていたのかもしれない。


「前の拠点思い出すな」


「意外と住み心地よかったもんね」


 歩いている時にレナとエリックがふと、そんなことを漏らす。

 まだ、あそこを離れて大して時間は経っていないが、ずっと前のことのように感じる。


「……この先だよ」


 Qが足を止めると、口の前に人差し指を立てて停まるようにハンドサインを出している。


(何人だ?)


(2人だね、右は僕がやるよ)


 正面で雑談をする2人の見張りにゆっくりと忍び寄る。

 呼吸を殺し、真後ろに立つ。

 襟元を掴んだ瞬間、相手の身体がびくりと跳ねた。

 その反応に合わせるように、迷いなくナイフを喉元に突き立てる。

 皮膚が裂ける柔らかな抵抗、すぐに温かい血が手元を濡らした。


「ッ、が……っ」


 声を出そうとしたその口からは、赤い泡しかこぼれない。


――ガチャ


 背後で、金属音がした。

 しまった。もうひとり居たのか!?


 慌てて振り向くと、そこには小銃を震える手で構えた少年が居た。


「……う、動くな!」


 その声は少しだけ裏返っていた。

 それでも、目だけは真っ直ぐこちらを見ている。


 俺は両手を上げながら少年にできるだけ落ち着いて話しかける。


「落ち着け、“レオは無事だった”。一緒にここから出よう」


 その言葉に少年は一瞬だけ驚いたような表情をすると、歯を食いしばって銃をしっかりと構え直す。


「騙されない! 俺はネルファラに入るんだ!」


「まぁいい、後で詳しく教えてやる」


 俺がそう呟く瞬間に、エリックが少年を羽交い締めにする。

 しばらく、少年はバタバタとしていたがやがて大人しくなった。


「……ガキってのは盲目的だな」


「盲目的な内はガキの間違いだろ」


 そんなやり取りをしている間に、Qが鍵の掛かった扉を開いた。

 扉の奥には窓もない薄暗い倉庫。その中で、複数の男女が壁を背にして、怯えた目でこちらを見つめていた。


「も、もういだろう」


 怯えた様子の男性がそう呟く。


「……落ち着きなよ。レイシー君に頼まれて助けに来たんだ」


 Qからレイシーの名前が出た瞬間、皆安心したのか大きく息をつく。

 数人の女性は嗚咽をこらえきれずに、ぽろりと涙をこぼした。


「長居は無用だ、脱出するぞ」


 俺の言葉に皆が頷くのを確認して、無線に連絡を入れた。


「J。こっちは救助完了だ。そっちも陽動を始めてくれ」


『了解。30秒後に派手に行く。巻き込まれるなよ』




 階段を降りた先――照明にぼんやり照らされるガレージが視界に入った。

 中央に、埃をかぶったトラックが一台。まるで逃げ道を用意してくれていたかのようにそこにある。


(ツイてるな)


