第7話 全コロニー最強のオス決定戦

 

魔法植物研究所の一室


 ビーロが1粒の種を手に掲げ、熱心に観察している。

 近くには光を放つ液体の入ったビンが、蓋の開いた状態で置かれていた。


「ふむ……ナナホシくんに魔力を込めてもらった魔法の水でも、一滴垂らしたくらいでは特に変化はないでありますね……」


 すると、奥で誰かがビーロを呼んでいることに気が付く。その声は、ビーロが知っている声だった。


「この声……ビーリア軍団長!? なんで!? わっ!わわっ!」


 予期せぬ訪問者に慌てたせいで、液体の入ったビンを倒してしまう。さらに、手に持っていたマザーローズの種も落として机の奥へと転がっていってしまった。


「あわわわわどうしよう!!」


「ビーロ!奥にいるのか!?」


 ビーリア軍団長の声が近づいている。この部屋に来られてもしマザーローズの種子を見られることがあっては困る。


「いま行くでありま~す!」


 急いで部屋を出るビーロ。そこでビーロは、ビーリア軍団長から公女の役目を伝えられる。ビーロはそれを聞いて愕然とする。そしてビーロは、ビーリア軍団長と兵士に連れていかれる。


 ビーロの心は放心状態で、何も考えられなくなっていた。




第13コロニー3層1階5区 魔法図書館


 3層に自由に行き来できるようになった俺は、さっそく魔法を調べるために魔法図書館に来ていた。魔法図書館は建物というより広く長い洞窟といった感じだ。入口だけは小さいが、そこを抜けるとトンネル状になっていた。壁には無数のくぼみがあり、そのくぼみに本が収納されていた。


 俺は近くにあった本を手に取り開いてみる。不思議と読むことができる。問題なさそうだ。


 俺は中級の魔導書を探しているのだが、この図書館は思ったより広いようでトンネルが右へ左へ別れており迷路のようになっている。


 俺が困っていると、サングラスをかけたビー族が声をかけてきた。


「旦那じゃないっすか~!奇遇っすね~!」


 サングラスと、この特徴的な喋り方はビーズだ。ここで知り合いに会えるとは幸運だ。


「よっ!ビーズ。お前も本を読むんだな」

「まあ、主に調べものっすね~。あっしは珍しいものを集めてるっすから、よくわからないものをここで調べてるっす。旦那は? ここで見るのは初めてっすね」

「ああ、このまえ3層に入れるようになったばかりだからな。ところでビーズ、中級の魔導書を探してるんだが、どのへんにあるかわかるか?」

「それなら入口の近くにあるっすよ。魔導書は比較的人気っすから、入口付近に集中してるっす」


 どうやら見逃して通り過ぎていたようだ。危ないところだった。ビーズがいなければ奥へ奥へと探しに行って戻ってこられないところだった。


「そうか!助かったよ!」

「はは~ん…さては旦那、明日の予選に向けての勉強っすね? 今度の公女様は美人でセクシーっすからね~。狙う気持ちもわかるっす……」

「…? なんのことだ?」

「あれ、知らないんっすか? 今日、告知されてましたよ。全コロニー最強のオス決定戦っすよ」


 なんだその頭の悪いネーミングは。まさか大公様が? いや、ビーリアさんあたりが怪しいな。


「ふ~ん…大会名はともかく、ちょっと面白そうだな。いろんな魔法が見れそうだし」

「面白いっすよ!それに、強いオスを探すにはもってこいの大会っす。大会の上位に名前が上がれば、ブルームーンでモテモテになるのは間違いないっす!」

「ほほぅ…!」


 なるほど、オスが自分の力をアピールし、メスはそれを品定めするというのが主な目的ってわけか。


「ちなみに、公女様っていうのは?」

「本当に知らないんっすね。大会の優勝者は公女様と結婚できるんっすよ!」


 ビームが優勝者と結婚する予定になってたっていう大会はこれのことか!ビームはその役目を免除されたから、別のビー族が代わりになったというわけだな。


 ……なんだか複雑な気分だ。


「ちなみに、その美人でセクシーな公女様っていうのは誰なんだ?」


「ビーロ様っす!」


 ……なんだと?


「……ビーロ様って……もしかして魔法植物研究所のビーロ?」

「そうっす!賢くて、魔法もうまくて、まさに才女っす!そのうえ美人でセクシーなんて…同じメスとしてうらやましいっす……」

「え?」

「え?」


 俺とビーズが目を合わせる。


 同じメスとして……ってことは、ビーズってメスだったのか。



 ってそこじゃない!!


 俺、ビーロくんはオスだと思ってた。


 ってことは、ブルームーンの夜に部屋に来て欲しいっていうあの誘いは……そういうこと!? それがわかってたからビームはあんなにビーロの所に行くのを拒んでいたのか!もし俺がブルームーンナイトにビーロの部屋を訪れていたとしたら……


 ブルームーンで青白く照らされた部屋の中、人間に変身した美人でセクシーで、ちょっと恥じらっている姿のビーロを想像する。


 いやいや落ち着け、今はそんなことを考えている場合じゃない!ビーロだ!!なんてこった!


 ビーロが選ばれてしまった!


