第3話 ハニー稼ぎ?
朝、目が覚めるとビームが朝食を用意している途中だった。
ビームの方が主なのに、これでは従者失格だな……しっかりせねば。
俺も手伝おうと思って挨拶をする。
「ビームおはよう!」
「……」
なぜか返事がない
「ビーム……?」
「あの……私はビームではありませんよ?」
ビームと思っていたビー族が振り返り、そう答えたので驚く。確かに、ビームとは声が全く違う…!
「……ナナホシ……」
後ろを振り返ると、ビームが暗い顔をしていた。
「まさかボクと他のビー族の見分けがつかないなんて……ボクの方がこんなに…こんなに可愛いのに……!」
「ち、違うんだビーム!」
ビームの体からドス黒いオーラがあふれだし、紫色の雷がバチバチと火花を散らす。
「もうナナホシなんてい~らない。主として命令しま~す。」
「死んじゃえ」
「うゎああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「っはっ…!…………夢か……」
俺は、寝床から落ちて上下逆さまになっていた。
……なんて恐ろしい夢を見せやがる……
俺は上下逆さまになった状態のまま、腕を組んで考えてみる。
今回は夢で助かったが、ビームを他のビー族と見分けられないというのはここでの生活で致命的だ。まず、ビームに失礼だ。早くなんとかしないとさっきの悪夢が正夢になってしまう。
まぁ、たとえ他のビー族と間違えたとしても、やさしいビームなら俺を殺そうとしたりはしないだろうが…………たぶん。
「まじで、何か方法を考えないとな……」
「何を考えるの~?」
俺を不思議そうに覗き込むビーム。
「ビィイイイイイイイイイイイイイイイイム!?さんっ!?」
「おはようナナホシ~♪」
「おっ!おはようございますっ!!」
自然と土下座の体勢になり挨拶する俺。
「ナナホシは朝から元気だね~。一緒にごはん食べる~?」
「ありがとうございます!いただきます!」
朝食は花粉団子だ。花から採取した花粉をこねて作られる。口に含むとほろりとくちどけ、ほんのりした甘みと、採取した花の香りが口いっぱいに広がる。今日の花はマジカルチューリップらしい。
花畑に巨大なチューリップみたいなのが咲いてたけど、あれのことなのかな…。
花粉団子をもそもそ食べながら、花畑で見た花々を思い出す。
「ごちそうさまでした~」
俺とビームが花粉団子を食べ終わる。口の周りが花粉まみれになるのはご愛敬。俺たちは前脚で顔を綺麗にする。このインセクトボディにも慣れてきたものだ。
さて、俺は今日の予定を考える。
今朝見た悪夢を正夢にしないため、何か方法を考えよう。
ここでの生活にもっと慣れてくれば顔や形の細かなところに気が付くようになるのかもしれないが、それはもっと先になりそうだ。
とりあえずは、何か身に着けてもらってそれで判断できるようにしよう。
ビーロくんが本を持っていたのが良い例だな。本を持って移動しているビー族は今のところビーロくんしか見かけていない。つまり、それだけで本を持っているビー族がビーロだという確率はかなり高くなる。ということだ。
問題は、ビームが身に着けてくれそうなものを手に入れることができるかってことだな。
「ビームは今日どうするんだ?」
「ボクはね~ちょっと準備することがあって、一緒にいられないかも~」
「何の準備なんだ?」
「それはナナホシには内緒だよ~ん♪ びびび~♪」
ぶんぶんと楽しそうに飛び回るビーム。
これもブルームーンに関係することなのだろうか。
ビームが何の準備をしているのか気にはなるが、ビームの楽しそうな様子を見る限り、本気で俺へのサプライズを計画しているようだ。ブルームーンのことも気になるが、ここはぐっと我慢して来る日を待とうではないか。
そう考えると、俺がビームに何か身に着けるものを渡すのも、サプライズと言えなくはない。お互いにサプライズを用意するなんて、とっても素敵なことじゃないか!
よ~し!ビームが喜んでくれそうなものを用意するぞ~!
