「オルカ神殿編」

 海、湖、山岳地帯の幻獣魚、そして大河グラン・リバー。

 守(まもる)たちが“チート釣具”を駆使し、黒装束による魔魚製造を阻止してきた一連の事件は、小さな成功こそ収めているものの、根本的な解決にはまだ遠い。

 ギルド本部からは各地の被害報告が相次ぎ、どうやら“闇の水神”の本格的な覚醒が近いという不穏な情報も浮上していた。


「今までのは、あくまで前哨戦かもしれない……。奴らの計画は、もっと大きな形で封印を解き放つつもりだ」

「もう一刻の猶予もないわ。私たちも、世界中に散らばる“封印遺跡”を探すしか……」


 ギルやマーレンと合流し、さらにギルドの魔術師エマとも再会した守たちは、一堂に会して次なる行動を決断する。そこに示されたのは「三つの候補地」――どれも黒装束が強く関与している疑いがある重要拠点だった。


 アーデルムのギルド本部にて行われた緊急会議では、黒装束の動きを追う複数の調査隊から報告が届いていた。地図上にマーキングされた“要警戒”の三地点は、下記のとおり:

1. 砂漠のオアシス“アレウス”

• 大陸の南方に広がる砂漠地帯。そこに点在するオアシスの地下に“古代神殿”があるという伝説が残る。

• 近ごろ水が急激に枯れ始め、人々が飲料水を求めて行方不明になる事例が多数発生。黒装束の目撃情報あり。

2. 海底神殿“ル=オルカ”

• 沿岸都市の沖合、かつて沈んだ文明の遺跡があると噂されるエリア。

• 近隣の漁師たちが謎の怪魚に襲われており、封印を守っていた海底人の部族が消失したという報告も。

3. 極寒の氷湖“アイスティア”

• 北方に位置する氷の大地。そこには永久に凍らぬ“大きな湖”があり、太古から神秘の魚が棲むとされる。

• 黒装束の一団がこの氷湖周辺で活動しているのを確認。雪原に奇妙な魔法陣が散見され、気候が乱れている。


「どこも黒装束が狙っていそう……。いずれにも水源となる遺跡が絡む可能性が高いわ」

「このうち、最優先で対応すべきはどこなんだ? 全部同時に行くのは無理だぞ」


 ギルド幹部たちは冒険者たちを振り分け、複数の捜索隊を編成しようとしているが、戦力や日程が限られるため苦慮している。そこで守たち“釣りバカ”パーティは、いずれか最も危険度の高い地点へ行く選択肢を迫られた。


 魔術師エマが図書館で必死に解読した古文書から、新たな手掛かりが得られる。

 「闇の水神」の完全復活には、“七つの封印”を解き放ち、“中心の聖域”を開放する必要があるという。これまで海や湖、山、大河の遺跡を破壊してきた黒装束は、すでに五つほどの封印を崩している可能性が高い。


「だとすれば、残る封印はあと二つか三つ……。砂漠、海底、氷湖がその候補かもしれない」

「マジかよ。じゃあどこか一つでも突破されたら、水神が本格的に目覚める可能性があるんじゃ……?」


 ガーランが嫌な予感に顔を歪めると、リーリアも険しくうなずく。

 守は釣り竿を握りしめ、「今度こそ終わらせる」と決意を燃やす。黒装束がどこを最初に狙うか――あるいは同時進行で儀式を進めるか、まだ不透明だ。


 ここでギルド幹部は「三地点すべてを同時攻略したい」と提案し、それぞれに精鋭を割り当てる。守たちにも協力要請があり、結果的にパーティが三隊に分かれる形を検討するが、守やガーラン、リーリアは引き裂かれるのを避けたい意向。

