AIの顔

@norikuttenoronori

第1話

ある朝目覚めると顔が生成AIになっていた。いや、これは正しくない言い方かもしれない。正しくは「顔が生成AIで作ったような顔になっていた」だ。しかもタチの悪いことに、いかがわしいゲームの広告に出てくるような、という枕詞がつくタイプのそれだ。


「なにこれ…」


眠い目を擦りながら目にした鏡の前で私は呆然と立ち尽くしていた。鏡には悪い意味で現実離れした顔の美女がこちらをまじまじと見つめている様子が写っている。私が目を擦れば美女(仮)も目を擦り、私が頭を掻けば美女(仮)もガリガリとやる。


「え、なにこれ……?」


またそう呟きながら無意識に他の鏡を探してなんとなくスマホを見ると、顔認証が解除されていつも通りの画面が現れた。……いや、それはおかしくはないだろうか。今の私は明らかに違う顔なのだが。納得いかずにカメラを起動しインカメにすると、やはりそこに映るのは美女(仮)だ。


しばしの間難しい顔をした美女(仮)と見つめあっていると、自分の正しい顔がだんだんわからなくなってきた。


「おい、顔洗うから洗面所空けてくれよ」と、扉を叩く音と共に声が響いた。「卓也、ちょっと!!」と言いつつ勢いよくドアを開ける。こちらの剣幕に驚いたのか、弟の卓也が目を丸くしてこちらを見ていた。


「な、なんだよ……」


「ねえ、私の顔!!!!」


「顔?」怪訝な顔をしつつジロジロとこちらを見る。「……毛穴が目立つ」


バン!!!と叩きつけるように引き戸を閉めた。なるほど、どうやら向こうからは異常とは映っていないらしい。


「おい!!部活あんだって!!」喚き声と共に扉がドンドンと叩かれているが、そんな音はもう私の耳には入っていなかった。鏡の中の美女(仮)と睨み合う。


少し落ち着くと、どうやら異常が起きているのは顔だけらしい。首から下はいつもの私で、実に平均的な体型が、ユニクロのヨレたスウェットに包まれていた。アンバランスで気持ち悪い感じもするが、この顔が使われている広告のような無駄に扇情的な格好にされなくてよかったとも言える。


なす術もなくため息をつくと、鏡の美女はやたらと絵になる憂いを湛え、こちらを見つめていた。


さらに顔をよく見ると、やたらと美麗なメイクがなされたように見える顔ではあるけれど、目脂のようなものが見受けられることに気づいた。拭ってみると普通に取ることができる。強烈な違和感があるけれど、どうやら身だしなみについて最低限度のことをする必要はあるらしい。考えてみれば髪はボサボサだ。


「おい!!いい加減にしてくれって!!」


流石に卓也の声もかなり焦りを帯びつつある。とりあえず顔を洗い、部屋に戻ることにした。


机に置いた鏡に向かい、またも謎の美女と向き合う。


「なんなんだろうこれ……アニメって感じでもないし……」


相変わらずの不自然に整った顔だが、アニメというには妙にリアル調だ。どちらかといえば3Dモデルのあるゲームというのが近いだろうか。後ろには私の歴代の推し達(主に少年漫画原作のキャラクター達だ) が並んでいるが、彼らとは全く馴染んでいない。


さらに、さっき顔を洗ってからというもの、更に妙なツヤが出てきたような気がしてきている始末だ。まるでグラビア写真のような肌の輝きをしている。


心当たりもなく、仕方もないのでなんとなく普段の流れで髪を梳かし始めると、なんだか髪の挙動が気持ち悪い。


「なんか……とんでる?」


とんでる、と言っても上に上がっているという意味ではない。なにか時間が飛んだような瞬間があるのだ。


もう一度、まだ整っていない髪のあたりにゆっくりと櫛を通していく。ボサボサだった髪が、櫛が入ったところから急につるんとまとまり、まるでトリートメントのCMのようなツヤを得た。


「おぉ……」


思わず感嘆の声が出る。天パというわけではないが、普段の私の髪はズボラな手入れに晒されているせいでお世辞にも艶やかとは言い難く、こんなに簡単にまとまることなどない。


一通り整えると、長めのボブカットの美女が出来上がった。元々の髪型も長めのボブだったので整えること自体に違和感はなかった。というか、顔を洗った時も顔の位置関係にそれほど違和感は覚えなかった気がする。


改めて鏡を眺めてみると、どうやらこの美女の顔の造形ももしかすると私の顔を踏襲しているのかもしれないことに気づいた。こんなに不自然に煌びやかで人工的な顔にも関わらず、微妙な奥二重になっており、頬にはそばかすがある。


この現象はなんなのだろう。私の頭がどうかしてしまったのだろうか。そう思うと俄然怖くなってきた。


「病気かな……にしては変かな……」


そう思いながらSNSで検索してみる。


『AI 顔 変わる』


当然だが、画像処理で別人レベルに写真を”盛った”若い女の顔しかヒットしない。


『顔 違う』


写真映りと動画で印象が全然違う俳優が揶揄されていた。


『顔 不自然 修正』


どこかのアイドルが上げた自撮りが編集を加えすぎだと笑われている。


『顔 AI 病気』


AIを使って顔写真から病気を推定できる研究が進んでいるらしい。へぇ。


「……何もないか」


しばらく探して見たものの特段それらしい投稿は見つからない。嫌な感じがしつつ『頭おかしい 顔』といった言葉で検索しても、ちょっと言葉にしたくないような投稿が目に入るだけで特段の収穫は得られなかった。


その後もぼんやりとSNSの言葉の波をただなんとなく眺めていたが、ポコン、という電子音で現実に引き戻された。


『そろそろ行くよ。予定通り10時ね』


届いたメッセージは友達の裕佳からだった。今日は朝から近くの喫茶店で待ち合わせていた。


「ヤバい、こんな時間じゃん」


時計は9時半を指している。身だしなみはもうよくわからないが、裕佳なら適当でもいい。とりあえずマスクをしてカバンを掴み、慌てて家を出た。


待ち合わせ場所の喫茶店「ルヴィア」は八重田商店街の入り口にある。八重田商店街はやや寂れつつはあるものの、幹線道路から外れた小さな街にしては結構頑張っている昔ながらの商店街だ。地方都市の御多分に洩れず、近くにできたショッピングモールに客が取られ一時は危なかったらしいが、新しいものへの熱が一旦おさまったことで、地域の商店街としての地盤は一層強固なものとなっているらしい。家のある街の外れから歩いてくると、行き交う人の数が次第に増えてきた。


「私……大丈夫だよね……?」


勢いで出てきたが、本当に大丈夫なんだろうか。こんなに不自然な顔なのだけど.……


今の所、特別に注目を引いているとは感じていないのだが、人が増えてくるにつれて怖さがどんどん増してきた。行き交う人が顔を見てくるような気がする。


縮こまるように進んで、ようやくルヴィアの前にきた。裕佳はまだきていないらしい。ふと店の窓を見ると、映り込んだ像にはマスクの上から美女の目がのぞいていた。


「はあ、何も変わってないよね」


店の前に立ち、一応マスクを外すと、「えっ」という声と共にガッという音が響き、横からスマホが転がってきた。


反射的に拾い上げ、「どうぞ」と手渡しながら顔を上げたところで、「えっ」という声が今度は私の口を突いて出た。


そこには、脂ぎっていそうな顔の丸みに反して妙に艶やかな肌。若干後退した生え際に妙に整えられた眉。まさにAIで描いたような顔の男が目を見開いて立ちすくんでいたのだった。

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