というわけでやってきたのは魔法植物研究所。
なぜかというと、ビーム以外でこんなことを相談できるのはビーロくんだけだからだ。持つべき者は友達である。
俺は研究所の扉を開けてビーロくんを呼ぶ。
「ビーロくん居ますか~!」
「びびっ!? ナナホシくん…!?」
よかった!反応してくれた!もし無反応だったらビーロくんかどうか判別できなかったかもしれないからな。
そう考えると、ビーロくんにもなにか装飾品をプレゼントするのが良いかもしれない。なにしろ大切な友達だからね!
「魔法植物研究所にようそこでありますナナホシくん。どうしたのでありますか? こんな所まで。もしかして、魔法の訓練をしに来たでありますか?」
「いや、実は相談したいことがあって……お、俺が相談できる友達はビーロくんだけだから……」
「びびび…!うれしいでありますよナナホシくん!……あれ、ビーム殿にも相談できないことでありますか?」
「ふふふ、まあね……」
俺はかっこよくポーズを決めて返す
「…………ビーム殿に隠し事をすると後が怖いでありますよ…? 最悪の場合……」
「だ、大丈夫だ!後ろめたいことはないからな!」
「ちなみにビーム殿は、今日ナナホシくんが自分と会うのをご存じなのでありますか?」
「え? 言ってないよ」
「……ナナホシくん……」
とても心配そうに俺を見るビーロくん。え? 俺がビーロくんと会うのがそんなにやばいことなの? ……大丈夫。きっと大丈夫。俺は自分に言い聞かせる
「それで、相談というのはなんでありますか?」
「実は、装飾品の類を手に入れたいんだ。どこかに売ってる場所とか、心当たりないか?」
「装飾品でありますか……。ナナホシくんが身に着けるのでありますか?」
ビーロくんが俺のミノムシスーツを見る。
「いや、身に着けるのはビー族だ」
「…………はぁ……ビーム殿に相談しないのはそういうことでありますか……」
なぜかがっくりとうなだれるビーロくん。
「そうでありますね……ビー族が装備できるアイテムなどはビーマーケットに行けば購入できるであります」
「おお…!ピンポイントでそんなに便利なお店があるとは!今まさに俺が求める場所だ!…………ところで、どうやってその装備品を購入するんだ? お金?」
「物々交換も可能でありますが、ビー族は主にハニーで交換しているであります」
「ハニーって、あまい液体の、あのハニー?」
「そうであります。ハニーは長持ちで保存もきくでありますし、価値も高く交換しやすいのであります」
「ちなみにナナホシくん、ハニーは…」
「持ってないでござる」
「そうでありますよね…」
くっ…やはり世の中お金か…ここではハニーだけど。
「……そういえば、ハニーの価値が高いのってなんでなんだ?」
「甘いからであります」
「え?」
「え?」
驚き合う俺とビーロくん
「甘い物に価値があるのか?」
「もちろん!甘ければ甘いほど価値は高くなるであります!」
「果物とかでも?」
「ハニーほど甘くはないで価値は下がるでありますが、価値はあるであります」
「なるほど…見えてきたな…!カネの稼ぎかたが!!」
「カネ?」
「あ、いや、こっちの話。ところで、ビー族はみんな甘いのが好きなのか?」
「もちろんであります!甘ければ甘いほど良いのであります!!」
「そ、そうか」
甘いものに目がないとはこのことか。甘いものに対するビーロくんの熱量の大きさから、価値の高さがうかがえる。
「ところでビーロくん。好きな果物とかある?」
「自分でありますか? リンゴであります!」
「えっ!? この世界にもリンゴがあるのか!?」
「この世界?」
しまった!俺が異世界の人間だということはビームにも言っていないトップシークレットだ。
「いや、フラワ公国にもリンゴがあるんだな~と……。ははは……」
苦しいが、俺はなんとかごまかす。
「そういうことでありますか。ちなみにナナホシくんはどこの出身なのでありますか?」
日本の大分県でっす!…………とはさすがに言えない。さてどうしたものか。
「えっと……ずっと北のほうかな」
「北……で、ありますか……」
「ど、どうした?」
ビーロのトーンが下がっていく。俺はまたなにか変なことを言ってしまったのだろうか。
「あ、いや、北側の公国では人間の国と争っており危険地帯なので、ナナホシ殿も苦労されたのではと……」
「ま、まぁね~……」
人間の国ってなんだ!? っていうか北の方はそんなことになってるの!?
