四話
王宮は警備が少ないからかなんとか入り込むことができた。ほとんどの兵士が王国から出ているとはいえ拍子抜けだったな。最悪の場合戦うことも視野に入れていたがそうはならなそうで良かった。王宮の中は静まり返っている。ここはエントランスだろうか。王宮の床に使われている白い大理石が不気味な輝きをまとっている。黄金で作られているシャンデリアや赤いカーペットが自分のような庶民に似つかわしくないことを告げているようだ。似たようなところで村の教会があるがそんなところとは比べ物にならないほどすべてが美しく洗練された作りになっている。歩くとコツコツと音が鳴る。まるで自分が王様にでもなった気分で気分がいい。こっそり侵入しているという状況でなければもっと良かったが。とにかく、感傷に浸っている場合ではない。一刻でも早く竜を親の元に帰してやるという使命があるのだ。
しかし困った。あまりにも王宮が広すぎて地下への入り口がわからない。しらみつぶしに探すと間に合わなくなってしまう。そう思いながら足を踏み出した瞬間ブゥンというにぶい音が聞こえ足元に紋様が浮かび上がってきた。
「まずい!」
そう言い終わるときには周りの景色がさっきまでいたきらびやかな場所ではなく真っ暗な空間に変わっていた。突然の変化に動揺を隠せず冷汗がにじみ出てくる。一度、深呼吸をして冷静になろう。さっきのは魔法陣だ。おそらく一定の範囲内に入った人を指定された場所にテレポートさせる魔法が込められているのだろう。テレポートさせる魔法陣は乗ったことも見たこともないがそんなものがあると村へたまに来る魔法使いが言っていたような気がする。そしてここがどこかというのは不明だ。なぜあんなところに魔法陣があったかということも不明だ。とにかくわからないことだらけだ。そのためまずは情報収集からしなければならない。光石を投げて明かりを確保すると岩肌が見えた。どうやら僕は地下に飛ばされてしまったらしい。それならば好都合だ。地下への道を探す手間が省けた。突然ぎいっと扉の開く音が聞こえたかと思うと目の前の岩肌が真っ2つに割れてその奥から光が漏れ出してきた。岩の奥には広場のような空間があり壁にはたいまつがかけられていてすこし薄暗いような明るさだ。そして奥を見ると竜がいた。前に見た竜よりかは1回り小さい体に木のように大きく太い鎖が何重にも巻かれている。体中に傷があり血のしたたり落ちている様子は目を背けたくなるほど痛々しい。それを見るとふつふつと怒りがわいてきた。どうしてこんなひどいことができるのだろうか。いくら災害級の生き物だとしても殺すことをせずに拷問、いやあれは実験か。よく見ると何に使うのかわからない器具や注射などが竜のそばに置いてある。その器具によって何が行われてきたのかを想像するとさらに腹が立ってくる。その時一人の男が広場の中心に現れた。その瞬間、広場はとても明るくなり一番奥までみえるようになった。
「よく来たな、賊よ」
「この竜に何をしている。答えろ!」
「そう熱くなるな賊、いやダインバークの子よ」
突然出てきた父親の名前に先ほどまでの怒りが消え、別の感情が生まれた。恐怖だ。なぜこいつは父親の名前を知っているのだ。なぜ僕のことを知っているのだ。こいつの目的は何なんだ。
「私は王国軍軍隊長のグリモスだ。お前がここに来ることはずっとわかっていた。おまえは思ったよりも簡単に侵入できたと思っただろうがこれはすべて私がお前をここまで誘導したにすぎないのだ」
「なぜそんなことをした!」
「お前の父親には少々恨みがあってねぇ。あいつの息子が来ると分かったときには竜を守るという任務のことなど頭からすっかり消えたよ」
そう言った男の目は憎しみと狂気に満ちていた。その目を見て僕は背筋が凍るような感覚が体中を襲う。
「あいつと俺は王国で一位二位を争うほどの剣の達人だった。この国の軍隊長は戦いで決めるのだが、おれはあいつに敗れ軍隊長の地位はやつのものになった。だがあいつは突然女ができたからと言って軍隊長の地位を降りやがった。私に敗北という屈辱を味わわせたあげくにやめるだと! ここまでコケにされることがあるか! だからお前を少しでも惨く残酷に殺し、あいつに死体を見せてやる。そのためにさんざん根回しをしてお前がここに来るように仕向けたのだ」
