第25話 星降る丘

 布屋の男に仕上げてもらった制服に袖を通す——……。

 私の身体に馴染んではいるけれど、初めてこの制服に触れた時のような、ぱりっとした感触が甦った。

 自負しているだけあって、男の腕は確かなのだろう。

 

 イレーナも元の姿を取り戻す様子ではあったけれど、本来生まれ持った優美さは、たとえ私の制服を着たところで覆ることはない。

 むしろ、似合うのかもしれない……。



「アイオ……先ほどは無駄足になってしまってすみません」


「……無駄足? ギルドの事?」


「はい。ガストレア王国にもギルドがあれば、是非立ち寄りたいですね……」


「……うん。良い物拾ったら行ってみよっか」



 ……任務が終われば、私はすぐに帰還することになる。

 だから、ギルドに行くことはきっと無いのだろうけど……。

 分かっていながら、私は望みを口にしたいだけだった。


 ……考えてみれば、ガストレア到着後の指示はほぼ皆無と言っていい。

 イレーナの安全が確保されるまで……それが私に与えられた最後の指示だ。


 司令官の含んだような物言いは、私を少し不快にさせる。

 何事も起きないように……ただ願うしかない……。



「旅人を詮索するなど無粋なことではありますが……お二人のお召し物からして、ただ旅をされているとは思っておりません。……近頃、ガストレア国の兵士がこの街によく出入りしております。……根拠などございませんが、道中どうぞお気をつけて」



 布屋の男はそう言って、子供でも見守るような眼差しをこちらへ向けていた……。


 男の話は一理ある。

 ギルドの雰囲気といい、兵士の出入りといい……。

 湿地帯のあの魔獣もこれらと関連している気もする。

 イレーナがこの時にガストレアへ招かれる事も必ず意図がある……。



 布屋の男の計らいで、私達は一室を借り、出発の夜までをここで過ごすことにした。

 とくに何をするわけでも、何を話すわけでもなかった私達の間に、今までのような気まずい空気は流れない。



 ——……扉をノックする音がした。


 扉の向こう側に布屋の娘が立っている。

 特有の騒がしい気配は、目視せずとも分かるものだった。



「改めてお礼を言わせてほしくって! お姉さん達、本当にありがとうございました!」

 

 そう言われたイレーナは、ほんのり頬を染めて嬉しそうにはにかんだ。

 

「それで……お姉さん達は、姉妹? それとも友達?」


 突拍子もない娘の質問に、私もイレーナも首を傾げ合う。



「えっと……そう……ですね。私達はお友達?になる……のかな?」


 イレーナはこちらを向いて、娘からの質問を私に委ねた……。

 

 ……まず姉妹ではない。

 そもそも似ている要素もないだろう。

 かといって、友達となると……ティラと同じ?ということになる。


 ……同じと言えば、まあそのような気もする。

 ティラも私も、イレーナに同行する者同士ではあるから。



「……うん。友達」


「そっか! 二人は似てるから姉妹かなって思ったけど、友達だったんだね!」


「……何が似てる?」


「んー……空気感! ……かな? 笑った感じが似てるよ!」



 なんだかよく分からないけれど、似ていると言われて嫌な気はしなかった。

 イレーナは訝しげな顔をしていたけれど……。


 夕食まで世話になった私達は、手厚い好意に感謝を伝え、親子に別れを告げた。


 街は静まりかえって夜が深まり、出発の時を知らせている……。

 私達は足早にティラ達を引き取り、視診を済ませ走らせた——。

 


 月明かりに照らされたイレーナは、恒例の植物を育てている。

 恒例と言っても、何十回と見たわけではないけれど……。


 ……たった数日を過ごしただけなのに、イレーナとの時間は濃密だった。

 初めて出会った時が、随分と昔のようにも感じる……。


 私は、体に沁みてくる夜風に身震いしながらも、自分が変わらない景色に溶け込むような感覚を愉しんだ……。



 少し角度が上がった高台が見えてきた。


 その周辺だけ木々が茂っている。


 茂みを進めばそこがようやく……『星降る丘』だ。

 

 ティラ達から降り、手綱を近くにあった木に巻きつける。

 イレーナはティラの鼻先を撫でて「待っててね」と言い残し

 茂みを掻き分け入っていった……。


 私が先に、茂った足元を踏み倒すように進み、後に続いたイレーナの道を作る。


 ……掻き分け進めると、突然開けた場所に出た——。



 ————……。


 小高い丘に、白くて小さな花が一面に咲いている……。


 穏やかな風が花達を揺らして、生きているように錯覚させた。

 イレーナは握りしめた両手を胸にあて、うっとりとしている。


 ……花畑の中心へイレーナを引き入れ立ち止まり、天を仰いだ……——



 ————…………。


 無数の輝きの中に閉じ込められて——……息を呑む……。


 いつ来ても、天に散りばった無数の星屑に、何度だって圧倒される……。

 

 

「……………………——あっ……」

 

 イレーナが咄嗟に私のローブを引っ張って、指差した。


「アイオっ! 見ましたかっ!? 私……初めて見ました流れ星。綺麗だったな……」


「でしょ? 一瞬だけど、綺麗だよね流れ星って」


 私が流した星でもないのに、なぜか得意げになってしまう。


 ……私達はその場に腰を下ろし、暫く星の下で時を過ごした……。



「……だから『星降る丘』なんですね。その名の通りです」


 イレーナの穏やかな口調は、この景色にぴったりだった。

 彼女の横顔は何かを見据えたように、遠くを見つめている……。

 少し、寂しさを浮かべた表情で……。



「……人のお友達ってアイオが初めてなんです。……アイオはこれからも……任務が終わってしまっても、私とお友達でいてくれますか?」



 ……そんな、今にも泣き出しそうな顔で言わないでほしい……。


 私が彼女をここに連れてきたのは、そんな顔をさせる為じゃない。

 イレーナにとって、大切な旅の思い出を作る為だ。


 だから、どうか……イレーナが笑ってくれるようにと願いを込めて、私はそれに答えた。



「……ずっと友達。何かあったら、別の任務に行っててもすぐ駆け付ける。友達の任務は第一優先。司令官もアスピスはもっと職権乱用するべきだって言ってた」


「……ふふっ。お友達って任務なんでしょうか……っ」



 くすっとイレーナが笑いながら言った。

 私の求めていた笑顔ではなかったけれど、泣き顔なんかよりは遥かに良い。

 


 きっと……私とイレーナは、今同じ気持ちを抱えている……。


 明日になれば、私達はそれぞれの世界へ戻っていく。

 初めてできた友達との別れは、心臓が潰されるように痛かった——……。









 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る