監獄惑星

うつみ乱世

Scene1 神にして王様

第1話 監獄惑星

 流刑地は宇宙の果てにあった。


 ちょうど今、モニターの中心で、一切の無音でもって自転している。

 あの円筒型のコロニーは何世代か前の様式のものだ。遠心力でもって内壁に重力が再現されている。

 ガタンと足元が揺れた。これは宇宙船に一定の衝撃があった事を示しており……。


 その事実を受けて「うう~。ああ~……」と情けない声を上げる——操作盤に手をついてモニターを見上げている——男性こそが僕だった。


 ゴウンゴウンと金属の軋む音がくぐもる、最低限の照明が冷たい艦内で、椅子二つがモニターを臨むようにして配置されている。

 モニターの脇にポップしたのは、当宇宙船からSFGSと呼ばれるパーツが分離された旨のメッセージだった。次元跳躍装置——ありていに言えばワープ装置のことだ。この船から分離したそれは、自動操縦で元の座標に戻ったらしい。

 ところで僕は何をしていたのかと言うと、この運命に抗えやしないかとパネルを色々弄っていた。けれど結局のところ為すすべなく、予定通りに分離は行われてしまった。

 操作盤に力無くしなしなとしなだれかかる。


「そんなあぁ……」


 返事をしないパネルに泣きつく僕。それを見てクックッと笑うのがただ一人の同乗人。


「ほら。無駄だって言ったろう。船は進路通りに進むものなのさ。ワタシたちと違ってお利口さんなんだから」


 僕は涙目のまま振り返って女性を睨んだ。


「だって、そんな、あんまりだよ……」睨むというには弱々しかったかもしれない。


 席に着く女性は僕よりずっと冷静だった。なんならまだ左腕には拘束具が乗っている。それはちょうど数分前まで機能していた。

 女性は薄く微笑みながら右手で顎をさする。


「この船が不可逆な状態に陥ったからこそ、ワタシたちの拘束が解かれ意識も覚醒したのだろう? 考えるまでもなく分かることさ」

「でも……だからといって、できることをやらない理由にはならないし……」

「その心意気は評価しよう。だがもうできることはなくなった。SFGS無しじゃあワタシたちはどこへだって行けない。正面に見えるあの人工星を除けば、ね」


 ついに左手も持ち上げられた。拘束具のベルトがだらりと垂れる。

 満を持して両手を用い、女性が取ったポーズは、「肩をすくめてお手上げ」である。薄い微笑みをずっと崩さないままに、柔らかく目を閉じる。


「考えるまでもないことなんだ。つまり、ワタシたちにできることはない。あと三日、ゆっくりしよう」


 三日と言うのがあのコロニーまでにかかる時間らしい。

 女性はゆっくりしようと言ったものの、僕はそれからも多少の間、せわしく目と手足をうろうろさせていた。とはいえ当然、遂には女性の言う通り落ち着かざるを得なくなる。

 観念して席に着けば、女性は笑いにお腹を押さえた。堪えきれないといった感じで途切れ途切れに。


「ま、まさか、半日もかけて、あらゆる機器をチェックするだなんて、クックッ、思わなかったよ」


 十時間以上かけて船内をひっくり返した結果分かったことは、SFGS無しでの帰還は絶望的だという事実だけだった。これさっき言われたことそのままじゃん……。


「面白くないよう……必死なんだから笑わないで……」

「悪いね」


 隣の席に座る女性は若く見えた。僕と同じくらい……二十代半ばくらいに見える。

 黒髪はトリートメントのCMみたいに滑らかで、毛先の方が赤かった。東洋っぽい切れ長な目元に、黒い瞳が艶々と輝いている。かんざしが玉をしゃらんと揺らす。

 紅白の巫女装束の時点で中々珍しいはずなのに、その上から羽織った着物の方が目を引いた。しっとりと分厚い生地で、地面を引きそうなくらい長い。純白に桜花の模様。

 巫女──神官と聞けば不思議な納得があった。というのも彼女は、神聖を感じさせてもおかしくないくらいの絶世の美女だったのだ。幽玄の美という言葉を思い出す。雰囲気は凛と際立っているのに、少女のようにおぼこく見えるときもある。魔性の気配。