 えっと、まずはどうすればいい…?


 俺はビーズに詰め寄る


「ビーズ……どうすれば大会に出られるんだ?」

「あ、明日の朝まで、1層1階の外に出る各ゲート前で受付してるっす!でも、そういえば……参加資格はビー族だから旦那じゃ参加できないっすね……」

「そうか……。わかった。ありがとう」


 俺はビーズに別れを告げ、急いで魔法植物研究所に向かった。まずはビーロの気持ちを確かめなければならない。もしビーロが大会の優勝者と無理やり結婚させられそうになってるというのなら、その大会をぶち壊してでも俺はビーロを助ける覚悟だ。だが、そうするとビームは……



 俺が魔法植物研究所の扉を開けると、そこにはビーラが居た。もう謹慎が解けたのだろうか。もしまた攻撃されたらたまらない。俺はビーラに対し身構える。


「やっと来たわね…。もしあんたがここに来るのがもうちょっと遅れてたら、またあんたを刺しに行くところだったわ」


 こちらを見たビーラの目には涙が浮かんでいた。


「ビーロっちの泣き顔はもう見たくなかったのに…あんたが来てから…もうめちゃくちゃよ…」

「……ビーロは大会の優勝者と結婚するのを望んでないんだな?」

「……っ!……そうよ」


 ビーラは俺を睨んだ後、俺の知りたかった答えを教えてくれた。ビーラはビーロのことをとても心配しているようだった。


「わかった。ありがとうビーラ」


 俺は魔法植物研究所を出ようとする。


「……ちょっと!どこに行くのよ!」

「……ビーロを助ける方法を探す」

「ビーロを助けるってあんた……って!待ちなさい!あたしも行く!」


 俺は再び魔法図書館に帰ってきた。俺は入口付近の魔導書から使えそうな魔法を探す。


「あんた、今から魔法を覚えたとしても、ビー族じゃないんだから大会に参加できないわよ?」

「俺が探しているのは、姿を偽る魔法だ」

「……まさか、ビー族のふりをして大会に参加する気?」

「……そのまさかだ。他に良い方法があるなら教えてくれ」

「……」


 俺とビーラがもくもくと魔導書をあさっていると、使えそうな魔法が見つかった。


「あった。姿を偽る魔法、光魔法ミラージュボディ」

「光魔法? あんた、光の魔石持ってるわけ?」

「……持ってない」

「ダメじゃん……!光の魔石保持者なんて、あたしの知り合いにもいないっての……。あんた、光の魔石持ってる奴に心当たりあったりしないわけ? 確か黄色い魔石だったはず」

「黄色い魔石……黄色………あっ…!」


 カマキリ族のサクティス!!


「心当たりがあるのね!」

「ああ、そいつは胸に黄色い魔石があって、姿を消したり現れたりすることができるんだ」

「それ、思いっきり光魔法ね。そいつに魔法をかけてもらいましょ!」



 俺とビーラはサクティスに魔法をかけてもらうため、すぐにコロニーを出発した。


「あんたの知り合いってコロニーの外にいるのね」

「ああ、果樹の森の大樹にいるはずだ」

「はぁ!? あんた、そこはビー族が何匹も食われてる危険地帯よ!? そんなところに一匹で行ったわけ!?」

「まあな。俺も大蛇に食われかけたよ。生きてたのは運が良かったな」

「正気とは思えないわ……」

「お前はここで引き返したって良いんだぞ」

「バカにしないで。ビーロっちを助けるためなら命をかけられるわ」

「……ああ、そうだな……」

「…………なによ……調子狂うわね……」


 ビーロは、俺の心の友だ。

 これまでもたくさん助けてもらった。

 今度は、俺が助ける番だ。



 俺とビーラは果樹の森を慎重に進む。二人いれば警戒する範囲が広がる。俺達は警戒する方向を決め、互いをサポートし合いながら進んだ。


 道中に巨大なカエルのモンスターに襲われたが返り討ちにしたので、それをサクティスへのてみあげにする。カエルのモンスターは重かったが、ビーラと協力して大樹まで運んだ。