 その時、建物が強く揺れた。


「なんだ!?」


「敵襲!! 基地の正面からTAWが数台で攻めてきてるぞ!」


 ――始まったな。

 トラックの傍に居る敵兵に狙いを定めると拳銃の引き金を引く。


「今だ! トラックまで走れ!」


 周りにいる慌てた敵を撃ちながら、助けた人たちをトラックに誘導する。

 あとは、この場所から出るだけだ。


 レナが運転席に飛び乗ると、何かをカチャカチャといじり始める。

 数秒後エンジンがかかる音がした。


「よし! いけるよ!」


「順調すぎて不安になってきたよ」


 Qが笑い混じりに口を開いた、次の瞬間――

 ガレージの奥、閉ざされたゲートの向こうから、鈍い地鳴りのような金属音が近づいてくる。


「……僕のせいじゃないよ」


 嫌な予感がし、ゲートの向こうを覗き見る。

 視界の先に、四機のTAWが姿を現した。

 関節がきしむ音。冷たい光を放つセンサーアイ。

 スピーカーで会話をしているのか、会話が聞こえてくる。


『姉さん! 敵は昼間のやつですかい?』


『知らないよ、正面はそのうちこっちが抑え込める』


『少なくとも見張りがやられてんだ。あたしたちは中の侵入者狩りをするよ』


 気がつくのが早い。

 奴らは確実に俺達を警戒している。

 この先の逃げ道からどいてくれそうにはない。


「どうすんだこれ!」


 エリックが頭を抱える。

 逃げ道は塞がれ、時間はない。助けた人々の視線が、沈黙の圧となって背中にのしかかる。

 俺はガレージの中を見渡した。ほこりまみれの資材、古びた整備用の工具、パイプ、ケーブル、そして――


 その奥に、何かが見えた。


 薄暗い影の中、巨大な影が、うずくまるように眠っていた。

 分厚い鉄の装甲。錆びた砲身。


「エリック。アレを使おう」


 エリックは俺の視線の先を追う。


「なぁジーク……本気で言ってんのか?」


 半ば笑いながら、でもその声は懐かしみを帯びている。

 俺は頷いた。


「久々にやってやろうぜ」


 埃が舞う中、俺たちはその影に向かって駆け出す。

 その先には、錆びついた一台の戦車が眠るように鎮座していた。




 埃が舞う、薄暗い車内を感を頼りにいじる。

 やがて、静かな起動音とともに電源が入った。


「バッテリーは半分ほど。弾はAP徹甲弾が6に焼夷弾が2、HE榴弾は空だ」


「十分だな。ジーク砲手は任せるぜ」


 砲塔をゆっくりと動かして、ゲートに向ける。

 両サイドではQとレナがゲートを上げる準備をしていた。

 まずは初撃。

 外すわけには行かない。


「ゲートを上げたら頃合いを見て脱出しろ。俺等がTAWを引き付ける」


「そんなので本当に平気?」


 砲塔から顔を覗かせると、レナとQが不信そうにこちらを見つめていた。


「これしか無いだろ。合図したらゲートを開けてくれ」


 そう呟くと、ハッチを閉めて車内に戻る。

 そして、バンダナを縛り直すとモニターを覗き込んだ。


「いいぞ」


「よっしゃ! 行くぜ!」


 エリックが戦車についたライトを付ける。

 すると、正面のゲートが勢いよく開いた。

 4機のTAWが並び、2機がこちらに気づいて回避運動を既に取っている。

 狙うのは後ろを向いている1機。

 

