第25話 星降る丘
布屋の男に仕上げてもらった制服に袖を通す——……。
私の身体に馴染んではいるけれど、初めてこの制服に触れた時のような、ぱりっとした感触が甦った。
自負しているだけあって、男の腕は確かなのだろう。
イレーナも元の姿を取り戻す様子ではあったけれど、本来生まれ持った優美さは、たとえ私の制服を着たところで覆ることはない。
むしろ、似合うのかもしれない……。
「アイオ……先ほどは無駄足になってしまってすみません」
「……無駄足? ギルドの事?」
「はい。ガストレア王国にもギルドがあれば、是非立ち寄りたいですね……」
「……うん。良い物拾ったら行ってみよっか」
……任務が終われば、私はすぐに帰還することになる。
だから、ギルドに行くことはきっと無いのだろうけど……。
分かっていながら、私は望みを口にしたいだけだった。
……考えてみれば、ガストレア到着後の指示はほぼ皆無と言っていい。
イレーナの安全が確保されるまで……それが私に与えられた最後の指示だ。
司令官の含んだような物言いは、私を少し不快にさせる。
何事も起きないように……ただ願うしかない……。
「旅人を詮索するなど無粋なことではありますが……お二人のお召し物からして、ただ旅をされているとは思っておりません。……近頃、ガストレア国の兵士がこの街によく出入りしております。……根拠などございませんが、道中どうぞお気をつけて」
布屋の男はそう言って、子供でも見守るような眼差しをこちらへ向けていた……。
男の話は一理ある。
ギルドの雰囲気といい、兵士の出入りといい……。
湿地帯のあの魔獣もこれらと関連している気もする。
イレーナがこの時にガストレアへ招かれる事も必ず意図がある……。
*
布屋の男の計らいで、私達は一室を借り、出発の夜までをここで過ごすことにした。
とくに何をするわけでも、何を話すわけでもなかった私達の間に、今までのような気まずい空気は流れない。
——……扉をノックする音がした。
扉の向こう側に布屋の娘が立っている。
特有の騒がしい気配は、目視せずとも分かるものだった。
「改めてお礼を言わせてほしくって! お姉さん達、本当にありがとうございました!」
そう言われたイレーナは、ほんのり頬を染めて嬉しそうにはにかんだ。
「それで……お姉さん達は、姉妹? それとも友達?」
突拍子もない娘の質問に、私もイレーナも首を傾げ合う。
「えっと……そう……ですね。私達はお友達?になる……のかな?」
イレーナはこちらを向いて、娘からの質問を私に委ねた……。
……まず姉妹ではない。
そもそも似ている要素もないだろう。
かといって、友達となると……ティラと同じ?ということになる。
……同じと言えば、まあそのような気もする。
ティラも私も、イレーナに同行する者同士ではあるから。
「……うん。友達」
「そっか! 二人は似てるから姉妹かなって思ったけど、友達だったんだね!」
「……何が似てる?」
「んー……空気感! ……かな? 笑った感じが似てるよ!」
なんだかよく分からないけれど、似ていると言われて嫌な気はしなかった。
イレーナは訝しげな顔をしていたけれど……。
夕食まで世話になった私達は、手厚い好意に感謝を伝え、親子に別れを告げた。
街は静まりかえって夜が深まり、出発の時を知らせている……。
私達は足早にティラ達を引き取り、視診を済ませ走らせた——。
月明かりに照らされたイレーナは、恒例の植物を育てている。
恒例と言っても、何十回と見たわけではないけれど……。
……たった数日を過ごしただけなのに、イレーナとの時間は濃密だった。
初めて出会った時が、随分と昔のようにも感じる……。
私は、体に沁みてくる夜風に身震いしながらも、自分が変わらない景色に溶け込むような感覚を愉しんだ……。
*
少し角度が上がった高台が見えてきた。
その周辺だけ木々が茂っている。
茂みを進めばそこがようやく……『星降る丘』だ。
ティラ達から降り、手綱を近くにあった木に巻きつける。
イレーナはティラの鼻先を撫でて「待っててね」と言い残し
茂みを掻き分け入っていった……。
私が先に、茂った足元を踏み倒すように進み、後に続いたイレーナの道を作る。
……掻き分け進めると、突然開けた場所に出た——。
————……。
小高い丘に、白くて小さな花が一面に咲いている……。
穏やかな風が花達を揺らして、生きているように錯覚させた。
イレーナは握りしめた両手を胸にあて、うっとりとしている。
……花畑の中心へイレーナを引き入れ立ち止まり、天を仰いだ……——
————…………。
無数の輝きの中に閉じ込められて——……息を呑む……。
いつ来ても、天に散りばった無数の星屑に、何度だって圧倒される……。
「……………………——あっ……」
イレーナが咄嗟に私のローブを引っ張って、指差した。
「アイオっ! 見ましたかっ!? 私……初めて見ました流れ星。綺麗だったな……」
「でしょ? 一瞬だけど、綺麗だよね流れ星って」
私が流した星でもないのに、なぜか得意げになってしまう。
……私達はその場に腰を下ろし、暫く星の下で時を過ごした……。
「……だから『星降る丘』なんですね。その名の通りです」
イレーナの穏やかな口調は、この景色にぴったりだった。
彼女の横顔は何かを見据えたように、遠くを見つめている……。
少し、寂しさを浮かべた表情で……。
「……人のお友達ってアイオが初めてなんです。……アイオはこれからも……任務が終わってしまっても、私とお友達でいてくれますか?」
……そんな、今にも泣き出しそうな顔で言わないでほしい……。
私が彼女をここに連れてきたのは、そんな顔をさせる為じゃない。
イレーナにとって、大切な旅の思い出を作る為だ。
だから、どうか……イレーナが笑ってくれるようにと願いを込めて、私はそれに答えた。
「……ずっと友達。何かあったら、別の任務に行っててもすぐ駆け付ける。友達の任務は第一優先。司令官もアスピスはもっと職権乱用するべきだって言ってた」
「……ふふっ。お友達って任務なんでしょうか……っ」
くすっとイレーナが笑いながら言った。
私の求めていた笑顔ではなかったけれど、泣き顔なんかよりは遥かに良い。
きっと……私とイレーナは、今同じ気持ちを抱えている……。
明日になれば、私達はそれぞれの世界へ戻っていく。
初めてできた友達との別れは、心臓が潰されるように痛かった——……。
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