「サクティスー!いるかー!?」



 時間はすでに夕刻になっている。前回会ったときは昼間だったが、この時間にもいるのかわからない。できれば日が落ちる前にサクティスに会いたいところだ。


「あやらだナナホシちゃんじゃなぁ~い♪ どうしたのぉ~今日は?」


 姿は見えないが、声だけ聞こえる。もしかして隣のビーラを警戒しているのだろうか。


「キミに頼みがある!光魔法で俺をビー族の姿にしてほしいんだ!」

「あら、変わったお願いねぇ…。良いわよぉ~。そのカエルのモンスターは私へのてみあげってことで良いのかしらぁ~?」

「ああ!どこに置けば良い!」

「じゃ、あなたの目の前の枝に置いてくれるかしらぁ?」

「わかった!!」


 俺とビーラで協力してカエルのモンスターを大樹の枝の上に置く。すると、大樹の幹のあたりの空間が歪み、サクティスが姿を現した。


 ビーラが警戒する。


「あんたの知り合いってカマキリ族だったの!? しかも光魔法使いなんて……!」

「警戒するのはわかるよ」

「ありがとぉ~♪ 今回も大物で助かるわぁ~♪ で、依頼はあなたの姿をビー族に変えるってことで良いのよねぇ?」

「そうだ。どれくらい効果が持続するんだ?」

「そうねぇ……まる一日ってとこかしらぁ~?」

「なるほど……ビーラ。明日の予選はいつまであるんだ?」

「明日、日が高いうちに終わるはずだから……今から魔法をかけても十分間に合うと思う」


 夕日の光が消え、あたりは薄暗くなっている。今から変身の魔法をかけても明日の日が落ちるまでは変身効果を維持できるってことか。


「わかった。じゃあ、魔法をかけてくれ」

「変身したい姿をあたしがはっきりイメージできないとだめだから~。あなたのつがいと同じにするけど、良いかしらぁ~?」

「だっ!誰がつがいよっ!じょ、冗談じゃないわ……ったく……。……見た目があたしになると、メスだから大会に出場できなくなるって可能性があるかもしれないわ。たぶん、匂いでわかるとは思うけど……」

「……イメージできれば良いんだから、一旦ビーラの姿をベースにして変身してみて、そのあとオスっぽくなるように変えるところをビーラが指示してくれないか?」

「わかったわ。それでやってみましょう」

「ということだサクティス。ちょっと手間だが……頼めるか?」

「おっけ~♪ じゃ、ビーラちゃんだっけ? 前に出てきてくれる?」


 なんだか居心地が悪そうに前に出るビーラ。サクティスは、ビーラの周りをぐるぐると周り、ビーラの体を隅々までチェックする。


「はい、じゃあ魔法をかけてみるわねぇ~。あくまで、見た目の見え方が変わってるだけで、肉体は変わらないわよぉ~。触られるとばれちゃうから気を付けてねぇ~」

「ああ、わかった。注意するよ」



「光魔法 ミラージュボディ」



 サクティスの胸部にある黄色い魔石がキラっと光ると、俺の体が歪みビー族へと変化した。


「おぉ…!これはすごい…!」

「ま、お手本があったらなこんなものねぇ~」


 俺はすぐにコレクトウォーターで水鏡を作り自身の体の姿を確認した。どこからどう見てもビー族にしか見えない。完璧だ。


「確かに、この精度ならばれなさそうね。じゃあもっとオスっぽくしましょ」


 ビーラがサクティスに指示を出す。体の大きさを全体的に少し大きくするとか、目をこのあたりまで大きくするなど、細かく指示をだす。


「よし、完璧ね。これならオスにしか見えないわ。ちょっとかっこよくし過ぎたかしら」

「……なるほど」


 俺は水鏡で自分を見たが、あまり違いがわからなかった。確かにちょっとした違いはあるが、それがかっこいいのかどうかが良くわからない。だが、ビーラが言うのだからそうなのだろう。


「ナナホシちゃん、ちょっと手を素早く振ってみてくれるかしらぁ~」

「こうか?……あっ…」


 俺が素早く手をふると、一瞬、元の俺の手が見えた。


「この魔法は、本体が速く動くと追従できなくなっちゃうのぉ~。だから、あまり速く動いちゃだめよぉ~」

「戦闘でこの縛りはきつくないか?」

「そうね、相手の攻撃を避けられないってことだもの……。一瞬だったらばれないかもしれないけど、試合はビーリアお姉様も観戦してると思うから、へたに動くとばれちゃうわよ」

「これに関しては帰って作戦を練らないとな……。ありがとうサクティス。助かったよ!」

「どういたしましてぇ~♪ こんな依頼だったらいつでもしてあげるわよぉ~♪ でも、てみあげを忘れないでね♪」

「ああ、またてみあげを持って寄らせてもらうよ。じゃあなサクティス」

「まったねぇ~♪ ビーラちゃんも、またね♪」

「……どうも」



 俺とビーラはサクティスに別れを告げた後、コロニーへと急ぎ帰還する。受付はコロニーから外にでるためのゲート付近にあったため、場所はすでに確認済みだ。


「そろそろコロニーよ。なるべくゆっくり飛びましょ」

「ああ」


 今までは全力で飛んでいたため、俺の少し後ろにミラージュボディがついてきているというような状況だった。俺がスピードを落とすと、ミラージュボディが俺の体と重なる。


「これくらいの速さなら大丈夫か?」

「ええ、違和感はないわ。今後はこの速度より速く動かないように注意しましょ」


 昼間は受付にビー族が並んでいたが、日が落ちたこの時間だとほとんどビー族がいなかった。暗いと見た目もわかりづらいし、好都合だ。


「ばんわー。登録っすねー。お名前をお願いしゃーす」


 この受付のビー族も疲れているのか、対応が雑である。そりゃこんな時間まで受付してたら疲れもするだろう。そして、受付は明日の朝までというのだからご苦労様だ。


 それにしても、名前か……ナナホシだとばれて意味がないだろうから、別の名前で登録したほうが良さそうだ。今のところ、ビー族の名前には必ず最初にビーがついているが、その他に法則があると困る。