俺はもっと知らなければいけないことがたくさんありそうだ。だが、それは今ではない。とりあえずこの話題は終わらせよう。
俺は元の話題である果物について質問する。
「ちなみに、ビームの好きな果物って知ってたりする?」
「イチゴでありますね」
「……」
「あ、今、いかにもな感じだなとか思ったでありますね?」
「オモッテナイヨ」
ビーロくんと笑い合う。これが友達。人生にうるおいを与えてくれる存在だ。この関係を大切にしよう。それにしても、リンゴとかイチゴとか、こっちの世界でもあるんだな……。
俺はビーロくんに礼を言って魔法植物研究所を後にした。
次に向かうのはビーロから情報をもらったビーマーケットだ。
もちろんまだハニーは持っていないのだが、ハニーを稼いだとしても望むものが売っていない可能性もある。今回は下見だ。
俺がビーマーケットに到着すると、そこはたくさんのビー族でにぎわっていた。ここにいるビー族のほとんどが手に琥珀色の液体の入った瓶を持っている。おそらく、あれがハニーだろう。
荷物の多い者は、風呂敷に包んで運んでいる。物を運ぶのに風呂敷はとても便利そうだ。
「さてと、どんな商品があるかな~」
商品を覗くと、ハニー、花の蜜、果物、ゼリー状の何か、花粉、花粉団子など、食材とみられる物が多く並んでいた。ここでは食料品も扱っているらしい。俺は、装飾品など何か身に着けられそうなものを売ってる店を探す。
しばらく探していると、雑貨を売っている店を見つけた。何に使うのかわからないようなものも売っているが、アクセサリのようなものもある。
「いらっしゃいっす!おや、ビー族以外のお客様は珍しいっすね!」
店主はいかにも商売人といった感じのビー族だったが、首にはネックレスのようなものをさげ、顔にはサングラスのようなものをかけている。
……見た目が怪しい。ぼったくられたりしないだろうか。ただ、この店主のように着飾っているビー族を他に見かけないため、興味がわいた。
「どうも、俺はナナホシ、最近この13コロニーに住まわせてもらってるんだ」
「あっしはビーズっす!見ての通り、雑貨を売ってるっす!よろしくっす!」
「よろしくビーズ。ところで、ビーズは首飾りやメガネをしてるけど、他のビー族ではそういうのあまり見かけないよな。なんでなんだ?」
「それがっすね…。あっしにもよくわかってないんっすよ…」
「えっ…そうなの?」
「あっしは身に着けたいと思ったからつけてるんっすけど……ここでは何かを身に着ける文化っていうのが無いというか……みんなも身に着けてないし、じゃあいっか~って感じなんじゃないかと思うんっすよね…」
「なるほどな……」
よくわからないと言っている割には、ビーズはよく分析している。その考えは割と良い線いってるんじゃないかと思う。何かを身に着けるという文化が無ければ、その発想すらしないのではないだろうか。
ビーズは自分の感性を信じ、やりたいことを貫いているのだ。
俺はビーズの考えに感心しながら、商品を眺めていた。その商品の中に、可愛い帽子とリボンがあった。
「おっ…これは……」
「お目が高いっすね旦那!これらは南のジュカ公国に住むアラクネ族の職人が魔法の糸で製作した一品っす!装備者に合わせてサイズが変わってくれる魔法の装備っすよ!」
「ほう、魔法の装備品か…でも、お高いんでしょう?」
「旦那は今回初回購入ってことで、特別価格にするっすよ!帽子が500ハニーでリボンが100ハニー。合計600ハニーのところ、半額の300ハニーでどうっすか!」
「ふむ……」
全くわからん。
それは高いのか?安いのか?
