【全宇宙征服連盟】人鳥温泉街支部

高橋志歩

【全宇宙征服連盟】人鳥温泉街支部

 全宇宙征服連盟の地球日本担当のエーテル所長は怒っていた。


「どうして今日も温泉に行けないのだ! 第3秘書。君は第3秘書でいいのだな?」

「はい、所長」

 第3秘書は眼鏡を光らせて冷静に返答した。秘書の役目は冷静でなければこなせない。

「皆、良く似ているのでわからぬ。クローンでもあるまいし」

「髪型服装に厳しい規定があるからです、所長。規定を守るのは何よりも大切ですから」

「もちろんだ。規定を守らなければ日常の職務が滞る」

「はい、所長」


 エーテル所長はどんと大きなデスクを叩いた。背後の窓から美しい山並みが見える。

「いや、そうではない。なぜ私は今日も温泉に行けないのだ!」

「所長の予定がびっしりだからです。あと35分で銀河系暗黒倶楽部の副部長と面会です」

「用件は何なのだ」

「42万光年先の踊るブラックホールについての観測結果を参照しながら今後の対応を決定すると承っています」

 エーテル所長は、大きな椅子にふんぞり返った。

「そんな些細な事まで私が決めねばならぬのか? だから温泉に行けぬのだ!」

「所長の自室の浴場にも温泉は引かれています。多大な費用がかかりました。経費として税務署が認めてくれなかったので工事費は分割払いとなりました」

 エーテル所長は横を向いた。

「あれは仕方なかった。いや違う! 我が家の浴室と温泉で入る温泉は違うのだ!」

「泉質に違いはありません。日々厳重にチェックされています」

「広さが違うのだ広さが! 広い広い浴槽で足を伸ばす快適さ! 見上げると湯煙と共に見える高い天井! 温泉でなければ日々のストレスは癒されぬ」


 第3秘書は相変わらず冷静に返答した。

「支部は人鳥温泉街じんちょうおんせんがいにあります。所長が素早く職務をこなし、予定を詰めなければ徒歩5分で温泉街に行けます。夜間は22時まで営業されています」

「それはそうだが、私はすぐに温泉に入りたいのだ! いやだが耐えて今夜行く事にする。予定を定時以降に入れるな」

「所長。本日は銀河系暗黒倶楽部の副部長との面会後、車で出かけなければなりません。こちらは第1秘書がお供します」

「出かける!? 出かけるだと!? 何の用事だ!?」

「第5首都で開催される八千三百人委員会の例会です。今回は副委員長の交代の儀式がありますので、必ず出席しなければいけません」

「地球の組織の例会など知るか!」

「暴言はお慎みください。地球の数百はある秘密結社と連帯せねば、我々の宇宙征服活動は円滑に行われません」

「そんな事はわかっている!」


 しばらくして、ようやくエーテル所長は副部長との面会のために文句を言いながら所長室を出て行った。


 第3秘書は一息つくと、自分のスケジュール帳を開いた。

 今日は定時後に、人鳥温泉街の隠れた場所にある美味しいイタリアンを食べてから、最近出来た新しい大型温泉施設「開運the温泉」に行こう。レディース週間だから、入浴客には好きなドリンクが1本貰えるのだ。


 第3秘書はうきうきとスケジュール帳を閉じ、残りの仕事に取り掛かった。

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