どうか願いを取り消して

マスカレード

第1話プロローグ


「頼みがあるんだ」

 病院の個室のベッドの上で、双子の弟、大木隼人が頬骨の浮いた青白い顔で鷹也に言った。

「何だ? 俺にできることなら力になる」

「俺の人生の後始末をつけてほしい」

「何を気弱なことを……」

「もう自分が長くないことは分かっている。高校時代のクラスメイトで瀬川ななみという子と付き合ったけれど、俺は彼女を酷く傷つけた。好きだったのに……」

 げほっと咳き込んだ隼人が、横向きになって背中を丸めゼーゼーと荒い息を吐く。震える指で机に載ったノートを指した。

 ベッドを回り込み、窓の傍にある机からノートを取り上げページをめくる。そこには大木コーポレーションの後継者になるために、隼人が人を支配しようと試行錯誤をしたときの高校時代の犠牲者の名前と罪状が書かれていた。

「な、名前に赤線が引いてあるのは謝罪済だ。最後の一人ななみに会いに行く前に、こうなったから……。天罰かな」

 病魔に侵されていなければ、鷹也とそっくりな顔を歪めて、隼人はもう一度繰り返した。

「兄さんと後継者を争うなんて、土台無理だったんだ。俺はそんな器じゃないことを知っていながら、祖父が後継者の条件としてあげた、他人を従わせるトップになるのに必死だった」

「祖父の言ったのは、人物の魅力や実力で他人が自然に従いたくなるトップのことだ。パワーゲームや圧力をかけて従わせることじゃない」

「俺が浅はかだったんだ。そのななみって子は、家柄の違いや性格の違いから、なかなか俺を受け入れようとはしなかった。俺はムキになって、あの手この手で彼女をその気にさせて、今まで従わなかった見せしめのために捨てたんだ」

「ばかなことを! ここに書いてあるのは本当か? ななみさんはクラスメイトからも無視をされて、不登校になって私学に転校したというのは」

 隼人は苦しげにうなづいた。

「自分で謝りたかった。でももうベッドから抜け出すこともできない。俺の代わりに、心からの謝罪を彼女に伝えてほしい。頼む、兄さん。最後の願いを聞いてくれ」

「そうすればお前の心が楽になるからか?」

 隼人は虚を突かれたように目を見開き、いや違うと首を振り、いやそれもあると肯定した。

「彼らに本当に悪いと思ったのが一番の理由だが、鷹也が会社を継いだときに、俺に憎しみを抱いている奴らが、俺と同じ顔をした鷹也の敵にならないようにしたかった。立つ鳥跡を濁さずって言うだろ」

 だから、病気に侵されながらも、後始末のために無理をして倒れたのか。鷹也は初めて隼人に憐れみを覚えた。

 同じ顔をしていても、得意な分野や活かせる能力が違うのは当然ととらえていた鷹也に比べ、隼人は何もかも欲しがり、鷹也の方が出来がいいと羨んだ。鷹也が褒められるとムキになって目立とうと無茶をしたり、何かと張り合ってくるのに疲れ、鷹也は隼人と離れるために必死で勉強をして、隼人とは違う高校に合格した。隼人の高校よりランクが上だったのが、隼人を追い詰めたのかもしれない。

「分かった。何と彼女に誠意が伝わるように努力する」

 隼人はほっとしたようにありがとうと呟くと、静かに目を閉じる。これだけの会話を続けるだけで、隼人には体力の限界がくるのだろう。

 鷹也はノートに記載されたななみの記録を、頭にいれる。

 瀬川ななみ。24歳。隼人とクラスメイトの仕打ちで心を病み、不登校になったあと、私学へ転校。明るい性格だったのが、他人と壁を作るようになり、大学時代はほとんど一人で行動。小さな会社に就職後、作家に転身。

 ペンネーム 川瀬みなみ ファンレターを送って、謝罪の機会を伺ったが反応なし。

「それは警戒から返事はしないだろうな」

 苦笑しながら、続きを読むと、住所まで調べてあった。

 下手したらストーカーだ。

「彼女の許しをもらうまで、死ぬなよ」

 隼人はぐっすり眠ってしまったのか、反応はない。鷹也はノートを小脇に挟んで病室を後にした。

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