第16話 保健室と女教師


フォトナはサマンサ薬学―――もとい、今はサマンサ保険医の診察を受けていた。


「うん、特に異常はないみたいよ。魔力もちゃんと流れてる。急な魔力の動きに身体の方がビックリしちゃうってことはあるからねえ。それこそちっちゃい子供とかよく出してるわ」


な、なるほど…。


「それにしても……不思議な感じねえ。五大元素のどれでもないような、どれも混じってるような」

頬に手を当て考え込むサマンサ保険医。

身体の内側を見つめられるような眼差しになんだか気恥ずかしい感じがして、話を逸らした。

「ところで、すごいところだ。初めて来ました」


保健室……というのは名ばかりの、屋内庭園が広がっていた。

ガラス張りの天井に届く勢いで、たくさんの木々、見たこともない草花が咲き乱れている。珍しい鳥の鳴き声も聞こえる。

陽光が輝き、ベッドは蔦や草を天蓋にしているようだ。

トコトコとさっきエリックが抱えていたのによく似た猫が歩いている。

「ウフフ〜いいでしょう。趣味が高じちゃってねぇ。

 それより……フォトナちゃんだったわね。あなた、何か抱えてない?

 それは、この変な気の出方と関係ある?」

サマンサがそっと目を触れる。

実は―――



―――フォトナが何度も話し慣れたあの夜のことを話し終えると、サマンサはいつもの朗らかな雰囲気とは真逆に深刻に眉を顰めている。

「……ひどいことするわね」

「あ、そういえば。聞き取りでは言いそびれたんですが、制服なんだが少し肩のあたりが、こう……」

「肩に布の重ねられた、制服……」

物思いに考えを巡らすような表情をぱっと切り替えて、サマンサがフォトナを見つめた。

「いい、フォトナちゃん。これだけは覚えておいて。

 大切なのは、自分の感情を許すことよ」

「感情を、ゆるす…」

「そう。私達は自然界から魔力の源―――"気"をいただいているでしょう。

 例えば、食べるってとっても大切なことなの。身体が求めてるものを食べることが大事よね。

 同じように、泣く、怒る、怖い、悲しい……

 そういう内からの流れをね、止めずに受け入れること、許してあげること。そこに善いも悪いもないのよ?

 それは、心だけじゃない。魔力をきちんと扱うためにも、大切なことなの」

エルフェイムの女性らしい柔らかな表情をさらに緩めて、微笑む保険医。

怖い思いをした女の子を、心から気遣う女性の顔だった。


「いつもの胡散臭いスピった話はさておき、魔力の扱いについては間違いなく同意だ」

イヴリス騎士団長が扉から姿を現した。

「原因はさておき、とにかく魔力が使えるようになったわけだ。そこもまた鍛錬だぞ、フォトナ」

「もう、またケガしたの?ベッド空いてるわよ」

「ここは居心地がよくてな。仕事熱心な同期のおかげでよく休める」

ふわあ、と伸びをするイヴリスをやれやれと見つめるサマンサ。

エリックがシャーッ!とアレンを威嚇する姿を思い出して不思議に二人を見比べる。

見透かしたように保険医が笑った。

「うふふ、国同士の関係セオリーだとあたし達が仲いいのはおかしい?

 でも、女はそういうもんじゃないのよ。ねえ?

「ああ。ああいう何かを背負った固い関係は、男のもんだな」

単に相性が良いだけにも見えるが……さておき。


「それじゃ、今度のアレも出ない方がよさそう?無理はしない方が…」

「この前案内があった、式典のことですか?」

「ええ、月祭りよ。

 あっそうか、初めてか。それなら―――」

旧友同士がニヤリと顔を見合わせた。


「ちょっと無理してでも、出た方がいいかもね?」


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