 マーレンとギルは「どこへ行っても構わない」と言う一方、エマが「海底神殿は潜水など特殊な技術が要り、厳しい」と難色を示す。


「……どうする? 砂漠、海底、氷湖……正直どれも厄介だけど、釣りバカとしてはやっぱり“水中”絡みのが得意じゃねぇか?」

「でも、砂漠のオアシスや氷湖でも“釣り”はできる可能性あるし、黒装束がどれだけ準備をしているか分からない。ギルド本部が優先度の高い地点を指示してくれるかもしれないね……」


 結局、幹部の最終判断で「もっとも被害が大きい海底神殿へ守たちが行き、砂漠と氷湖には別の冒険者を派遣する」という作戦が提案される。

 守たちの海や大河での実績、さらに“人魚ハーフ”マーレンの潜水能力が極めて有益だという理由が大きい。


 こうして、守・ガーラン・リーリア・マーレン・ギルは再び海へ戻ることになる。かつてサメ魔魚が暴れた港町(第1巻)などを経由し、沖合の海底に沈む神殿“ル=オルカ”を目指すのだ。

 船上での移動中、守は仲間たちと過去の戦いを思い返しながら「海底神殿の釣りってどんな感じだろう?」とわくわくしつつも、黒装束の大規模儀式が恐ろしくて仕方ないという複雑な心情を吐露する。


「今度は“釣り”だけで済むかどうか分からないが、おまえの竿なら水中でも通用するんじゃねぇか?」

「うん。最近、竿を水に浸けただけで、魚の気配を感じることがあるし、マーレンが協力してくれれば水中戦もなんとかなるかも……」


 リーリアは「でも陸上のほうが動きやすいわよ」と苦笑いし、ギルは黙って剣の手入れを続ける。マーレンは海の匂いを懐かしむように髪をなびかせ、彼女なりに決意を固めているようだ。


 海底神殿へ行くには潜水や特別な魔法道具が必要だ。ギルドが準備してくれた“潜水用の魔力装置”はあるが、途中で酸素や耐圧の問題が発生する可能性も高い。

 そこでマーレンの人魚ハーフとしての能力が大きな助けになる。彼女は海底を自由に泳げるだけでなく、水魔法で仲間に“呼吸のバリア”を付与できるという。

 さらに、彼女の故郷である海底人(マーマー族)の集落とも連絡が取れるかもしれない。かつて連絡が途絶えたと噂されるその集落が、神殿に近い場所に存在するらしい。


「私の母は人魚族の血を引いていて、昔は海底の集落に住んでいたと聞く。そこへ行けば、何か手掛かりがあるかもしれないわ」

「集落ごと黒装束に滅ぼされてたりしないといいが……」


 不安を抱きつつも、船は深海域へ向かい、海底人の潜むという水深へ下りる準備が進められる。


 海底人の集落へ向かう途中、水中の暗い海底を進む守たちの前に現れたのは、深海グロウバスと呼ばれる巨大魚型モンスター。全身が発光器官を備え、牙が異様に発達している。黒い魔石の影響を受けたのか、凶暴化して周囲の魚介を根こそぎ捕食している様子だ。

 守は海中での釣りが初体験ながら、マーレンのフォローを受けてルアーをキャスト(厳密には投げ込むというより“泳がせ”のように使う)。竿に魔力を注ぎ、水中戦ならではのフォールアクションや浮力を活かした操作で、深海グロウバスを誘き寄せる。


「すごい……海の中でもこんなに竿を動かせるの!?」

「ハハ、俺もびっくりしてる……でも、なんとかなるかも!」


 深海グロウバスは強烈な引きで守を翻弄するが、チート竿と“釣りバカ魂”のコンビは伊達ではない。さらにガーランやリーリアが海中用の魔法バリアで動きをフォローし、ギルの剣撃で一部ヒレを削ぎ落とす――総力での奮闘が続く。

 最終的に倒すと、その体内からやはり黒い魔石のカケラが発見される。やはり、海底神殿の儀式が進行し、無数の魔魚を生み出しているのだ。


 深海グロウバスを退けたあと、守たちはマーレンの案内を頼りに海底人(マーマー族)の集落へたどり着く。しかし、そこは廃墟と化していた。建物が崩れ、多くの住人がいなくなっている。