 一度ビーラに相談してみるか。


「ちょ、ちょっと悪い、用事があったから後でな」

「うぃー」


 俺はビーラをひっぱって名前の相談をする


「ビーラ、俺に名前をつけてくれないか。ビー族らしい名前っていうのがわからなくて」

「……そうね…ビーホシなんてどう? 面白いでしょ」


 割とそのまんまだった。


「よし、それでいこう。この姿の時、これから俺はビーホシだ」



 無事にビーホシで参加登録できた俺は、ビーラと共に3層の模擬戦場を訪れた。


「お~!やってるやってる!」


 模擬戦場では、すでに大会参加者達が訓練しており、いろんな場所から紫色の光が発せられていた。


「やっぱりビー族は雷の魔石が多いのか?」

「ええ、私が知っている限りではみんな雷の魔石よ。ビーリアお姉様のような複数持ちはほとんどいないわ」

「あまり目立ちたくないし、雷魔法メインで戦うほうが良いだろうな」

「そうね。あんたは水魔法も土魔法も他のビー族に見られてるし、できるだけ使わない方向でいきましょ。……って、あんた雷魔法使えたのね。私と戦った時は使わなかったじゃない」

「あの時雷魔法はライトニングしか知らなかったし、威力の加減がわからなかったんだよ」

「ふんっ!手加減してたってわけね!まあいいわ!」


 ビーラが構える


「じゃあいくわよ!ライトニングスピアー!ライトニングファスト!」


「えっ!?いきなり!?」


 ビーラが雷の槍を生成し、電光石火の速度で飛び立つ。1度みたことがあるとはいえかなり速い。俺は魔石への魔力を弱め、気絶させるくらいのイメージをする。


「ライトニング!」


 細い雷が放出されるが、空を高速で移動するビーラに当たる気配すらない。こうなったら、ビーラが攻撃してくるところをカウンター狙いだ。俺が半身になって構えたところに、ビーラがまっすぐ突撃してくる。


 ビーラが避けられないくらい近くになったところで、詠唱する。


「ライトニング!」


 しかし、ビーラはその電撃をあっさりと回避し、槍を俺ののど元につきつけた


「はい、あたしの勝ち」


 くっ…まさかあの距離で避けられるとは…!


「狙いは悪くないけど、詠唱でタイミングがバレバレよ」

「なるほど…詠唱か…」

「やっぱり、動けないっていうハンデは大きいわね」

「いや、今のは俺が自由に動けていたとしても負けていた。ビーラの戦闘経験がすごいんだと思うぞ」

「そ、そう?」


 なんだか照れているビーラ。戦いのことを褒められるのは嬉しいのかな。


「じゃ、じゃあ!対策を考えましょ!あんたに負けられると困るのよ!」

「ああ!よろしく頼む!」


 俺とビーラは対策を練っては試し、練っては試しを繰り返し、ようやく戦えるようになったころには深夜になっていた。


「あ~楽しかった!ま、これだけ戦えたら予選は余裕っしょ。この第13コロニーであんたより強いオスはいないと思うわ。読めないのは全コロニーの代表が集まって戦う決勝ね……。さすがに他のコロニーのオスの強さなんて知らないし」

「とりあえずは明日の予選を勝ち抜いてこの第13コロニーの代表にならないとだな」

「そうね、明日の予選は朝からだし、今日はここまでにしましょ。あたしについてきて」

「?」


 俺は言われるままビーラについていく。するとそこには、綺麗な水が溜められている場所があった。飲めるのではないかと思えるほど綺麗だ。


「そこの水も飲めるくらい綺麗ではあるけど、飲み水はこっち。そこは水浴びするところなの。あんた初めてでしょ」


 飲み水の場所は溜めるところが小さいが、よく見ると下から水が湧き上がっておりさらに澄んだ水だった。その水が下に流れ、水浴び用の大きなくぼみへと流れていた。


 俺は水飲み場の水を一口飲む。


「冷たくてうまい……!」

「でしょ? ここの水は地下水からの湧き水が出てきてて、温度も保たれているの。夏では冷たいし、冬では暖かい。最高の場所よ」


 そう言って、大きなくぼみの水に入り、羽を震わせながら気持ちよさそうに水浴びをする


「うひゃー!気持ちー!やっぱり訓練の後はこれに限るわね!この時間なら空いてるしー!」


 あんなに気持ちよさそうなビーラを見ていると、俺も水浴びしたくなってくる。そういえば、泥パックしていて水浴びはあまりできていない。今はミラージュボディがあるので変装する必要もない。俺はコレクトウォーターで自分の体を洗い流したあと、水浴び用のくぼみに飛び込んだ。


「うひょー!冷てぇー!」

「あはは!これくらい我慢しなさいよね!ざーこざーこ!」

「やったなこいつ~」


 水浴び場の水をかけあってきゃっきゃとはしゃぐ俺とビーラ。因縁をつけられて最初は印象が悪かったが、赤ちゃんを探していた時といい、今回のビーロの時といい、仲間思いのとても良い子だった。


 俺はこの姿のままビームのいる自宅には戻れないので、模擬戦場にある仮眠室に泊めさせてもらった。寝坊したら困るからという理由で、ビーラも同じ仮眠室に泊まるとのことだった。


