神様からの手紙
ガビ
神様からの手紙
好きという気持ちには賞味期限があると思っていた。
せいぜい5年が関の山で、今は大好きな夫への愛も冷めて一緒に生活するだけの関係になるに違いない。
新婚当初は、未来の自分が傷つかないように、予めそう思うことで予防線を張っていた。
しかし50年の年月が経ち、夫が亡くなった今も愛は冷めないでいた。
私、新山美沙子は80歳。
夫は77歳でこの世を去った。
私はというと、何故かピンピンしている。
女は男より長生きするとかいうデータがあるらしいけど、そんなの嬉しくも何ともない。
夫がいない人生なんて、退屈でしょうがない。
暇だからこそ、この歳になっても愛とはなんぞやと考える痛々しい老婆になってしまった。
「‥‥‥颯太さん」
ほら。
こうやって、仏壇の前で今は亡き夫の名前を呟いているのよ。
若い子に見られたら、えすえぬえす? みたいなのに公開されて笑いものにされてしまうわ。
<美沙子。偏見でものを言うのは良くない。若い人は優しかったりするんだそ>
私の頭の中の夫が、そうやって私を叱る。
専業主婦をしていた私と違って、夫は保険の営業の仕事をしていたため色々な人と関わって知見を深めていた。
「そうね。颯太さんの言う通りだわ」
ひとりごとだ。
この光景を誰かが見たら、気が狂ったとでも思うのかしら。でも、このごっこ遊びをやめてしまったら、それこそ病んでしまう。
だから、1人でいよう。
残りの人生は、夫との思い出を振り返ることだけに使おう。
初めての料理を美味しいと言ってくれたあの日。
一緒に遊園地にいったあの日。
2人ともホラー映画が苦手なのに、DVDを借りてきてキャーキャー言い合ったあの日。
楽しかった過去に引きこもろう。
子供もいないから、様子を見にくる存在もいない。
ここにきて、子宝には恵まれなかったことが有効に働くとは。人生って分からないものね。
目を瞑り、自分の世界に入り込もう。
とした瞬間。
ピンポーン。
来客だ。
誰だろう。宗教の勧誘だったらヤダな。
私にとっての神様は夫なのだから、間に合っているのだ。
宗教っぽい人だったら居留守を使おう。
中にいることがバレないように忍足で玄関まで移動して、ドアスコープから確認する。
知った顔がそこにあった。
夫の同僚だった森さんだ。
夫が定年退職をした後も、釣りや飲み会に行っていた森さんだ。
親友と言っても過言ではないだろう。
私もお話したことがあるが、物腰の柔らかい良い人だ。
この人なら、安心してドアを開けられる。
「あ‥‥‥美沙子さん。突然すみません」
こんな私にも、しっかりと頭を下げてくれる森さん。
「とんでもないです。せっかくですから夫に会ってやって下さい」
「‥‥‥ありがとうございます」
森さんは丁寧に焼香をあげてくれた。
親友がこんなに真剣に自分を思ってくれて、天国にいるあの人も喜んでいるだろう。
お茶と羊羹を出してもてなす。
颯太さん抜きで森さんと一緒にいるなんて、なんか変な感じだ。
少し雑談をした後、森さんは本題に入った。
「今日は美沙子さんに渡したいものがあってきたんです」
灰色のボストンバックから取り出したのは、白い封筒だった。
「アイツが書いた、美沙子さんへの手紙です」
「‥‥‥え?」
何故、それが森さんの手に?
「入院中に書いたらしいんですけど、恥ずかしくて渡せないからお前が持っていてくれって言われたんです。アイツの意に背く形にはなりますけど、やっぱり貴女がもっているべきだと思いまして」
森さんにしては長文だ。
きっと、一生懸命に用意してきたセリフなのだろう。
「大丈夫です。怒ったりしませんよ。むしろ、わざわざ足を運んで頂いて申し訳ないくらいです」
森さんは黙って頭を下げて、我が家を去っていった。
不器用な人だ。
でも、そんなところが颯太さんは気に入っていたのだろう。
不器用な男2人の想いが詰まった封筒を、丁寧に開ける。
シンプルな便箋が1枚。
そこにはこう書かれていた。
\
美沙子へ。
優しい君のことだ。いなくなった僕のことをいつまでも忘れないでくれるだろう。
それは嬉しい。
でも、君は極端なところもある。
24時間365日、僕のことを想う可能性も0じゃない。
もしそうなら、少し深呼吸をして欲しい。
‥‥‥落ち着いたかい?
この世には、まだ楽しいことがたくさんあることを忘れてはいけないよ。
美しい世界で、どうか楽しく生きてほしい。
そして、うんと先の未来、君がこっちにきたら僕がいなくなった後の世界の話をたくさん聞かせてほしい。
\
「‥‥‥」
私は立ち上がり、お化粧をして外に出る。
さぁ。あの人に話すネタ探しでもしようか。
-了-
神様からの手紙 ガビ @adatitosimamura
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