第三章 過ぎ越しの祭り
「祈りなさい・・神は、いつも見守って下さいます」
荘厳なオルガンの音が教会に流れている。
王と王妃、ルナ王女の三人を先頭に王国の貴族達全員が教会の椅子から下り、膝まずいて祈りを捧げている。
チラリと振り返ったルナの瞳がディオンの姿を見つけるとクスッと微笑みを投げた。
それに気付いたディオンは一瞬顔を赤らめたが、直ぐに笑顔を返した。
ほのかな温もりが二人の胸に込上げてくる。
ディオンは十六歳、ルナよりも一つ年上である。
しかし、十五歳の成人の日を過ぎて急にルナは大人びてきていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「つかまえたっ、フフフフ・・・」
「アーッ・・・」
庭園の中央にある刈り込みの迷路の片隅でディオンの視界がルナの手で遮られた。
柔らかな感触が心をくすぐる。
ディオンは暫らくの間ジッとしていた。
このまま甘い温もりに包まれていたかったのだ。
二人の荒い息が、植栽の中に溶け込んでいく。
両親の姿はルナの視界から消えていた。
ディオンの汗の匂いがする。
男の匂いである。
この頃急に大人びた二人は、互いを強く意識するようになっていた。
「つかまえ・・た・・・」
同じ言葉を小さな唇からこぼすとルナはディオンの背中に顔をもたれさせた。
思ったよりも大きな背中であった。
優しい顔立ちに似合わぬ、逞しい筋肉が感じられた。
「王女・・様・・・」
ルナの頬の温もりが背中から広がって体中を熱くしていく。
ディオンは王女の手を取ると、ゆっくりと振向いた。
「いやよ、王女様なんて・・前みたいにルナって呼んで・・・」
目の前にディオンの青い瞳を見つけるとルナの顔は見る見る内に赤く染まった。
城中の女官が噂するディオンの端整な顔立ちは幼馴染みのルナにとっても心に迫るものがあった。
「でも、この間十五歳になって正式に王位継承者になったんだ。
もう、気安く呼べないよ・・・」
「いいのよ、そんな事。
私、女王になんかなるつもりないもの・・・」
「だ、だって・・・」
煮えきらないディオンの口調にルナの心にイタズラな気持ちが湧き上がった。
「フーンだ・・・。
どうせディオンは私の事よりも、お母様の方が好きなんだものね?」
そして大袈裟に顔をそむけた。
城の庭園の中とはいえ迷路の背の高い刈り込みは二人きりでいる事を意識させる。
こうして話していると、益々顔が火照って赤くなってしまうのだ。
ディオンに、その顔を見られるのはイヤであった。
だが年は上でも純情なディオンは幼い計略にマンマとハマッテしまうのだった。
「そ、そんな事・・・。
確かに僕は王妃様の事は好きだけど、それは早くに母を亡くしてるからで
本当に好きなのはルナ・・・」
そこまで言ってディオンは慌てて自分の口を手で押さえたが後の祭りであった。
ルナが獲物をしとめた猟師のように満足そうな表情で微笑みを浮かべている。
金色の瞳が光を増してくる。
「本当・・・?」
ディオンの手を小さな手でシッカリと握り返して囁いている。
「ああ・・本当さ・・・」
ディオンの心が吸い込まれていく。
幼い頃から、この金色の光を見つめていると何も逆らえなくなってしまうのだ。
不思議な力であった。
「私の事・・好き・・・?」
ルナの手を通して得体の知れない気持ちがディオンの身体を包んでいく。
十五の成人式を迎えてから、ルナの力は更に強くなった気がする。
「ああ・・好き・・だよ・・・」
「じゃあ、キス・・して・・・」
ルナの形の良い唇が近づいてくる。
プックリとした唇は僅かに濡れていた。
「ル・・ナ・・・」
甘い香りが心を痺れさす。
ルナの大きな瞳が閉じられていく。
金色の光が睫毛によってカーブを描く。
「私も好きよ・・ディオン・・・」
「う・・・」
ディオンの言葉はルナの柔かな唇に捕らえられ、そのまま心に届いていった。
(ああ・・僕も、僕も大好きだ・・ルナ)
(好き・・私のディオン・・・)
心が絡みついていく。
言葉を出さなくても、互いの気持ちが手に取るように理解できた。
愛の囁きが静かな庭園の中で繰り広げられている。
鳥の声以外、音は聞こえないのだが。
初めての口づけ、短い間であったのに深い愛の刻印を二人の心に刻んでいった。
※※※※※※※※※※※※※※※
(好きよ、ディオン・・・)
(好きだ、ルナ・・・)
二人の想いが通い合う。
司教の重々しい説教が響き渡る教会で、ルナとディオンは熱い視線を絡ませながら今日の愛の始まりを改めて意識し合うのであった。
一瞬、マチルダ王妃の視線を感じたディオンは慌てて目をそらした。
母のような優しい微笑みであった。
ルナもその気配を察して、頬を染めながらも祈りに頭を下げるのであった。
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