 徹甲弾を発射する。


――ドゴンッ


 鈍い発射音と共に、1機が火花を上げて崩れ落ちた。


「全力で踏み込め!」


「おうよ!」


 激しい揺れとともに車体が走り始めた。


『姉さん! こいつら!』


『落ち着きな! まずは足を止めるよ』


 相手のリーダーの指示に合わせて、3機のTAWが散開する。


「周波数をずらすの忘れてるみたいだな」


「それでもこっちが不利だ!」


 勢いよく3機の間を抜けた。

 砲塔を回転させ、焼夷弾を装填する。


「45度転換! 速度は落とすなよ!」


 予想通り、3機でまずは囲い込みを狙っている。

 であればまずは左のやつからだ。先程も反応が悪かった。


 装填完了とともに、焼夷弾を発射する。

 すぐさまAP弾を装填。


 左に展開された敵機に着弾、大きな炎が夜の闇を照らした。


『熱い! 姉さん!』


『馬鹿! ただのナパーム弾だよ! 足を止めるんじゃない!』


 その通り。


「2機目だ」


 発砲音とともに、焼夷弾に包まれた敵機が吹き飛ぶ。

 我ながら上出来だ。


「やるじゃねぇか。こりゃ余裕か?」


「残りは動きが良い、近づかれるぞ。なんとかしろ」


「OK。任せろ」


 車体が激しく揺れる。

 思わず、頭をぶつけた。

 痛みを必死にこらえて、モニターを覗き込むと眼前まで2機が迫ってきている。

 近寄られたらこちらは成すすべがない。


「スモーク低空散布!」


 車体からスモークが低く打ち上がり、視界を覆い尽くす。

 その中を敵が放った銃弾が駆け巡る。


『クソッ! うっとおしいね!』


『足元が見えねぇ!』


 まずは、間一髪の所で助かったが、この後エリックはどうするつもりなんだ。


「ジーク、掴まってろよ」


 激しいキャタピラの回転音とともに、車体が動く。

 一瞬晴れた視界の先には、燃え盛るTAWの残骸が横たわっている。先ほど倒した1機だ。


「おい、おい。まさか」


「1回きりだぜ、当てろよ」


 AP弾を急いで装填する。


 激しい金属音とともに車体が跳ね上がった。

 浮かび上がったその視線の先で、敵TAWのメインカメラの光が見えた。


 コクピットの位置を予測して、放つ。

 鈍い発砲音とともに、激しい着地の振動が体を襲う。

 車体が斜めになり転倒しそうになる。


「クソっ! 耐えろ!」


 エリックが叫びながらアクセルを踏み込む。

 ギリギリのところで車体は倒れず再び持ち直した。


「フォー!! 危ねぇ!!」


「最後の一人だ! やるぞ!」


 風に流されるスモークの中から、最後の1機が現れる。


『3機も落とされるとは、あんたらやるね』


 狙いを定めてAP弾を放つ。


『だけど、ここまでさ!』


 敵機は華麗なステップで、AP弾を回避する。

 そして、敵機の放つ弾丸を戦車の正面装甲が弾く音が聞こえた。

 激しい衝撃が車体を揺らす。


「やば! 正面でこれかよ、側面で貰ったら終わりだぜ」


 AP弾は残り2発、あまり余裕がない。

 考えろ、このままの正面戦闘では部が悪すぎる。


 何かないか。


 ふと、自分たちが戦っているすぐ横の拠点に目をやった。

 大きな壁だが、下部は鉄くずで支えられている。

 

「エリック……あの壁、焼夷弾で炙ってから、徹甲弾で崩せるかもしれない」


 一瞬、車内の空気が止まった。


「……マジかよ」


「正面からやっても分が悪い。なら、狙うなら奇策だ……」


「賭けだぞ、それ」


「分かってる。乗るか?」


 エリックが軽くため息をつく。


「今更聞くことか?」


 照準を、わずかにずらす。狙いはTAWではなく、その背後。工場の壁の根元、支柱の接続部。焼夷弾で鉄骨の接合を炙り、次弾で貫通する。それだけの話。だが、確実性はない。


「……焼夷弾、装填」


 機体が小刻みに揺れ、壁の奥から足音が近づいてくる。敵のTAWが、こちらの射線を読み取って動いているのか、横に回り込もうとした。


「それでやるしかねぇ! 撃て!!」


 引き金を絞る。焼夷弾が走る。

 爆炎が壁の下部を舐め、赤熱する金属がバチバチとはじける。


『外れだよ! 死にな!』


「……効いてるのか?」


「わからん、後は祈るだけだ」


 最後の徹甲弾を装填。額から汗が伝う。鼓動が早い。

 視界の中、敵のTAWが銃を構えて近づく――あと十秒もない。

 正面の装甲が、ギリギリで弾を弾いている。

 これ以上は耐えられない。


「崩れてくれ……!」


 発射。


 瞬間、金属が裂ける音が響いた。

 焼けた鉄骨が支えを失い、壁の一部がごうんと揺らぐ。

 ……一瞬、動きが止まった。


「……駄目か?」


 次の瞬間――


 壁全体が爆音と共に崩れ落ちた。鉄と瓦礫の塊が、突っ込んでいたTAWの上半身を押し潰す。

 ぎちっ、と機体が折れ、膝をつき、やがてそのまま沈んでいく。


『チッ、なんだいそりゃ……』


 スピーカー越しの呟きが、やけに人間くさく響いた。

 それきり、静寂が戻った。


「……ハハッ」


「ハハッ!! やったぜジーク!」


 ポンコツで何とか生き残れたようだ。

 その時、無線がノイズを混じえて応答した。


『……生きてるかい? こっちは安全圏まで離脱したよ』


 Qの声だ。


「何とか生きてる。俺達もすぐ離脱する」


 我ながらよくやったもんだ。

 もう二度とやりたくない。


「エリック。さっさとずらかろう」


「……残念だが、それはさせてくれないみたいだぜ」


 レーダーに熱源が映り込んだ。

 1、2、4とその数は増えていく。

 やがて、目線の先に増援のTAWが向かってくるのが見えた。


『……ポンコツが随分やってくれたみたいだな』


 強運もここまでのようだ。

 

「ジーク。名案があったりするか?」


「……あるかよ」


 その時、聞き慣れない音が聞こえた。



――キィィィィィィィィィィン……!