「……ビーラ」

「…………なによ」

「ここまでありがとう。いつかちゃんとお礼をさせてくれ」

「ふ、ふんっ。お礼なんて良いわよ。ビーロっちのためにやったことだし……。でも、そうね。じゃあ、いつかブルームーンの時、赤ちゃんを移動させるのを手伝ってもらおっかな」


 俺が第13コロニーに来て初めてのブルームーンの日、ビーラは移動中にはぐれた赤ちゃんを探していた。あの時はたまたま見かけた俺も手伝ったのだが、ブルームーンの度に行うのは大変なことなのだろう。俺は何か仕事をしているわけでもない。俺ができることなら手伝おう。


「わかった。約束する」

「はいはい、ありがと~。期待せずに待ってるわ」



 翌朝、予定通り大会の予選が始まった。


 予選は第13コロニー内で代表者を決める戦いだ。ここでは複数の参加者が同じステージで戦い、最後の1匹になった者が勝者という内容だった。それが複数回行われる。200匹戦、20匹戦、2匹戦と、勝ち上がるにつれ参加者は削られていく。


「最初の200匹戦が重要だな」

「そうね。200匹戦じゃ何が起きるか予測できないもの。そのあとの試合だったら、まぁあんたが順当に勝つと思うわよ」


『では、次のグループの選手は入場してくださーい』


 入場の案内が流れる。


「来たな…」


「がんばりなさい!あっ…ちょっ……勘違いしないでよね!あんたを応援するのはビーロのためなんだからっ!」


「わかってるって」


 ステージは透明な球状になっており、出入口が1箇所だけある。出入口が管理者から開けられると、1列に並んだ俺たちがそこから1匹ずつ透明な球体に入っていく。最後の1匹が入場すると、出入口が閉められ出られなくなった。俺たちはステージの上で試合開始の合図を待つ


 『ビー、ビー、ビビビ―!』


 ビビビー!が試合開始の合図だったのか、その音と同時にまわりのビー族が戦い始める。ビー族の試合開始の合図なんて知らなかった俺は思いっきり出遅れた。しかし運が良いことに俺を狙った魔法はなく、足元に誰かが放った魔法が飛んできただけだった。俺はミラージュボディの制約で速くうごけないため、ビーラと共に練った作戦を実行した。


「雷魔法!ライトニングフィールド!」


 俺を中心に、紫色の電気を帯びた球状のフィールドが形成される。その状態で俺はゆっくりと飛び、球体のステージ中央まで移動すると、ライトニングフィールドをぐんぐんと広げていく。俺のライトニングフィールドに気が付かず触れてしまった選手は、バチっと音を立てて落下していく。俺のライトニングフィールドに気が付きはじめた他の選手は俺に攻撃しようとするが、俺のフィールドを貫通させるほどの強力な魔法でなければびくともしない。俺はさらにフィールドを広げ続ける。フィールドに追い立てられ逃げ場を失った選手たちが、俺のフィールドに触れるかというところで全員が泣きながらギブアップした。このステージの勝利者は俺に決まった。


 ステージから戻ってくると、ビーラは呆れた顔をしていた。


「まったく、力技も良いとこね……」


 俺はニヤリとして返す


「勝てばいいんだよ」


 俺は同じ戦法で次の20匹戦も勝利。最後の2匹戦も、ライトニングフィールドとライトニングを組み合わせた戦法で勝利し、第13コロニー代表の座を獲得した。


「予想通り圧倒的だったわね!あとは各コロニーの代表と戦う決勝戦だけだし、もうミラージュボディを使う必要はないわね」

「……決勝でもミラージュボディが必要なんじゃないの?」

「あんた知らないの? 決勝はいつもブルームーンナイトに行われるのよ」



「……え?」




 日が落ち始めたころ、サクティスの言っていた通りミラージュボディが解除され俺の金ピカボディがあらわになった。俺はいつものようにミノムシスーツと泥パックで変装を始めようとしたが、よくよく考えてみたら、もう大公様とビーリアさんにはばれているので、中央に連行されることもない。これ以上変装する必要はなかった。


 俺はビームのことを考えていた。普通の日ならともかく、ブルームーンナイトに俺がどこかへ行くのを、ビームは絶対に許可しないだろう。大会の決勝を一緒に観戦するという名目で一緒に会場まで行くことはできるのかもしれない。そして、ビームの目を盗んで出場もできるかもしれない。しかし、戦っている俺の人間の姿を見れば、遠目であったとしてもビームなら気が付くだろう。それに、優勝者はビーロと結婚する権利が与えられる。やはりビームに隠れてこれ以上行動することはできない。ビームに打ち明けるべきだ。


 俺はビームに打ち明ける覚悟を決めた。




 俺が部屋に帰ると、ビームはすでに怒っていた。


「も~ナナホシ~、昨日は何処に行ってたの~? まさか帰って来ないとは思わなかったよ~」

「わ、悪かった!実は、魔法の特訓をしてて、模擬戦場の仮眠室に泊まってたんだ」

「……ふぅ~ん…………魔法の特訓………模擬戦場………」


 ビームが俺の周りをゆっくりとぐるぐる旋回しはじめる。そして、近寄ってきて俺の匂いをかぐ。


「ビーラちゃんの匂いがする……」


 ドキーン


「も、模擬戦の相手になってもらってたからな!そのせいだろ!」


 いかん!いつものビームのペースだ!丸裸にされる前に、自分から打ち明けねば!


