第20話 ルターニヤの親子
…………——!
微かに人の気配を感じて、私は目をがっと見開いた。
そのまま眼球だけを動かして、辺りの様子を見回すけれど、侵入者の形跡はない……。
私は呼吸を止め、音を立てずゆっくりと上体を起こしていった。
……すると、自身を夢から覚醒させようと、枕を抱きしめては離すを繰り返して、眠気と闘うイレーナが目に入った。
夜明け前の気配の正体は、そのイレーナだった。
……窓の外は真っ暗だ。出発の時間にはまだ早い。
私はイレーナに近づいて、もう少し眠っていても問題がないことを小声で伝えた。
「……——んっ……あれ……アイオ……?」
私の小声が裏目に出て、イレーナは目を覚ましてしまいそうになる。
……まだ寝ぼけているのか、瞼がしっかり開けられないままで、うっすらと見えた紫がかった緑色の瞳に、私は惹きつけられていた……。
「はぁ——……。どうして私より先に起きてしまうんですか……」
私が先に起きていたことが、そんなにも不都合だったのか、大きく溜息をついたイレーナは不貞腐れてしまっている。
護衛をするこちらが、後から起きてくるのもどうかと思うけれど……。
不貞腐れる理由も教えてもらえないまま、私達は少し早めに出発の準備を始めることにした——。
「次に向かうのは、『ルターニヤ』という街でしたね?」
……そう、次に向かう場所は、ちょうどノゼアールとガストレアの間にあるルターニヤという街だ。
この街の特徴は、『旅人が必ず立ち寄る所』とでも言えばいいか。
ここには、民間で取り仕切られている大きなギルドがあって、旅人は資金調達の為に度々立ち寄ることが多い。
あの広場にいたくだらない刺客も、恐らくギルドあたりで雇われたのだろうけど……結局、あいつらの雇い主の検討は、未だつかないでいる。
今回の任務は秘密裏とはいえ、勘繰る奴は何処にだって湧いてくる。
金銭目当てで、誘拐を企む暇な奴もいれば……王女の動きを逆手にとって、これは国を揺るがす問題だ——とか言い出す、陰の有力者だとか……。
もう検討先なんて、腐るほどにあるものだから、今考えても仕方がない。というのが私の見解だった。
イレーナにも、今後の事としてこれは話し済みだし、了承も得ている。
結局私はいつも通り、出たとこ勝負でガストレアまで進んでいくしかない。
準備を終えた私達は、預かり所で待たせていたティラ達を引き取った。
イレーナは、ティラ達に何か問題がないか、丁寧に視診している。
よほどイレーナに懐いているのか、ティラはイレーナに顔を擦り付けて、ぶおっぶおっとしつこく鳴いていた。
……何を言っているのかは、全く分からないけれど、きっとすごく喜んでいる。
ティラ達が快調なことも確認できたところで、私達は日の出と共に走り出し、ロゴンを後にした——。
辺りが少しずつ明るくなってきて、地形の様子が分かるようになると、そこには青々と茂った大草原が、果てしなく広がっていた。
そこそこ大きさのある水溜まりが、至る所に点在していて、湿地帯になっている。
水溜まりを水飲み場にしているのか、魔獣が群がっていた。
この魔獣は、寝て起きて草を食べる。を繰り返す、とてもおとなしい魔獣だ。
争いを好まない魔獣がここに居るということは、危険なものが近くにいない証拠にもなる。とりあえずは一安心ということだ。
朝の空気が冷たくて、鼻の奥をつんとさせる。
寒がりな私には、この朝晩の寒さが身体に沁みる……。
少し先を走っていたイレーナと並んだ。
彼女は寒がるどころか、大胆に両手を離したまま、例の樹になる植物に治癒術を施していた。
王女様は、とんでもない集中力と体幹をお持ちだそうで……。
城の中で、どんな生活をすればこんな身体に仕上がるのだろう。
——————……?
遠くのほうで、刃物が思いきりぶつかっている音がする。
イレーナには聞こえていない。そうなると、ここからは少し距離がありそうだ。
このまま進めば、私達もいずれその音の場所に突き当たる。
先に行って、何が起こっているのか確認しておこうか……。
イレーナに事情を説明し、私が乗っていた魔獣の手綱をイレーナに預けて、そのまま飛び降りた——。
着地した足元から泥が跳ねてしまって、靴はもちろん、ローブや下に履いた制服にも泥の斑点模様ができていた。
すぐに戻ると伝え、私は泥に構うことなく、音のするほうへと走った——。
少し遠くで、……高さにして人間十五人程度の四つ足の魔獣と、二人の人間が交戦しているのが見えた。
……というより、一方的に魔獣が攻撃していて、そろそろ人間側が叩きのめされそうになっている。
私は色々考えた結果……魔獣の手前まで一気に近づき、一歩足をぐっと踏み込んで、魔獣の前足を思いきり蹴り飛ばした——。
前足はあらぬ方向へ曲がってしまって、魔獣は雄叫びをあげて騒いでいる……。
痛みが続くのも少し不憫で、そのまま魔獣の背中に駆け上がり、頭に生えた二本の角の間を目掛けて、そこそこの力で正拳を突いた。
魔獣は大きな豪快音を立てて、盛大に地面に伏していった——。
おかげで私のローブや制服に泥が更に跳ねてしまって、元の白さを失いかけている……。
「……旅の方っ……助けていただいて、本当にありがとうございました……!」
片脚を引き摺りながら、私に近づいてきたのは交戦していた二人だった。
中年で、所々に怪我をしている男と、その背中を支える若そうな女子。
男は、女子に心配させない為か、痛みを堪えて笑顔で話していた。
こちらとしては……助けたというより、魔獣狩りをしただけだ。
ギルドでは、有力な情報も金銭と同等に扱われていて、この大きさの魔獣を討伐し、角でも持っていけばそこそこ高値になって、得られる情報の価値も上がる。
……だから、お礼を言われる筋合いはなかったりする。
「本当にありがとうございました……っ! お姉さん強くて素敵でした!! どうやって魔獣に乗ったんですか? ……やっぱりそれって魔術とかですかね?? っていうか! 髪! 髪が可愛いっ……!!」
…………女子はとても騒がしい。男とは違って元気そうだ。
振り返ると、イレーナ達はすぐそこまで来ていた……。
すぐに戻ると言って、結局追いつかれてしまっている。
私が不在の時を狙われる可能性だってあるはずなのに。
今回は運が良かっただけだ。
…………護衛って難しいものなんだ。
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