第3話 よくきたな! マイルーム

「また引きこもってんのかよ、ズボラ魔王……うおっ!?」

 部屋の奥に魔王の姿が見えたかと思えば、俺の足元に何かが絡みついてくる。

 それは大きな白色のヘビ――の形状を模した、未洗濯のタオルの魔物だった。

 脚を思い切り振って白ヘビを振りほどこうとしていると、ゴミだらけの部屋の中央で魔王が両腕を広げて悠々と立っている。

「フハハ……よくここまで来たな、勇者よ」

「ホントだよ……」

 俺が清掃しに来るたび、魔王は決まってこの小ボケをしてくる。

 3年前の魔王は、全ての人間を根絶やしにするべく1秒も惜しまず働くような勤勉なヤツだった。

 だが。

 あれだけ鬼気迫る顔つきで俺に杖を向けていた魔王も、今では四六時中ほとんどをベッドで過ごす体たらくだ。

 ――この数年間で、一体何があればこんなに無気力になるんだろうか?

「前回来た時言ったよな? 次片付けてなかったらマジで殺す羽目になるって」

「うむ」

「じゃあ、なんで前に来た時よりゴミが増えているんだよ! お前の部屋も、ホールも!」

 俺は荒れまくりの部屋を指差し、次にホールがある方を指差す。

 以前に来たときは、こんなに段ボールを溜め込んでいなかったはずだ。

「人間の文明は素晴らしい」

「は?」

 魔王が床に落ちていた漫画を拾いながら、言い訳を始める。

「終戦後、目まぐるしい速さで文明を発展していった。それは万事を魔力で解決しようとする魔族にはない、種族全員での共存を願う力に由来するのだろう」

「結局、何が言いたいんだ」

「人間の発明が便利すぎることが悪いのだ!」

 魔王は杖を使って部屋中にあるアイテム――人間の発明品を順に指していく。

「そう思わぬか? 我が寝具で横たわっていようが、注文さえすれば食物も日用品も届く! さらに置き配の命令を下せば、玄関に出ずとも転移魔法で容易く手元に――」

「要はお前のズボラさが招いた結果だろうが」

 そう俺が一蹴すると、ハイテンションで語っていた魔王は途端に動きを止め、しなしなと全身で毛布に包まった。

「勇者よ。正論は時に他者を傷つけるのだぞ」

 ――ああ、面倒くさ!

 こうして一度いじけ始めると、魔王はいよいよ何も自分で片付けなくなる。

 面倒くさいことになる前に、毛布の隙間から手首を掴んで引っ張り出そうとした。

 が、むわっ、と、濃ゆい獣臭が鼻腔まで届いてきて眉を顰める。

「お前、まず風呂に入れ」

「……臭うか?」

 不意に魔王が、にょきっと毛布から頭を生やし、真顔で訊ねてくる。

 別にさっきのゴーストたちの異臭と比べれば、気になるほどではない。

 今の魔王の体臭はせいぜい梅雨時の牛舎ぐらいだが、それでも不健康な印象は抱く。

「……身体に悪いだろ。ほら起きろ」

 こっちを見上げる魔王のアホ面にデコピンをかまして、無気力な魔王を毛布の海から引っ張り上げた。


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