ギャルが世界を滅ぼす

黒羽カラス

第1話 怒りの一撃

 あまり目立ってはいけない。かと言って人がいなくても困る。アンケートが目的なのだから。

 路地裏で姿の確認をした。髪の色は黒。これ以外の選択肢はない。長さはセミボブでフットワークの軽さをアピール。理知的に見える眼鏡は必須と職場の先輩に事前に聞いていたので用意した。パンツルックには私の好みが反映されている。どうもひらひらとしたスカートは心許こころもとない。活発な行動を妨げる。

 足元を見た。パンプスは白を選んだ。white企業の名でもわかる通り、やはり、白以外は考えられない。同時に私の清純な内面を表現していた。

 バインダーに真っ新な紙を挟み、現地で手に入れたボールペンを握り締めた。全身に高揚感が満ちる。臆することなく単身、雑踏の中へ飛び込んでいった。

「アンケートをお願いします」

 私は不特定多数に声を掛けた。ことごとく無視で対応された。中には声を掛けてくる者もいた。

「ティッシュはくれないの?」

「はい?」

 ダボダボの服をきた少年が右手でスマホを弄りながら左手を差し出す。

 ティッシュではなくてアンケートのお願いをしている。報酬がないとこちらの要望には答えられないということなのだろうか。真意を測りかねていると少年は無表情となって歩き去った。

 人の流れに背を向けた私は真新しい財布をポケットから取り出す。中に収められた紙幣を数える。三万円が入っていた。無くなって困る額ではない。出し惜しみで時間を浪費することは避けたい。査定に響く。

 財布を戻し、満面の笑みで声を張り上げた。

「アンケートをお願いします。キャンペーン中につき、答えてくれた方々から抽選で三万円を差し上げます」

「マ!」

 すぐ側を歩いていた少女が目を丸くして言った。

「はい? あの~、アンケートに答えてくれますか?」

「もちよー。じゃんじゃん聞いて」

「それでは始めたいと思います。最近の物価高で国民の不満が高まっていると思いますが、目立った行動を起こす人はほとんどいません。どうしてなのでしょうか」

「あーね、あーしも考えてないし。めんどいんじゃね?」

「はあ?」

 『あーね』とは何を意味するのか。私を年上と見なして姉と表現しているのだろうか。そうだとしても『あーし』に引っ掛かる。古い文献で職人が『あっし』を使っていた。男性の場合がほとんどなので少女には該当しないはずなのだが。

 混乱しながらも落ち着いた表情で話を進めた。

「他の人の意見も聞いてみたいのですが」

「彼ピッピに聞いてみる」

「はぁ?」

 少女はスマホを取り出し、長い爪を器用に動かし、耳に当てた。

 ただの彼氏ではないのかもしれない。思い直して笑顔を心掛ける。

 よくわからない用語で彼氏らしき人物と会話を始める。正しく内容が伝わっていればいいのだが、一向に不安を拭い去れない。異次元の世界に迷い込んだような気分に陥った。

 呪詛じゅそに等しい会話が終わった。少女はにこやかに笑い、つやつやした唇で答えた。

「さりげ行動なしは、ありよりのなしだって。ウケる」

「あ、あのですね。少し話を整理します」

 さりげは感覚でわかる。省略語なのだろう。ありよりのなしはどっち!? あるの、それともないの! 笑える要素が微塵も感じられないんだけど、一体、ここはどこよ! 日本だよね。やっぱり異世界なの?

 だんだん腹が立ってきた。なにか言い返したい。そうじゃないと気が済まない段階に入った。鬱憤うっぷんを晴らすには同じ言葉でやり返すしかない。

「お、おけまる水産」

「ギャヒ、ヒ、ヒ」

「それって笑っています?」

「平成かよ。古すぎ」

 少女は再び、ウケる、と目に涙を溜めて言った。揶揄やゆと感じられる態度に私は現地の言葉でマジギレした。その場で即決。

 財布の三万円を路上に叩きつけて路地裏へ舞い戻る。ポケットに仕込んでいた機器のボタンを押した。

 地上に一本の光が照射された。私は全身を包まれ、成層圏に待機させていた宇宙船に転送された。特務管権限を発動して躊躇ちゅうちょなくマスターキーを挿し込み、即座に回す。


 その日、地球という惑星が宇宙から消えた。

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