あとでビーロ先生に基準を教えてもらう必要がありそうだ。しかし、この帽子とリボンは本当に良い品のように見える。ビームが身に着けたらとても可愛いだろう。ぜひとも手に入れたい。このような品が今後いつ仕入れるかもわからないし、急ぐ必要がありそうだ。
「なるほど、ぜひ購入したいと思うのだが、今は手持ちがなくてな。300ハニーが用意できたらまた来るよ」
「了解っす!マジで良い品っすから、早くしないとなくなるっすよ!」
「わかった!」
俺は急いで魔法植物研究所に戻り、ビーロ先生にハニー通貨について教えてもらう。
100ハニーは、ビー族がハニーを入れる公式のビンをハニーで満たした量だという。つまり、公式ビンのハニー100%状態が100ハニーってことだ。
ビー族の価値基準は甘さだ。ハニーに匹敵する甘さのものを公式ビン3つ分用意できれば、300ハニーと同等の価値になる可能性は高い。これにかけるしかない。
ちなみに、ビーズの好みの果物を聞いたところ、梨とのことだった。もし甘さが足りなくても、好みの果物だったら価値に加算してくれるかもしれない。
そう、俺が作りたいのはジャムだ。くだものを煮詰めて、甘くできるだけ甘くしてそれをハニーの代わりに物々交換する作戦なのである。
俺は、ジャム作りに必要そうな道具と、ハニーを入れる公式ビンをビーロくんから借り、それらを風呂敷に包む。そして、その風呂敷を手に下げ、第13コロニーを後にした。
「一人でコロニーの外に出るのは初めてな気がするな……」
俺が目指しているのは、コロニーから東にある果樹の森だ。そこにはさまざまな果物が実っているという。ビー族もそこに蜜を集めに行きたいのだが、果物やその花に集まる生き物を捕食するモンスターが数多く待ち受けており、かなり危険な場所だということだった。ハイリスクだということはわかっている。だが、もたもたしていると魔法の装備が売れてしまうかもしれない。
果樹の森は思ったよりも静かだった。青々とした木々の隙間から木漏れ日が差し込み、美しい光景が広がっている。俺は飛びながらその光景を楽しんでいた。 聞こえてくるのは俺の羽音と、風に揺れる葉音、鳥のさえずりだけだった。森の豊かさと美しさに見とれて、俺は警戒心が薄まっていたことに気が付かなかった。
奥に進むと、なにやら甘い香りがしてきた。リンゴのような、爽やかな果物の香りだった。俺は香りに誘われるように森の奥へ奥へと進んだ。
しばらく進むと、巨大な樹が現れた。その樹に実っていた果物は俺の体の数倍はあろうかというほどの大きさで、さらに驚くべきは、1本の樹に様々な種類の果物が実っているということだった。リンゴ、ナシ、ミカン、モモ……樹に実る果物のほとんどの種類が実っているのではないかと思うほどの種類の豊富さである。
残念ながら、ビームの好きなイチゴなど、樹にはならないものはこの樹に実っていなかった。しかし、ビーズの好きなナシが見つかったのは大きい。俺は荷物を置いて、さっそくナシの採取に取り掛かった。
「しっかし……マジででかいな……」
近くで見るとその大きさが良くわかる。この大樹に実っているナシの実は俺の体の5倍はあった。そして、その実と枝とがつながっている果梗の部分も、太さが俺の体と同じくらいあり、ほぼ丸太だった。
「おいおい、どうやって採取するんだこれ」
こんな大きさは想定していなかったため、木を切る道具なんて持ってきていない。魔法を使えばなんとかなったのかもしれないが。まだそんな魔法は習得していない。
俺がナシの実のそばで悩んでいると、樹の枝が少し動いた気がした。俺は目を凝らして木の枝が動いたあたりを見る。すると、木の枝が、ズズっ…ズズっ…と、少しずつこちらに近づいているではないか。そして、その枝の先から2つの目がくわっと見開いた。
何かやばい!!
俺はとっさにその場から飛び立つ。すると、俺の動きに反応するように、太い木の枝のような何かが大口を開け、俺にとびかかってきた。
相手は完全に俺の動きをとらえている。それでも諦めずに俺は必死で後ろに飛ぶ。すると、距離が足りなかったのか、相手の噛みつきは届かず大口が戻っていく。
「っぶねぇ~。死ぬとこだった…」
俺を食おうとしていた大口の木の枝の正体は、木の模様をした大蛇だった。あと少し気づくのが遅れていたら、俺はあの大蛇の腹の中に納まっていただろう。
大蛇はまだ俺を諦めていないようで、こちらをずっと睨み長い舌をチロチロさせている。どうやら、あの大蛇を倒さない限りナシは手に入らなさそうだ。
やってやる!!
