第2話 ドーム

 父は早く帰ってきた。

「帰れってさ…仕事できないから…」

 言葉の内容とは違いなんかうれしそうだ。

「でもな…ビール冷えてないし…」


「タツヤはどうした? 学校の授業は? 」

 僕は妹を見た。

 こうゆうことはおしゃべりがうまい妹にまかせるべきだ。


「ちゃんとエアコンも点いてたよ…。

でもね、体育は校庭、体育館も使っちゃいけないんでダメ」


 ふ~ん、と父はうなり、続けた。

「学校くらい普段どおりでいいのにな…」

 夕食の準備をしながら母は言った。

「そうね、どうせすぐに元にもどるのだから」

 妹は僕の耳に顔を近づけて

「大人って気楽ね」

 と言った。



 停電四日目。

 父が寝坊し、母もパジャマのまま僕たちの朝食を作っていた。

「授業は今日から半日だったわよね」

 僕と妹は同時に頷いた。

 静かな朝食が終わり登校時間になった。

 妹は玄関から母に言った。

「ママ行ってくるね。そうだ、パパにいつまでも寝ていちゃだめですよって言っておいてね…」


 終礼が終わり妹の教室に行った。

 まだ何人かの生徒が落ち着かなく教室の前を動き回っていた。

 妹が教室の奥で友達と話し込んでいる。


「ミホ! ドームに行くけれど、どうする?」

 教室の入口から少し大きな声で言った。

「昇降口で待っているから…」

 と一瞬だけ僕を見たあと、すぐに友達と話しはじめた。


 僕はドームへ続く暗い廊下を歩いた。

 先のほうでタカが待っていてくれた。


 地上ドーム行きのエレベーター待ちの列が十メートルくらいできていた。普段、異常気象じゃないときにはガラガラで、誰も登らないのに…


 2台待ってからようやく乗れた。エレベーター内部のドアの横には、地上からの距離が1メートル単位で表示されている。二十メートルからどんどんと少なくなり、0メートルとなった途端エレベータが停止しドアが開いた。


 円形、総ガラス張りの、直径七十メートルほどのドームには、天然の光がまぶしく差し込んでいた。青い空に雲が絵のように動かずにいる。


 森の木や草がまっすぐに立ち、枝や葉も揺れることなく、曲がることなく自由に伸び、光を浴びていた。


 鳥が舞い、虫が飛んでいる。

 普段はどこに隠れているのだろう…。


「気配もないね、風が吹く…」

 タカが芸術作品のように動かない白い風車を眺めながら言った。

 言葉ほど声は暗くない。

「そうだね…吹きそうもないね…」

 僕は応えた。


 見回せば教師もいる。

 風車を眺め、悲嘆にくれた顔をしている。


 一方でたくさんの子供達は異常気象のめったに見られない風景を眺め楽しんでいる。

 ドームのガラスに張り付く自然の虫を指差し騒いでいる低学年の子供もいる。

 その表情にはなんのかげりもない。


 日の光を浴びながら…無邪気にはしゃいでいた。


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