アメリカンドッグ片手に山を登った話

日陰浴

アメリカンドッグ片手に山を登った話

 こんな内容が人生で始めて書くエッセイとは、誠に悔しい。そう前述しておこう。


        ◆◇◆◇◆


 大学受験が終わった。見事に現役合格である。

 私が用いた方式は公募推薦型。よって二次試験なんてものはない。


 やっとこさ、赤本と睨めっこする生活を送らなくて済む。自由さいこー。

 長い休みで暇?全然大丈夫!私は裁縫とか、料理とか、レジンとか、執筆とかの趣味が沢山あるから最強だし!


 そんな風に思ったのは高校の二学期が終わったばかりの頃。


 それから数ヶ月が経った。


 ううむ。暇だ。


 見事に即落ち二コマである。


 さて、どうしたものか。

 学校も『家庭学習期間』という名をした長期休暇が来ており、もうずっとやることがない。

 やるにしても小説投稿サイトで投稿している小説の編集作業、そしてアニメ鑑賞程度である。

 一応TOEICとやらの勉強もしてはいるが、どうにもやはり身が入らない。

 どうにも毎日のルーティンが「執筆→編集→その他→睡眠」で固まってしまって刺激がない。


 自分は多趣味だから長期休み最強。そんな風に思っていた自分が憎らしい。

 そんな折に、ふと気付いた。


「私・・・・太った?」


 シャワーを浴びていた時だ。

 風呂場にある大きめの鏡に自分を映してみると、明らかにシルエットがふくよかになっている。


 なんてことだ。


 お風呂を上がってからいそいそと体重計に飛び乗ると、三年生進級時に46キロの健康優良児だった私の体重が56キロのメタボリックシンドロームになっているではないか。


 なんでこうなった?


 自問自答してみようと試みるが、するまでもなかった。

 私、ロクに運動もしてないのに食べて寝るだけの生活を送ってるじゃあないか。


 こりゃあまずい。

 すぐさま策を講じなければ。


 ランニング?腕立て伏せとかの筋トレ?

 一番最初に思いついたのはそれらだった。


 よっしゃ!筋トレやろう!


 選ばれたのは筋トレで、その理由は「家でやれるから」だった。

 何ともインドアで軟弱な理由ではあるが、それで痩せられるのならモーマンタイ。

 そうして私は腹筋を始めた。


 翌日。筋肉痛でお腹が痛い。


 まさかものの数十回の腹筋で筋肉痛になるとは。

 中学のころ、陸上部と剣道クラブを掛け持ちしていた私が落ちたものだ。

 まだ大学生にもなっていないのに、自身の老化をひしひしと感じる。そして私は筋トレを辞めた。うーむ軟派である。

 ではやるべきはランニングか?しかし、たかが数十回の腹筋でダウンする私の体力で耐えられるとは到底思えない。

 翌日に全身くまなく筋肉痛になること必至である。


 そうして最初に思いついたアイデア達はあえなく撤廃になってしまった。

 全て振り出しに戻った訳だが、やっとここでタイトルの内容に近づく。


 そう。私が次に思いついたのは「散歩」である。


 ん?タイトル的に山登りじゃないの?何を申される。血中インドア度が馬鹿みたいに高い私がそんなもの思いつく訳なかろう。


 さて、こうして私の日常に「散歩」という項目が加わった。

 することは至極簡単で、街をのんべんだらりと歩くだけである。

 肩掛けの鞄に財布とスマートフォンだけを放り込んで街に繰り出すのだ。


 一度散歩を始めてみると、案外これが楽しい。

 というのも、自分の住む町の普段は目に留まらない部分に目がいくからだ。


 街中にある看板を見て、「ほう。案外国宝とかあるもんなのか」とか「そういえば宿場町って授業で習ったな」とか、そんな風に思い出す。

 勿論、歴史の足跡を辿るだけではない。「あっ!このお店見たことない!」といった町並みの変化を見ることもあった。


 そんな風にのびのびとしたお散歩ライフを過ごしていた訳だが、ここで魔が刺した。


 そうだ、近所に山があったな。いっちょ散歩してみるか。


 そう。思いついてしまったのだ。山登りという選択肢を。


 私は普段の散歩コースを完全にスルーして、近所の山に向かう。

 「山」と聞くとデデンと聳え立つ姿を想像するかもしれないが、私が選択した山はちょっと違う。

 体育館だったり、キャンプ場だったり、一部はそれなりに整備された、そんな場所だ。

 そもそもこの山、私の母校である中学校の背後に位置している。人里にやたら近いのだ。


 山に到着した私は、近くのコンビニエンスストアに寄る。日本人なら誰しもが知っているであろう青い色をしたチェーン店舗である。

 入った訳はトイレを借りるためである。

 都会のコンビニってトイレがあんまりないと最近聞いたな・・・・じゃあ我が町は田舎か。

 そんな風に思いながら用をたし、コンビニの出口へ向かう。

 そんな時だった。


 ホットスナックコーナーのアメリカンドッグと目が合ったのは。

 