俺は念のため大蛇からさらに距離を取る。地上の相手に対して空中で戦えるというのは圧倒的なアドバンテージがある。俺は時間をかけて魔法を準備することができるからだ。使う魔法は、ライトニング。ビームとビーロが使っているのをこの目で見たからはっきりとイメージできる。俺は背中の雷の魔石に意識を集中させる。魔石が紫色に発光し俺の体も紫色のオーラでつつまれる。紫のオーラからバチバチと電気がほとばしり始める。
いい感じだ。
俺は雷を溜め、あの大蛇に雷を落とすイメージを構築する。
イメージはできた!
「あの大蛇に向かって落ちろ!!ライトニング!!」
俺が大蛇に向かって手を突き出す。
俺の体から紫色の大きな雷が放たれ、大蛇に直撃する。落雷のような轟音が鳴り響き、大蛇はびくっと体を震わせると、その場にどさりと倒れた。そして、ピクリとも動かなくなった。
大蛇の焦げたところがシュ~と音を立てている。
「やったのか……?」
「あっらぁ~見事なものねぇ~」
「誰だ!?」
俺は声の方を向きつつ、雷の魔石に魔力を溜める。俺の体が再びバチバチと音をたてながら紫色に発光する。
「ちょっとやだぁ~、あたしは敵じゃないわよぉ~。いま姿を表すから、その魔法をこっちに撃っちゃだめよぉ~?」
すると、何もないところから急に桜色の花カマキリが現れた。
大きさは俺の4倍といったところか。体には桜の花びらのようなものが飾り付けられており、それが時折虹色に光っている。目には長いまつ毛のようなもの。もちろん両腕には鋭い鎌。そして、胸部には黄色の魔石が輝いていた。黄色の魔石は俺が持っていない色だ。油断できない。先ほど消えていたのは姿を消す魔法だったのだろうか。
「そんな警戒しちゃいやよぉ~。こっちは感謝してるんだからぁ~」
体をくねくねさせて喋りかけてくる花カマキリ。
こ、この感じは…オネェ系…!?
「こいつはねぇ~ここらで最も危険な奴だったのぉ~。あたしの仲間もこいつにたくさん食べられちゃってさぁ~。かたきをとってくれて、あ・り・が・と♪」
パチンとウインクする花カマキリ
「お、おう……どういたしまして……」
まさかの異世界オネェの登場に困惑する。
「ちょっと固いってば~。もしかして緊張してるのぉ~? あたしの美しさに見とれちゃったのかしらぁ~。ウフフン♪」
だめだ、こっちのペースが乱される
「えっと……あんた、俺に何か用があるんじゃ……?」
「あらやだあたしったら。そうなのよぉ~。あなた、こいつをどうするのかと思ってぇ~」
「ん?この大蛇を?別にどうもしないが。俺が用があるのはこっちの実のほうなんでな」
「やっぱりぃ~!そうだと思った♪ あなた肉食系には見えないものね。じゃああたしが貰っても構わないってことかしら?