 わずかに生き残った海底人から話を聞くと、黒装束の襲撃で仲間の多くが捕らえられ、神殿へ連行されたらしい。海底人はもともと神殿を守っていたが、突然現れた黒装束に封印のカギを奪われ、成す術もなかったという。


「くそっ、また同じだ……行方不明者がここでも大量に出ている」

「闇の水神を復活させるため、いろんな種族を素材にしてるのかしら……絶対に許せないわ」


 マーレンは涙を浮かべ、母の実家の痕跡を確かめるが、そこも荒らされて何も残っていない。深い悲しみを抱えながら、彼女は「母の形見を守るためにも、黒装束を止めたい」と声を震わせる。


 集落を過ぎると、海底に巨大なドーム状の構造物が見える。そこがル=オルカ神殿の入り口らしい。かつて海底人が管理していたが、今は黒装束が支配していると考えられる。

 入口には頑丈な石扉があり、古代文字が刻まれている。幸いエマの翻訳資料もあるため、ある程度解読できるが、扉を開けるには“カギ”が必要だという。海底人の長老なら知っていたはずだが、行方不明になっている。


「カギがなければ破壊するしか……いや、崩すと水圧が一気に流れ込んでくるかもしれない」

「どうにか扉を開けるしかないね。魔法でこじ開ける? それとも集落にカギが残っているかも?」


 みんなで協力し、海底人の集落を再度探す。マーレンが母の住んでいた家の残骸を漁ると、**“青い石のペンダント”**を発見。そこには神殿の紋様と酷似した記号が彫られている。

 長老の家でも似たような紋様がある壺を見つけ、どうやらペンダントを装着すれば扉が反応する仕組みらしい――古代の封印術が絡んでいるのだ。


 扉を開くには強い魔力が必要。マーレンの水魔法とエマの封印解除術、さらに守のチート竿から流れる“異界の魔力”を合わせる形で扉を起動する。

 竿がやや光り、ペンダントの青い石と共鳴するように輝く。一瞬、不気味な振動が響き渡るが、無事に扉の石板がゴゴゴと動き始めた。


「やった……開いたぞ!」

「うん……でも、中は相当広いみたい。こりゃ、また一筋縄じゃいかなそうだわ」


 黒装束の気配もすぐ近くに感じる。用意されたデス・トラップや魔物の群れが待ち受けている可能性が高い。

 守は竿を握りしめ、「深海での釣りバトル、最後まで付き合ってもらうよ……!」と静かに闘志を燃やす。


 神殿内部は広大なホールや回廊が連なり、壁には古代海底文明の象徴が彫り込まれている。黒装束がいたる所に封印解除の痕跡を残し、水没を防ぐためのバリアらしき魔術を敷いているようだ。

 さらに奥へ進むと、巨大な水神像が中央に鎮座し、その前に多くの囚われ人や海底人が縛られている光景が……。黒装束たちは慌ただしく呪文を唱え、いよいよ“生贄の儀式”を行おうとしていた。


「これ以上勝手にさせるもんか……!」

「皆、行くわよ!」


 襲いくる黒装束の兵や魔術師を相手に、ガーランやギルが剣を振るい、リーリアが遠距離から狙い撃つ。マーレンは水魔法で味方にバリアを付与し、守は竿を振って魔魚や兵士を足止めしながら、結界を破る術を探す。

 結界が解ければ、囚われ人を救出して生贄を止められるが、敵の数が多く簡単には突破。


 儀式の真っ只中、黒装束の上位幹部が姿を見せる。第4巻までにも出てきた幹部に匹敵、あるいはそれ以上の実力者だ。彼(または彼女)は水神像に供えられた巨大な黒石をかざし、「おまえたちが次々と儀式を阻んだ張本人か……ならばここで滅せよ」と呪文を詠唱する。

 水神像がガタガタと震え、内部から怪しげな生命の気配が立ち上る。半覚醒の水神が人の姿を借りて、仮初の肉体を得ようとしている……?