 ここでアメリカンドッグと山登り、タイトルのウチの全てが揃った。


 私は痩せに来ているにも関わらずにショーケースに吸い込まれた。

 そして徐に財布に手を伸ばすと、店員さんに「アメリカンドッグ一つお願いします」。

 そう言ってしまった。


 ご購入。価格は138円。


 私はコンビニでもらったケチャップとマスタードをそれにかけ、片手に持ちながら、山に近付いた。

 あの時の私は安直であった。開拓されてる山だし、そこまで辛くないでしょ。そんな風に思ってしまったのだ。


       ◆◇◆◇◆


 私が登ろうとしている山には二つの道がある。

 一つ目はコンクリートで舗装され、体育館などにつながる道。

 二つ目はザ・山登りといった風体の、草塗れ&急勾配の山道である。


 私は迷わず後者を選択。馬鹿である。

 何を思ったか私は冒険心をくすぐられる方を選択してしまった。


 そうして歩き始めた。アメリカンドッグを片手に。


 最初は良かった。


 アメリカンドッグを「うまいうまい」ともぐつきながら、のんびりと野生の景色を楽しむ余裕があった。


 しかしである、問題はアメリカンドッグを食べた後である。


 ・・・・串、どうしよう。


 そう。私は食べた後の串の処理を全く考えていなかった。

 鞄を見る。何ということだ。財布しかない。

 ゴミ袋代わりとなるビニル袋の『ビ』の字すらない。

 まずいぞ。私はつぶやいた。

 鞄にそのまま入れるか?そんな風に思うが、そんなことをしたら油でギットギトになることが目に見えている。


 串、木製だしポイ捨てしたら?


 心の中の悪魔が囁く。黙ってろ。私は即座にソイツを殴りつけた。


 結局私はアメリカンドッグの串と共に山登りをすることになった訳である。


 数分後。


 しまった片手が塞がっていると不便だぞ。


 馬鹿な私はやっと気づいた。

 山道で片手が塞がる危険性に。

 既に二、三回転びかけている。これはまずい。そう思って頂上へ視線を向けるがまだまだ先である。


 だからと言って今更引き返せない。


 私はアメリカンドッグの串相棒を片手に登り続けた。

 途中、二人ほど人間とすれ違ったが、両方とも私の手にある串を目に入れると「何だこいつ」といった表情をした。やめてくれ。ひたすらに恥ずかしい。


 そんなこんなありつつも、私は頂上につく。

 頂上はつんと胸がすくような爽やかな空気感で、気分がすっきりとした。片手は油でギトギトしていたけれど。


 それはそれとして、この山は龍神様が祀られているようでこじんまりとした祠がある。


 うおおすげぇ。


 ちょっとした歓声を上げるがそこでおしまい。

 その時の私の心の中は「アメリカンドッグの串をどうにかしたい」。そんなことしか考えていなかったからだ。


 そして山道を下っていく。


 幸い、くだり道では人とは出会わなかった。

 これといったイベントもなく、私は山を降りた。

 助かった。これでアメリカンドッグの串とお別れできる。


 たしかこの山道を出ると開拓された場所に市民プールがあった筈だ。

 そこで捨てよう。そしてベタベタの手を洗おう。

 市民プールの方向へ進む。

 はやく、はやく。とはやる気持ち。


 しかし、


 市民プールがあったはずの地点が更地になっていた。


 灰色の砂利が敷き詰められた空間を見つめ、私は膝から崩れ落ちる。


 嘘でしょ、と。


 後で調べたことだが、この市民プールどうやら少し前に無くなっていたらしい。

 大人でも300円台と格安で泳げた場所だっただけに少々惜しい。


 話を戻そう。


 私は無くなっていた市民プールの跡地から目を背け、踵を返す。

 そうして片手に持ったアメリカンドッグの串、これから通るであろう帰り道を交互に見つめる。


 山道から離れたとはいえ、ここは一応山の中。開拓された場所ではあるが急勾配なのは変わりない。

 家に着くまでにはそこそこの時間がかかることがよく分かる。

 そして帰り道の最中に串を捨てられる場所は私の記憶の中ではない。


 私は呟いた。


 長い付き合いになりそうだ、なぁアメリカンドッグの串相棒よ。


 と。


 かくして私の口から語る内容は終わった。

 こんな話で何が伝えたい?そう思うのも無理もない内容だ。

 けれど強いて言うなら、この話で私が伝えられることはたった一つだろう。


 つまりだ。


 アメリカンドッグは山道に向かない。


 それだけである。

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