「ああ、構わないぞ」
「ありがとぉ~♪ これでチビ共にお腹いっぱい食べさせてあげられるわぁ~♪」
サクティスが呼ぶと、小さな花カマキリが何もないところから大量に出現した。どうやら透明になって隠れていたようだ。小さな花カマキリの集団がわ~いと喜んで大蛇を運びはじめる。
子供に食べさせるために大蛇の肉が欲しかったのは本当のようだ。そんなに悪い奴じゃないのかもしれない。
「本当にありがとぉ~♪ あたしはカマキリ族のサクティス。あなたのお名前は?」
「俺はナナホシ。種族は不明だ」
「ウフフン♪ ナナホシちゃんね♪ 覚えたわ。できればナナホシちゃんにお礼がしたいんだけど、あたしに何かできることあるかしらぁ?」
「ふむ……じゃあその実を木の枝から外して、そこにそっと置いてくれるか?」
「はいはぁ~い♪
サクティスはそう言うと鎌を振り上げ、丸太のように太いナシの果梗を一刀両断にした。そして、落ちてくる巨大なナシの実を両の鎌で器用にキャッチしそっと置く。
あの固い果梗を一刀で断ち切るとは、やはり侮れない。
「これで良いのかしら?」
「ああ、完璧だ」
「他にまだ要望はある?」
「そうだな……どこか落ち着けるところで火を使いたいんだが、良さそうな場所にこころあたりはないか?」
「あら、ナナホシちゃん火を使うの? 変わってるわねぇ…。このあたりで落ち着ける場所で…火も使えるといったら…あそこくらいかしらねぇ…」
「お、良い場所があるのか?」
「ええ、石でできた崖にちょうどくぼみがある場所があるのよ~。この実も余裕で入る大きさだし、快適だと思うわよ?」
聞くかぎりかなり良さそうに思える。
「じゃあサクティス、案内してもらっても良いか?」
「お安い御用よぉ~♪」
俺は風呂敷に包んだ荷物を取りに戻ったあと、巨大なナシの実をぶら下げてサクティスの案内についていった。何かあった時に実を落とす可能性があるため、地上になるべく近い高度で運ぶ必要がある。俺とサクティスは十分に警戒しながら目的地に進んだ。
しばらく進むと、くぼみのある崖が見えてきた。
サクティスは器用に崖を登る。俺は実を持ったままゆっくりと高度を上げていく。
「おお、確かに良い場所だな!」
「でっしょ~♪」
その場所は見晴らしもよく、雨もしのげ、風通しも悪くない。背後は壁なので前だけ警戒しておけば良い。
俺はさっそく、風呂敷からジャムを作る道具を取り出す。
「あら、その風呂敷の中身はお鍋だったのね?」
サクティスが興味深そうにおれの作業を観察する。そう、俺は果物を煮るためにビーロの研究室にあった鍋を借りていたのだ。そして、鍋を置いて火にかざすためのクッキングスタンドは土魔法で形成する計画だ。その土魔法もビーロから教えて貰っていた。だが実践は初めてだ。大事なのはイメージだが、ここなら時間をかけて集中できる。
俺は背中の橙色の魔石に意識を集中する。魔石が輝きを放ち、俺を囲うように光の輪ができる。俺は昔キャンプで使っていたクッキングスタンドを思い出す。
「フォームドグラウンド!!」
土が盛り上がり、俺が思い描いた通りの形に形成された。成功だ。俺は強度を確かめてみる。触っただけで崩れたりしたら意味がない。
固い土でできているようで、しっかりとしている。特に問題ないようだ。
「驚いたわ……。あなた、雷魔法だけじゃなくて土魔法も使えるのね…」
「えっ!? ああ、まあな」
俺が複数の魔法が使えることを知られてしまったが、まぁ問題ないだろう。
土魔法で作ったちょうどいい高さのクッキングスタンドに、鍋をセットする。そして火を燃やそうと思ったところで、肝心のことを忘れていたことに気が付いた。
「しまった……薪を拾うのを忘れてた…」
「あらま」
しょうがない、取りに降りるかと思っていたところ、サクティスが拾ってきてくれるとのことだった。
「良いのか?」
「薪を拾ってくるくらいどうってことないわよ~」
「助かるよ。できれば生木じゃなくて、落ちてる乾いたやつだと嬉しい」
「おっけ~おっけ~♪ すぐ拾ってくるからね~♪」
サクティスはとても気がきくオネェだった。
「コレクトウォーター」
俺はおなじみの水魔法で大気から水を集める。この魔法にも随分慣れてきた。最初は既にある水を動かし、集めるだけだったが、今では大気中の水分から水を集めることができるようにまで成長した。