そういうとグリモスは長剣を鞘から抜き放ちこちらに走ってきた。すぐさま相手の攻撃を剣で払う。冷や汗が背中を流れ落ちる。あと少しで腹を切られていたところだった。グリモスは冷酷な顔に少しだけ驚きの色を走らせる。
「さすがはダインの息子だ。少しは剣が使えるらしい」
そういいながら相手は攻撃の手を休めない。こちらが攻撃をする隙を与えない戦い方はダインと似ている。しかし今回の相手は自分を殺すために剣を振っている。訓練とは違いしっかりと急所を狙って攻撃を仕掛けてくるため、そこを意識して戦うというのは心身がすり減る経験だ。すこしでも隙を見つけて反撃をしないといつかは体力的に限界がきて敗北してしまう。
「このままではらちが明かんな。すこし力を加えるぞ」
そういうや否や岩がのしかかってきたのではないかと思うほどの衝撃が剣に走り腕ごと地面へ叩きつけられた。なにが起きたか理解するよりも早くグリモスの蹴りが自分の腹に突き刺さる。バキバキと骨が折れる音と同時に体は遠くに吹き飛ばされた。激痛で悲鳴が上がりそうな体を必死に起き上がらせるが思うようには動かない。
「ふっ。ふっ。ふっ……」
短く洗い息を繰り返す口からは血が流れている。そのとき、近くから聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「上だ! 上を見るんだ!」
その声の主を確認するよりも先に痛む体を動かして天井を見てみる。天井はガラス張りになっていて部屋のようになっている。その奥に水色の大きな結晶があった。あれこそが探し求めていた魔力結晶だ。ただその大きさが異常だ。普通の魔力結晶と比べてそれは何十倍にも大きく、まるで家のような大きさだ。
「あれを壊せば対竜属性のついた装備の効果はすべて消えるのだ。俺の体に巻き付いている忌々しい鎖からも解放される」
そう言う相手を見ると予想はしていたが声の主は竜であった。
「は、初めまして。あなたを助けに来ました」
今にも倒れそうでぼろぼろな体だがあと一歩のところまで来たのだと、激痛に負けそうになる心を奮い立たせる。
「ははは。お前は竜語を話せるのか。魔力結晶の場所を見つけたからといって私がいる限りどうにもならんよ」
そう言いながらグリモスは距離を詰めてくる。その通りだ。グリモスと自分の間にはどうしようもない差がある。勝つことは絶対に無理だろう。だからこそ一か八かの方法に賭けるしかない。竜にその方法を伝えると竜は笑った。
「はっはっはっ。お前にとって関係のない俺にそんなことをするとは。面白い。わかった、その心意気に応じて協力してやろう」
その言葉を受けて懐から瓶を取り出す。そしてそれを割ると中から大量の蛇が出てきた。これは魔法瓶で中に入っているものは魔法の影響を受けない瓶だ。その効果により人間以外の動物が入れない結界の張ってある王宮に生き物を持ち込んだのだ。蛇たちにグリモスを襲うようにと合図をする。蛇は一直線にグリモスのほうに向かっていくがほとんどは到達する前に切り伏せられる。だが少しの時間稼ぎはできた。その間に竜の元へ行き、尻尾に上っていく。
「お願いします!」
その瞬間、尻尾が大きく動き僕の体は空中に大きく吹き飛ばされた。そのまますごいスピードで上がっていくかと思うとガラス張りの天井を突き破った。それでも勢いは落ちずにさらに上の天井にぶつかりガラス張りの床に叩きつけられた。床に叩きつけられた衝撃は背中から突き抜け、腹部を揺らす。下を見ると蛇をすべて殺し終えたグリモスがなにやら詠唱をしている。時間はあまり残っていないらしい。数メートル先に魔力結晶が見える。激痛により失いそうになる意識を必死に手繰り寄せる。今意識を失えばすべてがおわりだ。永遠にも思えるような数メートルを必死に這い進んでいく。
「くっ、がぁ! ぐぅ、ぐぐ」