「ああそういえば」と笑いから立ち直って言った。「挨拶が遅れてしまったね。初めまして。ワタシはミア・ワタナベというよ」


 ミアさんは顔を前方モニターの方に向けたまま喋っているので、僕は、横を見て返事をすべきか、自分も前を見たままに返事をすべきか迷った。挙句、前とも横とも取れない微妙な角度の床に目をやる。


「えっと、僕は、グレロ・ド・ルゼ。初めまして、ミアさん」

「グレロくんは何をやらかしたんだい?」ミアさんはなおも前を見たまま尋ねる。

「やらかしたって、何を?」


 ミアさんはおやと首を傾げた。


「そりゃあ当然、罪状を聞いているのさ」続けて返答を促すよう右手を向けられる(とはいえ前方に目を向けたままだ)。「君は何をやらかして、こんなところに送られるはめになってしまったのかな」


 今度はボクもちゃんと前の方を見た。モニターの暗い部分に自分の顔が映っている。

 黒白がまだらに混ざった髪。左の瞳は金色だけど、失明した右目は真っ白。

 白い肌に細い指。爪には黒のマニキュア。袖をまくったスマートなパーカー。ぶかっとしたカーキのカーゴパンツ。


「僕は……」


 浮かない表情をした、頼りない青年。


「革命を指揮したんだ。ちょっとしたものだけどね」半ば投げやりに言い捨てる。「懲役は何年だったかな、まあ大したものじゃないよ」


 思い出すのは地下室で交わした誓い。武器を握った感触。仲間の悲鳴。瀬戸際に託された想い──それはまだ終わっていない。

 今も戦地に身を投じている同士が無数にいる。旗手の帰還を信じて奮戦を続ける仲間たちがいる。

 だから僕は戻らなければならないのだ。

 一刻も早く。


「まさか」ミアさんは愉快そうに声を躍らせた。「キミのような小心者が?」

「目立つには目立つからね……いや、あれ。いまちょっと失礼なこと言われた?」

「悪かった」クックッと笑う。からかわれていたらしい。「でもそれもそうか。人は見た目じゃあない。考えるまでもないことだった。ワタシだってこんなに可愛いけれど、れっきとしたテロリストだしね」


 ミアさんは可愛いというより綺麗系だと思うけど……。


「ふうん、そっちは何をやったの?」

「政府機密を盗んだんだ。その過程で一つの国家を転覆して、三つの宇宙ステーションを爆破し、数百万人を宙の藻屑にした。それらの罪で懲役十二万年を言い渡されたのさ」ミアさんはまるで自慢するように悠々と語る。

「十二万……」

「とはいえそれも、あの星に降りれば、ほんの百年そこらに縮められてしまうわけだけれど、ね」


 あの星と言うのが、依然としてモニターに映り続けている人工コロニーである。

 かのコロニーは宇宙の果て——深宇宙に位置していた。あらゆる天体から離れた、宇宙単位で見て「非常に重力の弱い場所」である。


「ワタシは『無限の箱舟』をブラックホールに落とした」ミアさんはおもむろに言った。「ご存知かな?」

「ああ、あの……知ってるよ。まるで簡単に言うね」

「実際のところ簡単だったよ。ほらこう、ちょっと押したらするっと」

「絶対そんなんじゃないよ」


 『無限の箱舟』とは、全ての生物の遺伝子を保管していた星とその施設のことだ。

 箱舟はブラックホールの近くに位置していた。「非常に重力の強い場所」である。重力場が強ければ時間の進みは相対的に遅くなる。箱舟で一時間経てば地球では二年が経過していたという話。


「時間の流れが遅い星は——モノの『保管』に向いてる——ってことだよね」

「対して時間の流れが早い星は——モノの『処理』に向いている」


 非現実的な懲役年数を現実的に処理するための監獄。時をわす彼方の

 誰が呼んだか。アレこそが世に知れた——〝監獄惑星〟。


「ああ、なんて素晴らしい星なんだろうね」ミアさんはコロニーを見据えている。

「……そうだね」僕も同様にして返す。


 希望は残されている。

 あそこで何十年かけたとしても、外では一日にすら満たないのだから。


「僕は脱獄するよ。あの星を」

「心意気は評価しよう。しかし考えるまでもない。脱出の可能性は数学的に否定されている」


 僕はもう前を向いていた。ミアさんと同様に。


「だからといって、できることをやらない理由にはならないから」

「その通り」


 ミアさんは薄い微笑みを讃えたまま、しかし確かに、愉快そうに言った。


「さあ、考えるべきことを考えようじゃあないか」

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