24時間勇者

まんじゅうサムライ

1話

 毎日がつまらない。ニュースは誰と誰が不倫しただの破局しただの、クラスの連中の話も愚痴か悪口か恋バナか。

 このまま極限まで薄めて引き延ばした人生を何十年も重ねて死ぬだけだ。

 明日もどうせ同じ日が来ると、飽きもせずに信じ切って眠りについた。今日を境に、俺の人生がまるっきり変わってしまうなんて夢にも思わなかった。



 まばゆい光で夢から覚める。また性懲りもなく朝がきたようだ。枕元のスマホを取ろうと手を伸ばしたが、何かおかしい。冷たいし、硬いのだ。何事かと思い目を開けると、見知らぬ景色が飛び込んできた。

 石造りの祭壇、のような場所の上に俺は寝ていたのだ。一瞬まだ夢を見ているのかと錯覚する。

 「ああーっ! 目ぇ覚ましてるじゃない! 起きたなら声かけなさいよね!」

 突然、よく通る美しい声が響いた。そちらに顔を向け声の主を見る。この瞬間を俺は生涯忘れないだろう。

 幼さを思わせる大きなまんまるの瞳、すうと伸びた鼻筋、尖らせたくちびる。前髪は丁寧に眉で切り揃えられ、クセ毛が顔の周りでくるくると踊っていた。間違いなく、俺が人生で出会った人で一番美しかった。

 「時間ないんだから。あんた、名前は?」

 「へ、名前? 夕上、太一」

 「ふーん。タイチ、よく聞きなさい、あんたは勇者としてこの世界に喚び出されたの。喚んだのはあたし。理由は、あたしのパパを止めてほしいから。分かった?」

 矢継ぎ早に捲し立てられ、脳の処理機能が悲鳴を上げる。

 「ま、待ってくれよ。俺が勇者? 君のパパを止める? 一体何がなんだか」

 「あんた、バカぁ? 召喚失敗したかしら。いいわ、バカにも分かるように説明してあげる。この世界には人間と魔物が住んでるの。あたしのパパは魔物の王、魔王って呼ばれてるわ。パパは優しくて、人間とも共存して生きていたんだけど、突然何かに取り憑かれたみたいに人間を支配するって言い出したの」

 彼女はそこで少し息をつき、表情を曇らせた。

 「人間を支配するなんて間違ってる。あんなの本当のパパじゃない。でも、もうあたしの言葉すら届かない。だから……」

 大きな瞳に涙が浮かぶ。その瞬間、俺の心は決まった。

 「分かった。やるよ。俺が、君のパパを止めてみせる」

 俺の言葉を聞いた彼女はたちまち花のような笑顔を綻ばせたが、すぐにはっとしてくちびるを尖らせた。

 「さ、最初からそのつもりで喚んでるもん。最初にも言ったけど時間ないから早く行くわよ。この召喚は1日しか保たないんだから」

 「1日!? それ無理ゲーじゃ、」

 「うだうだ言わない、カッコ悪いわよ。勇者なんだから平気よ!」

 勇者という響きにくすぐったさを覚えながら、俺は大切なことを聞きそびれていたことに気づいた。

 「ところで、君の名前は?」

 「あたし? ……アリサ。本当はもっと長いけど、バカには覚えられないでしょ」

 そうして俺とアリサの24時間の旅が始まる。俺の一番長い1日はまだ始まったばかりだった。

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