人類の叡智 風が止んだら(改訂版)
@J2130
第1話 いろいろある
食卓の灯りが何度か瞬いたあと、部屋はすっかり暗くなった。
父の溜息が聞こえ、母が立ち上がった気配がした。
隣からは妹のミホがナイフとフォークをお皿に静かにのせる音がした。
以前暗闇でコップを倒し母に怒られたのだった。
一分ぐらいたっただろうか…突然、灯り、テレビ、エアコンが動きだした。
母はキッチンから玄関まで食卓以外のすべての電気を消し、妹はテレビを、僕はエアコンのスイッチを切った。
有線放送から、聞きなれた声が流れてきた。
「ただ今非常電源をたちあげました。
家庭では必要最低限の電力以外すべて止めてください。5分前よりこのエリアの風が止み、風力発電が止まりました。
ただ今非常電源を…」
家族が食卓に戻ってくると静かに食事が再開された。
「困ったものだな…会社でも困っているよ…」
父が話すと、
「学校も大変なんだよ…ね、お兄ちゃん」
妹が続けた。
「うん…給食は何クラスか集まって同じ部屋で食べるんだ…」
父がまた溜息をついた。
「いつまで続くのだろうな…この異常気象は…」
有線放送が先ほどのお願いをまた繰り返した。
「痛て…」
暗い洗面所から父の声が聞こえた。
以前にもあった。
「うまくならないね…」
暗いリビングで妹が笑いながら言っている。
「仕方ないよ…普段は電気シェーバーなんだから…」
「さ…朝ごはん食べちゃって…。冷蔵庫使えないから朝から豪華ですよ…」
食材も溜められない。
「停電や異常気象なんかに負けず、朝からたくさん食べてがんばろう」
父は本当にそう思っているのだろう。
停電の影響っていろいろある。
学校に向かう道の街頭も半分も点いていない。横からタカが歩いてきた。
「昨日の野球さ…いいところで停電になったんだ…」
さびしそうに言った。
そうらしい、ニュースで言っていた。
「勝ってたの…」
僕はタカの顔を覗き込んだ。
「ああ、めずらしくね…」
「残念だったね…」
停電の影響っていろいろある。
さすがに学校ではエアコンを稼働させていたが、給食のときは同じ学年の子供たちすべてが一つの部屋に押し込まれ、空き教室の電気はすべて消された。
午後の授業は節電や風力発電のことについてだった。
教師はなにかしらのパンフレットを見ながら応えていた。
「もし風がこのまま吹かないと、僕たちはどうなってしまうのですか? 」
タカが質問した。
教師は笑顔で頷きながらやさしく応えた。
かなりわざとらしい感じがしたけれど、それもマニュアルにあるのだろう。
「人間はいままで環境の変化に対応して生活し、偉大な歴史を作ってきました」
「地上は完全に無風ではないのです…わずかですが常に風が吹いているそうです…」
パンフレットから目を離さない教師。
「人はその叡智で必ずそのような風速でも十分に発電する風車を作るはずです。いや、絶対に作ります」
大きく頷く教師。
「だから今は大変だけれども、大丈夫、安心して下さい」
タカと僕は顔を見合わせた。
「安心…? 大丈夫…? 」お互いそんな表情だった。
放課後。
僕は妹を校門で待った。
クラブ活動はすべて中止となり、道が暗いので兄弟のいる生徒は一緒に帰るように言われていた。
待っていると妹が友達と歩いてきた。
「あのドラマ、先々週からまったく進んでないんだよね…」
「本当、停電ばかりでさ…」
妹が僕気付き、友達に手を振ってから近よってきた。
「いいのか…」
歩きながら訊いてみた。
「仕方ないよ、先生が兄妹と帰りなさいって言うんだもん…」
「ミホはドラマなんか見てないじゃないか…
アニメばかりで…」
「うるさいな…もう…」
停電はいろんな影響がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます