第33話 鉄屑の小さな町

 あれから三ヶ月が経った——……。

 

 あの数日……イレーナと過ごした時間は私にとって

 唯一色味のある思い出となっていた。

 

 ……彼女を思い浮かべる回数も、任務続きで減ってきてはいたけれど

 それでも思い出せばいつだって、鮮やかで淡い記憶が私を包んでくれた。

 

 報告書の提出で、久々に顔を合わせた司令官の話では

 ノゼアール国の復興も着々と進み、元の姿を取り戻しつつあるという。


 あの日、犠牲となった命を弔って、今後追悼の日が設けられるらしい。


 その日はノゼアール、ガストレア、イセルトの

 三つの国が合同で行う歴史的にも稀な日となる。

 無論、そうなれば王家の出席は必須だ。


 ……これは私の望みとも言えるものだけれど

 その日が、イレーナにとって待ちに待った日であってほしいと願う。


 ノゼアール国で待つイレーナの家族は

 ずっと彼女の帰りを待ち続けているはずだから……。

 

 彼女は今、ガストレア国の王女として日々を刻んでいる。


 だから、その日だけは……

 イレーナが望んだ団欒が、少しでも長く続く一日となってほしい。


 

 

 ……ノゼアール襲撃をきっかけに

 五つの国は良くも悪くも、それぞれの動きを見せるようになっていた。


 イセルト国は、失態に終わった計画を諦めたわけではなさそうだった。

 虎視眈々と次の機を狙っている。

 ……というより……もっと何か、大きな何かを隠しているような……。


 私は審議があったあの日から、イセルト国は勿論のこと

 イスキレオ機関の動向にも意識を向けていた。

 こんな時、私の勘は嫌というほど当たってしまう……。


 ファライスタ国とガストレア国は

 互いの腹の中を探り合うようなやり方を

 徐々に減らしていこうとする前向きな姿勢がとられていた。

 ……少しずつ何かが変わりつつある。



 最近では、ファライスタ王が直々に

 ガストレア国へと何度か足を運んでいるらしい。

 ……理由なんて、世界の末端で生きる私には分からないけれど

 何にせよ、良い傾向だろう。

 

 この時に、今まで他国と関わることのなかった国が動きを見せた。

 五つの国の中で、最も軍事力のある『ダンデスタ帝国』だ。


 私は新たな任務を与えられて、そのダンデスタ帝国の近郷へと訪れていた——。

 

 この小さな町は……

 魔術と人間の知恵と技術が融合したような、機械的な造りだ。

 様々な職人が住んでいて、あらゆる道具を作り出している。

 家庭で使われる鍋から、傭兵や兵士が持つ魔弾銃まで……

 作りだす技術だけで言えば、この町ほどの場所はないと聞く。

 

 鉄を主とした建物が多くて、街並みは色違いの鉄屑が

 つぎはぎに重なり合っている印象だ。

 鉄の管が町中に張り巡らされていて

 その先端から、音を鳴らして蒸気が立ち上がっている。


 行き交う人々は互いに無関心というか……

 自分の仕事にだけ関心を向けている。


 ごちゃごちゃした場所は得意ではないけれど

 騒がしいとはまた違うこの町と人の感じが、私好みだった。


 何よりここの風景は……何の脈絡もなくイレーナを思い出させた。



 (……イレーナがこの町を見たら……)

 ……そんな妄想が頭を過ぎるからだ。

 


 ……妄想が止まず、気がつけばお目当ての場所へと辿り着いていた。

 小さな町の、小さなギルド——。

 

 

 ……ギルドの情報によれば、ダンデスタ帝国は謎に包まれていて

 皇帝の姿を見た者すらいないと、この街では有名な話のようだった。

 他に大した情報はなく、あったとしてもそれは根も葉もない噂話だった。


 ……要塞のような城が建っているだけで、

 他の国を寄せ付けることがなかったこの帝国が

 この時を選んで動き出したことに

 司令官は何かを感じて、先手を打っておきたいのだろう。


 今回の任務は、司令官ですら握る情報が少ないダンデスタ帝国の調査だ。

 ギルドで得られた情報でいくと……骨の折れる任務となりそうだ。 


 私は有るか無いかわからないような情報に

 踊らされることになっていった——……。

 

 


 

 

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