『……何だ?』


 耳を裂く金属音が、空気を震わせる。戦車の装甲が金属疲労のように軋んだ。

 次の瞬間、視界の端に“それ”が映った。

 滑るように地を駆け、信じがたい速度で敵TAWの一体へ肉薄する二脚機――細身の軽量フレームが残像を引く。


「なんだあれ……!?」


 反応する暇すら与えず、異形の機体は一機の敵TAWに突進、跳躍――そして、振り下ろす。


 ――ドガッ!!


 破裂音のような衝撃と共に、敵TAWの胴体が弾け飛ぶ。爆風と火花が霧のように舞い、黒煙が吹き上がる。

 瞬く間に、新しく現れた機体達によって、敵機は鉄くずと化した。


 火花を放つコクピットが開くと、転がるように一人の人間が降りてきた。


「あいつ……」

 

 見覚えがある。

 少年たちがテスと呼ぶ、髭を生やした中年の男。

 そして、ゴミのように少年を撃ち殺したクソ野郎。


 テスは、息を荒げながら立ち上がる。


「てめぇら! 誰に手を出したか分かってんのか! 俺はネルファラだぞ!!」


 新たに現れた、細身の機体からも男が現れる。


 引き締まった体に黒いジャケット。

 髪を両手でオールバックにすると、その男は地面に降り立ちテスに歩み寄った。


「クソおもしれぇ言葉が聞こえた気がしたぞ! 何だって?」


「俺はネルファラだ! お前らなんてすぐに……」


 そこまで言ったテスの顔が次第に青ざめていくと、ゆっくりと後ずさりをして尻もちをついた。

 オールバックの男のが着ているジャケットに目をやる。

 精緻に縫い込まれた花と羽虫の刺繍。

 この拠点のあちこちに書かれているものに似ているが、明らかに丁寧に作られている。


「知らねぇな。お前なんて」


「ま、待ってくれ。俺は役に立つ! だから!」


 テスが言い終わる前に、男の拳がテスの顔面に突き刺さる。

 その勢いは止まらず、拳が振り下ろされ続ける。


「や、やめ……」


 拳はテスが何も言葉を発しなくなってから数秒ほどして収まった。


「変な連中も居たもんだぜ。態々こんな端まで来させやがって」


 すると、男の視線がこちらに向いた。

 背後で拳銃を握りしめる。


 男は、俺が顔を出した戦車の車体と、周りの様子を往復するように眺めた。


「これ、戦車そいつでか?」


「あぁ」


 俺がそう答えると、男は腹を抱えて笑い出した。


「イカれてるぜ! いや、もはやクールだ!」


 ひとしきり笑うと、男は腕を広げて目を閉じて深呼吸した。


「なぁ、お前ら。面白いな。俺、気に入ったかもしれねぇ」


 そう言うと、男は再び細身の機体に飛び乗る。


「俺はグリクサー。ネルファラの幹部」


「そして、世界で一番速い男だ! 覚えとけ!」


 グリクサーと名乗った男の叫びを聞いて、エリックがハッチから顔を出す。

 しかし、言い終わってもグリクサーは中々コクピットに入らない。


「ノリが悪いな。名前は?」


 こっちが名前を言うのを待ってたのか。


「……ジークだ」


「エリック」


「OK! ジークにエリック!」


 待ってましたとでも言わんばかりにグリクサーは手を叩く。


「今日は挨拶だけだ。また今度、ちゃんと踊ってもらうぜ。なあ“ポンコツヒーロー”」


 そう言うとようやくコクピットの中に消えた。

 

 ――キィィィィィィィィィィン……!


 現れたときと同じように独特な音が響く。

 重力を振り切る咆哮と共に、その機体は夜の谷間を切り裂き、消えていった。

 その場に残ったのは、血と煙と、呆然とする俺たちだけだった。


「……なんなんだ、あいつは……」


 思わずそう呟いた。


「多分、馬鹿だぜ……」


 エリックがそう答える。

 ネルファラ、グリクサーは幹部と名乗っていた。

 そして、テスの怯えた様子。

 確かに、一瞬しか見れなかったが彼らの戦闘力は侮れるものではない。


 また出会うことになるという感覚が、俺の中に残っていた。


 次に出会う時、あいつは敵か、味方か。それとも、ただの災厄か。

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