……時間はかかるし、疲れるけど。
俺は集めた水を鍋に投入する。あとはナシの実を鍋に投入すれば良いのだが……この実はどう考えてもでかすぎる。これもサクティスに頼んでみるか。もしかしたらいい感じのサイズに切ってくれるかもしれない。
「拾ってきたわよ〜」
サクティスが薪を両手に抱えて戻ってきた。乾燥した小枝もあり、完璧だ。
「ありがとうサクティス」
俺は乾燥した小枝を重ね、その上に薪を重ねていく。昔キャンプで火を起こした時の記憶だけが頼りだ。こんな時にスマホがあれば検索できるのだが、異世界でそんなことを考えてもしょうがない。異世界なりの力で解決するのだ。
俺は火おこしの種火に火の魔法を使おうと考えている。これもビーロ先生から事前に教育を受けている。しかしこれも実践は初めてだ。
「サクティス、今から魔法を使うから、薪から離れててくれ」
「は〜い♪」
俺は背中の赤色の魔石に意識を集中させ魔力を高める。火の魔石が赤く輝き俺の体はゆらゆらゆれる赤いオーラに包まれる。俺はキャンプの焚き火をイメージし魔法を発動させる。
「イグナイト!」
ボッ!っと枝と薪に火がつき、パチパチと音を立てながら燃え徐々に燃え広がっていく。どうやらこれも上手くいったようだ。今の所、順調だ。
俺は、ふぅーと一息つく。
「ナナホシちゃん……あなたいくつの属性の魔法が使えるのよ……」
サクティスが驚きを通り越し呆れた表情でこちらを見ているが気にしない。
「サクティス、ナシの実をこれくらいの細かさに切り出してこの鍋に入れてくれ」
俺は、1cm角の大きさを前脚でジェスチャーして伝え、鍋をナシの実の下におく。
「ナナホシちゃん……だんだんあたしの扱いが軽くなってない?」
サクティスはそう言いつつも鎌を振り上げ、シュパパパパと高速でナシの実を切り刻み鍋に入れていく。ナシの実からは水々しい果汁と、爽やかな甘い香りが溢れ出てくる。
サクティスの鎌捌きは見事なもので、こちらの要望通りの仕事をしてくれる。
「ありがとう。あとはこれを鍋で煮るだけだ」
「ナナホシちゃん、これは何をしようとしているの?」
「ジャムを作ってるんだ」
「ジャム?」
「見ての通り、果物を煮たものだよ。糖分を水に溶かしたあと水分を飛ばし、糖分濃度を高める作戦さ」
「ちょっと何言ってるかわからないわね」
「果物を煮詰めてもっと甘くしたものってことさ」
「……それってこんな危険な所に来てまでやることなの?」
「まぁね」
俺は、ジャムが焦げないようにスプーンでかき混ぜつつ煮ていく。スプーンと、ジャムを入れる瓶もビーロから借りてきている。ビーロ先生には頭が上がらない。
これだけの量なら瓶6本以上作れそうだ。念の為多めに作って、ビーロにもお礼にプレゼントしようかな。
「そろそろできたかな?」
俺はちょっと味見をしてみる
「あっまぁああああああああああああ!」
ナシジャムはバカみたいな甘さだった。その後にナシの爽やかな香りが鼻を通り抜ける。これは、かなり良い出来なように思える。何より甘い!大事なのは甘さだ!!これはいけるかもしれない!
俺は期待が高まる。
「あら、そんなに甘いのかしら? この実だってそもそもがかなり甘いと思うけど?」
「興味あるか?」
俺もこのナシの実は事前に味見した。確かにこの実はもともとかなり糖度が高かったが、このジャムはその数倍甘い。サクティスにも味見させてあげる
「さ〜て、どれほどのものなのかしらぁ〜って甘ぁっ!!」
「だろ?」
サクティスには合わなかったのか、ゴホゴホとむせている。
「だ、大丈夫か?」
「なによこれバカみたいに甘いわね……。本当にこんなのが良いのぉ〜?」
「ああ、甘ければ甘いほど良いんだ!」
俺は瓶いっぱいにジャムを入れ、後片付けをした。
「ありがとうサクティス。色々助かったよ」
「ナナホシちゃんにお礼できてよかったわぁ〜。あたしはあの大樹によくいるから、もし近くにきたらまた声をかけてみてね〜。獲物を取って来てくれたらまたサービスしちゃうわよ♪」
「ああ、その時はまた頼むよ」
さて、無事に激甘ナシジャムを用意することができた。急いでコロニーに戻りビーズに味見してもらおう!
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