「ビーム、落ち着いて聞いてくれ…!実は、今度の大会の決勝に、お、俺が出場することになったんだ」

「? あれはビー族しか参加できなかったはずだよ~?」

「ああ、だから魔法でビー族に姿を変えてエントリーし、昨日予選を勝ち抜いて、俺が第13コロニーの代表に選ばれた。あとは、今度のブルームーンナイトに行われる決勝で優勝するだけなんだ」


 ぽかんとするビーム。どうやら、さすがのビームでもここまでは予想できなかったらしい。


「……はぁ……ナナホシはビロロンを救う王子様ってことか……かっこよすぎだなぁ…これじゃがんばってお役目を免除してもらったボクがバカみたいだよ……」


 がっくりとうなだれるビーム。


「これまで黙ってたことは謝る。でも、公女の役目がビーロに代わって、ビーロがそれを望んでいないことがわかったら、居てもたってもいられなかったんだ」

「……それで、その日のうちにオスのビー族の姿になって予選で優勝しちゃうのがナナホシのすごい所だよね……」

「決勝がブルームーンナイトだってことを知って、これ以上はビームに隠し事できないと思って……」

「そうだね~。もしブルームーンナイトにナナホシがどこかに行ってたら、さすがのボクでも何をするかわからないもん。……それで?」


「え?


「もし優勝したらどうするの……? ビロロンと結婚しちゃうの……?


「……


 俺は考え、慎重に言葉を選ぶ


「……俺は…ビーロにたくさん助けてもらった。でも俺はビームが一番大切だ。だから、大会に優勝しても、ビーロとは結婚しない。大会が終わったらすぐに帰ってくる」


「わかった。絶対だよ……?」





 決勝当日


 ブルームーンの光を浴びて、俺とビームは人間の姿へと変わる。そして用意していた服に着替え、一緒に大会の会場に向かった。


 前回のブルームーンと違って、今回は通路に人間の姿が見られた。皆行先は同じなのか、その足は大会の決勝の会場へと向かっていた。今回の公女は第13コロニーから選ばれたということで、試合会場もここ第13コロニーだった。


「こんなに多くの人間の姿を見るのは初めてだな…」

「全員ビー族だけどね~♪」


 試合会場はコロニーの素材と同じ材質でできており、観戦しやすいように階段状になっていた。そして注目すべきは、椅子があるということだった。決勝がブルームーンナイト中に行われているということもあり、人間の姿で観戦することを想定しているのだろう。俺とビームも階段の中間あたりに座る。そして俺は自分の荷物だけを手に取る。


「じゃ、行ってくるよ」

「うん、応援するっていうのはちょっと複雑だけど……ナナホシのかっこいいところを見せてね♪」

「おう、任せとけ!」


 俺は、各コロニーの代表が集まる場所に移動する。

 その途中で、金髪碧眼のツインテールの美少女に声をかけられた。


「……よっす…………ちょ、調子はどうなのよ……あんた、勝てそうなわけ?」


 顔を真っ赤にして、もじもじしながら話してくる。きっと俺の知り合いなのだろう。俺にビー族の知り合いは数えるほどしかいない。ビームではないし、ビーロでもない。とすると、残りはビーラかビーズかビーリアだ。


「……もしかしてビーラなのか?」

「っ!?あっ!!当たり前じゃない!!バカじゃないの!?」

「そういわれても、人間の姿は見たことなかったし…」

「匂いでわかるでしょ!ほらっ!ほらっ!」


 あたしの匂いを嗅げと主張してくる美少女。いや、どうなんだろうそれは……。


「俺のことも匂いでわかったのか?」

「そうね。でも、あんたビームちゃんと一緒に会場に入ってきたでしょ? だからすぐにわかったわ」

「あ、なるほど。ビームの人間の姿は知ってたんだな」

「そりゃね。この大会も今回が初めてってわけじゃないし、会場にものすごい美少女がいたからみんなざわついてたけど、それがビームちゃんだったってわけ。ほら見なさい。すでに有象無象がビームちゃんに寄ってきてるわよ」

「マジだ…。でも、可愛さで言ったらお前だって負けてないと思うけどな」

「はぁ!?ばっ……!こんのっ……!…………………はぁ……もういいわ。とにかく!ビーロっちのためにも優勝してきなさい!」

「ああ、もちろんだ!」

「じゃ、あたしはビームちゃんに寄ってくるゴミムシ共をけちらしてくるから!またね!」

「お、おう…」


 ビーラと別れたあと、俺は選手の控室に入り手荷物の中から目の部分だけを隠す仮面を取り出し、それを装着する。俺の人間の姿を知っている者は少ないと思うが、ここではナナホシではなくビーホシという謎のビー族で登録している。なので、念のため顔を隠すことにした。視野を狭めてしまうことになるが、多少のリスクは覚悟の上だ。