うめき声にしか聞こえない声を上げ、意識を保つ。そして魔力結晶が手に届くところまでやってきた。その時、ブゥンと聞き覚えのある音が聞こえた。
「残念だったな。竜の尻尾を使ってこの場所まで来た時には驚いたがもう悪あがきはおしまいだ」
もう暴れる力もない少年の首をつかみ上にあげる。致命傷であり、死ぬのは時間の問題だ。だが、グリモスは自分の手でとどめを刺したいのだ。剣を振り上げとどめを刺そうと少年の顔を見ると、笑っていたのだ。グリモスからすればこの少年にできる限りの絶望や恐怖を与えて殺すことでダインバークへの復讐になると考えているのだ。しかし、目の前の光景はグリモスの想像していた顔とは程遠い顔をしている。
「な、なぜ、笑っているのだ?」
気持ちが悪い。この状況で笑っている少年がグリモスの目からすれば気味が悪かった。
「何か答えろ!」
すると異様な光を纏った鋭い眼光を向けられ、一瞬だけ息を飲む。そのとき、グリモスが感じたのは恐怖だった。覚悟を決めた少年の目に恐怖を感じたのだった。怖い人間というのは強い人間や技術がある人間などではない。家族を守る父親、子供を守る母親、女を守る男、相手を守ると覚悟をした人間が一番怖いのだ。それだけではない。この少年からは不気味な何かを感じ取ったのだ。だがすぐに我に返り、その瞬間に襲ってきたのは羞恥心だった。こんな少年相手に、王国軍軍隊長であり王国一強い男である自分が恐れを抱いたなど、認められるはずがなかった。
「この糞餓鬼が! 死ね!」
グリモスは剣を振り上げる。だが殺すことに意識を支配されていたグリモスは首を持ち上げている手の力が緩んでいることに気が付かなかった。
僕は最後の力を振り絞りグリモスの体を思いっきり蹴った。すべてがスローモーションのように感じ、グリモスの表情もよく見える。その瞬間のグリモスは理解ができないといった顔をしている。まだこんな力があったことに驚いているのか。自分でも驚いている。ただ、やらなくてはいけないと感じたのだ。体をねじり手に持っているものを振り上げる。これは尻尾で上げてもらう前に竜からもらった鱗である。竜の硬度をもつ鱗なら魔力結晶を破壊できるだろうと思いもらってきたのだ。それを振り下ろし魔力結晶に突き立てた。青い光が漏れ出してきたかと思うと光が濁流のように押し寄せてきた。それに吹き飛ばされた僕はまたもや意識を失いかける。少し離れたところでグリモスがなにやら小さい石に向かって話しているのが見える。そしてこちらに叫びながら向かってくる。
「これはこの国の秘宝だぞ。なんてことをしやがった餓鬼が! 殺してやるぅ!」
もう体は少しも動かない。死を覚悟した。その時、ガラスが割れる音とともに巨大な口がグリモスの下から現れグリモスの姿が消えた。それは鎖による拘束が解けた竜の姿だった。漆黒の鱗が王宮へ入った時に見たシャンデリアのように輝いて見える。さっきまであった傷は自己治癒によってすでに治っている。ずっと動いていなかったのか、固まった体をほぐす姿は世界の王者といってもいいほどに美しくかっこいい。
「よくここまでやってくれた。感謝をする」
そう言いながら鋭い爪でその太い足を少し切った。そして流れ落ちる血をすくいこちらに差し出してきた。
「これを飲むんだ。竜の血にはすべての傷を治す力があるのだ。やつらはこの力を狙って俺を捕まえたのだ」
動けない僕の喉に竜は無理やり血を流し込んだ。竜の血が血液中に流れ込む感覚がした。すると体中を走っていた痛みが消え、疲労感などもなくなっていた。
「改めてあなたに感謝をする。名前はなんというのだ」
「クリス・ガーメントといいます」
「クリスか、いい名だな。早速だが母のもとへ向かおう。クリスは母に頼まれて俺を助けに来たんだろう」
「そうです。今王国軍があなたの母を探しています。早くいかないと手遅れになってしまう」
「俺の背中に乗れ。送って行ってやろう。振り落とされるなよ」
竜は僕を背中に乗せて飛んだ。飛ぶ経験は初めてのことだった。
………………
