第7話 猫カフェ。それは俺の願望が詰まった所である。

 ———この世の楽園とは何か。


 人類にとっての永遠の課題に、今俺は手を伸ばそうとしている。

 それは人それぞれ違い、また男女によっても変わっていくのだろう。

 女子の楽園はどんなもんか、それは男である俺には想像の難しいことだ。

 だが、大概の男子が考えることは分かる。


 ———ハーレムだ。美少女、美女を囲うハーレムだ。


 まぁ大まかには賛成だ。俺も美女、美少女は好きだし。出来るなら俺もそんな楽園の中に入りたい。入れるなら土下座もする。寧ろ土下座で入れるなら安いものだ。


 ……という話ではなく、ハーレムはあくまで一般男子の話だ。

 俺が最も求める理想の楽園は———。

 


「「「「———にゃ〜〜」」」」 



 ———猫に囲まれて過ごすことだ。もちろんデレデレの猫限定で。

 つまり、普段から触れ合っているお陰で人間に慣れた猫が多く住んでいる猫カフェこそ、俺が求める楽園に最も近いのである。


「ほらほらおいで〜藤吾お兄ちゃんが帰ってきたよ〜」

「「「「みゃ〜〜」」」」

「むぎ、きなこ、ぽんず、福、ただいま〜」


 近付いてきたのは、俺に懐いている筆頭猫達4匹。

 むぎときなこはマンチカン、ぽんずがスコティッシュフォールド、福が三毛猫だ。愛くるしくて可愛くて俺の心の支えであり、アイドルである。

 緩む頬をそのままにしゃがみ込み、手をしっかり消毒したのち、お腹を見せてくる4匹のお腹をワシャワシャ撫でる。もふもふで気持ちいい。


「と、とーくん? もしかしてずっと通ってたの……?」


 中村が少し驚いた様子で聞いてくる。

 意外と言わんばかりの驚きようだ。


 というのも、この場所に連れてきてくれたのは———何を隠そう中村なのである。

 だが、元カノの紹介で来た店に別れた後も来ていると言うのは、気持ち悪いと思われても仕方ない事象だ。

 もちろん俺も止めようかと思ったが……普通にむぎ達が可愛過ぎて無理だった。何なら1週間に数回行くくらいの高頻度になってしまった。

 めちゃくちゃ気持ち悪いね。


「え、えーっと……ま、まぁな。ほ、ほら、癒やしというのは人生にどうしても必要なモノであり、それ無くして幸福など得られない———気に入ってたからずっと通ってました、はい」


 正直に言え、とガンを飛ばされた俺は呆気なく本音を漏らす。超絶恥ずかしい。ドン引きされても文句は言えない。

 なんて戦々恐々、恐る恐る中村の顔を窺えば。


「……そ、そうなんだ……」


 ぽしょぽしょ。

 そんな表現が当てはまるであろう彼女の小さな声。僅かに見開かれた茶色の瞳。良く見れば朱く染まっている頬。

 

 …………え、何よその顔。

 どういう感情? 

 やっぱりキモがられてる? 

 キモいなら素直にキモいって言っても良いんだよ。自分でもそこは理解してるから。でもダメージを受けないとは言ってない。


「こ、心音……?」

「……何でもない。でも、気に入ってくれたなら良かったわ」

「お、おう、めちゃくちゃ気に入ってる。金さえあれば毎日でも通いたいくらいだ」

「それはキモい」

「ふぐぅっ!?」


 ふ、不意打ちだ! お許しの握手かと思って手を差し出したら、握られて背負投げされた気分! 

 つまり何が言いたいかというと、物凄くダメージ食らった、ということだ。なんならダメージデカすぎて現実逃避したい。そうだ、むぎ達に癒やされよう。


 完全に現実逃避に移行した俺は、涙目でむぎ達の喉元を撫でる。

 やっぱり君達こそ僕の心のアイドルだ。俺が敏腕美女社長と結婚したら、大金叩いてでも迎えに来るからね。


 ほろりと涙を流し、4匹を交互に撫でていると。


「とーくん、そろそろ何か頼まない?」


 既に席に座った中村が、メニュー表を開きつつ此方に目に向けてくる。そしてその目が告げている。

 それこそ『早く座れ、こっちは何か食いたいんじゃボケ』みたい感じ? 怖いね。

 

 だが、常連たる俺を侮ってもらっては困る。


「おいおい俺はこの店の常連さん筆頭だぞ。この店のメニューなんざ、メニュー表を見ずとも分———」

「『一緒にメニュー表を見る』っていうのも入ってるんですけど」

「……そう言えばこれ、矢代のシミュレーションデートだったね」

 

 俺の気分は完全に普段通りだったよ。もういつもオブいつも。


「まぁ、センスの良い場所選んで貰ったんだし、こんくらいは協力するか。甚だ不服だけど」

「甚だって言う人初めて見た」

「何か格好いいじゃん。インテリ系っぽくて」

「……インテリ? どこが?」


 キョトンとする中村の姿に、俺もキョトンとしてしまう。


「え、俺みたいなのをインテリって言うんでしょ?」

「……じゃあ、とーくんはブラックね。私は……」

「待て待て待て! ブラック無理、ラテでお願い。マジでホントに」

「にゃーっ!」

「ああっ、ごめんねぽんず。五月蝿かったよね、ホントにごめんね」


 俺が少し大きな声を出したせいで、大変不機嫌になったぽんずのご機嫌取りをしていると……本日何度目か分からない中村のジト目が突き刺さる。


「な、なんですかね……?」

「……私より扱いが良い気がするんだけど」

「……キノセイダヨ」


 思わずカタコトになってしまった。日本語覚えたての外国人かな。

 

「はぁ……まぁとーくんが猫好きなのは知ってたから良いけどさー。なんか女の子としては納得できないってゆーかー、ムカつくってゆーかー」

「女の子って情緒不安定だよね」

「そうなの、女の子って情緒不安定なの。特に……や、何でもない」

「そこで切っちゃう? 物凄く気になるんですけど。どのくらいかって言ったら」

「や、別に良いから。何言われても言わないし」


 酷い。こうなったら気になって昼と夜しか眠れな……あれ? 物凄く寝てない? 


 自分でボケてセルフツッコミするっていう虚しいボッチの性にガッカリしてる俺だったが……ふと、中村が此方をジッと見つめていることに気付く。

 それも先程までの呆れた表情ではなく、何処か真剣味を帯びている。


「……どうした?」

「———今、楽しい?」


 突然、そんなことを聞いてくる心音。真意は分からない。

 その瞳が何を映し、俺の何を視ているのかも分からない。

 いつもなら茶化したりはぐらかしたりするかもだが……今はそういう雰囲気ではなかった。


 だから、つい答えてしまったのだ。




「———ああ、めっちゃ楽しいよ」

「……っ」




 詰めが甘いというのは、正しく今の俺のことを言うののだろう。

 この時は、むぎ達に気を取られて気が付いていなかった。


 気付くのは———もう少し先のことだ。


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