『選手の皆さんはステージに進んでくださーい』


 選手入場の合図があり、俺たちはステージの上に上がる。ステージは予選と違って地上のみで、正方形の形をしていた。これも、人間の姿になっていることを想定した作りなのだろう。決勝の試合は1試合だけとなっている。広い地上ステージの上に全15コロニーの代表者が1名ずつ参加する15人戦だ。15人で最後まで立っていた者が優勝者となる。ブルームーンナイト中ということもあって、あまり時間をかけたくないのかもしれない。


『今回の優勝者と婚約する公女様はあちらです!公女、ビーロ様ー!』


 会場が湧く。貴賓席のような高い場所に、青い髪の女性が座っており、ウエディングドレスのような白いドレスを着ている。そして、ビーズが言っていたセクシーというのはこのことだったのか、出るところが出ている悩殺ボディだった。まさかビーロがあんなにセクシーなお姉さんだとは……。俺がビーロに見惚れていると、前にいた選手が声をかけてきた。


「おい見ろよあの胸。ここにいる奴らを全員ぶっ殺したら、あれを好き放題できるってんだろ? 最高じゃねえか。今回この大会に出場して正解だったぜ」

「ああ、そうだな、俺もこの大会に出場して良かったと思うよ」

「だろ?」


「お前みたいなゲスをビーロに触れさせずに済むんだからな……!」


「はっ!言ってろ!お前の負けはもう決まってんだよ!」

「なに?」


 『ビー、ビー、ビビビー!』


 試合開始と同時に全員が魔法の詠唱を開始する。

 俺は防御と攻撃を兼ねてライトニングフィールドを形成する。

 すると、参加者全員が俺を狙って攻撃し始めた。まるで打ち合わせでもしていたかのようだ。


「なにっ!?」


 しかも、他の者から攻撃されないことを良いことに、ゆうゆうと詠唱して魔法の威力を高めている者もいる。さすがにあれだけチャージされた魔法を食らえばライトニングフィールドを維持できなくなる。そうなれば集中砲火を受けて終わりだ。


「サンダークラウド!」


 俺はライトニングフィールドを維持しつつ、サンダークラウドを発動させる。俺を中心に黒雲がずずずずと広がっていく。ビーラが使ったサンダークラウドは上空に発生させて雷を落とすものだったが、今回俺は地上に発生させ、目隠しに使った。一対一ならそれほど効果はないが、全員が俺を狙っているなら話は別だ。俺はサンダークラウドの黒雲をどんどん成長させていく。相手が高火力の魔法をチャージしたとしても、この視界状況では狙うのは難しいだろう。案の定、視界が悪く混乱した選手達が同士討ちを始めている。俺はその間に次の魔法を使う。


「ライトニングブレード! ライトニングファスト!」


 これもビーラから教えてもらった魔法だ。ビーラは模擬戦場で実践向きの雷魔法をいくつも俺に叩き込んでくれていた。


 刃渡りが俺の身長ほどもある雷の刃を携えた俺は、加速した速さを活かして高速で移動する。もし近くの相手がむやみに魔法を使えば位置がわかるため、そのまま接近し雷の刃で気絶させていく。


 その間にもサンダークラウドは成長し続け、既にステージ全体を覆いつくしていた。濃く分厚く成長したサンダークラウドの中は視界がほぼなく、ところどころ落雷を発生させているため俺の攻撃の光かサンダークラウドの落雷なのか、味方の攻撃なのか判断するのは難しいだろう。そうなると、やることは俺を狙うためにチャージした魔法をカウンター狙いにするだけだ。しかし、俺が背後から攻撃すればそれも難しいし、もし正面から出会ったとしても


「ラ、ライト――」

「遅い」


 詠唱させる前に一刀すれば良いだけである。これで10体は切り伏せた。まだ4体残っているのかもしれないが、なかなか見つからない。息を殺し潜んでいるのか、運悪くサンダークラウドの落雷に当たったのか、それとも同士討ちで倒れているのかわからない。


 だが相手が攻撃してこないなら好都合だ。俺はライトニングブレードを解除。周囲にサンダークラウドの落雷を落としつつ、次の魔法のためにたっぷり魔力をためる。


 俺の体に十分魔力が集まった。俺の体からはバチバチと紫色の雷があふれ出ている。


 俺は警戒しつつサンダークラウドを解除する。黒雲が晴れたとき、ステージに立っているのは俺一人だった。


 審判が、決着と判定しようとした瞬間、


「ばかめ!ライトニング!」


 倒れていた選手の下に隠れていた選手から、ライトニングが放たれた。


 しかし、既に魔力を溜め終えた俺に怖いものはない。相手のライトニングは俺のライトニングフィールドで掻き消えた。俺はゆっくりとそいつに近づく。そいつは試合の開始前に俺に話しかけてきたゲス野郎だった。


「いいか。お前は二度と大会に出場するな。もし出場したらその度に俺が殺してやる」


 俺はライトニングブレードを発生させ、雷の刃をゲス野郎に突き立てた。


 俺がたっぷりと電撃を味合わせてやると、そいつは泡を吹いて気絶した。


『決着しましたー!優勝は!第13コロニー代表のビーホシ選手です!!』


 ホームである第13コロニーの観客が湧く。俺は歓声をあげるみんなに手を振って答える。いきなりサンダークラウドでステージを見えなくしてしまったので見ごたえがなかったかもしれない。そこは少し申し訳ない。俺はビーロの方にも手を振るが、ビーロは暗い表情でずっとうつむいたままだった。