「やばい、このままじゃ本当に闇の水神が呼び起こされる……!」

「せめて黒石を破壊できれば……行くぞ、守!」


 ガーランが吠えると、守もチート竿を握りしめ、竿先にこれまで培った魔力を集中する。仮に水神が本気で顕現すれば、海そのものが崩壊しかねない危機だ。


 幹部が最終詠唱に入るなか、仲間たちは必死に妨害するも、強力な結界で妨げられる。リーリアの矢が弾かれ、ギルとガーランが肉薄しても呪符で足止めされる――。

 しかし、守だけは相手の意表を突くように、竿を投げ込んで黒石に触れさせる。そこへ渾身の魔力を注ぎ込むと、竿と黒石が強烈な干渉を起こし, 術式が一瞬乱れた。


「うおおおっ……折れるなよ、頼む……!」

「何をする貴様ぁぁ!」


 幹部が絶叫するなか、竿から放たれる光が黒石の闇を引き裂き、呪符の結界がグラつく。すかさず仲間たちが総攻撃をかけ、幹部を力づくでねじ伏せる形に。

 水神像から湧き出していた邪気も一時的に封じられ、海底神殿が大きく揺れながら崩落を始める――。


 騒然とする神殿を尻目に、守たちは囚われ人や海底人を連れて出口を目指す。マーレンは友人や家族らしき人を探すが、すでに手遅れとなった者も少なくない。悲しみに暮れつつも、「これ以上失いたくない」と強く抱きしめあう。

 ガーランやギルが重傷者を担ぎ、リーリアが敵の追撃を阻む。守は崩れてくる岩や強まる水流をチート竿で凌ぎ、“水中での釣りバカファイト”をフル活用する。

 海底神殿は深部が崩落しながらも、ギリギリで一行は生還を果たす。外へ出ると海底の水圧が増し、必死に水面を目指して泳ぎ上がる――無茶苦茶な逃避行だったが、なんとか船や仲間の援護で地上へ戻れる。


 一人の幹部(まだ完全に倒れていない)が辛うじて生きており、ギルやガーランらが縛り上げて連行する。尋問の結果、「まだ封印はすべて解かれていないが、闇の水神の復活は時間の問題だ。おまえたちの努力など無駄だ」と嘲笑する。

 しかし、これまでの儀式の失敗で黒装束側も痛手を被っており、全員が一枚岩ではないらしい。不穏な内部対立の兆候も見え、さらに“真の本拠”が別にあるとの言葉も漏らす。


「やはりまだ終わりじゃない。砂漠のオアシスか、氷湖か、あるいは他の封印地点……どこかで最終決戦が待っているんだ」

「オレたちの戦いは続くってわけだな。いいぜ、釣りバカ。ここまで来たら最後まで付き合うぞ」


 黒装束の暗い渦が世界を飲み込む前に、守たちは仲間たちと次なる行動を誓う。愛する水辺と人々を守るため、釣り竿を捨てずに突き進む――。


 

 こうしてル=オルカ神殿の儀式は阻止され、海底人の集落も辛うじて残った生存者を保護できた。被害は大きいが、ひとまず海底の封印が完全に破られる事態は回避された。

 だが、黒装束はなおも動いている。砂漠のオアシスや氷湖、または未知の遺跡へと勢力を拡大している報せが届き、いつ闇の水神が本格的に目覚めてもおかしくない状況だ。

 チート釣具の力も、今回の海底戦闘で一段階上の段階へ進化しかけているようだが、まだ制御しきれていない部分がある。もし“真の本拠地”で戦うことになれば、守はさらなる“釣りバカ魂”を磨かなければならないだろう。

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釣りをしていたら溺れて転移したので異世界のヌシを狙ってみる MKT @MKT321

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