一時間ほどで村の近くまでやってきた。ただ何かがおかしい。まだ夜のはずなのだが村の方面が異常なほどに明るい。すると竜の飛ぶスピードが上がった。しっかり鱗をつかんでおかないと振り落とされそうだ。
「急にどうしたんですか?」
「母の魔力がかなり弱くなっている。急がないと間に合わなそうだ」
「そうですね。その前に僕を村におろしてほしいです。なにか嫌な予感がします」
村に着き竜と別れたがそこはもう知っている場所ではなくなっていた。たくさんあった家や広大な畑はすべて炎に包まれていた。村の中には火をつけて回っている兵士たちが見える。その光景を見て僕は膝から地面に崩れ落ちた。まさかさっきグリモスが話していたのはこのことだったのか。いや、今となってはそんなことはどうでもいい。ダインは、母さんは無事なのか。そう思い村の中心にある広場を見るとたくさんの丸い物体が無造作に転がっている。あれが何かということを確認するのは本能が拒絶していた。だが確かめなければいけないような気がした。気が付くと走り出していた。広場に着くとその物体の正体がわかった。首だ。村人の首が捨ててあったのだ。その中にはダインと母さんのものもあった。
「おげぇぇぇぇ!」
唐突に嘔吐をしてしまった。ほとんど液体の吐瀉物がバチャバチャと大地を叩く。零れ落ちる涙と嗚咽は止まることを知らないようだ。この気持ちがなんのかは自分でもわからない。怒りなのか悔しさなのか無力感なのか。ただひとついえることはダインと母さんは死んでしまったのだ。これだけはどうしようもない事実なのだ。だんだんと周りの兵士が集まってきた。皆殺しにしろと命令が出ているのか全員が剣をこちらに向けてくる。僕は震える足で立ち上がった。そして目の前の兵士を殴り剣を奪った。そこまで強く殴ったつもりはないが兵士は十メートル以上吹き飛んでピクリとも動かなくなった。初めて人を殺した。だがそんなことはどうでもいい。
「僕は……
そのあとのことはよく覚えていない。気が付けばその場にいた兵士はみな地面に倒れていた。息をしているものはだれもいない。神経が張り裂けそうなほど感情が高ぶり無我夢中で剣を振り回していたのだけは覚えている。すると竜が戻ってきた。
「間に合わなかった。母はもう死んでいた」
「そうか。こっちもだめだった。みんな死んでいたよ」
そのことを口にするとまた涙があふれてくる。少しのあいだ沈黙が流れた。
「クリス、さっきのお前の力は竜の力だ。俺の認めた相手が血を飲むと竜の力が使えるようになる。どんな傷でも時間がたてば回復するし魔法も使えるようになる。お前はもう竜の仲間だ」
「なにが言いたいんだ」
「人間どもに復讐をするのだ。俺とお前は家族を人間に奪われたんだ。やつらを根絶やしに」
「わかった。人間はこの世界の害虫だ。手始めに王国を滅ぼしに行こう。ダインと母さんの弔い合戦だ」
目には1つも光などなく顔はまるで死人のようだ。だが俺にはやらなくてはいけない使命がある。俺は竜の背中に乗り王国へ向かった。
………………
「……以上のことからベイン王国消滅事件が起こったと推測されます」
議員たちからはざわざわと声がする。あれほどの事件があれば当然だが。一週間ほど前に世界有数の大国であり最大の軍事国家であるベイン王国が一夜にして滅びていたのだ。正しく言えばベイン王国があったであろう場所は大きなクレーターができていてまるでもとからそこに王国がなかったかのような様子だったのだ。調査員によるとその近くで滅びた竜が飛んでいるの見つけたらしい。生き残った王国民は竜と少年がやってきて突然攻撃を仕掛けてきたという情報もある。議員の中にはわが国を混乱に陥れるためのウソ情報だとする声もあるのだが、あまりにも竜を見たという声が多い。そのため竜がせめて来た時のために厳戒態勢で防御を固めるということが決まった。そして少年については……。
「少年は国家反逆罪、大量殺人をした罪、そして禁忌である竜に接触し世界を恐怖に陥れた罪。すなわち、
竜罪 たくぞうさん @takuzoo
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