第一章 樹海

木立が揺れている。

朝露を含んだ草が足元に絡みつく。


ルナの息が静まり返った森の中で響く。

深い樹海は夜の如く光を閉じ込め、その闇の中を金色の瞳が浮かんでいる。


水色の髪をなびかせてルナは走る。

恐怖に怯えた表情で何度も振り返りながら、長い足を懸命に動かしていく。


太い襟模様のついた戦士の服に身を包んだ身体は少年のようで、敏捷に木々の間を抜けていく。だが額から流れる汗が、これまでの疲労を象徴するかの如く光っていた。


「いたかっー・・・?」

「そっちも探せー・・・」


遠くから静寂を破る声が聞こえる。


(もう、追いつかれた・・・)

一際大きく聳え立つカムヤの木に、もたれるようにルナは息をひそめた。


細い肩が震えている。

一日中、走り続けた身体は限界にきていた。


細い顎を引き付けて息を飲み込み、木を背中にしてジッと樹海の闇を見据える。

瞳から零れる金色の光が、ボウッと浮かぶ。


「オッ、いたぞっー・・・」


屈強な男達が三人、木々の間から現れた。

手にはそれぞれ弓や剣を持っている。

追い詰めた獲物を前に、サデスティックな笑みを浮かべて近づいてくる。


「やっと見つけたぜ、王女様よ・・・」

片目に大きな傷をおった男が唇を歪ませて、舐めるようにルナの身体を眺めた。


(すげえ、これがあの有名なルナ王女か・・・。男みたいな格好をしてるけど、やっぱイイ女だぜ)


初めて目にするアキシニス王女を前にして、男達の股間は否応もなくエレクトしていた。

国中はおろか、遠くの国からもその愛らしい美貌を称える噂を耳にしていたが、実際に目にした魅力に吸い込まれそうだった。


透通るような白い肌。

艶やかなブルーの前髪から覗かせる大きな瞳は怯え、潤んでいる。


真っ直ぐに通った高い鼻の下には形の良い唇がキュッと結ばれ、柔らかそうな頬に薄っすらとエクボを作っている。


汗と露に濡れた服を透かせて、幼い胸の膨らみが見える。

今年十五才になったばかりの身体は、それでも妖しい色香を漂わせていた。


「ヤメテッ、来ないでっ」


楽器の音色のような美しい声が、男達の欲情を更にそそらせる。

賞金目当ての盗賊である彼等には王女を敬う気持ちは無く、それよりも高貴な獲物に対する不条理な欲望を募らせるだけであった。


一歩一歩、男達の足が近づいてくる。


「へっへっへ・・・」

男達の漏らす笑い声が、不気味にルナの心を締め付ける。


息苦しさに耐えかねて、唇から荒い息が漏れる。

大きな木の幹に両腕を廻し、恐怖に引きつった表情で唇を震わせている。


「いやよ・・いやぁ・・・」


男達の股間は足を踏締める度に、はちきれんばかりに膨らんでいく。

樹海の闇の中で、三人の口が薄汚れた歯を見せて笑いを浮かべている。


ルナの瞳が更に強く金色に光る。

追い詰めた獲物をジワジワと取り囲みながら、男達のゴツゴツした腕が伸びてくる。


浅黒い手の一つがルナの白い腕に触った瞬間、閃光が男達を襲った。


「ウギャッー・・・」

ルナ達からかなり遠く離れた場所で集まっていた兵士達の目に、樹海の真中から立ち昇った金色の光の柱が見えた。


それはまるで黄金の竜の如く空を舞ったかと思うと、虹色の光に分散して消えていった。

暫らく呆然と見送っていた兵士達は我に帰ると、光の元へと馬を走らせた。


「それー、姫様はあちらだぞー」

指揮官の号令が樹海に木霊していく。


カムヤの木の周りで横たわる三人の盗賊を残して、金色の光が闇の中を走っていた。

ルナのブルーの髪が逆立っている。


瞳の光が全身を覆うように強くなっている。

妖精の姿に、樹海のケモノ達は木々の上と下から守るかの如くついていく。


自分のパワーの余韻に包まれながら、ルナは流れる汗と共に涙で瞳を滲ませていた。


(ど、どうして・・こんな事に・・・。ああ・・お父様、お母様)

遠くなる意識の中で、ルナは平穏だった日々を思い浮かべていた。


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