 優勝した俺は、荷物を回収するとすぐに呼び出された。


「それでは、あちらのお部屋でビーロ様がお待ちですー♪」

「ああ、ありがとう。しばらく二人にしてくれるか」

「もちろんですー♪ 朝までごゆっくりーですー♪」

「え!? あ、はい……」


 俺はビーロが待つ部屋の扉を開ける。


 そこには、青い光を受けてはかなげにうつむく女性がいた。


 その女性は青のショートカットで、前髪は目が隠れるほど長い。ビーズの情報通り、スタイルは抜群で、特にバストは服からこぼれそうなほどだった。これが俺の親友であり、魔法の先生であるビーロだとは……生命の神秘である。


「えっと…どうも…優勝したビーホシです。……ビーロさん…ですよね……?」

「……」


 顔をそむけるビーロ。やはり見知らぬ相手と婚約するなんて嫌だったのだろう。


「あ、ビーロさんにとっておきの贈り物があるんです」


 俺は荷物からビンをひとつ取り出し、ビーロに手渡す。


「これ…は……?」

「俺が作ったんだ。ちょっと味見してくれる? ビーロの評価が聞きたいんだ」


 ビーロがはっとして俺のほうを見る。俺は窓の外を眺めてそしらぬふりをする。


 ビーロが震える手でビンの蓋を開ける。すると、中からリンゴの爽やかな甘い香りが部屋中に広がる。



「……これは……ジャム……? しかも…自分の……好き……な……」



 ビーロが、すらりとした指をビンの中に入れ、ジャムをすくい、口に入れた。

 ビーロの頬をつたって、涙のしずくが、ぽたり、ぽたりと落ち始める。



「キミ……は……も……もしかして…!」



 ビーロがこちらを見る顔は、すでに涙でくしゃくしゃになっていた。


「今度は、お前の好きなリンゴでジャムを作るって言っただろ?」


 俺は、仮面をゆっくり外す


「よっ!助けに来たぜ、ビーロ先生♪」


「ナナホシくんっ!」

「んんっ……!!」


 ビーロが落としかけたジャムのビンを反射的に片手でキャッチできたが、俺の頭の中は空っぽになった。ビーロを通して、俺の口の中にリンゴジャムの甘味となめらかな舌の感触が広がっていき、脳を支配していく。



 そして、そのまま俺たちの甘い時間が過ぎた。



「……落ち着いたか?ビーロ」


 俺はビーロの頭をなでる。部屋はとても静かで、窓からさしこむ青い月の光りが俺達二人をやさしく包んでいる。


「……うん。今日は絶望の底にいたはずなのに……今はこんなに幸せな気持ちになるなんて……まだ信じられないであります……」

「そうだな……俺は大会のことを知って、かなり焦ったよ。ビーラだって、お前のことを知って泣いてたんだぜ? ビーラにはかなり協力してもらったから、後で一緒にお礼を言いに行こう」

「……ビーラ殿が……」


 それに、ビームが許可してくれなかったら、俺は決勝に出られなかっただろう。


 …………あれ……? ……ビーム………ビーム…………………。


 ビーム!? 


 うわぁああああああああああああしまったぁあああああああああ!


 俺は、大会が終わったらすぐに帰るというビームとの約束を忘れていた。

 っていうかビーロと……うぉおおおお……って、自己嫌悪でよじれてる場合じゃない!!


「悪いビーロ!俺もう行かなきゃ!」


 俺はすぐに帰る支度を始める。


「えぇっ!? そんなぁ~ナナホシくぅ~ん…」


 ビーロが俺の服をひっぱりエロ可愛くおねだりしてくる。うっ…また頭がくらくらしてきた…。でも駄目なものは駄目だ。俺はビームを裏切りたくない。……若干手遅れな感じもするが……これ以上はまじで駄目だ!早急に帰らねば!!


 幸いなことに、時間的にはそこまで経っていない。ブルームーンナイトが終わるにはまだたっぷり時間がある。


 俺はリンゴジャムのビンを床に置き、プレゼントの魔法のメガネをビーロ先生にやさしくかけてあげる。


 うん、とってもよく似合ってる。


「じゃ、また明日!ビーロ先生!」


 俺はそれだけ言って部屋を飛び出した。




 ビーロはひとり部屋に残され、静かな時間が過ぎる。ビーロはしばらくの間ぼーっとしていたが、床に置かれたリンゴジャムのビンを手に取り、胸の前でやさしく抱きしめる



「ありがとう…ナナホシくん…」







一方その頃 魔法植物研究所のビーロの部屋


 ビーロがビーリアに呼び出された時に倒したビンから青白く光る液体がこぼれ、机の下に広がっている。そしてその液体の先には、ビーロが落としたマザーローズの種子が転がっていた。


 青白く光る液体に浮かぶ真っ赤なマザーローズの種子が緑色に発光したかと思うと中から――


――金色に光るツルが、芽吹いたのだった。



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